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26話 期待外れと期待以上。

「敬語は使わなくていいですよ」

 

 不自然な敬語を使われると、却って疲れると考えた。

 

 ――ボクって普段から舐められるから、夢でも同じなんだな。

 ――新入社員のコも、いつの間にかタメ口になってたし……。

 

「ふぅん?」

 

 敵味方を問わず、毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい生涯を送るトール・ベルニクであったが、周囲の誰しもが見解を同じくする意見があった。

 

「なんだよ、ぜんぜん怖くねーじゃん」

 

 圧というものが、全く無いのである。

 そして、相手に対して、不可思議な(ゆる)さを伝染させていく。

 

 これを美徳であると愛した人間もいるし、貴族、軍人、何より為政者として失格であると断じた者もいる。

 

「海賊艦に乗るだの、反体制派のクズをはぶちのめすわ――期待してたんだけど?」

「ええと、まず乗るのは強襲突入艦ですからね」


 何を期待されていたのだろうか、とトールは内心で考えている。

 だが、答えなど出そうに無いので、間違いだけは訂正しておく事にした。

 

「あと、反体制派の方について言えば、偶然にも手首をカスってしまったと言いますか……。夢とはいえ――い、いや事故とは言え、申し訳ない気持ちで一杯なんですよ」

 

 トール自身も驚いたのだ。

 さほどの力も入れず、あれほど綺麗に斬り落とせるものだろうか?

 

 ――ホントに聖剣設定なのかもしれない。

 ――地下にあったのもアレだったし……。

 ――まあ、ともかくボクは大人になっても中二病ってことか。

 

「申し訳……ねぇだ?」

 

 テルミナに与えられた任務は、オリヴァー・ボルツに接近することであった。

 

 身体まで使えと明確に指示されてはいないが、オリヴァー・ボルツの性癖は、すでに特務課の知るところである。

 自分が選ばれた時点で、推して知るべしだろう。

 

 目的のためならば手段を選ばない。

 それが、憲兵司令部特務課の役割であり、テルミナの矜持(きょうじ)でもあった。


 とはいえ、気の進まない任務ではある。

 

「あーしは、きんめぇオヤジと風呂入ってんだぜ?」

 

 ロベニカとマリの双方が、肩をビクンと揺らした。

 

 ――な、何なの?

 ――反応した……エロスレーダーが。

 

「もっとこう、イカツイ奴になったかと思ってたんだけど」

 

 強襲突入艦に乗ると言い出したと聞き興味が湧いた。

 どうにもアホ領主にも気合いが入ったらしいぞ、と考えたのだ。

 

 だからこそ、ロクでもない任務だったが大人しく拝命したのである。

 そうこうするうちに、バスカヴィ宇宙港での一件が起きた。

 

 領民に刻印の誓いをした――バカか?

 そして、襲い掛かる暴漢の手首を一閃の元に斬り捨てた――最高のバカじゃん!

 

 テルミナは痺れた。

 これこそが、彼女が為政者に求める資質であった。

 

 無謀にして不遜!

 

 ――巨乳女の尻を追いかけるだけのアホ領主が覚醒しやがったぞ!

 

 ところが、である。

 

 上司を脅して会いに来てみれば、妙にふわふわと浮世離れした男だった。

 周囲にいる女も相変わらず胸の豊かさに偏りがある。

 

「つまんね」

 

 口を尖らせ言った。

 

 トールからすれば勝手に妙な期待をされ、愚痴を言われているだけである。

 とはいえ、少しばかり申し訳ない気持ちになっていた。

 

 彼女の幼い容姿のせいもあっただろう。

 

 ――こんなロリなコに無茶な任務をさせるなんて……。

 ――ボクってかなり鬼畜な夢を見てるんだな。

 ――うう、ゴメンよ。

 

「テルミナさん、本当に申し訳ありません」

 

 ――人道に反した夢だぞ。

 ――どうしよう、もう頑張って起きようかな。

 ――うーーーーーんッ。

 

 トールは瞳を閉じ、全身に力を入れてみた。

 三つ数えてから再び瞳を開く。

 

 ――ダメだ。変わらない……。

 ――いったい、どうしたら目覚めてくれるんだろう。

 

「い、いえ、閣下!」

 

 慌てた様子で、ガウスが話しに割り込んだ。

 

「コイツが訳の分からん事を言っているだけですから。まったく連れてくるんじゃなかったな。私の責任です」

 

 そう言って頭を下げる。

 テルミナの方は飽きたと言わんばかりに、そっぽを向いていた。

 

「テルミナ。お前も、良い加減分別がつく歳だろ。こんな事じゃ、修道――」

「うっせーわ、タコ」

 

 制帽をガウスに投げつけて、テルミナは執務室を出て行った。

 

 ◇

 

 ――こんな男は初めて見る。

 

 老将パトリック・ハイデマン大将は、先ほどからの経緯を興味深く見ていた。

 

 ――オリヴァーは愚物と評していたが……。

 

 以前のトールは軍を嫌い、そして遠ざけていた。

 ただ、オリヴァー・ボルツだけは、いかなる手管(てくだ)を使ってかトールの傍にあったのだ。

 

 パトリックは、今回の作戦全容を知らされている。

 にわかには信じ難い話だったのだが、タイタンポータルが存在する事で確信した。

 

 トールが調べろと言った宙域に、星間空間へ続く未知のポータルがあったのだ。

 彼はいかにしてこの事実を突き止めたかについては口を濁している。

 

 ――ゆ、夢かな?

 

 などと本人は言うが、パトリックはそう思っていない。

 

 トールはオリヴァーの企みに早くから気付き、秘かに探っていたのだ。

 彼だけを傍に置いたのも、危険人物は目の届く所へ――という鉄則を守ったのだろう。

 

 強襲突入艦に自ら乗り込む点は、些か豪気の過ぎる嫌いはある。

 とはいえ、火力勝負となれば確かにベルニク軍が不利であろう。


 正直に言えば、武人として湧きたつモノも感じてしまう。

 

 ここまで豪胆にして計画的な男でありつつ、小娘の戯言(ざれごと)など平然と流す懐の深さ……。

 

 領邦どころか、ぐらつき始めている帝国の支柱たり得る男ではないのか?

 癇気(かんき)な女帝ウルドなどよりよほど――。

 

 自身の考えが危険な範疇に入っている事に気付き、老将は頭を振った。

 何より、今は(あるじ)が話しているのだ。

 

 ――この方の話は、常に真剣に聞かねばなるまい。

 

「そうですか。まだ証拠が決定的ではないと?」

「申し訳ありません」

 

 グノーシス異端船団がタイタンポータルから侵攻した直後、オリヴァーを起訴、拘留したい。

 結果、副司令長官であるパトリックが、火星主力軍の指揮権を継承する事になる。

  

 とはいえ、起訴をするには証拠が必要だ。

 先ほどのテルミナが、オリヴァーに文字通り張り付いてはいるのだが――。

 

「例の男はどうなのですか?」

 

 ロベニカとしては、ずっと気になっている件だ。

 トールを襲った犯人である。

 

「フレタニティの一員である事は確かでした」

 

 反政府系組織フレタニティ。

 

 太陽系だけでなく、帝国全土にネットワークを持っている。

 思想的にも過激派グループと目されていた。

 

「ただ、バスカヴィ宇宙港での件は、計画性は見られませんね。激情型とでも申しましょうか」

 

 現状では、その線からオリヴァーを追い詰めるのも難しい。

 

「いざとなれば、証拠は――」

「いや」

 

 トールが右手を上げる。

 

「それは止めましょう」

「――失礼しました。お忘れ下さい」

 

 珍しく厳しい表情を見せた領主に、ガウスは素直に頭を下げた。


 そもそも、トールの思惑としては、火星軌道基地の主力軍は保険である。

 援軍を待たずして、決着させるつもりではあった。

 

「ただ、そうなりますと、テルミナ頼みとなりますが」

 

 そう言って、ガウスは肩をすくめた。

 

「ガウス少将、その事なんですけどね――」

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