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1 第二王子アーサー

 アーサーはマリディアン王国の第二王子だ。幼い頃から王国の為に尽くし生きることを教えられた。

 優秀な兄は順調に立太子した。そうなれば、第二王子に付けられる人員や予算は大きく減らされる。


「アーサー王子殿下の側近として、彼が適任かと」


 宰相から紹介されたのは、ルディ・ラッセル。アーサーより二歳年上のラッセル伯爵家の次男だ。


「ラッセル伯爵家の。ああ、長男は確か……」

「そうです。王太子殿下の側近でいらっしゃいます」

「兄さんの側近にはなれなかった弟が回されて来たってことか」

「いえ……彼も一応優秀な人材ですよ」


 歯切れの悪い宰相を見るに、アーサーの言う通り、王太子の側近にはなれない人材が充てられるようだ。

 王太子の地位を揺るぎないものにするために、第二王子の派閥なんてものは作らせない。そういった思惑が透けて見えるようで、最初から野心など無いアーサーはため息をついた。

 その様子に冷や汗をかきながら、宰相は気を取り直すように再び口を開いた。


「それから、近衛騎士の中から専属護衛や専属の近衛騎士を選定していただければと。それからお伝えしておきますが、来年から通われる貴族学園では独自の決まりがあります。他の学園生達にも馴染めるよう、学園側が王宮騎士団の中から選定した者が護衛に付きますので」

「ゆっくり考えるよ」


 アーサーは再びため息をついた。大勢アーサーの周りに居た近衛騎士も今月中には半分以上減らすらしく、早く選定するよう宰相が言っているが、アーサーは無視して私室に戻った。


 しかし、私室も移動になると言って侍従達が忙しなく片付けをしていた。


「アーサー王子殿下、私達が片付けますから」


 落ち着かずにアーサーも片付けをしていると、侍従にそう言われて手を止めた。


「ありがとう」


 そう微笑んで、部屋から出た。新しい部屋も侍従達があれこれと物の位置を調整しているのだろうと思うとそちらに行く気にもならず、また王太子になった兄の所へ行こうにも邪魔をするようで、アーサーは途方に暮れた。


 仕方なく、側近になったばかりのルディに近衛騎士達の情報が書かれたものを持ってくるよう伝え、一番狭い会議室に向かった。


「何か飲み物や食べ物は必要でしょうか」


 椅子に腰掛けると、近衛騎士の一人がアーサーに声を掛けた。


「ああ、部屋の引っ越しで侍従が居ないんだろう。無くて良い。もうすぐ昼食だろう」


 朝食後に宰相と話をしてもう昼前だ。正直喉が渇いてはいるがわざわざ侍従を呼び出す必要は感じなかった。


「すぐ近くに給湯室があるので、私で良ければお飲み物くらいでしたらご用意いたしますよ。必要でしたらおっしゃってください」

「ああ、ありがとう」


 声を掛けた近衛騎士の顔を確認して、アーサーはルディが持ってきた書類を読んでいく。

 近衛騎士は騎士の家系が多い。また貴族家出身の次男や、平民出身でも試験に合格した者もいる。地方にある貴族家の騎士団に所属しその後王宮騎士団に入って近衛騎士の試験を受けたような、努力を重ねた者もいる。


「コナー・バトラー」


 目に付いたその名前を呼ぶと、先程声を掛けてきた近衛騎士がはいと返事をした。


「君の父親はバトリアレストランの料理長か。それで、さっき飲み物を用意しようとしたのか」

「はい、一応料理人として働けるように修行をしましたので」

「どうして料理人にならなかった」

「三男ですから、レストランは継げませんし、新たに店を持つ資金もありません。なので、給金が良い仕事を選びました。今はお金はあるのでキッチンのある家を借りて良い食材を使って好きな料理ができて満足しています」


 アーサーは大して食事に興味が無かったが、彼の話を聞くと少しは目を向けてみようかと思い始めた。


「明日、婚約者と会う予定があるから軽食とデザートの用意をしてみろ。お前の好きに作ると良い。王宮の厨房を使え。ルディ、手配できるな?」

「も、もちろんです」


 仕事を与えられ張り切るルディと、少し驚いた様子のコナー。アーサーは引き続き近衛騎士の書類を見て何人かに話し掛けた。



「お久しぶりにございます」


 淑女の礼を披露するスザンナ・マーレー公爵令嬢はアーサーの婚約者だ。


「今日はテラスへ」


 アーサーは普段と変わらず美しい所作で彼女を案内する。淑女の鏡とされる彼女は表情の変化こそ分かりやすい方では無いが、よく観察してみると喜怒哀楽があるということをアーサーは知っている。


「こちらがアーサー殿下の居住する場所になるのですか?」


 初めて見る部屋にスザンナは好奇心からそうアーサーに訊ねた。


「ああ、子供部屋から卒業したんだよ。これからこの辺りの部屋が僕の住む場所になる。使用人達の言い方だと、第二王子宮になるね」


 王妃の居住する場所や、側妃や前王妃が王宮に居住する場合は別棟が用意され、それぞれ王妃宮や離宮と呼ばれる。その名の付け方から、王太子や他の王子や王女が住む場所のことも別棟でなくても同じ様に示される。


「まあ王妃陛下はルビー宮なんて名前を自分で付けているけど、そんな派手なことはしないかな」


 他国では自身を象徴とする宝石や花の名前を付けることがあり、王妃は外交時の話題にでもするつもりのようだった。


「王妃陛下は外交に積極的ですものね。王宮内だけでも、そのような呼び名が浸透するのは楽しいことだと思います」


 肯定も否定もしない、スザンナの手腕にアーサーはうんうんと頷いた。

 元々、マーレー公爵は外交に対して積極的でない方だ。王子妃教育を受けているスザンナも、根底にはその感情があるかもしれないとアーサーは考えている。


 テラスで軽食を食べ、デザートを目の前にすると、スザンナはまあ、と声を出した。


「流行りのお菓子によく似ておりますわね。王宮では伝統的なお菓子がよく見られていたので新鮮です」


 フルーツがたっぷりと盛られたタルト。お皿の上に芸術品のように並び、その周りもジャムやクリームが円を描くように塗られている。

 スザンナも気に入ったようで、普段より嬉しそうだ。


「喜んでもらえて良かったよ。そうだ、そろそろ……」


 アーサーが庭園の見えるテラスを案内したのには理由があった。

 庭園と接した廊下を歩く一行。


「隣国のシュペルグから輸出入についての提案に来ている。案内しているのは……」


 スザンナの方を見て、アーサーは思わず黙り込んだ。

 色のある目、というのはこういう表情のことを言うのだろうと、アーサーはスザンナが遠くに行ってしまったような、その瞬間に取り返しのつかない事実を突き付けられたような気がした。


「ああ、知っている人だったか」


 スザンナは、はっとした顔でアーサーの方を見た。


「はい、王子妃教育でシュペルグについての説明をしていただきました。若い外交官の方が一時帰国されているとのことで、お話を」


 慌てたようにスザンナはそう言った。アーサーは、スザンナの外国への興味がどの程度のものか知りたかったというのと、外交への興味を持ってもらいたいということを伝えられたらと思っていたが、その必要は無いようだった。


「シュペルグは良い国だと思う」

「はい、私もそう思います」


 スザンナの瞳はその後も、デザートから離れ、外交官の後に向けられていた。



 その日の夜、アーサーは宰相を呼び出した。


「専属護衛を選ぶよう言っていただろう。これでいい」


 アーサーは一人だけを選んだ。


「え!?お、お一人ですか!?」

「専属護衛はコナー・バトラー。後の数合わせは専属でなくて良いということだ。侍従も専属は必要ない。それで予算が浮くだろう」


 宰相は驚いた様子を見せたが、アーサーが予算の話を出すと、納得したように頷いた。


「浮いた予算を、河川の氾濫での復興事業があるだろう。それに充てるように。ただし上乗せする予算の付け方は僕が判断するからその都度こちらに書類を回すように」


 宰相は肩の荷が下りたように帰っていった。


「ルディ。内密に調べてもらいたいことがある」


 アーサーは部屋にルディとコナーだけを残し、そう切り出した。


「はい。どのような内容を」

「マーレー公爵家について、夫人を中心としてスザンナ出生以降の記録を」

「はい?」


 アーサーはルディの様子にくすくすと笑った。


「コナー、ルディに解説してくれるか?」

「アーサー殿下、前から思っていましたが、こいつ大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないから第二王子の側近という箱に捨てられたんだろう。ほら、教えてやってくれ」


 コナーは短くため息をつき、困り顔のルディへ向き直る。


「良いですか。まずスザンナ嬢の昼の様子、どう思いました?」

「え、淑女の鏡って感じの……ああ!外交に思ったより積極的そうでした!」

「それはなぜ?どの様子から?」

「シュペルグの一行を熱心に見ていました」

「マーレー公爵家といえば?」

「外交に積極的でない家門ですよね。内政重視派閥の代表で。スザンナ嬢は王子妃教育でそうでなくなった?みたいな……」


 コナーは今度は長いため息をついた。


「たった数回の外国についての教育で、生まれ育った家門を裏切るような発言をすると思いますか?」

「確かに……あ、それで公爵夫人がスザンナの教育に何かしていないか確認するんですね」

「そうです。公爵夫人の生家は公爵家の派閥ですが、何か思惑があって乳母や家庭教師の選定をしていなかったかとか。マーレー公爵の知らない所で何かしているとしたら夫人でしょう」

「承知いたしました!しっかり調べて来ます!」


 ルディはまた張り切って調べに出た。

 その様子を見てアーサーは笑い声を上げる。


「アーサー殿下、あれは大丈夫です?」

「そう言うなコナー。ルディは賢くは無いが、情報収集は得意なんだ」


 アーサーはルディがこれまで調べた情報を見せた。


「……すごいですね。ここまで詳細な内容……忍び込んでいます?」

「そうらしいな。ルディは背も高くない、貴族らしい色も持たない、話し掛けてもありきたりな返答しか出来ないとあるが、情報だけはしっかり握って帰ってくる」


 アーサーはルディの情報収集能力を高く評価していた。王太子の下には何人もの優秀な側近と侍従がいて、さらに王宮の情報機関を好きに使える権力も握っている。それに比べるとアーサーの周囲は非常に粗末なもので、高位貴族の嫡男の方がましだと言われても否定できない。

 とにかく、ルディが情報を持って来さえすれば、アーサーが判断できる。非常にコンパクトだが、信用出来ない出来の悪い側近に余計な事をされるよりは良いはずだと、アーサーは考えている。

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