無事に到着……?
中学2年生の14歳が書いています。
何かと至らない点があると思いますが読んでもらえると嬉しいです。
ガチャリと家の鍵を開ける。
胸には稲荷ぐるみがある。
……当然だ。
狐少女に、変身したりなんかは、しない。
……当然だ。
いや、でも確かにその“当然”が目の前でジェンガのごとく崩されたため、葵は全てに対して疑心暗鬼となっていた。
胸に抱いた稲荷ぐるみに必要以上に力を込めながら再び鍵を締めて靴を脱ぎ、家の中へと上がる。
……稲荷ぐるみは当然のように“狐のぬいぐるみ”として葵にされるがままである。
……いや、当然だ。そして、確認し過ぎだ。
もう一度、稲荷ぐるみを見つめる。
疑心暗鬼になりすぎているのを自覚しながらも先程の光景が目に焼き付いて離れない。
そんな疑心暗鬼状態高校生、一ノ瀬 葵は、その耳に聞き馴染みのあるおっとりとした声を捉えた。
「あらぁ?あおちゃん、帰ってきたの?」
「あ、お姉ちゃん」
玄関の直ぐ側にある階段からゆったりと降りてくるのは葵の2つ年上の姉、一ノ瀬 瑠依だった。
「もうお参りに行ってきたの?
早いわねぇ……私も行かないと…」
「え、その格好で言うセリフ、それ?」
瑠依のパジャマ姿を指差しげんなりとした顔をする。
それだけでなく、ひどい寝癖と起きたばかりのような寝ぼけた声、ほとんど目の空いていない顔というおまけ付きだ。
しかし瑠依は小首をかしげるだけだった。
「えぇ、そうよ?
どうしてそんなことを言うの?あおちゃん」
「…………」
思わずげんなりとした顔で葵は無言になってしまう。
姉の瑠依は、口調や外見だけで言えばひどく大人びていてまるで母親のようだが、天然っぷりが母親のそれとは大違いだった。瑠依がもしも母親だとしたらと、時々考えるが、もはや“恐ろしい”の一言に尽きる。
なにせーーーー
「あ、そういえばあおちゃん。私の机の上にあったレポート用紙を知らないかしら?
朝起きたら無くなっていて……
逃げてしまったのかしら?」
……これは決して瑠依のボケではない。本音であり、本当に思っていることであり、嘘偽りない言葉だ。
「……レポートは逃げ出さないよ、お姉ちゃん。昨日の夜、お母さんに見せてそのままリビングのテーブルの上に置いてあるよ。」
「まぁ!そうだったのね!
あおちゃんは本当に記憶力が良くて羨ましいわぁ……」
「いや、これくらいは覚えてないと……」
欠伸をしながらやっとのことで階段を下り終えた瑠依は、ようやく葵の腕の中にあるものに気づく。
「あらぁ?
また可愛いぬいぐるみを見つけたの?」
「う、うんっ!そ、そうなんだ〜あは、あははは…」
疑心暗鬼の元凶である稲荷ぐるみを見つめながら瑠依は、
「あおちゃんはぬいぐるみ好きだものね?
私もお参りに行ったときに買ってこようかしら?」
「見ての通りめっちゃ可愛いからオススメだよ、お姉ちゃん。
……とりあえず、顔だけでも洗ってきたらどうかな?
今にも寝そうな顔してるよ。」
再び瞼が閉じそうになっている瑠依は、はんなりと微笑んで「そうねぇ〜」と呟きながら洗面所の方へとふらりと歩いていく。
その様子を戦々恐々で見守りー何せ寝起きの姉は何もないところでよく転んだり意味不明な行動をしだすー無事に洗面所に着いたのを確認してから葵は階段を登り始める。
一ノ瀬家は2階建ての一軒家で、一階にリビングやお風呂場等があり、2階に家族全員分の部屋が個別にある。
それぞれの部屋があるため、1つの扉を開ければその家族の個性が溢れる異世界のような部屋が広がっている。
リビングなどの共用スペースとは違い、完全にオリジナルスペースなので、全く違う世界の部屋が4つ、2階にはあった。
そんな2階にある自分の部屋へと葵は向かう。
余談だが、一ノ瀬家の階段はまぁまぁ急で、姉が何度も落ちかけている。自分の部屋の扉をいつも通りに開ければいつも通りの部屋が葵を出迎える。
……当然だ。
先程の衝撃体験の後では自分の部屋さえも信じられない。
稲荷ぐるみをそっと机の上において、その勢いのままベッドにダイブする。
ふっと視線を机の上に置いたそれに向ければ、心なしか稲荷ぐるみが僅かに動いたように見え、
「……疲れてるのかな、あはは…」
目をこする。何度も、何度も。
お母さんから目をこすりすぎると細くなってしまうと言われているのに。いや、今それは関係ない。
幻覚が消えない。稲荷ぐるみがずっと動いてるように見える。ゆらゆら、ゆらゆらと左右に揺れている。
ーー違う、揺れているように見えるだけ。幻覚だ。それか強すぎる風か。
そう思い込もうとしたのも虚しく稲荷ぐるみが瞬きの間に机の上から忽然と消える。
「っ、え…」
少量の煙が葵の目を覆う。
「ちょ、ちょっと待ってっ、な、何、これっ…?!」
煙は少量で吸い込んでも何も苦しくならない。
視界も僅かに曇る程度で大したことはない。
それなのにここまで動揺してしまうのはーー
「づっーー、ーーっ!」
焦って立ち上がりベッドの角に勢いよく足の小指をぶつけ、声にならない悲鳴を上げる。
そんなごたごたが一瞬のうちに起きる。
そしてそれが晴れたときには、ーー
「お、驚かせちゃってごめんね?
だ、大丈夫……?」
「……いや、無理。」
目の前に再び現れた狐少女に、葵は先程言い損ねた言葉を投げかけ、一歩後ずさった。