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24話 騙し合い。

 女帝ウルドの生誕祭まで残すところ一週間であった。

 

 この日、トールは屋敷にある大会議室の上座にて、幾分退屈そうに頬杖をついている。

 眼前には軍高官が居並び、喧々囂々たる議論を戦わせていた。

 

 ――なんで、毎回集まるのかな?

 

 EPR通信を使えば、どれほどの距離があろうとも対話が可能であった。

 

 ――オンラインミーティングを嫌がる偉い人みたいだなぁ。

 

 亜光速ドライブのお陰で、太陽系内であれば概ね十時間以内で移動できる。

 とはいえ、わざわざ集まる必要もないだろうと考えていた。

 

 この疑問に対して批判を恐れずに答えるならば、帝国とは大いなる回顧主義なのだ。

 

 先史文明は、超越知性体群メーティスにより、極度に合理化された社会を形成した。

 歴史からその姿を消してはいるが、量子ポータル、EPR通信、軌道都市などの遺産を残している。

 

 帝国はメーティスのそれら遺産を継承しつつも先史文明を否定した。

 同時に、人工知性の進化を、先史文明以前にまで退行させたのだ。

 

 アンチテーゼとして先史文明以前――つまり古代文明への回帰を図ったのである。

 権威的である事や、様式美に対する屈折した思いが、実のところ我々の本質なのであろう。

 

「諸君、そろそろ閣下のご意見をうかがおうではないか」

 

 荒れた場を取りなすかのような口調で、オリヴァー・ボルツ大将が言った。

 本心では、新たなアホ発言が飛び出す事を期待している。

 

 それもそうですな、などの声が方々で上がりトールへと耳目が集まった。

 

 ――うわぁ、緊張しちゃう。

 

 トールは、慌てて頬杖を解いて姿勢を正した。

 

 軍人たちの議論の内容は至って単純で、迎撃場所をどこにするかである。

 問題はグノーシス異端船団が未だ星間空間を航行中のため、捕捉できていないという点だ。

 

 これが領邦同士の小競り合いなら単純である。

 自身の星系に存在する既知のポータルを防衛すれば良い。

 

 だが、グノーシス異端船団は星間空間に存在するポータルを使い、帝国が把握していないポータルから星系に侵入して来る。

 侵入経路が分からないため、ポータル近傍で防衛陣地を敷く事が出来ないのだ。

 

 勿論、十分な戦力さえあれば、それでも対応できるだろう。

 

「まあ、侵入経路が分かりませんから」

 

 ――ホントは知ってるけど、ここでは言えないからね。

 

「とりあえず、各基地の警戒態勢を上げておきましょうか」

「すでに最高レベルの警戒態勢を敷いておりますぞ」

 

 オリヴァーが嬉しそうに答えた。

 

「え、そうだったんですか。それは良かった」

 

 そう言いながらも、トールはどうやって話を切り出そうかと考えている。

 残された時間を考えると、そろそろ幾つかの手札を切っていく必要があった。

 

「ちょっと、ボクなりに作戦があるんですけど」

「ほほう、どのような作戦ですかな?」

 

 舌なめずりしそうな気配を漂わせ、しきりとカイゼル髭を触っている。

 

 ――ククク。アホのアホ作戦が聞けるとは。ミーナちゃんへの土産話しが出来たわい。

 

 極めて短い期間で、オリヴァーは新しい愛人に骨抜きにされていた。

 

 派手で頭の悪そうな顔と、幼い肉体がもたらすアンバランスさ。

 それでいて焦らすのが上手く、未だ最終的な結合に至っていない点も彼を(たぎ)らせていた。

 

 彼女の「すごぉい」を聞くためならば、何でもする気になり始めている。

 

 この様子なら言っても大丈夫かな、とトールは判断した。

 すでにオリヴァーの中でトールに対する評価は定まっており、どのような指示をしても勘繰りはしないだろう。

 

「中央管区艦隊は、三日後から出撃準備態勢に移行して下さい」

「は?」

 

 月面基地に所属する中央管区艦隊は、首都防衛の要となる艦隊だ。

 

「い、いや、閣下。それでは首都が丸裸ですぞ」

 

 ミーナも首都も丸裸こそ望ましいオリヴァーであったが、あまりに軍事的に愚かな選択を提示され、本職としての素直な意見が口に出た。

 

「どのみち、あれだけの艦数では守れないでしょう?」

 

 地球には陸地がほとんど残っておらず、生産資源である地表人類の殆どは火星に暮らしている。

 首都は地球軌道にあれども、経済と産業の中心は火星に移っていた。

 

 そのため、軍の主力は火星軌道基地に配備されているのだ。

 無論、首都に万が一の事があったとしても、近距離に位置する火星からの支援があるのが前提となっている。

 

 ――それが覆ったのが、本来の筋書なんだよね。

 ――理由が書いてなかったから、主力軍が動けない理由は分からないけど……。

 

「確かに艦艇数こそ少ないですが、まさに少数精鋭という次第です」

 

 それだけでは、偽りの忠義心を周囲に示すに足りないと考えたのだろう。

 オリヴァーは、さらに言葉を重ねた。

 

「地球軌道圏に敵影あらば、火星方面管区から――」

 

 と、言いかけて口をつぐむ。

 自慢のカイゼル髭を引っ張りながら咳ばらいをした。

 

「コホン――い、いや――海賊共に荒らされ、愚かな地表人類も騒がしく、火星も大変なのでしたな」

「そうでしょう」

 

 我が意を得たりとばかりにトールは頷く。

 

「首都で籠城なんて出来ないわけです。」

「ふむん、道理――まさに道理です。ただ、どちらに陣を敷かれるので?」

 

 オリヴァーの発した質問は、他の軍高官達も共有する疑問だった。

 侵入経路も分からぬまま、どこに向かう気なのだ、と。

 

「訳あって、木星ポータルで迎撃します!」


 並み居る本職を前にして、トールは自信満々な様子で宣言した。

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