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3話 迫りくる異端船団。

 帝国歴2800年11月10日。

 

 グノーシス異端船団国は、オビタル帝国ベルニク領邦に対して宣戦を布告した。

 

 ◇

 

 会議室は葬式のような雰囲気に包まれている。

 壁面に(しつら)えられた女神ラムダの像が見下ろす構図だが、女神の瞳は閉じられていた。

 

 何処(いずこ)の女神像も同様であるが、下腹部や手首は壁の中に埋まっているかのような造形である。

 そこから突き出した豊かな乳房は、豊穣と繁栄を表すとされていた。

 

 とはいえ、この場にいる誰もが、女神に思いを馳せている余裕など無かっただろう。

 

 空間照射モニタには、迫りくる艦隊の様子が映し出されている。

 グノーシス異端船団国が、ベルニク領邦に送り付けてきたプロパガンダ映像だ。

 

 なお異端船団国というのは、帝国側から見た蔑称である。

 正式な国名は、グノーシス船団国であり、特定星系に拠点を置かない船団国家だ。

 

 会議に参加する者達は、一人を除き、その映像を沈痛な面持ちで眺めている。

 そう一人を除き――。

 

 秋川トオル改め、トール・ベルニク子爵はニコニコしながら映像を見ていた。

 素晴らしいビジュだ――などと呟いている。

 

 首席秘書官ロベニカ・カールセンは、苦々しい思いで横に座る主人の横顔を睨む。

 女神ラムダを想起させる彼女の胸の奥では苛立ちが渦巻いていた。

 

「EPR通信も使えぬ蛮族の分際で宣戦布告――しかも、なぜ我らの領邦だけなのだ?」

 

 会議の出席者の一人が、当然の疑問を呟く。

 

「そもそも、あんな連中と戦った事のある領邦など無かろう」

「いや、ベネディクトゥスで一戦あったという話を聞いた事があるが――」

「噂に過ぎん」

 

 無論、その答えを持ち合わせている人間はいない。

 

「ともあれ、閣下がお戻りになって良かったですな」

 

 カイゼル髭を揺らし、多数の勲章を付けた軍服姿の男が言った。

 恰幅が良いせいか、トールなどよりよほど領主らしく見える。

 

「――もちろん艦が増えるわけではありませんが」

 

 皮肉ともジョークとも取れない言葉を付け加えた。

 

「あ、それそれ」

 

 トールが呑気な声を上げる。

 

「結局、こちら側の戦力っていかほどなんですか?」

 

 辺境領邦の詳細な戦力など、彼が知る物語では触れられていない。

 

 侵略者であるグノーシス異端船団に、あっさりと殲滅された軍隊なのだ。

 きっと冴えない陣容なのであろう、とトールは考えていた。

 

「映像を切り替えましょう」

 

 ロベニカが告げると、静止画像が表示される。

 

  戦艦        20隻

  駆逐艦      100隻

  戦闘艇     5000隻

  強襲突入艦      5隻

  その他小型艦艇  500隻

 

「サマリーですけど――以上です」

「うわあ、少ないですね!」

 

 素直な感想が、思わず口をついた。

 夢だと考えているトールは、言いたい放題である。

 

 想像したよりさらに貧弱な戦力だったからだ。

 

 ――タウ・セティ星系のオソロセア領邦は、これの十倍ぐらいだしな。

 

 タウ・セティ星系は、帝国地図では太陽系の隣に位置している。

 実際の距離も、僅か12光年ほどなのだ。

 

 ――でも、グノーシス異端船団も、そこまで大規模な艦隊を一度には出せないはず。

 ――となると敗因は、火星軌道基地の主力が動かなかったせいかなぁ。

 

「ええ、少ないですよ」

 

 ロベニカの周囲の温度が二度三度と下がっていく。

 

「軍事費に回す予算が年々細っておりましてね。妙な支出は増えていたようですが――」

 

 静止画像が消え、トールが遊び惚ける映像が次々と映し出されていく。

 

 美女、酒、カジノ、ありとあらゆる放蕩を繰り広げていたようだ。

 勿論それだけで財政が傾くはずもなく、領主の乱れた行状が家臣達にも伝染しての事だろう。

 

 結果として領地経営も破綻し、税収も低下していく。

 

「――失礼、手元が狂ったようです」

 

 映像が消え、再び会議室に沈黙が落ちる。

 トールとしても、夢とはいえ居たたまれない気持ちにはなった。

 

 ――もう少しまともなキャラの夢が良かったな。

 

「逃げますかぁ」

 

 誰ともなく、そんな呟きが漏れる。

 

 戦っても勝ち目など無い。

 降伏したところで、捕虜となって何をされるか分からない。

 

 ならば、領民など捨て置き、今のうちに逃げれば――。

 亡命政権とか何とか言えば世間体も保てるだろう。

 

 そもそも、領主自らが逃げるつもりだったではないか。

 何の気まぐれか戻っているが、どうせまたすぐに逃げ出すつもりだろう。

 

 ロベニカとて、そんな思いは少なからずあった。

 残虐非道と言われるグノーシス異端船団の捕虜となれば――。

 

 想像するだけで恐ろしい。

 

「いや、それはダメでしょう。逃げるのはダメですよ」

 

 ロベニカが顏を上げる。

 いや、会議室にいる全員が顏を上げた。

 

「領民の避難計画が必要です」

 

 この穏当な意見に、幾人かが安堵の表情を浮かべる。

 

「そ、そうですな」

「まあ、それは当然でしょう」

「ちゃちゃっと役人に指示をして、我々は準備を――色々と準備を――」

 

 だが、彼の言葉はまだ終わっていない。

 

「その後は、戦いましょう」

 

 トール・ベルニクはニコニコしている。

 

「い、今、何と?」

 

 聞き間違いかと思い、恐る恐るロベニカが尋ねた。

 

「戦うんです。異端船団と」


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