とある旅の”始まり”
少し自由に書き過ぎてます。
お楽しみください。
やあやあ、こんにちは。
私は旅人。
今日はとある旅の始まりについてお話しようと思ってね。
私が何者で、いったい何処からやってきて、君に何を齎すかについては割愛させてもらうよ。
まずはお話を聞いてほしいんだ。
なにせこれは文字通り、”始まり”に過ぎないんだから。
◆◇◆
その世界には、魔物がいた。
幸いにも世界征服を目論む極悪な魔王がいるとか、大地を殺し続ける業火を吐く火竜がいるとか、そんなことは全然無くてね。
魔物と呼ばれる、悪い生き物がたくさんいるだけだったんだ。
そしてある村に、父と母を早くに亡くしながらも仲睦まじく暮らす2人の兄弟がいた。
兄弟喧嘩とかも無かったらしいよ。
父の教えで剣を学んでいた兄は、魔物を狩ることで弟くんを守った。
なにせ魔物だからね、襲ってくるんだよ。
守るためには剣を振るしかなかった。
弟くんには家を出ないよう言いつけた上で、ね。
当時まだ幼かった故に両親から学びを得られなかった弟くんは、家に沢山あった本を読んで学を得た。
最初は文字を読めなかったけど、幸運にも弟くんはびっくりするくらい頭が良かった。
兄との会話から言語の法則性を導き出し、それを形の羅列に当てはめたんだよ。
そういう才能があったんだ。
兄が村の大人達に混ざって村近くに出た魔物の掃討をしていたある日、弟くんは家にある本を読み尽くした。
この時弟くんは九つだった。
弟くんは新たな本を欲したみたいだけど、無いものは仕方ない。
この時は諦めたんだ。
兄の言いつけ通りに、家に籠って過ごしたよ。
ある女性が村に辿り着くまでは。
その女性は綺麗だった。村で一番の美人であった村長の娘よりも。
その女性は雄弁だった。除け者にされないよう努力した兄よりも。
その女性は博識だった。唯一本を大量に読んでいた弟くんよりも。
それは彼女にとって当然のことだったんだけどね。
この村の誰よりも優れていた彼女は、村人達を惹きつけた。
兄は考えを巡らせた。
でも兄はそれほど頭が良いわけではなかった。
そして彼女の完璧さが、兄の頭を鈍らせた。
弟くんにその女性のことを話したんだ。
出ちゃダメって言った外の話をするなんて、意地悪だよね。
その日の夜、弟くんは家をこっそり抜け出した。
実は少し、外の世界を見てみたかった。
今まで一度も許されなかった、外の世界。
兄が初めて外の話をしたんだ。
この時ばかりは許されると思った。
外へ出ても不自然じゃないと思ったんだ。
だからまあ、
彼女がこのタイミングを狙って来たのも、不自然じゃないだろう?
「やあやあ、こんにちは。君、迷子?」
「………だれ…?」
弟くんは、彼女を見て一瞬、怪訝そうな顔をし……でもすぐに正した。
表情を読まれる危険性を考慮したんだろうね。
彼女はそんなこと考えてないかのように微笑んでいたけど。
「私は旅人。この村に来たばかりでね。君は?」
「…そこの家の…」
「ああ、話は聞いてるよ。村一番の剣士の弟くん。思ってたより小さくて可愛いんだね。迷子じゃないってことは君も散歩?一緒にいい?」
「………………」
「お話、嫌いだった?」
「…お姉さんの声…なんか変…?」
失礼な発言に聞こえたかもだけど、別に弟くんは悪気があって聞いたわけじゃない。
というより、悪い意味じゃないって方が正しいかな。
彼女の声は不思議とはっきり聞こえてね。
ただ疑問をぶつけただけで、その聞き方が失礼にあたるとは思ってなかったんだ。
彼女は弟くんの言葉の意図をちゃんと理解した上で、再度微笑んだ。
「ああ、私はこの喋り方しか出来ないんだ。嫌いかい?」
「…別に…。…僕は…村に来たお姉さんに会おうと思ってた…けど…もう会ったから…この後どうしようかな…」
弟くんは喋りながら考えを巡らせていた。
このお姉さんは怪しい、ここで出会うはずがない。
何故なら会わないつもりだったから。
会えないはずの時間に出たから。
この村に宿は無く、村長の家に泊まらせてもらってると兄から聞いていて、村長の家からここまでは夜出歩くにしては遠すぎるらしいから。
つまり、待ち伏せされていた。
目的は兄や家じゃない。もしそうなら自分を無視してしまえばいい。
自分が遠くに行った時に家に入ればいい――だが声をかけた。
自分が狙われている。理由は不明だが。
「…目的達成した…やっぱり帰る…」
「そうかい、残念だな。君とは仲良くなれると思ったんだけど。実は私も読書家でね。読書仲間が欲しくて旅をしてるんだ」
「……それ本当?」
「…………嘘だよ。本当は君の家にある凶星の欠片が欲しいんだ。それがないと世界は…いや、人類はその歴史に幕を引くことになるだろう」
それは邪魔を省略した会話だった。
普通こういう時には、適当な説得する言葉とか、この後仲良くなる期間とかがあるんだろうけどね。
彼女には分かったんだ。
この子には正直に言った方が早いな…ってね。
それに、確かめたいこともあった。
「………………」
「渡してほしい。欲しいものがあるなら、ある程度は用意できると思うよ。なにせ…旅人、だからね」
一応言っておくと、彼女は結構な覚悟を持ってこの言葉を放ったんだよ。
それこそ自分の体くらい差し出す覚悟で。
まあ、弟くんはそんな事言わない子だろうとも分かっていたけどね。
「…凶星って…何…?」
「1000年周期でこの星に襲来しては人類を苦しめる存在を落としていく、神話時代の負の遺産さ」
「……その凶星の欠片って…何に使うの…?」
「それは当然、凶星を落とすために使うのさ。凶星さえ落とせれば、人類はこれ以上苦しまない」
「………どんな見た目…?」
「どっちの話かな?凶星の見た目は球体、凄く大きな…ね。欠片の方は…形は分からないけど、水…いや、空色に光っているよ。君はずっと家にいるらしいから、見たことあるんじゃないかな」
「…………どうして…僕がそんなの持ってると思ったの…?」
「ある程度は分かるんだ。この辺りにある…ってね。魔除けの効果があるから、大事にされてるはず。あるとしたら村長の家か村の中心、或いは護るため専門の家系とかが作られてる可能性も考えてたよ。君がそうだよね。」
「……………僕が黙ったから…?」
「そう。君が凶星の欠片の話を聞いて黙ったことで確信した。あ、この子知ってる…ってね」
弟くんはまた暫く黙った後、家の中に入っていった。
彼女は追いかけはしなかった。
ただ、こんなにも自分に好意を向けず、その上で話のわかる人に出会ったのは初めてだったから、ちょっと嬉しいなと思っていたんだ。
弟くんは数分で戻ってきた。その右手に、空色に光る石を持って。
「…あげる…」
「…タダでいいのかい?」
それは答えの分かりきった質問だったけどね。
少年が何を望むのかはとっくに分かってたから。
「…僕も連れてって…」
「…いいよ。君との会話は凄く楽しいから」
それが、私と君との―――旅の”始まり”の話だよ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「…どうだった?上手く書けてるだろう?」
「…これ…誰に読ませるために書いてるの…」
「ん?君だよ?」
「…にしては…変なところ…多すぎる…」
「そんな馬鹿なこと言わないでよ、君らしくもない。で、何処だい?」
「…まず…始まり方…なんの始まりかぼかしてるけど…僕宛てなら隠す必要無い…」
「…それは…最後に明かした方が格好良いかなと…」
「…兄とは別に仲睦まじくない…」
「…むぅ…だって、閉じ込められてた理由、教えてくれないじゃないか。仲良くないなら、君が反発しないとは思えないんだ」
「…自分のこと…盛りすぎ…」
「いっ…良いじゃないか盛ったってぇ!事実ではあるじゃないかぁ!!
村長の娘より綺麗だって村の人に言われたし!
声がはっきりしてるから私が話し始めると皆黙るし!
君よりも知ってること多かったし!…こ、この時点では…だけど…」
「…一番気になったのは…この…振り仮名…」
「あ…ああ!良いだろう?それ。はっきり聞こえるって特徴を振り仮名を付けることで表現してるんだ。この話を書くにあたって最も頭を捻った部分と言っても過言は」
「邪魔」
「そんなっ!!?」
弟くんと旅人の旅は続いていく。
いつか、凶星を落とすその日まで。
二人の旅はこうして始まった!完!