そろそろ異世界、行っとく?
「なぁ息子よ。そろそろ異世界に行かないか?」
昼食のカレーを口に運んでいた俺――清水創太は、ピタリとスプーンを止めて目の前の男を見た。
父さんは自称、元異世界転移者で魔王を倒した勇者。
……要するに、ただの胡散臭いクソ親父だ。
「……親父。そのネタ、俺が保育園の時から数えて何回目?」
「そうだな、とりあえず千回は超えたか。で、どうだ? 行く気になったか?」
「しつこいわ!」
即答して、俺は再びカレーを口に放り込む。
「向こうに残してきた娘たちも、お前に会いたがってるしなぁ」
「アンタの脳内娘に付き合うほど、俺は暇じゃないんだよ」
冷たくあしらうと、横で母親が、うんうんと頷きながらレトルトのパウチを湯煎しはじめた。
母さんも自称、元聖女。つまり、この家は両親揃ってお頭がお花畑なのだ。
「そうよソウタ。向こうはここよりも~っと広いお屋敷だし、可愛いお姉ちゃんと妹ちゃんが三人もいるのよ? 美少女に囲まれてハーレムなんて最高じゃない! 思春期の男の子にとっては天国でしょ? ほら、昔『お姉ちゃんか妹が欲しい』って言ってなかったっけ?」
「やめてくれ母さん。それは人類共通の黒歴史だ」
「あら、そう? でもこの前、ベッドの下にあった――」
「ストップだ母上。そこは俺の聖域だ。それ以上喋ったら……」
「設定資料集? 魔法書? 魔法陣? よくわからないけど……あら、言わない方が良かった?」
遅かった。隣で親父が俺を指差して腹を抱えて爆笑している。
幼い頃から二人の壮大な作り話を聞かされれば、嫌でも憧れてしまう時期がある。
その成れの果てが、あのベッド下の特級呪物たちだ。
厨二病時代の俺を思い出すだけで、悶絶できるまである。
誰かに見られたら社会的に死ぬ。破って捨てても、復元されたらマジで終わってしまうのだ。
(今日の晩飯、覚悟しとけよ。苦手なピーマン、これでもかと詰め込んでやるからな……!)
俺は溜息をつき、無理やり話を戻した。
「いいか。血の繋がらない可愛い姉妹なんてフィクションの存在だ。今さら三人も増えたところでやりづらいし、そもそも有り得ない。この設定、いつまで続けるつもりだよ。出直してこい、この残念夫婦がァッ!!」
文句を言い続ける二人を置いて、手早く食器を下げてキッチンに立った。
俺は小学生の頃から、清水家のすべてを任されている。炊事洗濯から家計の管理まで。このポンコツ二人に任せていたら、家ごと爆発させられかねないからだ。
けれど、言動はこんなアレなのに仕事は異常にデキるから謎だ。
(それこそ、異世界で魔王軍と渡り合った経験でもなきゃ説明が……。そう言えば、父さんも母さんも一ヶ月くらい連絡付かなかった時あったな。出張だと思ってたけど、もしかして異世界行ってた?……アホくさ、バカバカしい)
「仕方ないわね。今度は宿題の中に『異世界転移承諾証』を紛れ込ませて名前を書かせれば……!」
「いいなそれ。言い逃れできないようにコピーも取れば……!」
背後で不穏な作戦会議が始まっている。
俺が「イエス」と言うまで、この夫婦は一生諦める気がないらしい。進路に悩む高校生の時期に『異世界』だの『勇者』だの、本当に鬱陶しいことこの上ない。
俺は食器を洗い終え、二人の前に座り直した。
バンッ、と机を叩く。
「いい加減にしてくれ。俺は異世界なんて意味不明なことに首を突っ込みたくないんだ。絶対に死んでも行かない! だいたい、有るなら証拠を出せよ、証拠を!」
「いやぁ、それが難しくてな。こっちの世界は魔力が薄いから簡単に魔法を使えないし」
「そうよねぇ。オリハルコンも『異世界間条約』に引っ掛かって持ち出せなかったのよ」
やっぱり付き合っていられない。俺は椅子から立ち上がり、壁に掛けたエコバッグを手にした。
「買い物に行ってきます。……リクエストは?」
「「ハンバーグ!!」」
「了解。デミグラスとトマトソースでいいな」
「「さすが俺(私)たちの息子、分かってる~!」」
揃いも揃って子供舌かよ。さっきのピーマンと言い、まるで食べ物のことなんて考えられない場所に長年居たような異世界……以下略。
「……行ってきます」
「「いってらっしゃーい!」」
俺は自宅の扉を開け、午後の陽気の中、近くのスーパーへと足を向けた。




