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マリーアントワネットの手紙

作者: あや

お母様、お元気でいらっしゃいますか?


私は元気です。

こちらにも随分慣れました。


お母様、王太子殿下はとても優しい方です。

私のこともとても大切にして下さいます。


それこそまるで、珍しい、貴重な人形のように大切にしてくださいます。


ただ、お母様、私達が幼いせいでしょうか……

殿下と私は、いまもずっとよき幼なじみのような間柄です。


私に大人の女性としての魅力がないのか、

殿下にわたくし以外に心に決めた方がいらっしゃるのか、

私には測りかねますが……


これでは、私は、お母様とお約束した

オーストリアとフランスの架け橋となる御子を産むことが叶いません。


賢いお母様、どうか、私に知恵をお授け下さい。


王太子殿下に、妃として求めて頂くには、どうしたらいいのでしょう?


恋愛上手のヴェルサイユの御婦人方からご教授いただいた

恋の魔法の香水も、大人っぽいセクシーなドレスも、恋の御呪いも、

いまのところ何の役にも立っていませんわ。


ねぇ、お母様、

私、本当は、フランスの王太子妃なんて、やめたいんです。


何もかも全部投げ出して、お母様のところに帰りたい。


世界で一番美しいシェーンブルン宮殿の、私の部屋に帰りたい。


ヴェルサイユ宮殿も、窮屈なドレスも小さすぎる靴も、馬鹿みたいな髪型も、

厭味ったらしい貴婦人方も、いやらしい殿方たちも、何もかもみんな大嫌いなの!


ええ、そうよ!

本当は、こんなところ、大嫌いですわ!


************************


「ダメね。こんな手紙、出せるわけないわね」


はあ、と、ブルーインクの羽のペンをおいて、

花も盛りの十七歳のフランスの美しい王太子妃マリー・アントワネットは溜息をついた。


フランスの王太子妃マリー・アントワネットから、

オーストリアのマリアテレジア女帝への手紙は、外国への文書となる。


当然、検閲が入る。


ヴェルサイユの悪口満載で、フランスの王太子の沽券に関わる内容では、通るまい。


万が一にも、通ったところで、オーストリアの母を心配させるだけだ。


私の可愛い娘は、嫁して三年も経つのに、フランスの王太子の心を動かせないのか?と。

王太子に妃として扱って貰えてないのか?と。

そして、愛すべきヴェルサイユのことが大嫌いなのか? と。


だが、ならば、誰に相談すればいいのか?


いったい、いつになったら、ルイは彼女を、真実の妃にしてくれるのか?


この三年、ルイはアントワネットに指一本触れたこともないのだ。


最初は、僅か十四歳で、

妃になった幼いアントワネットを気遣ってくれてるのかと思っていた。


私が、殿下の本当の妃になるのは、もう少し大人になってからかしら? と。


だが、それにしても、三年は長すぎる。


ルイからアントワネットを嫌う気配はついぞ感じたことはない。


そうなると、肉体的な問題なのか?


あるいは、政治的に、

オーストリアの王女とのあいだに第一子はまだ欲しくないのか?


誰にも聞けない問いをマリーは三年も持て余し、

母に出せない手紙を書いては、

毎回、白い手の中で握りつぶして、屑籠に放り込んでいる。


お母様、私はこのまま、殿下から触れられることもなく、

フランスの王妃となるのでしょうか?


世界で最も豪奢な宮殿にいながら、

十七歳なのに恋のときめきを知ることもなく、

誰からも愛されることなく、

愛しい我が子を持つことも叶わないのでしょうか?


「お母様、マリーはお母様にお逢いしたいです……」


マリア・テレジアお母様は賢く強く、

五歳のときの初恋の相手である優しいお父様からずっと愛されていて、

女帝を務めるかたわらで、お父様とのあいだにマリーを含め十六人もの子供を持っている。


そんなお母様に、結婚相手に触れても貰えない、

みじめなフランスの若い王太子妃の孤独を、どんな風に話したらいいか、わからない。


でも、悩みをひとつも話せなくてもいい。逢いたい。

ただ、お母様にお逢いしたい。ひと目でもいい。


逢ってお母様の強い美しい瞳を見つめることができたら、

もう少しは、この場所で、頑張れるかも知れないから。


公式様の2022歴史お手紙企画に何か書きたいなと思ってて、ちょうど昨夜、途中からですがNHKで、マリーアントワネットスペシャルを見たので、短編を書いてみました。

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― 新着の感想 ―
[一言] ううっ、切ないですね。 マリー=アントワネットは聡明というわけではなかったかもしれませんが、当時の状況は彼女個人の資質や努力でどうにかなるようなものではありませんでしたからね。 彼女は彼女な…
[良い点] この先がどうなるか知っているからこそ、歴史上の有名人の等身大の想いが微笑ましくて切なかったです。 可愛らしい素敵な物語でした!
[良い点] 秋の公式企画から拝読させていただきました。 まだ幼いにもかかわらず、オーストリアとフランス、二つの大国の架け橋という重いものを背負わされたマリー・アントワネット。 その苦悩が伝わってきまし…
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