2 婚約者の出自
アーサーは貴族学園に入学した。慣例の通りに学園側が選定した護衛が付けられ、また同級生の側近候補が補充された。もちろん、王宮で自らが選んだコナーも年上のルディも学園内で関わることはない。
学園から王宮に帰ったアーサーはため息をついた。
「軽食の用意がありますよ」
「頼む」
コナーが侍従に指示を出して準備をさせる。
「ルディ、書類は?」
「こちらにあります」
アーサーは書類に目を通しサインをしていく。国王や王太子まで上げる必要の無い物はアーサーと王弟に処理が回される。
「こっちは兄さんへ回してくれ」
アーサーの判断によっていくつかの書類は王太子へ回す。王太子の方では優秀な側近がまたその書類を見て王太子が処理すべきか否かを判断する。
ルディが部屋を出た所で、アーサーは悩みの種になっている情報について考える。
「学園の側近はいかがですか」
コナーが察したように声を掛けた。
「あれらはだめだ。三年間の辛抱を、何故王族である僕がしなくてはならないのか。使い物にならないなら無い方がましだ」
用意された軽食を食べながら、アーサーは髪をかき上げた。
「とてもじゃないが、国家機密を扱える人格は無い」
それから、とアーサーは更に不満を漏らす。
「あの鬱陶しい男爵令嬢もいい加減どうにかして欲しいところだが、どうにもあいつらは懐柔され始めている」
コナーはぶっと吹き出した。
「懐柔?側近候補達が?」
「休日の予定も何もかも筒抜けだ。それにあの男爵家、どうにも王妃の生家、バーノン侯爵家とも繋がりがある。怪しい事この上ないが故に、僕の方ではどうしようもない」
何かと纏わりつくようにやって来る男爵令嬢、フェデリカ・コリン。学園内のどこにいても目の前に現れ、アーサーは下手な刺客より上だとまで思っている。
「一応は王妃の派閥に肩入れしておかないとバランスが取れないからな。今頃影達が報告しているだろうから、動きを待つだけだ。美味しかった、ありがとう」
軽食を終えて、アーサーは王宮騎士団へ顔を出した。
「アーサー王子殿下は専属の近衛騎士は付けられないのですか?」
騎士団長にそう言われ、アーサーはああ、と返事をする。騎士団長や宰相は王族に直接話し掛けられる数少ない役職だ。
「いつかは王宮を出る身だ。専属の近衛騎士を独占するよりも、王宮騎士の中から近衛騎士の経験者を増やす方が良いだろう?」
「それはそうですが……」
「そうだ。学園にいる間に付けられる護衛達だが」
アーサーがそう話を切り出すと、騎士団長は眉をぴくりと動かした。
「何か問題が?」
「学園側が選定するからその基準も知らないが、彼らが専属護衛や専属近衛騎士になるかのように思われているのはどうにかならないか」
騎士団長は顎に手を当てた。
「これまでも学園の選定した護衛達が、卒業後に専属護衛等に命じられることはありましたから、やはり本人達も周りも期待はしているのではないのでしょうか」
「期待か……」
「いっそ、専属の護衛や騎士はこれ以上付けないと公表してしまえばとも思いますが、騎士達のやる気や、殿下ご自身の王宮内での立ち位置等に関わりますから、私としてはあまり勧められませんね。ほら、今も専属近衛騎士を持たない殿下が来たのを見て、その立場を勝ち取ろうと張り切っている騎士がいますよ」
アーサーは騎士団長の言葉に深くため息をついた。
「そのようなため息をつかれるということは、現在の護衛達に何か問題が?」
「そうだな。問題が無ければため息なんてつかないだろう」
「申し訳ございません。こちらの落ち度です。どのような問題でしょうか」
「先程言っていたように期待するのは構わない。そうなりたい、そうなる筈だと周りに触れて回るのも僕の生活に支障を出すものではない。ただ、王族の専属護衛、専属騎士になるつもりでいるのなら、それなりの職務態度があるだろう。そこをクリアせずして、将来を語るなということだ」
騎士団長は重ねてアーサーに謝罪した。しかし、アーサーも学園での側近達と同様、護衛達にも多くを求めてはいない。学園が王宮騎士達の中から選定し、騎士団長にさえその決定権は無い。学園の護衛に関して何の力も持たない騎士団長にアーサーは何も求めていないとだけ言って、騎士団の訓練に加わった。
アーサーはルディが持ち出した情報を何度か読み返した。
「ルディとコナー以外は外してくれ」
そう指示して、まだ見ていないコナーへ情報を見せる。
「……アーサー殿下、これは……ルディ、確かな情報か?」
「いや、これはマーレー公爵夫人の看護をしていた者がメモしたものだ」
「メモ?メモを保管していたのか?」
「そうだ。産婆の部下のような立場の者達がいるんだが、彼女達が世話をする上で必要なことをこのメモのように書き記して行き、さらに重要な内容だけを、今度はさらに厳重に保管する記録に書き写すというやり方らしい。几帳面な産婆だから、何かあった時の為にと、こちらの記録も残していた」
ルディはさらに説明を続ける。
「マーレー公爵夫人がスザンナの出産時に産婆達へ伝えた、スザンナの血縁上の父親とされる者の持病や身体的特徴は、マーレー公爵とは違うようでした」
アーサーは頬杖をついて情報が書かれた紙をトントンと叩いた。
「スザンナ・マーレーは、マーレー公爵の血を引かない、不貞の子だということだな。もちろん、王宮へはそのような申告はなく、実子とされている」
さて、この情報をどう使おうかとアーサーは考える。
「ルディ、その厳重に保管されている記録の方は確認出来そうか?」
「そこまでは辿り着けずにいます。産婆の信用を得るためには時間が必要かと。強引に行こうと思えばまた別ですが」
「いや、いくつもの家門に伝のある産婆だ。怒りを買う必要はない。時間を掛けて良い。ただこの記録を書いた者の証言と筆跡鑑定は先に済ませておくように」
この情報を掴んだ時点で、スザンナとの婚約も終わったようなものだとアーサーは笑った。
「マーレー公爵も大胆なことをしてくれた。このまま公表したとしても、王家が欺かれたことに変わりないだろう。コナー、なぜスザンナが僕の婚約者になったか知っているか」
「ええ、もちろん。王太子殿下の婚約者が辺境伯令嬢でしたから、家門のバランスを保つ為にと」
「そうだ。公爵令嬢を第二王子妃に置けば、誰も王太子妃へ文句が言えないだろう。特に煩いのは王妃やバーノン侯爵家。そこを黙らせる為の婚約だった」
その婚約が無くなりそうとあっては、王太子の地盤も危うくなる可能性も考えなくてはならない。アーサーはこの王国を維持する為の策へ思考を巡らせた。
「……そうか、ちょうど良いのがいるじゃないか。あれが予想通りの者であれば使える」




