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第二王子の婚約破棄とその後の話  作者: とこ


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6/11

6 フェデリカ

 アーサーはコリン男爵領の視察に回った。

 各地域のまとめ役と、商業地区の代表とも面会した。

 誰しもが王宮から出されたアーサーに始めは良い顔をしなかったが、だからと言って領主が不在というのも困るため、拒絶されることはなかった。


「案外、受け入れられたようで良かったです」


 執務室でルディがほっとした様子を見せている。


「コリン男爵が捕まって二週間、その間に領主の承諾が必要な事業が偶然溜まったから困っていたようだったな。今日その承諾が得られて、かつその場で間違いも訂正してやったんだから、感謝せざるを得ないだろう」


 アーサーはくすくすと笑っていると、コナーが紅茶を出しながら言った。


「そうですね、偶然。偶然なんですか?」

「偶然だよ。なあ、ルディ?」

「偶然ですよ!先月、コリン男爵領の年間スケジュールを手に入れたので報告してはいましたが、すぐに捕まるだなんて思っていませんでしたから!」


 アーサーは楽しそうに紅茶を飲んだ。


「ああ、美味しい。そのスケジュールを見て、必ず屋敷にいるタイミングというのが分かったから、捕縛する日時が決まったんだ。その直ぐ後に偶然事業の書類が来ていただけで」


 コナーは、はあ、とため息を吐いた。


「そうですね、確かにコリン男爵は商会の仕事でこの屋敷に居ないことも多かったですし、数々の罪がありましたから、どこかへ隠れている可能性も否定できませんでしたよね。ですから、確実に屋敷にいる日で、その後事業の予定があった所を狙って、領地が混乱している間に救世主のようにアーサー様が来たと」

「そうだ。偶然、な」


 ルディは、あれ?と首を傾げたが、アーサーとコナーはそれ以上は何も言わなかった。



「アーサー様あ、お久しぶりですう。フェリは実家に帰れて嬉しい」


 久しぶりに見たフェデリカは、両親や親族達が捕まったとは思えない程、調子が良さそうだった。


「ああ、やっと一緒になれて僕も嬉しいよ。フェデリカの部屋を改めて用意したんだ」


 アーサーは笑顔を作ってフェデリカを出迎えた。

 フェデリカの部屋には大量の花束が置かれ、アーサーは跪いた。


「これからも一緒にいてくれるかい?」


 大きな宝石を誂えた指輪を出すと、フェデリカは喜んで飛び付いてきた。


「ええ!もちろん!嬉しいわ!」



 アーサーはその日の夜、自室に戻ると着替えをした。


「……香水臭い。この服は、フェデリカに会う時専用で。衣装棚も分けるか。うん、それがいい。匂いは移るからな」


 衣装棚の整理をしていると、コナーが部屋を訪ねてきた。


「アーサー様、何か物音が……衣替えですか?」

「香水臭くなった服を分けてるんだよ。食欲が失せるだろ」

「ああ……なるほど」


 せっかく来ましたから、と言ってコナーも手伝い、すぐに作業を終えた。


「来たついでに報告しておきます。というか、本当にすごい嗅覚ですね。フェデリカ様の使用される化粧品は、やはり例の物と同じであると報告がありました。香水もあまり質の良い物ではなく、侍女も使用を控えるよう助言したそうです」

「やはりそうか。化粧も香水も自分でしているか?」

「はい。ご本人のこだわりだそうで」

「それで良い。むしろ、化粧の時間は一人にさせるようにして、湯浴みも最初の洗顔は自分でさせるよう促せ。高貴な肌に触れられないとか言えば大丈夫だろう。僕も本人に伝えておく」

「分かりました。そのように」


 やっとゆっくり寝られる時間になり、アーサーは短剣を持ってベッドに入る。

 王宮であれば何かあっても近衛騎士がいたが、ここには隣室にコナーがいるくらいだ。コナーも夜は就寝するように伝えている。アーサーは自分の身を守るのは自分しかいないと気付いてから、時間と体力が許す限り王宮騎士団の訓練に参加していた。その成果を発揮する機会がない事を祈るだけだ。



「おはようフェデリカ」


 朝早く、フェデリカの部屋を訪ねる。化粧前の、普段とは別人のような顔だ。


「あ!アーサー様!?は、恥ずかしいですう!」


 乱れた服よりも顔を隠し、ベッド上で後ずさる。


「何が恥ずかしいの?夫婦なのに?」


 アーサーはフェデリカのベッドに腰を下ろした。


「全然起きなかったから、昨夜はそのまま寝たんだよ。疲れているだろう?実家と言ってもご両親は居ないし、使用人達も入れ替わってしまったから」


 フェデリカはアーサーの言葉に驚いたらしい。


「えええ!?ずっといたの!?うそお!恥ずかしい!!」


 どうやら両親のことや屋敷のことは二の次のようだがアーサーにとっては想定内だった。


「そうだよ。君は枕に顔を沈めていたからあまり顔を眺められなかったんだ」


 フェデリカは小声で良かったと言っている。どうやら素顔は見せたくないようだ。


「そろそろ侍女達が来る時間かな。ああ、フェデリカの高貴で美しい顔に彼女達が触れるのは嫉妬してしまうかもしれないな」

「大丈夫ですわ!私の顔はアーサー様だけの物ですから!触らせませんわ!!」

「本当に?じゃあ、化粧や湯浴みの洗顔は侍女達にさせないように言っちゃうよ?」

「もちろん!構いませんわ!!」

「じゃあ、よく伝えておくよ。準備ができたら朝食にしよう」


 フェデリカの手の甲にキスを落とし、アーサーは部屋を出た。ちょうど侍女が朝の支度に来ている所に居合わせる。


「フェデリカの身支度、特に化粧はこだわりがあるみたいだから本人の好きにさせてやって欲しい」

「かしこまりました」


 執務室に行くと、ルディが早速フェデリカについての報告書を渡してきた。


「昨夜、コナーから軽く聞いている。まあ、やはりな。ルディ、これは止めはしない。分かるな?」

「はい。本人の意思を尊重し、助言に留めるよう侍女達にも伝えております。ところで、フェデリカ様のお部屋で過ごされたのですか?」

「ああ、少し部屋に入っただけで臭うな。さっき部屋に行っただけだ。僕の服も落としておいたし、ちょうど侍女ともすれ違ったから、いい感じに勘違いをしてもらいたい」


 アーサーは得意気にそう言って書類の処理を始めた。しばらくすると、コナーが朝食が出来たと呼びに来た。

 ここに来てから、コナーには食事の全てを任せている。


「アーサー様、使用人達が騒いでおりましたよ。早速夜を過ごされたとか」

「ほらルディ、いい感じになっただろう」

「朝ちょっと部屋に入っただけで……」

「ああ、なるほど。考えましたね」


 食堂で少し待つと、フェデリカも来た。先程とは違う顔に、アーサーは育ち方が違えば芸術家になれただろうにと思いながら食事を始めた。

 アーサーは食事の途中で度々フェデリカに声を掛ける。


「フェリ、無理はしていない?」

「フェリは疲れているだろうから執務も無理しない程度にね」

「ねえフェリ、また部屋を訪ねても良いかな」


 アーサーの言葉にフェデリカも喜んで答え、使用人達の憶測を確信に変える。


 その日の夜、フェデリカは化粧をしたままアーサーを待っていた。

 アーサーは果実水を飲むよう勧めると、フェデリカはそれを口にし、眠りについた。


「コナー、手伝ってくれ」


 部屋のすぐ外に控えていたコナーを呼び込んだ。

 睡眠薬の入った果実水を、入っていないものと入れ替える。フェデリカをベッドに寝かせた。


「こんなもんか。それっぽくなったか?」

「ええ、侍女達も何も疑わないかと」

「よし、それじゃあ私室に戻るよ」

「また朝に?」

「そうするつもりだ。ああ、効果は分からないが香を焚いておく」


 アーサーは部屋を出る前に香に火を点けた。


「フェデリカ、良い夢を。コナー、朝になったら侍女達に時間を遅らせてフェデリカを起こすように伝えておいてくれ」

「はい。それにしても、そんな怪しい香はどこで?」

「コリン男爵の違法入手コレクションからな。沢山あったからいくつか盗んでおいた」

「私の主はいつから手癖まで悪くなったのか……」


 呆れるコナーを尻目に、アーサーは明日も早く起きるため就寝することにした。



 翌朝、アーサーは音を立てずにフェデリカの部屋に入った。

 香の匂いが立ち込めており、口元に腕を当てて急いで窓を開け、テラスに出た。

 フェデリカの部屋の窓からは近くの森と、町が見える。


「ああ、森で狩りをして、成果を持って町に向かう様子が見えるようになっているのか」


 暫く外を眺めていたが、フェデリカが起きる気配を感じて部屋に戻った。


「アーサー様あ」


 夢うつつのようなフェデリカの顔面はひと目見ただけで酷いとしか言い表せない様相だ。


「フェリ、おはよう」


 アーサーがまるでずっとそこへ居たかのようにベッドに腰を下ろして声を掛けると、フェデリカは重たそうな瞼を開けた。


「アーサー様!」


 溶けたような表情、という表現よりも、色々溶け切った顔面、という方がしっくり来る顔にフェデリカも気付いたようで、枕を抱きしめて顔を覆った。


「その、昨夜はとっても……」

「ああ、とても可愛らしかった」

「もう!……身を整えますから……」

「分かった。また後でね」


 アーサーはフェデリカの足を少しだけ触れ、部屋を出た。



「香の効果はちゃんとあったようだ」


 執務室で領地の書類を処理しながらそう呟くと、コナーが咳込んだ。


「それ今言います?」

「まあ、これで一つクリアしたと言うことだ」


 ルディは何のことか全く把握していないため、二人の顔を交互に見ている。


「昨夜は睡眠薬を飲ませて、幻覚を見る香を焚いてフェデリカを部屋に一人置いてきた。今朝の様子から、フェデリカの中では僕と熱い夜を過ごしたことになっていたということだ」

「それで大丈夫なんです?」

「フェデリカ本人と僕がそう過ごしたと言えばそれが事実になるだろう」

「なるほど」

「なんだルディ、意外と驚かないんだな」

「ええ、まあ。アーサー様に慣れたと言うか、やりそうだなと。後は、案外あっさりフェデリカ様も騙されたんだなと」


 アーサーも、こんなに上手くいくとは思わなかったと言って笑っていると、ルディがふと呟いた。


「それにしても、幻覚の中でアーサー様はどんな感じだったんでしょうね?」


 一瞬沈黙したが、コナーも笑いが堪えられなくなった。


「想像するなよ!やめてくれ!」


 アーサーが焦ってその話を切り上げたが、ルディとコナーは暫く笑っていた。



「それにしても、コリン商会は手広くやっているな。違法にしていた事業は全て切ったが、それでも数が多い。大口の契約先と、小口でも王国にとって重要な相手になる相手には直接会って話をする必要があるだろう。三ヶ月程で回れるか。ルディ、この取引先全部回るよう日程を組んでくれ」


 入って来たばかりの領地を留守にすることは避けたかったが、こればかりは仕方ないとアーサーは考えている。


「帰って来た頃に、領民との宴を催すか。取引先の土地の物を振舞って、ついでに結婚式みたいなことをしておけば良いか」


 それから、とアーサーはルディに追加の注文をすることにした。


「ルディ、フェデリカの様子から三ヶ月は持つと思うか?」

「……難しいかと」

「フェデリカに着いている専属侍女なら何か良い案が出るかもしれないな。呼んでくれ」


 ルディは直ぐに専属侍女のルースを呼び出した。


「お呼びでしょうか、アーサー様」


 まだ若い彼女は、男爵家出身だ。男爵令嬢であるフェデリカに仕えられるのは同じ様に下位貴族、もしくは平民しかいない。王宮侍女の中から、身分が高くないが勤勉で真面目な働きぶりの者を以前から専属侍女になるよう教育していた。


「ああ、ルース。フェデリカの日中の様子だが、遠慮なく教えて欲しい。貴族家の夫人として、刺繍や読書、それから屋敷内の執務で何が得意で、何だとあまり取り組みたがらないか」


 ルースは少し考えているが、意を決したようにこう言った。


「アーサー様の前でこのような事を申し上げるのも大変不敬だとは思うのですが、フェデリカ様は見目麗しい男性がその場にいらっしゃると、かなりやる気を出しておられます。反対に、年上の女性や一般的なお顔立ちの男性がいらっしゃいますと、途端に興味が無くなるようです。どの分野、という訳でもないと感じています」


 ルディが、見目麗しい男性、と呟いた。アーサーは、フェデリカが王妃宮で王子妃教育をした際の報告書を見直した。各項目の成績と、講師の名前を見て顔を思い出す。


「確かに、講師の顔面偏差値が高い項目は点数も高いな」


 顔面偏差値、とルディが呟いている。


「今度、事業の関係で暫く留守にするが、その間にフェデリカの話し相手を雇うつもりでいる。ルディ、ルースと相談してその話し相手を選出しておくように」

「え?あ、はい」

「かしこまりました」


 戸惑うルディだが、ルースがしっかりしている様なのでアーサーは任せることにした。



「フェデリカ、しばらく留守にするけれど、僕を忘れないでくれよ」


 アーサーは思ってもいない事をフェデリカに伝えて、屋敷を出た。


「ええ、お待ちしておりますわ」


 フェデリカは隣に並んだ男性をちらちらと気にかけながらアーサーを見送った。


「アーサー様、アレで大丈夫でしょうか」


 馬車の中でカードゲームをしながらルディがそう言った。


「ああ、完璧な人選だ。貴族家出身の男娼とは、良い目の付け所だ。貴族家のタブーも分かっていて所作も問題無い。僕の身分も背後にいるかもしれない者も理解しているから余計な事はしないだろう」


 アーサーはルディの手腕に感心しながら手元のカードから一枚抜き取った。そこには道化師が描かれており、これは誰に当たるだろうかと考える。

 全て掌の上で転がされるような生活をしているフェデリカか、王位継承権を捨てて興味も無い女を養っているアーサー自身か。


「腹が減ったな」

「そろそろ、お昼ですからね。コナー!」


 御者の隣にいるコナーに、ルディが馬車の中から声を掛けた。整備された道のためそんなに大声を出す必要はないし、馬車の中で響いてうるさいと思ったが、コナーが注意するだろうと思いアーサーは何も言わないことにした。


「ルディ煩いですよ。アーサー様の耳が悪くなります」


 ほらやっぱり、そう思ってアーサーは口角を上げた。

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