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24話 帝都燃ゆ。

「辞めたいって、どういうことだ」


 ダウンタウン地区の商業エリアにほど近いオフィスビルに、トジバトルは事務所を構えていた。

 自身のマネジメント業務だけでなく、G.O.Dの他にも複数のビジネスを抱える彼は、このオフィスとコロッセウムを往復する日々だ。

 

 そのような次第で、トジバトルは多忙である。苦では無かったが、剣闘士以外の業務をもう少し任せられる人材を必要としていた。

 可能なら黒髪が良いと思っていたところ、エージェントから紹介され、つい先日に採用したのが目の前に立つ女だ。

 

「報酬面が不満なのか?リンファ」

「いいえ、前職を考えたら十分過ぎるわね。だから感謝しているし、採用されたばかりで申し訳ないと思ってるのよ」


 ベルニク領邦から帝都に来て、リンファ・リュウが最も困ったのが働き口である。

 黒髪というだけで、トジバトルに拾われるまで、自身のキャリアに見合った仕事が得られなかったのだ。


「故郷に――太陽系に戻るわ」

「なるほど、そういうことか」


 トジバトルの周囲でも、移住の準備をしている人間はいた。

 黒髪の平民に勲章を渡す銀髪――という絵面は、多くの心を動かしたのだろう。


 あの領主の元であれば、自分にもチャンスがあるのではないのか?

 そう思わせる魔法を、メディアを使って大衆にかけたのだ。


「ゴメンなさい」

「――いや、いいんだ」


 と、答えたトジバトルは、顎に手をやって瞳を閉じた。

 実は、同じことを考えていたからだ。

 

 昨夜、共に修道院で育った幼馴染からEPR通信があった。


 ――変わる――いや変えるんだよ。俺たち最下層の連中が立ち上がって変えるッ!


 熱に浮かされたような声音で、幼馴染は語った。

 トジバトル自身は、己を最下層などと卑下していない。


 黒髪の孤児で、卑賎な生業(なりわい)であろうとも、彼には金と人脈、そしてビジネスがある。


 ――なあ兄弟、いったい何を変えるんだ?


 この幼馴染が、反政府系組織フレタニティと関わっている事は知っている。

 満たされぬ現状を忘れる為、革命という幻想に酔うのだろう。酒より性質(たち)が悪い、というのがトジバトルの認識である。


 ――女帝を引きずり降ろし、帝都を燃やし、全ての権力者と金持ちを処刑台に送るんだ。


 本当にそうなれば、俺も処刑台コースだな、とトジバトルは思った。

 

 とはいえ、反政府系組織ごときが、世の中をどうこう出来るはずも無い。

 大衆のみによる革命など、歴史上存在しないのだ。


 トジバトルが気にしたのは、各所で叛乱軍が蜂起し、その叛乱軍が艦艇を有しているという点である。

 この騒ぎの裏には、間違いなく権力者――諸侯がいると理解した。


 帝都の未来は昏そうだ、とトジバトルは直感している。

 ゆえに、手土産を作ると決めた。


 幼馴染を裏切るという呵責(かしゃく)はあれど、最終的に助けてやれば良いかと思い直す。


「なあ、兄弟――確かに世界は変えた方がいいな。俺も協力したくなってきた」


 利益を公平に分配すれば、何事も最終的には上手くいくだろう。


「だからさ、知っていること、詳しく教えてくれよ」


 トジバトル・ドルゴルには、その苦労多き人生で得た持論がある。


 十分なパンと水、そして適度な娯楽さえあれば、誰もが大人しくなるものだ。


 ◇


 惑星エゼキエルの各基地から、ほとんどの艦隊が叛乱地域へと発ち、二日が過ぎている。


 女帝ウルドはイリアム宮の内裏(だいり)に在り、居室から中庭を眺めていた。


 道化は、先帝から引き継いだ不気味な玩具である。

 好きに――いや、大いに粗略粗雑に扱い、滑稽で醜い(さま)を慰みとして日々を過ごした。


 手元から消え悟る。己がいかほど道化に依存していたかを悟る。


 ウルドは堕ちた女である。

 オリヴィア・ウォルデンである頃から、まともな少女で無かった記憶はあるが、女帝となりさらに堕ちた。


 堕落と怠惰は心地よく、空虚な心に渦巻く不安を誤魔化してくれる。


 だが、真実は異なったのである。

 彼女の空虚を埋めていたのは、彼女と共に堕ちてくれた道化であったのだ。


 薄気味の悪い笑みの奥で、道化の瞳には常に悲哀があった。

 その悲哀の奥底に、ウルドには図れぬ強い意志が見え隠れしていたのだ。


 道化の秘したる意思が、果たして何であったのかは分からない。

 だが、ここまで堕ちた醜悪な存在であれ、何事かを為そうという意思を持てるという事実に、女帝ウルドは救われたのかもしれない。


 ゆえに、道化の愚かな狼藉と消えてしまった事実に、癇気(かんき)が湧かぬほど気落ちしたのだ。

 堕ちた果てに在る共連れが消えたのである。


 が、そこで新たな出会いがあった。


 ――田舎領主は道化とはいえぬが……。


 トール・ベルニクは滑稽ではあるが、道化では無かった。


 コンクラーヴェによる閉居は、彼女に非日常をもらたしたのだ。

 粗末な部屋とベッドで独り眠りにつくだけで、少しばかり湧きたったのである。


 その非日常は、さらなる非日常を呼び寄せた。


 ――アレの言う事が真となれば、余の運命は大いに変転する。


 正直に言えば怖い。


 今のまま怠惰に暮らし、やがて何者かに殺されるのも良いではないか、という思いが心の片隅に残る。


 だが、すでに首肯(しゅこう)してしまった。


 不可思議な夜のせいか、トール・ベルニクの魔力か、それとも己の愚かさか――。

 女帝ウルドは、田舎領主の奇想に乗ると決めてしまったのだ。 


 無論、約を違える事も出来ようが――。


「へ、陛下」


 物思いに耽るウルドが座する居室へと、些か怯えた様子で入ってきた男がいる。


「ふむ――シモンか。何用か」


 部屋付き使用人の長であるシモン・イスカリオテであった。


 己を弑逆(しいぎゃく)しようとした相手を、未だ傍に置いている。

 田舎領主と交わしたひとつ目の約束なのだ。


 ――内裏(だいり)では安全でしょうから、そのままにして下さいね。

 ――刎ねるべきであろ。

 ――いや、協力者が必要なので生かします。それより、エヴァン公に彼が殺されないよう守って下さいよ。


 そう言われ、シモンを内裏(だいり)常在役とした。


 イリアム宮の警護とは異なり、内裏(だいり)の警護は親衛隊が担っている。 

 近衛師団より選抜された者共だが、その指揮系統は禁衛府(きんえいふ)にも、また師団にも属さない。


 まさに女帝のみを守る最期の砦なのである。


 ゆえに、内裏(だいり)に在れば、易々とは手出しなど出来ないのだ。

 その庇護下に、シモンを置いた。


 トール・ベルニクがいかなる手管を弄したのか、ウルドには不明ながら、シモンは協力する意思を見せている。


 とはいえ、いたぶり抜いた者と、復讐が未遂に終わった両者なのだ。

 意思の疎通にぎこちなさは残っていた。


「お、畏れながら――下々で騒ぎが起きているようでして――」

「ほう?」


 本来なら、宰相が報告に来るべき事案に思えたが、コンクラーヴェの一件以来、内裏(だいり)に姿を現していない。

 叛乱軍への対策に追われ多忙なのは事実であろうが、いよいよ捨てると決めた相手と会う必要性を感じなかったのかもしれない。


 シモンは、照射モニタに、帝都の急を知らせる報道を映し出した。


「これは、なかなか――盛んであるな」

「――は、はあ」


 楽し気に言う女帝に空恐ろしいものを感じ、シモンの(いら)えはさらに怯えを帯びる。


(おの)(まなこ)で見る。シモン、余を案内せよ」


 ◇


 イリアム宮には、帝都全てを見渡せる塔があった。

 

 監視目的であればトラッキングシステムで事は足りる。

 塔は、景観を肉眼で楽しむためだけに造成されたのであろう。


 肉眼による展望を損なわぬため、塔の最上部は吹き曝しであった。

 事故か謀略かは不明ながら、ここから落ちて死んだ廷臣、女官もいるのだ。


 軌道都市の気象制御は、高度に応じた気流をも生む。

 吹きすさぶ風に、美しい銀髪をなびかせながら、女帝ウルドは帝都を下に睥睨(へいげい)した。


「ハッ」


 ウルドは面白げに息を吐いた。


「確かに、よう燃えておるわ。ホホ――ククク」


 ダウンタウンエリアの中心街から多くの火の手が見えた。

 豆粒のような大きさで、多数の群衆が(うごめ)いているのも分かる。


大火(たいび)とは、かくも美しいものであったのだな。のう――シモン」


 負傷者も、そして死者とて出ているかもしれない。

 意味も無く僅かな資産を失った者も多いだろう。


 シモン・イスカリオテは、やはりあの夜に害しておくべきであったかという思いがよぎる。

 だが、既に遅い。彼はトールの枷に嵌められているのだ。


 市井の悲劇――。


 そんなものは、ウルドに関係の無い話しであり、何の痛痒(つうよう)も感じていなかった。


 むしろ愉悦、身体の芯から来る悦びめいたものを感じている。

 己を縛る牢獄が崩壊する(さま)を見るかのような痛快さがあった。


「田舎領主よ。余の目でしかと見た」


 トール・ベルニクの不吉な予言は成就したのだ。


「ゆえに――貴様の悪企み――」


 そして叫ぶ。


「乗ってくれるわッ!!!」


 凶声が風に流れた。

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