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14話 バイオレットの魔女

 女神を愚弄するかのような名称だが、G.O.Dは帝都の有名なクラブである。


 移ろいやすい業界で、それなりの歴史もあった。

 

 とはいえ、著名人や良家の子息がパパラッチされる人気スポットに成長したのは、数年前にトジバトル・ドルゴルが密かに店舗を買収して以降の事である。

 

 なお、自身がオーナーである事は秘しており、一部関係者のみが知っていた。

 

 剣闘士トジバトルとG.O.D、双方のイメージを守る為の戦略なのだろう。


 ──本当に、下品な場所ですわ……。


 聴覚を圧する音響効果と刺激的な照射映像が埋め尽くす空間を、酔った男の不埒な手を払い除けながらジャンヌが歩いていた。


 人混みをかき分け進んでいくテルミナの後を、マリと共に追っているのだ。


 ──女神ラムダの好まれそうな場所ではありませんわね。いっそ私の手で……。


 などと、ジャンヌが些か不穏当な考えを抱き始めた時の事である。


「ちょ、ちょっと、やめなさいッ!」


 喧騒のなか鋭い声がジャンヌの耳にまで届いた。


 少し離れた場所で酔った男に絡まれた女が険しい表情を浮かべている。


 ──あれは──オソロセアの──?


 見知った相手であると気付いたジャンヌは、助けに行こうとしたのだが──、


「おい、いたぞ!」


 テルミナが嬉しそうな声を上げ振り返ったので、ひとまず女の件は後回しにしようと決めた。

 

「ステージ前で、確かめよう」

 

 優先すべきは、トジバトルから聞き出した相手である。

 

 トールの命を狙った犯人二人は(いず)れもニューロデバイスを切除していたが、奇しくもG.O.Dのステージに立つ女もニューロデバイスを切除しているのだ。


 何らかの因果関係を持つ可能性がある──と判断した三人は、早速このクラブに足を運んだのである。


「おい、あんた──」

 

 ステージ前に辿り着いたテルミナが声を掛けようしたところで、ホール内に鳴り響いていた音響が唐突に停止した。

 

 取り残された歓声と嬌声も徐々に静まっていく。


 何事かと思う間もなく、周囲で煌めいていたレーザー光と照射映像も消えた。

 

 静寂と暗闇──。

 

 常連からすれば単なる演出なのだが、初見の客からすると何らかのトラブルと感じるかもしれない。

 

 そんな不安が臨界点に達する直前、上空に照射映像が現れる。

 ブロックノイズの後に、数字の「10」が宙に浮かんだ。

 

 スタッフか常連かは不明ながら、何者かの音頭でカウントダウンが始まる。

 ようやく演出だと理解した初見の客も、安堵感と酔いが手伝い常より大きな声で唱和した。

 

「ゼロおおおッ!!!」

 

 その瞬間、アップテンポの音響が再び鼓膜を圧し、溢れる輝度の照明が円形ステージを浮かび上がらせた。

 

 ひとりの女が、何の感情も浮かべぬまま光の中に立っている。

 黒いボディコンシャスなワンピースと、先の尖った帽子を被った(さま)は、太古の魔女を思わせる背信的な装いであった。

 

「──色はお揃いだな」

 

 テルミナが、マリを見上げて言った。

 

 帽子から腰まで伸びる髪のせいで、彼女のうなじは確認できない。

 だが、髪色がバイオレットである事は瞭然である。

 

「おまけに、デカいとこまで同じだぜ」

 

 トジバトルによれば、女の名前はエリだという。


 ──"さる御方から紹介されて歌わせてみた。俺のような素人でも本物だと分かったな。"

  

 そこで、彼は契約を結び、G.O.Dのステージで歌わせる事にしたのだ。

 ビジネスというより、自身の店で彼女の歌声を聞きたかったのかもしれない。

 

 エリは、トジバトルの直感通り瞬く間に人気を得たが、メジャーシーンへの誘いは全て断っている。

 EPRネットワークにも流さぬ契約のため、その神秘性は否が応にも高まっていた。

 

「バイオレットの《《魔女》》だとよ。天罰必至だな」

「うん」

 

 ステージから目を離さず、マリはただ頷いた。

 耳に残る歌声が、客の歓声を圧していく。

 

「けどよ──、歌詞の意味がさっぱり分かんねぇぞ」

 

 バイオレットの魔女は聞き馴れぬ音節を放っていたのだ。

 

 ◇

 

 ドミトリは、オソロセア領邦の諜報機関から、領事にまで出世した男である。

 とはいえ、自身の本領は他人の秘部を探る事にあると自覚していた。

 

 彼が仕える男に指示され、帝都にまで出張っている。

 

 ただ、現在のトールは、教理局召喚に備えているだけのようであった。

 そのため、トールの監視は部下に任せ、気になる動きを見せた女達を尾行している。

 

 ──ここらで遊ぶタイプにも思えんが……。

 

 G.O.Dに入って行く三人を見て、意図を図りかねていた。

 

 付近の路肩に停めた車内から見張り、すでに一時間程が経過している。

 中まで追うか迷ったが、自身では悪目立つするフィールドであると判断したのだ。

 

 ──あのガキに面が割れているのが痛いな。

 

 今となっては皮肉な催しであったが、大司教を招いた前夜祭でテルミナ少尉とは会っている。

 やれやれとドミトリが息を吐いた頃の事であった。

 

 (くだん)の店から、血相を変えた少女が二人現れ、入口に立つ屈強そうな男へ興奮気味に何かを伝えていた。

 階段下を指差しているので、何か事件でも起きたのだろう。

 

 ──参った。

 

 不埒なクラブで殺人が起きたとしても何ら痛痒(つうよう)を感じないが、問題は二人の少女である。

 

 ──フェオドラ様に何かあったのか……。

 

 ロスチスラフ侯の三人娘は、常に行動を共にする。

 二人が入口に居るならば、残る長女フェオドラは店内に残っている可能性が高い。

 

 護衛も連れずに何をしているのかと顔を(しか)める。

 

 ──これだから、女は嫌なのだ。

 

 店の人間に任せておくのが筋であり、己の職務都合にとっても望ましい。

 だが、彼の忠誠心は、領邦そのものよりもロスチスラフ侯自身に依存していた。

 

 世間では血も涙も無いなどと言われているが、ドミトリにとっては自身を拾ってくれた恩人である。

 また、彼が娘達を溺愛している事も知っていた。

 

 ドミトリは暫し逡巡した後、何かを呪う言葉を吐いて車を降りる。

 

 ◇

 

 バイオレットの魔女がステージから消えた直後の事だった。

 

「だから、止めなさいと何度も言ったでしょうッ!!」

 

 女の怒声が、ライブ後の余韻を切り裂いた。

 

(わたくし)を誰だと思っているのです。お前のような下賤な平民風情が――」

 

 平民風情が集う遊び場に冒険気分で来ておきながら、勝手な言い草ではあるが彼女の咆哮は止まらない。

 酔客にしつこく絡まれ、ついに堪忍袋の緒が切れたのだろう。

 

「ん──アイツは──」

「祝賀会で会いましたわね」

「トール様に紹介されてた……」

 

 ロスチスラフ侯の三人娘長女フェオドラであった。

 

「ま、放っとけよ。それより、さっきの女とどうにか会わねぇと」

「そうですわね」

 

 テルミナの意見にジャンヌが同意しかけたところで、悲鳴と怒号──そして打突音が響く。

 啖呵を切っていたフェオドラが、床に押し倒されたのだ。

 

「お、お姉さま」「助けて、誰か」

 

 怯えた妹たちは助けを求めながら、店の外に出る階段に向かった。

 入口に立つ屈強そうなスタッフを呼ぶつもりなのだ。


 騒ぎに気付いた店内スタッフが動き始めるが、既に酔客は空になったガラス瓶を振り上げている。

  

「平民ではないッ!!」

 

 銀の髪色ではないが、一代貴族の末席に連なる者だったのかもしれない。

 

 そんな相手へのフェオドラの口上は、酷く自尊心を傷付けたのだろう。

 彼女の髪色とて、酔客と同じく銀では無いのだ。

 

「貴様こそ成り上がりの娘──いや単なる醜女(しこめ)ではないか」

 

 素性を知った上で近付いていたらしい。

 男に、いかなる目的があったにせよ、ここに至ってはもはや実現不可能となっている。

 

 ゆえに、逆上に任せた。

 

「糞女が──喰らえ」

 

 ガラス瓶を、フェオドラの顔面目掛けて振り下ろす。

 

「だああッ!!」

 

 男の怒号と共に、誰もが少女の(かお)が血に染まる瞬間を想像したが、それぞれの思惑で動いた二人の人物によって回避される。

 

 素早く接近したジャンヌの右脚が、顔面に落ちる直前のガラス瓶を弾いた。

 

 跳ねるように人ごみを駆け抜けたドミトリは、男の背後から首に手を回し頸動脈を抑える。

 数秒後、怒れる酔客は、眠るように平和な世界へと落ちた。

 

 用は達したと判断し、ドミトリは速やかに消えるべく背後を振り返る。

 

「よお」

 

 嫌な笑みを浮かべた幼女が立っていた。

 

「久しぶりじゃねぇか」

 

 やはり来るべきではなかったのだ、とドミトリは気落ちするが、それを表情に出すほど愚かではない。

 

「お偉い領事様が、淫乱娘のお守り──なわけないよな?」

「彼女の善行に免じ、その非礼は忘れてやろう」

 

 ドミトリは思考を巡らせる。

 

 ベルニク一派に、トールを探っていた事が露見するのは宜しくない。

 仕える主人が企図する現在の戦略上からも望ましいとは言えないだろう。

 

 ならば、別の大きな事実を告げるほか無いと考えた。

 

「情報が入っていてな」

 

 ドミトリは、念のためテルミナの耳元に口を寄せた。

 

「馬鹿共が帝都で叛乱を起こすらしい」


T-minus

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