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第二王子の婚約破棄とその後の話  作者: とこ


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4/11

4 あなたの好きに

 アーサーは目の前で繰り広げられるやり取りをゆったりとした気持ちで眺めていた。


「アーサー殿下、私が何をしましたか?」


 スザンナにそう言われ、アーサーはゆっくりと口を開いた。


「何をしたか、それは先程貴族院で話した通りだ。また、報告書を読んでいないのか?」

「読みました。しかし、あのような言われ方をされても」

「報告書を読むよう言われた、だが状況と関係性、心情からその必要を感じなかった。その思考は弱点になるだろう」


 アーサーは退屈そうに笑った。スザンナは話が通じない相手だとでも思ったのかそれ以上は何も言わなかった。

 マーレー公爵も、貴族院での様子からスザンナを擁護することを諦めたようで王妃と王弟の話を受け入れるようだった。


「それでは、スザンナ嬢がドレスや報告書の件を含めアーサーからの政治的指示に反したこと、またフェデリカ・コリン男爵令嬢の件については外交へも影響を出しかねなかったこと。これらの理由による婚約破棄でよろしいですわね?マーレー公爵」

「はい、そのように」


 それぞれが、合意の為のサインをした。そして最後、アーサーはこう告げた。


「それではマーレー公爵。スザンナ嬢の婚約破棄という話はここまで。それで、どういった責任の取り方をしますか?まさか、婚約破棄だけで終わる話ではないでしょう。スザンナ嬢自身と、その態度を助長させた者達の処分を決めなくてはなりませんね」


 驚いたのはマーレー公爵だけではない。スザンナはもちろんだが、王妃と王弟も聞いていなかった話に不快感を示す表情をしている。


「お母様、叔父様、これは私の世代でのお話です。手出しは無用ですよ。マーレー公爵、スザンナ嬢、案内があるまでここで待つように」


 アーサーは王妃の隣に行くと、耳打ちした。


「フェデリカの地盤を固めなくてはならないでしょう。その為に、スザンナ周りの令嬢をしばらく黙らせなくては」


 王妃は納得したようで、アーサーを信用しているように頷いた。王妃がそうならと、王弟も退室し、アーサーもそれに続いた。



 アーサーは執務室に戻ると、コナーが用意していた軽食を食べ、食後の紅茶を飲んでいる。


「ああ美味しかった、ありがとう。そろそろ行くかな。兄さんの気が変わってなかったら良いけど。ルディ、忘れ物は無いかもう一度見ておいて」


 コナーは食器を片付け、ルディは書類をもう一度見ている。


「アーサー王子殿下、王太子殿下よりお呼び出しでございます」


 難しい顔をした王太子の側近に連れられ、アーサー達は王太子宮へ向かった。



「やあ、久しぶりだね。こちらは先程ぶりかな?」

「アーサー、口を慎め」


 王太子がアーサーの話を遮って着席するよう促した。マーレー公爵とスザンナ、アーサーに王太子とその婚約者まで揃っている。

 王太子宮とあって、王太子が話を始める。


「マーレー公爵。あなたが今回の婚約破棄騒動で何を得たか教えて下さい」


 マーレー公爵は眉間に力を入れて歯をギリリと鳴らした。


「何を得たか、だと?そこの第二王子にまんまと騙されて一人娘が婚約破棄させられたというのに。私の貴族院での影響力も低く見られたものだ」


 この若造が、と言葉に出さずとも聞こえてくるような圧力でそう語ったが、王太子は表情を全く変えずに淡々と受け止めた。


「スザンナ嬢という一人娘の婚約が無くなったのですから、もちろん彼女があなたの後継者であり、次期公爵ですよね?」


 マーレー公爵は一瞬、ぐっと詰まったが、首を横に振った。


「元々、スザンナを嫁に出すことになって甥を後継者になるよう教育をした。金をかけたのだから、そこは譲れないな。どの道、スザンナだって経歴に大きな傷を付けられたのだから婿の貰い手にも困るだろう」

「そうですか?成人前の婚約破棄については家門同士の事情も多く、近年にもいくつかの例がありますよ。マーレー公爵家が直系でない者を後継者に置くほうが前例が無いのでは?」

「前例の無いような事を王家にしてやったと言うのにそれを台無しにしたのは誰だ!」


 マーレー公爵は椅子から勢いよく立ち上がり、アーサーを指差した。


「外国に目を向けるより先に、自身の婚約者を大切にも出来なかったのはお前ではないか!」


 声を荒らげたマーレー公爵を見て、アーサーは笑った。


「何を笑っている!」

「マーレー公爵は、とても夫人を大切にされているのですね。それなら夫人が腹を痛めて産んだ娘を後継者に置けばよいのに。婚約を提案するにしても、なぜ王家へ嫁ぐ形で交渉を?」

「王太子殿下の地盤固めの為にだ。まだお前達が幼い頃の決定事項だった」


 アーサーは微笑みを絶やさず、紅茶に口を付けた。


「この紅茶は渋味が強いな、僕の好みではない。ところで公爵、婚約が決まった時、僕らは幼かった。だから詳しい話は記録を見るしか方法が無いんだが、どうしても矛盾している箇所があってね、真実を教えて欲しいんだ」


 アーサーは部屋の隅に控えているルディに目配せをして、書類を用意させた。

 アーサーは王太子の側近にそれを配るよう指示し、その間にコナーへティーカップを渡した。


「こんなのはでたらめだ!」


 書類を一目見て、マーレー公爵はテーブルを叩いた。

 そこには、スザンナの父親がマーレー公爵ではないという事実が書かれていた。


「この産婆だって、高位貴族家から信用のある者で、間違ってもこの記録を簡単に見せる人ではない!」


 アーサーは、コナーが淹れ直した紅茶を一口飲み、優雅にひと息つくと、怒りに震えるマーレー公爵に微笑みかけた。


「だから、ここまで時間が掛かったんだよ。信用を得る為に三年掛けた、と言えば良いかな?」

「は!?三年?王家の手の者を三年働かせたのか!?」

「それ以上は教えられないよ」


 アーサーは秘密、と言って人差し指を唇に当てた。

 その時、この場で初めてスザンナが口を開いた。


「三年も前から、私の出自を疑っていたのですか?」


 スザンナの表情は固く、目を見開いて驚いているようだった。


「さあ?情報の経路を教える訳ないだろう。まあ、こちらとしては君達がさっさと何か決定的な過失をしてくれれば調査を取り止めても良かったんだけどね。このカードを残さないといけなくなったという結果かな?」


 スザンナはアーサーの答えに対して、過失、と呟いた。


「例えばだけどね、王妃の庇護下にあったフェデリカに対して暴力や暴言、証拠の残るような嫌がらせなんかをしてくれたらもっと楽に婚約破棄できたよねって話だよ。でも君の周囲の令嬢達は賢かったね。無関心を決め込んだ。それで僕の方も少し、得た情報が更新されなかったりして困ったものだったな。元々、僕は血筋が怪しい君との円滑な婚約破棄を望んでいただけだったからね、ドレスだとか報告書だとか、小細工を積み重ねるのは手間だったよ。まあ、それだけじゃやっぱり公爵も納得しないだろう?大方、僕の我儘で婚約破棄されたって話を派閥内の家門に伝えて王家を糾弾しようとしていただろうから、この話を出す事にしたんだよ」

「それでは、始めから私の出自を問いただせば良かったのではないのですか?」


 アーサーはやれやれ、といった風に首を振った。アーサーはこれ以上答えるつもりはないと、王太子へ視線を向けた。


「スザンナ嬢はマーレー公爵家を継がないように育てられたから、そう簡単に言えるのだろうか。それとも王子妃教育も見直さなくてはならないのかもしれない。さて、王家を騙した家門を信用できるだろうか。それに騙された王家を信用できるか。スザンナ嬢一人の事で、それら全てに対しての責任が取れるか?」


 スザンナは押し黙ったが、王太子は更に話を続けた。


「このスキャンダルを世間に晒し出して婚約破棄することも出来る。マーレー公爵、それを望むか?」


 マーレー公爵は力無く首を横に振った。


「世間に晒されることは望まない」

「しかしマーレー公爵も大胆ですね。公爵家の血を引かない者を王家に差し出すだなんて」

「……仕方の無いことだった」


 マーレー公爵はぽつりぽつりと、話し始めた。


「私の世代ではあのバーノン侯爵家に王妃の座を取られたのだから、子は王族に準ずる立場を勝ち取らなければと思っていた。それがどうだ、そもそも子供が出来なかった。やっと出来たと思ったら私の子では無いと言う。それならその子を使う他無い。実にちょうど良かった。王家の王子は二人、そこへ嫁に出せさえすれば、貴族院での地位も維持できる上に、公爵家は血の繋がった甥を後継者に出来る。流石に王太子妃、王妃になる者に血の繋がらない子を出す訳には行かないと思ったところ、辺境伯の重用を進めていたから文句無しにそれを勧めた。案の定反論もあったからそれを収める形に持っていけた。何もかも、私に都合良く進められたのだ」


 アーサーは項垂れるマーレー公爵を見て笑いを堪えられなくなった。


「ああ、面白い。本当に良い話だ。マーレー公爵、もっとあなたにとって都合良い話がある。ああ、本当に。コナー、ちょっとお菓子を変えてくれ。とても気分が良い」


 コナーがアーサーの前に置かれていたお菓子を入れ替えた。

 アーサーはそのお菓子に手を伸ばし、王太子にも勧めたが手で制された。


「アーサー、行儀が悪い。マーレー公爵、その言葉を信じてやろうと思う。こちらの条件を受け入れられるのなら、マーレー公爵家の後継については任せるとしよう」

「条件、とは」


 王太子は一枚の紙を差し出した。


「これが、今回の処分だ。これを全て受け入れるのなら王家からマーレー公爵家の後継やスザンナの出自について今後一切口を出すことは無い」


一、スザンナ・マーレーは政治的指示に反し外交に影響を与えた責任は重いとし、第二王子アーサーとの婚約は破棄とする。

二、スザンナ・マーレーは三年間の入国を禁ずる。

三、スザンナ・マーレーの言動を助長した以下の者は各家門で再教育をすること。また教育へ専念させるため三年間王都へ入ることを禁ずる。現在の婚約については全員一度白紙とし、家門当主の判断により再考すること。

 メリッサ、キャリー、ポーラ、キアラ、グレース


 マーレー公爵は何度か読み返した後、深く頷いた。


「そうだな。スザンナの出自と引き換えになら、むしろこの罪を着せて国外に出る方が痛手はない。これだけの事をしたのだからと言うことで、後継者についても予定通り甥を置くことが出来る。ただやはりこの三つ目は必要になるか」


 ここで初めて王太子の婚約者、エレナ・トールが口を開いた。


「スザンナ嬢を随分慕っていたようでしたから、せめて王都で騒がれないようにしなくてはなりません。彼女達が、スザンナ嬢を取り戻す為に働きかけた結果、彼女を次期公爵にとの助言が派閥内から上がる可能性も高いと。社交界のスキャンダルなんて、一年もすれば収まりますが、保険をかけて三年としております。また、元々婚約を取り止めるべき家門がありましたので、騒動に乗じる形で王宮からの婚約白紙を命じました。一部の婚約を継続して良い家門については個別に交渉済みです」


 マーレー公爵は、エレナの言葉に頷くと、一つの提案を持ち掛けた。


「各家門への謝罪と賠償はマーレー公爵家から行う。もちろん、秘密裏に」

「それが最も穏やかな処理でしょう。その提案を受け入れます。ただし、キアラ・ウッズ子爵令嬢への賠償だけは不要です」


 マーレー公爵は家門の事業を思い出し、ああと納得したように答えた。


「なるほど、そちらの予定が」


 エレナは微笑みで返事をした。

 一連のやり取りを見ていたアーサーは、一段落ついたとでもいうようなため息を漏らした。


「じゃあ、話は纏ったかな。僕はこの決まった事を王妃陛下に伝えなくてはならないからね。この処分は、王妃陛下と王弟殿下の連名で出すよ。公爵、それでいいね?」

「国王陛下は関与しなかったということだな。もちろん、構わない。それにスザンナの友人達も家門までは公表しないという配慮をされているのは頭のある当主なら気付くだろう」


 それじゃあ、と言ってアーサーは早々に席を立った。部屋を出る前、そうだ、と言ってルディから書類の束を受け取った。


「スザンナ・マーレー。これまで婚約者としての役割に感謝する。これはあなたの好きに使うと良い」


 ばさりと、スザンナの前にその書類を置き、部屋を出た。


「ルディ、コナー。このまま王妃宮に行く」


 二人を従えたまま、急ぎ足で向かっている中、ルディが耳打ちした。


「良かったんですか?」

「何が?」

「いやその、渡したじゃないですか、シュペルグへの留学許可証と費用負担の書類を。こう、相手の反応を見るとか」


 アーサーはルディの背中を強めに叩いた。


「要らないって言われたら馬鹿みたいだろ。代わりの何かもっと良い物を寄越せなんて言われてみろ、会議が長引いて仕方ない」

「確かに、そうですね」

「それに、好きに使えと言ったんだ。別に使わなくても良い」


 アーサーはただ、スザンナの好きにすればいいと、彼女が選べば良いとだけ願った。

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