アパートの水音
私の住むアパートは、いつも水の音がする。
「ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん」
キッチンの蛇口がポタポタと滴る音、バスルームの排水管を水が流れるゴボゴボという響き、夜中に天井裏でカタカタと何かが動くような音……そのどれでもない。
隣の部屋は空き家で人は住んでいない。
古いアパートだから仕方ないと最初はそう思っていたが、不思議なことにどこにも濡れた跡は無い。
このアパートに引っ越してきてからもうすぐ一ヶ月が経とうとした頃。
最初は気にならなかった水の音が、最近は妙に耳に付く。
特に夜、寝ようとすると音が大きくなる気がする。
「ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん」
まるで誰かが水を滴らせているかのような規則的なリズム。
ある夜、ついに我慢できなくなって、音の元を探すことにした。
懐中電灯を手に、キッチン、バスルーム、洗面所を一つずつ確認する。
蛇口はしっかり閉まっている。
排水管にも異常はない。
何事も無くてベッドに戻り瞼を閉じる。
「ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん」
しばらくするとまた同じ音。
いったいどこから聞こてくるんだろう。
ベッドから起きると音は止んで、眠ろうとすると音が聞こえる。
次の日も、その次の日の夜も、眠っていた私はまた、
「ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん」
という音で目を覚ました。
「ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん」
いつもは目を覚ますと止んだ水の音が、その日は止まずに聞こえ続けた。
ごろりと寝返りをうったとき、私は戦慄した。
その水の音が、ベッドの下から聞こえてきているのがわかったからだ。
おそるおそる、ゆっくりとベッドの下を覗く。
すると、青い顔の女性と目が合った。
声を上げることも出来ず、私と目を合わせ続けながら、女性は口からいつもの音を出した。
「ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん」
私はそのまま恐怖で気を失ってしまったらしい。
翌朝、ベッドの下には誰もいなかった。
あれは夢だったのだろうかとも思ったが、あまりに不気味なので部屋を解約しようと決め、管理会社に事情を話すと、どうやらあの家では昔、女性が恋人に殺害されたという事件があったらしい。
女性はDVを受けていたようで、日常的に暴力を振るわれた挙げ句、食事も水も与えられず、手足を縛ってベッドの下に放置され亡くなっていたところを、アパートの管理人が発見したのだとか。
あの女性は、ずっとベッドの下で水を求めていたのだろうか。
アパートを解約し退去する日、私は部屋に水を供え、どうか安らかにと手を合わせた。
「これだけじゃ足りない」
「へ――――――――」
今でもあの部屋では水の音が聞こえる。
「ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん」
「ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん」