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11 余談、関係者の話【完結】

アーサーと関わった人達のお話です。

★★★騎士団長★★★


 甥が第二王子の専属護衛になった。


 元々、騎士団長は騎士の家系だが、母親はレストラン経営者の娘だった。弟はあまり体を動かすことに興味が無く、母親の実家で料理人として生きていくことを選んだ。

 そして生まれた甥達は、揃って料理人になるように修行をさせたそうだが三男のコナーは何故か近衛騎士を目指すと言う。


「どうせレストラン継げないし。好きな物を作りたいからさ。それなら給金の良い仕事をして好きに料理する方が良いに決まってる。近衛騎士ってけっこう貰えるでしょ?そしたら、良い家を借りて好きなだけ料理ができるじゃん」


 そんな動機で騎士が務まるものかと思ったが、実戦も訓練も座学まで非常に優秀だった。

 王宮騎士の試験に合格し、順調に出世した彼は近衛騎士になった。ここまで来れば認めざるを得ない。


「第二王子殿下の専属護衛に選ばれた」


 騎士団長としては、専属近衛騎士に選ばれた方が嬉しかったが、第二王子は身の回りに人を集めるのを嫌う性格のようで、専属の護衛や騎士を付けなかった彼が唯一選んだのがコナーだと言う。それはとても名誉なことだと、喜ぶ事にした。


 第二王子は度々、いやほぼ毎日騎士団へ顔を出している。体を動かすのが好きなのかと訊ねると、考えが纏まるのだと言う。書類ばかり見ている人にしか分からない感覚なのかもしれないが、それにしても第二王子は一生懸命に訓練へ参加する。まるで、命の危険が迫っているかのようだった。そして、偶に頭を過ぎるのは彼が言った言葉だ。


「騎士団長。あなたの甥はとても優秀だから、今後も頼りにしている。何かあったとしても、彼を信用してやってほしい」


 コナーの事だろうが、何も聞き返すなという気配を感じてそれ以降この話題に触れていない。


 そしてそれは嫌な予感というか、第二王子は学園の卒業パーティーで公爵令嬢との婚約破棄騒動を起こした。

 思い返せば、公爵令嬢が王宮に訪問することは年々減っていた。何か外交関係での意見が食い違ったそうだ。公爵令嬢の周りの令嬢達もその騒動に巻き込まれたが、家門の名前も出されず、また王妃の外交戦略が絡んでいたようで、国王や王太子の手は出されずに処理されたという印象だ。

 噂では、公爵が令嬢の各家門へ賠償したという。

 それなら、第二王子に痛手は無かったのか。と言えばそうでも無く、結局王妃の外交戦略の絡みで男爵令嬢と婚約することになった。


「コナー、第二王子殿下の婚約者はその……かなり個性的だな」


 仕事で騎士団長室を訪ねてきたコナーにそう言った。


「王妃陛下の勧めですからね」


 つまりは、第二王子が選んだ相手ではないということらしい。確かに、騎士団長から見ても通常の判断力がある者ならわざわざ選ぶ相手ではない。


 そして暫く経った頃、第二王子の婚約破棄騒動なんて忘れるくらいの出来事が起きた。


「王妃陛下と王弟殿下を捕縛する」


 その捕縛を騎士に命じるのは騎士団長の仕事だ。王妃は生家であるバーノン侯爵家、その取引先のコリン男爵家と癒着し、国内に質の悪い外国の鉱物や違法な商品を流していた。その流通を助けたのが王弟だった。


「コリン男爵と言えば……第二王子殿下の」


 第二王子の婚約者はコリン男爵家の令嬢だった。今回、捕縛の指示まで速やかに行えたのは、第二王子と、その男爵令嬢が王宮へ告発したことがきっかけだったようだ。

 しかし、重い罪を背負った男爵家の娘を婚約者に置いている第二王子は、貴族院での信頼を失う。それは王族への信頼も失わせてしまうことから、彼は王位継承権を放棄し、王族の籍からも抜くことになった。

 彼は空白となったコリン男爵領の領主という立場に落ち着いた。王族でも貴族でも無く、しかし平民とも言えないだろう立場に、騎士団長は困惑した。


「コナー、お前は王宮に残ったらどうだ」


 騎士団長として、甥だからという理由でなく、優秀な部下を貴族か王族かも分からない、むしろそのどちらにも属さない主の下に置く事に不安を感じていた。


「嫌ですよ。昔から言っていたでしょう、好きな事ができる方が良い」


 コナーはむっとした顔でそう答えた。


「ほら、この焼き菓子をこれから腹を空かせた主に届けなくてはなりません」


 手にした紙袋からは甘い匂いが漂っている。


「お前護衛だよな」

「はい、護衛兼専属料理人になります」

「……お前が良いなら、それでいいか」

「はい、それではさようなら」


 軽い足取りで主の元に向かう甥を見て、騎士団長は何とも言えない気分になる。


「ああ、信用するしかないな。アーサー王子殿下はここまで予想していたのか」



 王宮は王妃に第二王子、王弟の姿も見られなくなったが、王太子の結婚式もあり活気は失われなかった。過去、臣下に下った家門の嫡男等数名が第二王子と王弟が担当していた仕事を引き継いだ。

 彼等にも近衛騎士を付けていたため、その噂を耳にすることがある。執務の量が多い事に驚いていたらしい。


 ある日、突然コナーから騎士団長個人宛に手紙が届いた。重要な内容らしく、わざわざ傭兵を雇って直接届けられた。

 機密事項だろうと思い、騎士団長は補佐官達を部屋から出してその内容を確認した。


「……ややこしい暗号だ」


 いくつかの暗号を組み合わせている。傭兵による盗み見を考慮したのだろう。

 読み解いた結果を報せるため、すぐに騎士団長は王太子宮に向かった。


「人払いはした。何があった」


 王太子の近衛騎士に急用を伝えると、直ぐに通された。人払いと言っても、側近や専属護衛、王太子妃もいる。


「アーサー様が、刺客に襲われ怪我をしたそうです」


 王太子は眉間に力を入れた。


「護衛も側近も付けず町に出た帰りに、五人の刺客に囲まれたと。一人で応戦し、少なくとも脇腹二箇所に腕、肩、足に三箇所怪我をしているが、誰にも確認させず、自身で治療したようです。怪我の事は伏せ生活されていると。主を守れない不甲斐ない護衛で大変申し訳ありません。彼も随分悔いているようですが、町の警備について助力を願いたいと」


 そう言った時、一人の側近が手紙を片手に入室した。


「殿下、アーサー様の側近、私の弟から緊急のご報告……」


 側近は騎士団長とその周りの雰囲気に気が付いたようだ。騎士団長に届いた手紙と同じ様な内容を告げた。


「アーサーは部下に慕われているようだな」


 王太子は穏やかにそう言いながら、各領地へ派遣している警備を見直すよう指示した。


「騎士団長、王宮騎士団からも地方の警備に回せる人材はあるか?」

「はい、以前から近衛騎士を各地へ派遣するということはしておりまして、今も数名各地へ駐在しています。近衛騎士の経験者というのも複数居ますので、彼らなら賊や刺客の見分けや対処に慣れております」

「これから輸出入が活発になると共に、他国から物だけでなく人も流れて来る。各地に定期的に騎士を派遣する仕組みが必要だ」

「おっしゃる通りでございます」



★★★王宮文官ラオリー★★★


「お時間いただきありがとうございます」

「私の知っている話なんかで良ければ。何も使えないかもしれないが」

「いいえ、この国王即位二十年を記念する書籍に、ぜひあの方の話も載せたいと思います。事前にご挨拶させていただきましたが、私は王宮文官のラオリー・ホールと申します。よろしくお願いいたします」


 ラオリーが握手を求めると、彼は嫌がる素振りもせずそれに応じた。


「こちらこそよろしく。アシェル・トールだ」


 二人はソファに腰掛けた。


「私も年なもので、メモを見ながらお聞きしていきますね」


 ラオリーが自嘲気味に笑いながら、ノートを出した。


「まずは、トール辺境伯様、この度は辺境伯位の継承おめでとうございます」

「ありがとう。父から譲り受けたこの爵位に恥じないよう、務めたいと思っている」

「そしてこの度は、記念書籍への、今風に言うならインタビューですね、こちらへも快く応じてくださり重ねて感謝申し上げます」

「いやあ、別に私の話ではないからね。ああ、これだけはちゃんと伝えておかないと。幼い頃世話になった人の話だから、記憶違いなんかもあるかもしれない」


 ラオリーは、ではその経緯からと、話を聞いた。


「トール辺境伯様は、なぜアーサー殿下……ここでは分かりやすくそうお呼びしますが、国王陛下の弟君の屋敷で幼少期を過ごされたのですか?」

「そうだな、辺境は良く言えば歴史を重んじる、悪く言えば古くさい風習に囚われているという事があった。それに伯母が王太子妃になったことで、辺境伯の参謀、王宮で言うところの側近が、かなりそう、何というか、他の家門やそれこそ王宮文官達に横柄な態度をとり始めたらしい」


 幼くてその現場を見たりはしていないけど、とアシェルは一言断りを入れた。


「それで、次期当主はもっと見識を広げるべきだと判断されて、領主をしていて他国との取引がある商会を持っているアーサー殿下の所で勉強させるのが良いって話が出た。辺境の様子を聞いた伯母が提案したことだと聞いている」

「王妃陛下が提案を?」

「残念なことに、国王陛下が関わることは一度もなかった。だから、実際のところどういう経緯で決まった事なのかは分からないのさ」


 申し訳ないけれど、と言ってアシェルは出されたコーヒーに口を付けた。


「では本題に入りますが、アーサー殿下はまず受け入れに関してはどのように?」

「普通に迎え入れられた。本当に普通に。別に大袈裟に歓迎されることも、無下に扱うこともなく。十歳だったけど、関係的には他人も良いところだろう?変に余所余所しく構えて行った自分が恥ずかしくなったよ」


 当時を思い出してか、アシェルは苦笑いを浮かべた。


「アーサー殿下の屋敷はどのような雰囲気だったのですか?」

「当時……王子妃って言って良いのかな、フェデリカ夫人、が良いか。夫人は既に亡くなっていたから、女主人が不在の屋敷で、だけれど夫人の専属侍女達も働いていて、夫人の部屋も残されていて、何だか不思議だなって感じていた。夫婦仲は良かったみたいで、侍女達に話を聞いたら色々教えてくれたよ」


 ラオリーはおお、と声を上げた。アーサーの妻、フェデリカについてはあまり記述が残っていない。学園時代、婚約者のいる第二王子アーサーに付き纏っていたとの事だったが、それは後に幽閉された、当時の王妃が指示したことだったようで、本来の彼女がどんな人柄だったのかはあまり語られない。アーサーが第二王子の籍を除される直前に婚姻しており、書類上は第二王子妃の経歴があるとも言える。


「フェデリカ夫人と言えば、化粧品による中毒症状で若くしてお亡くなりに。症状の経過が記録に残されていたことから研究が進み、化粧品の規制が整った話が有名ですが、そのお人柄や夫婦関係についてはあまり知られていませんよね」

「そうだね。屋敷に来て間もなく症状が出たそうだから、あまり夫人の活動的だった頃を知る人も多くはなかったけど、頭の回転は早かったと言っていたな。女性らしいと言うか、美しさのこだわりがあって……そのこだわりのせいもあって儚くなってしまったのだけど。アーサー殿下はどこに行っても贈り物を欠かさない人で、彼女もそれに飽きることなく喜んでいたそうだよ。寝たきりになってからも、彼女の部屋の周りは花を生けておくようにしたり、食事のトレイに花を添えたり、後は……そうだ、屋敷の外に、不自然に設置された花壇があるんだけど、それは夫人の部屋から見える場所にあって、それらも全部アーサー殿下の指示だって言ってたな」


 ラオリーは、ほほうと言ってペンが休むことなく動いている。


「アーサー殿下も愛情深いお人なのですね」

「まあ、普段の様子からは想像がつかなかったけどね。恋は盲目ってやつだったのかな」

「普段の様子、とは?」


 アシェルはククッと笑った。


「本当に、王子だったの?って思うくらい、軽い調子でいるんだよ。剣術の訓練もめちゃくちゃ本気でボッコボッコにされるけどずーっと笑ってて。大人って怖いんだって始めて思ったよ」

「他にフェデリカ夫人との関係について、何か印象的なことは?」


 アシェルはううんと考えている。


「気になって夫人の部屋に入ったことがあるんだ。部屋を残しているから、内部もそのままなのかと思って。だけど、綺麗に片付けられてて、殺風景だったのが意外だった。理由を聞いたら納得したけど、ちょっと寒気がしたよ」

「理由、とはどのような?」

「夫人の病状が悪化した頃、夫人は自分の衣装や装飾品は全て自分の物だと言っていたらしい。まあ、当時の感覚だと、早くに妻を亡くした人が後妻を娶ることも少なくなかったしね。アーサー殿下が、夫人にプレゼントした物を他の女性に渡したり売ったりするのが嫌だったみたいなんだ。それで、アーサー殿下は衣装類は葬儀の時に燃やして、装飾品は彼女と共に埋めたんだって。彼女以外に渡すつもりは無いって」

「それで、殺風景な部屋が出来たと」


 そういう事、と言ってアシェルは再びコーヒーに口を付け、ついでにお茶菓子も食べた。


「ああ、美味しいね。これはどこの?」

「ええっと、バトリアレストランです」

「そういうことか。懐かしい味に近い」

「ああ、バトリアレストランの料理長の弟君が護衛に居ましたね。当時の騎士団長の甥でもあると、記録を見て知りましたが」


 アシェルは懐かしい味にもう一つ、と手が出る。


「そう言えば、その護衛が料理長なんだよ。護衛兼料理人って紹介されて、揶揄われているんだと思ったら本当で驚いたよ」

「そうだったのですか。それは何故かは?」

「護衛に作らせてみたら美味しかったから、ずっと作ってもらうことにしたって言ってたな。コナーっていう護衛なんだけど、彼のお菓子もご飯も美味しくて。アーサー殿下は彼の料理で初めて食べる事に興味を持ったって言ってた」


 それから食事についてはもう一つ、とアシェルは真顔になった。


「アーサー殿下は結構ちゃんと、美味しかったとか、ありがとうとかご馳走様とか、そういう気遣いを口に出す人だったな。何か、当たり前のことかもしれないけど、きちんとしていると言うか。そういう部分は自分の父にも無かった事だったから、尊敬する」


 アシェルはうんうんと頷いている。


「屋敷での生活は、特に変わったことは無かったですか?恒例行事等は」

「ああ、面白いのは辺境で当たり前だと思っていた事がそうでないという経験をした」

「どのような?」

「辺境は風呂というのはお湯を沸かす時間も水も勿体ないからって、数人ずつまとまって入るんだよ。こっちは気を遣って、着替えを持ってアーサー殿下を訪ねたんだ。そろそろ湯浴みの時間ですよねって。そしたらめちゃくちゃ怒られて。他人の裸なんか見ても面白くないっつって。こっちは裸くらい見ても減るもんじゃないのにくらいにしか思ってなかったけど」


 アシェルは少年のようにへへ、と笑い、そういえばと何かを思い出しているようだった。


「その時に、アーサー殿下は裸じゃなかったけど服を脱ぎ始めたところだったんだよ。騎士だった父親の体を見ていたから当時は何とも思わなかったけど、アーサー殿下も体に傷痕があったな……」

「アーサー殿下と言えば、王子時代に時間があれば騎士団の訓練に参加していたことで、当時も有名でしたよ」

「ああ、そうか。普段から鍛錬も欠かせないから普通に強かったよ。それにしてもあの傷痕は……まあ、はっきり見た訳じゃないからな。よく訓練された良い体をしていたとでも書いてもらえたら」

「その書き方は不敬ですよ。しかし、鍛錬を欠かせなかったのには理由が?」

「多分、王宮を離れて護衛も少なかったから、自衛の為じゃないかな。唯一の護衛は料理人を兼務しているし、側近もルディっていう人だけだったから、アーサー殿下と二人きりになる時間も多かったよ」


 アシェルはご飯前や執務の合間等、二人きりになっていたタイミングを数え、王子ならあり得ないよね、と呟いた。


「そうだ、アーサー殿下は客人が居るとか、そういう事情がない限りは使用人達と食事をするんだ。皆で食べようって。それは辺境の騎士団も同じだったから安心したよ。まあ、それが一般的じゃないことは王都に来てから知ったけど」

「それには理由が?」

「何だろうな。当時はそういった常識を知らなかったから」


 さっぱり分からない、というような動作をしている。ラオリーは気を取り直すように話題を変えた。


「では商会はどうでした?」

「色々経験させてもらったよ。他国との取引には必ず連れて行ってくれたし、外国語も必要だからと教えてもらえた。伯母様の言っていた、見識を広げるという目的は達成されたと思う」

「トール辺境伯様は他国の騎士の方達とも通訳を介せずにお話されて、よく驚かれていますよね」

「向こうの話を聞くには、その言語でやり取りするのが一番と、アーサー殿下からの教えでね」


 アシェルは今度は教えられた言語の数を指折り数えている。


「そういえばシュペルグの取引には行ったことがなかったな」

「え?何故ですか?最も王国と繋がりがあると言っても過言ではないと思いますが」

「あの国は行く機会も多いし向こうから来る人も多いから、確かにわざわざ行く必要は無かったんだろうね。シュペルグ経由で他国には行ったけど、シュペルグを一緒に回ったことはないかな」

「限りある養育期間で、無駄を省いたと」

「そう言われればそうだろうね」

「余計な無駄は省くような気質の方、という印象でしたか?」


 アシェルはううんと唸った。


「どうだろう。屋敷の庭園だったり内装だったり、そういう事に出すお金は惜しまなかったし、珍しい食材が手に入る機会があれば言い値で買っていたからなあ。だからといって、散財している様子も無かったし」

「トール辺境伯様や、誰かへ何かプレゼントをされたことは?」


 アシェルは再びううんと唸り、何か考えているようだった。


「そんなに羽振り良く配るタイプの人ではなかったかな。使用人達には誕生日の手当てと休暇があったりして、それを私にも適用されたくらいかな」

「ルール化されていたのですか」

「そう。社会的な面は几帳面な人だったよ。ルール以上のことはしないし、ルールを破る嫌な仕打ちもない。使用人達は働きやすそうだったから、私もその方向性を辺境の経営に活かしている」


 ラオリーはほほう、と感心した。


「領主としてとても優秀だったことが窺えますね」

「そう。やっぱり、王子として教育されてきた基礎があるから、領地経営も難なくやり遂げたのだと思う」

「他国からの訪問者などは記録上見られなかったのですが、実際はどうでしたか?公式訪問でない訪問者は」

「居なかったよ。アーサー殿下は、この屋敷は自分の物ではないからと言っていた」

「元々、アーサー殿下が治められるのは王家へ返還されるまでの期間であるとは認識していますが、まさにその事と思って良いでしょうか」

「そうだね。だからこそ、自分の物でない屋敷だから綺麗に保つよう気を遣っていたのかも」


 ラオリーは納得したように頷いている。


「後は、部下の二人とは仲が良かったよ。楽しい友人達くらいの雰囲気で。ああ、アーサー殿下が護衛と側近を一人ずつしか付けていなかった話は本当だよ。本当にそれ以外は居なかった」

「話を聞く限り、別に人嫌いという訳でも無さそうですよね」

「人嫌いなら私は受け入れられていないからね」


 アシェルはお菓子を口に入れ、コーヒーも飲んだ。


「それにしてもラオリーさんはどうしてアーサー殿下の事を記念書籍に?」

「国王陛下のお人柄や功績についてはよく話題に上がります。それを支える王妃陛下や宰相、側近の方々も有名ですが、唯一のご兄弟についてはこれまで触れられて来ませんでした。国王陛下の人となりを知る一つに、アーサー殿下の歴史があると思ったのですよ。きっかけは、先日引退した国王陛下の護衛ですね。国王陛下へ仕えるきっかけをくださったのがアーサー殿下とおっしゃっておりました。どんな形であれ、影でお支えなさっているのではないかと思った次第でございます」


 アシェルはふうん、と呟いた。


「流石、ベテランの王宮文官。目の付け所が良い。まあ、アーサー殿下の思考はとてもシンプルだと思う。民が困らないか、民が不利益を被らないか。多少貴族や王族が身を削ることはあっても、最終的に民が食うに困るようなことが避けられるのなら良い、そういう人だと思っている」

「なるほど。貴族院から王家の信用を失うと王国が揺れ、困るのは王国民ですから、王位継承権も直ぐに手放したと」

「そんな感じだね。ああ、懐かしい人の話をしたら会いたくなってしまうよ」


 アシェルは力無く笑った。


「トール辺境伯様は貴族学園への入学前までアーサー殿下の元で過ごされましたよね。その後のご親交は?」

「あなたがあの手この手で探しても会えなかったように、私もアーサー殿下には会えずにいるよ。全く、薄情なことで」


 それに加えてアシェルはこう付け加えた。


「仮に会ったとしたら、何の会合かと各所が騒いで良くない憶測や疑惑を呼ぶことも考えられる。彼が意図して会っていないことは確かだろう。領地を引き払った今、どこで何をしているのかも分からないね。商会は活動しているから、それで生存確認だけしているかな」


 アシェルは懐かしい人を思って穏やかに微笑んだ。

ここまで読んでいただきありがとうございました!

完結とさせていただきます!


シリーズ化している、短編の方も読んでいただけると嬉しいです!

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