12話 獄。
トールとロベニカが、悪漢アレクサンデルの私邸に向かっていた頃――。
ホテルの自室にいたテルミナは、憲兵司令官ガウス・イーデンとEPR通信をしていた。
いわゆる業務報告というわけである。
「何だって、あーしの報告は、お偉いテメェが直々に聞くんだ? エロい目的でもあんのかよ」
照射モニタに映るガウスが渋面となる。
特務課の一隊員の報告を、憲兵隊を統括する司令官が受けるというのは、確かに異例であろう。
「お前が、閣下の関連する事案に絡んでいるからだ」
と、律儀に答えたのだが、幾分かの私情を挟んでいるのも事実である。
ガウスは、彼女の生い立ちを知る数少ない人間の一人であり、さらに言えば、現在のテルミナ・ニクシーを形成せしめた男でもあった。
――性格の悪さは、俺の責任ではない……はずだ。やはり、修道院で真人間にしようなどと考えたのは浅はかだったのかもしれん。
テルミナは、預けられた女子修道院から脱走すると、密航と窃盗を繰り返して、再び太陽系に戻って来てしまった。
その上、アレスのスラム街で拾った頃より、さらに性格が歪んでいたのだ。
――しかし、修道院で何があったんだろうな。
未だに当時の事は決して話さないので、ガウスから尋ねはしない。
「ま、さっきも言った通り、トールを襲った道化野郎は逃げました――以上」
「様を付けろ、バカ者。――しかし、二日経って、何の手掛かりも無いと言うのは不思議だな」
「コイツが――」
言いながら、テルミナは自身のうなじを叩く。
「――ねぇからさ。トラッキングシステムで検知出来ないって事だろ。後は、イリアム宮に協力者がいたんだろうなぁ」
特務課としての彼女は、道化のフードが外れた瞬間を見逃さなかった。
無論、それ以外にも、一つ気になっている点はあるのだが、まだガウスに報告を上げていない。
――アレは……もうちょい調べてからにすっか。
なぜ、そうしようと思ったのか、テルミナ自身でも良く分からなかった。
「ニューロデバイスか」
呟くガウスであるが、テルミナに隠し事があるとは勘付きつつ、あえて深追いはしなかった。
こういう時のテルミナは面倒であったし、何より話しを発散させたくなかったのだ。
ニューロデバイス――。
産まれた時から装着されるデバイスは、オビタルにとって自身の半身にも等しい。
それほどに利便性が高く、生活のあらゆる面に影響を及ぼしていた。
ところが――、
取り調べを進めているバスカヴィ宇宙港でトールを襲った犯人も、ニューロデバイスを切除している。
デバイスが個人認証も兼ねているため、未だハッキリとした身元は特定できていない。
話す内容が支離滅裂で、一向に聴取も進んでいないが――。
トールから紹介されたソフィア・ムッチーノの証言によると、元軍人で反政府系組織フレタニティのリーダーを自称していたらしい。
ただし、広域捜査局によれば、リーダーは別の人物である。
――ベネディクトゥスが光に満ちる日は近いッ。そのためにはベルニクの死が必要なのだあああ。
狂人の言葉を額面通り受け取れば、ベネディクトゥス星系に関わる人物という可能性はある。
「繋がりは見えんが、やはり、フレタニティを探る価値はありそうだな」
「そいつは、広域の仕事だろ?」
領邦内に止まらない組織犯罪などを追うのが広域捜査局である。
「帝都まで出張るネタに育ってないだろう。とはいえ、道化が野放しというのは危険過ぎる。つまり、行政管轄より閣下の安全が優先される」
ガウスとしては、帝都にいるテルミナを使おうという腹なのだろう。
また、トールの安全性に関連するとなると、広域捜査局とて完全には信用し切れない。
裏切り者オリヴァー・ボルツの影響下にあった連中がいる為だ。
「フレタニティねぇ――」
調べろと言われても、帝都のどこへ行けば良いのか皆目見当がつかなかった。
「お前も帝都に都合良く知り合いなんていないだろうから、俺の伝手で――」
「いや、まあ、一応居るには居る」
昨日会ったばかりの剣闘士の顔貌が浮かんだ。
表から裏まで、広い人脈を持っていそうな男ではある。
「正確にはトールのダチだけどな。勲章も呉れてやるらしいぜ」
「だ、だち?」
ガウスが、もの問いたげな表情を浮かべところで、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
愛用のバヨネットを手に取るが、来客モニタを見れば知った顔だった為、脅す必要もあるまいとベッドの上に放り投げる。
「ガウス――ちょっと客が来た。後にしてくれ」
「分かった。いや、事情は全く分からんが――。とりあえず、お前の伝手を当たってくれ」
「トールのだけだどな。分かった」
「だ・か・ら、様をつ――」
テルミナはEPR通信を途中で切断し、客人を迎える事にした。
「ロックは解除したから、さっさと入れよ」
少しだけ間を置いて、部屋の扉が開く。
「で、何の用だ?」
メイドのマリが、立っていた。
普段通りの無表情ぶりではあるが、良く知る者が見れば、元気が無いと感じ取れたかもしれない。
実際、昨日から体調が優れず、ホテルで臥せっていたのだ。
「あの――」
「だから、中に入れっての」
「そうね」
扉を後ろ手に閉め、マリは部屋に入った。
とりあえずは、防音設備の整った室内で会話できる状態となったわけである。
「お願いがあるの」
「ほう?」
「――ある人を探したい。でも方法が分からない」
「警察行け」
にべもない返答だが、最も適切な手段ではあるだろう。
「――」
マリも、それは分かっていた為、返事に窮してしまう。
「ま、警察には頼れない相手って事なんだろ?」
「――うん」
さて、どうするか、とテルミナは暫し考える。
――素人に勝手されても迷惑だしな……。
――とりあえず、手元に置いとくか。
「分かった、教えてやる。つーか、その人探しとやらに付き合ってやるよ」
「え?」
意外な好反応に、思わずマリは驚きの声を上げた。
「ただし、一つ条件がある」
テルミナは小さな人差し指を、マリの豊かな胸に突き付けた。
「テメェが拾ったものを見せろ」
◇
「陛下、何用でしょうか」
宰相エヴァン・グリフィス公爵は、内裏にある女帝ウルドの居室を訪れている。
以前と同じ空間でありながら、道化が居た頃よりも広く感じられた。
「うむ」
と、ウルドは気怠るそうに応えた。
「――見付からぬか」
宰相を呼び出してまで問うたのは、道化の行方であった。
「申し訳ございません。未だ、何の手掛かりもなく」
厳重な警備体制であったはずのイリアム宮から、道化は見事に逃げおおせている。
責任を問われ、警備責任者を獄に繋ぐようウルドは指示を出していた。
イリアム宮の地下には、古式ゆかしい獄があるのだ。
女帝の気まぐれが発露されると、司法に寄らず放り込まれる。
とはいえ、あまりに無法であるため、さほど使われた実績は無い。
現在も獄に入っているのは、一名だけである。
「そうか」
癇気は起こさず、ウルドは生返事をしたのみで窓の外を見ていた。
窓からは美しく手入れされた中庭を望めるが、彼女の虚ろな瞳に映っているか否かは定かでない。
「丁度、これから獄へ参るところでした。私が手ずから尋問してみましょう」
「それは良い」
警備責任者を問い質したところで何も出て来ないだろうが、ウルド自身は少なからず満足した様子である。
だが、このまま道化が見つからなければ、代わりに首を刎ねろと言い出すのは必定だろう。
「――では、失礼致します」
「うむ」
女帝の許しを得て、エヴァンは居室を去った。
――斬首は避けねばならぬ。
そうそう勝手に女帝が首を刎ねていては、廷臣や使用人達の士気と忠誠心は下がるばかりである。
また、警備責任者は、エヴァンの子飼いでもあったので、求心力を保つには彼の命を奪わせる訳にはいかなかった。
――とはいえ、道化一人で、あれほど気が臥せるとは……。
地下の獄へ至るためのエレベータは無く、らせん状の階段を降りながらエヴァンは黙考している。
そうして、下まで降りると、待機していた衛兵に出迎えられた。
「こちらです」
昨日も訪れたため、案内など不要だったが、何も言わず衛兵の後に続いて歩く。
不運な男は、最も奥にある獄に繋がれていた。
格子の向こうで、硬い床の上に大の字となって寝転んでいる。
四肢の自由は奪っていないが、目の前にある格子は一定時間触れると肌を溶かすほど高温となるのだ。
脱獄など出来るはずが無い。
「起きよ」
獄中の相手に声を掛けると、顔だけを上げてこちらを見た。
「さて、話を聞かせてもらおう。ハンス・ワグネル」
名を呼ばれ、男は残り少なくなった金色の髪を鋤いた。
「ただの――道化でございます。なに、つまらぬ話ばかりの道化でございますよ」
「いや、ベネディクトゥスで全てを見、そして知っているはずなのだ」
エヴァンは手を振り、まだ傍にいた衛兵を追い払った。
「なぜなら、お前は――」
道化の昏い瞳を見詰める。
「――観戦武官なのだからな」
T-minus
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