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ステージ恐怖症の私は宇宙から来た高飛車お姫様のゴーストシンガーになってしまった 6話

6話 とりあえず逃げろ




 私は一人っ子で、レッスンばかりだった子供時代は、年の近い友達はそれこそお隣の家のタカちゃんしかいなかった。

 お父さんとお母さんは私の夢を応援してくれて、タカちゃんは私を守ってくれた。でも、もし近い年のきょうだいで悲しみも喜びも分け与えられたら……と思ったことは子供心ながらある。

 でも、私が夢見た家族の姿が、この世界のすべてでは無いことに、幼い私は気づいていなかった。

 もしくは、そうでないきょうだいが存在するのは、昔の出来事か、どこか遠い世界の出来事だと思っていたのかもしれない。

 でも、その「遠い世界の出来事」は私の元に確かにやってきたのだ。


 中沢さんを仕向けた黒幕である、……キラの弟さんであるカシマティロさんから、コンタクトは突然やってきた。

 キラがメインパーソナリティをつとめる配信番組のメールに、地球の視聴者を装ってメッセージを投げかけてきたのである。一見何の変哲もないメールの文面に、キラが小さく息を飲んだのを私は感じ取った。


「次の新月 河川敷の高架下で」

 知らない銀河の知らない言葉の暗号を見つけ出して、キラはそれを淡々と読み上げ、最後に唇を結んだ。

 故郷を追われてようやくの再会が、こんな形になるなんて……。

 幸い、中沢さんの体には何の問題もなく、あの日もすぐ目覚めて本当にキラに関するすべてを忘れたようだった。胸をなで下ろすのと同時に、あの日感じた怒りも蘇ってくる。

 キラは……キラだけではない、マチネンもソワリンも中沢さんのあの一件からわかりやすく口数が少なくなって、私に何か事情を話してくれたりはしない。こういうとき、私たちは行動を共にしても「連帯」を共にしているわけではないのだと思い知る。



 そうして迎えた新月の夜、私はキラに体を貸して約束の場所へと向かった。

 河川敷は時折車が通るくらいで、オレンジの街灯がぽつぽつと鈍い色の水面を照らしている。二人きりの姉弟を迎えるには、静かすぎる夜だった。


 月のない夜にそこに立っていたのは、私と同じくらいの年頃の少年だった。穏やかな微笑みを讃え、キラが表層に出ている、私の体を眺める。


 キラと双子だと聞いていたが、顔立ちはあまり似ていない。ただ、キラと同じように鮮やかな水色一色の髪をしていた。

 それが証拠で、目の前に居る彼もまた、地球の外からやってきた人物であるのだ。キラに体を貸していても、どこか私も緊張を感じている。


「姉上……!」

 カシマティロさんは暗がりの中キラの姿を見ると、感激したように瞳を潤ませた。


「この度の真意がうまく伝わらず申し訳ありません……。私はこの星で姉上が活動なさっている姿を偶然捕捉したのです。そして居てもたっても居られず、使いを送りこうしてこの星にやってきました。姉上がお元気そうで、私も本当にうれしいです」

 穏やかであった少年は、堰を切ったようにそう話して、何度も何度もため息をついた。

 弟さんはキラのことを本当に心配している様子で、何度もキラの様子を伺っていた。キラはじっとその様子を観察していて、二人の間にはいつ破裂するかわからない空気感がある。

 カシマティロさんの整った顔は憂いや安心を映しているが、中沢さんの命を脅かす武器を与えて、キラに接触するように言った。そのはずなのに、カシマティロさんはそれを単なる「使い」と言ったのだ。

 キラはずっと、眼前にある暗闇の川のように押し黙っている。


「せっかくこうして会えたのです。我が故郷の未来をともに話し合いましょう」

「……ベレミュジーク星を思うのは私も一緒よ」

「ええ、アキタイス将軍のやり方はあまりにも乱暴です! 早く姉上が星に戻ってくだされば、この混乱は終わるはずなのです」

 キラは黙って、カシマティロさんの話に耳を傾けていた。聞いている、というか観察しているようだ。彼の唇や目の動き、表情などで言葉以上の情報を引き出そうとしている。でも、あまりうまくいかないようでキラのじんわりとした焦りは体を共有している私にも伝わってくる。


「ねぇ姉上、王位継承権をこのカシマティロに譲ってください!」

 そんな中、雷のように発された台詞にキラの顔が強ばった。

 私はその飛び出した言葉に呆気にとられるが、王位継承権、つまり次の王様の立場を譲れと言っているわけで、これは私にだって承服できない提案だとすぐわかった。


 でもカシマティロさんは、まるでケーキのイチゴをください、と頼むように、キラに投げかけてくるのだ。


「それが一番良いんです。そうすれば誰も傷つかなくて済む。お母様も有事であれば、男子への継承を認めてくださることでしょう! そうだ、王室典範の改正も考えているんです。これからは革新的な王室を目指して、男女や能力関係なく王になれるんです!」

 カシマティロさんの雄弁さとは違って、キラの返事はなかった。

 一方の私は息を飲んで、カシマティロさんの言葉を聞いている。その内容が、ではなくて彼の点した目の光に、である。

 自分の言っていることが一番正しくて、きれいで、皆がそれに従えばいいと「本気で」信じている。何を犠牲にしても、誰が倒れても、それが至上で幸福だと思っている。

 あのとき、武器を手にし憔悴した中沢さんの様子を思い返して、私は震えた。

 この人、怖い。


「煌歌皇は」

 キラはゆっくりと、口にした。その響きは重い、というか厳かさがあって、私はまたキラが正真正銘の「お姫様」であることをまた知ることになる。


「単なる銀河の統治者ではない。その占術を持って星の巡りを読み、人々を導く。災害を未然に予知し堤や備えを築いてきた、最高位の神官で司令官でもある。そして、その力は女子しか持ち得ない。そのことはどう考える。カシマティロ王子。」

 キラの声は冷え込んでいた。おおよそ、肉親に向けて話す声ではない。それくらい、今のキラは怒りを感じていたのである。


「皆で考えれば、なんとかなるはずです!」

 拳を握って明るい表情を見せたカシマティロさんに、怒りをなんとかため息にして、諭すようにキラは呼びかけた。

「認識の相違ね。アンタみたいな机上の空論のパッパラパーに王位は渡せない。陛下もそうおっしゃるでしょう」

「あの方は素晴らしい母親ではありますが、今の時代には……」

「実の母親といえど敬称は付けろ。あの方は当代の煌歌皇であらせられるぞ」

 荘厳な響きに私が圧倒されていると、カシマティロさんはその空気に飲まれずにきょとん、とした顔をして、「次」の言葉を続けた。それがキラにとってどれだけ残酷な刃か、知らずに。いや、知ってその刃をキラの眼前に突きつけたのかもしれない。


「あれ……姉上はご存じない? お母様はご退位なされました」

 カシマティロさんが無邪気に放ったその一言がきっかけだった。

 キラは手に入れたばかりの剣を携えて、カシマティロさんに駆けだした。それは、私やマチネン・ソワリンが止める隙もないほどの速さだった。砂利を蹴って一目散に、キラがカシマティロさんに迫る。


「ッ……!! 不敬者が!」

「……レーヴァテイン」

 しかしカシマティロさんは動じるどころか、冷たく、どこかうつろな声で右手をキラに差し出した。すると、手のひらから見る見るうちに一振りの剣を作り出して、キラの一撃を薙いだ。


「ッ?!」

 ザァ!! とすさまじい摩擦音がして、その衝撃のままキラは砂利の上を転がる。キラをはじき飛ばしたのは、涼やかな水面をそのまま写し取ったような、一点の濁りもない美しい剣だった。

 その剣がものすごい力を秘めているのは、私にだってわかった。生き物も生きていない物もすべての物質の表面が震えている、そんな迫力があった。


「おどろきました? 僕も頑張ったんです! このレーヴァテインは王宮の宝物庫で僕たちも触れないものだったでしょう?」

「宝物庫を漁るとは、見下げたものだな」

 キラは肩で息をしながら、次にカシマティロさんに一撃をたたき込む準備をしている。でも、その隙が見つからないのを私も理解していた。カシマティロさんの剣から発される異様な空気に、見ているだけの私すら飲まれそうだ。


「あるべき者の手に渡ったんです。今までの時代がおかしかった……」

「一つの災害で億の民が死ぬ時代に戻れと? アキタイスは自由を謳うが、今までゼトワル銀河は統治ではなく実際はゆるやかな連帯で動いていた。外部の銀河の干渉は、我が銀河の資源や利権を狙ってのものでしょう。愚かな弟。」

「先ほども言いましたが将軍は関係ありません。僕は僕個人で動いています。ベレミュジークをよりよくしたいのは、姉上と同じ気持ちです」

 キラとカシマティロさんの言葉は徹底的にすれ違っていて平行線だ。どれだけ視線を交わし合っていても、考えが交わることがないなら後は戦うしか選択肢がない。私に漏れ伝わるキラの意識は、剣呑で激しいものに変わってきている。


 でも、それしかないの? 本当に?!

 私が体の中で狼狽する間にもキラは剣の柄を握り直して、カシマティロさんに向き合う。


「ハァァァァァァッ!!!」

 再びキラが切り結ぶために剣を構えたそのときだった。ソワリンがキラの手の甲に飛びついてそれを制止した。小さな体を風圧で吹き飛ばされそうになりながらも、それでもソワリンは必死にキラのそばにいた。砂埃が体に当たって痛くて、それ以上に場の緊張感に押しつぶされそうだった。


「レーヴァテインと打ち合えばこっちは死にます! 姫様! 撤退を!」

「あの馬鹿ここで放り出せって?! ふざけんじゃないわよ! ここで殺すわ!」

 キラの怒号を二匹は苦しい表情で聞いていた。家臣の二人はキラを失うことなど考えられないし、私だって……キラと私の体の危機はどうしたって見過ごせないでしょう?!


「姫様!! 娘!!!」

 ソワリンが叫んで、マチネンの指が光りが何かの魔法を形作った。するとボフン! と爆発が起こりピンク色のもやに私たちは包まれる。

 みな視線を迷わせるが、なぜか私だけ視界がはっきりしていて、私は道路目指して駆け出す。キラの呪文はなかったのに、いつの間にか体の主導権は私に戻っていた。きっと二匹が意図していたのはこういうことなんだろう。私は、「その選択」は迷わなかった。


『ハル! 止まって!!』

 キラは叫んだが、私は従わなかった。

 私は本能的に走り出した。戦闘の知識がない私にもわかる。キラは今戦ったら確実に殺されてしまう。

 何が正解か、何が最善かはわからないし誰も教えてくれない。

 でもキラがここで死ぬことはどう考えてもおかしい。それは、一緒に過ごしてきた私のひいき目かもしれないけど、私はそんな運命受け入れたくなかった。


『アタシは逃げない!!』

 痛々しいキラの叫びはピンクと灰の煙に巻かれて、その新月の夜に消えていった。







 初めてだった。

 私は初めてキラが負けるところを見た。今まで、余裕綽々で態度がとても大きくて、そのくせ人のことをよく見て見透かしてくる、そんなキラばかり見ていた。

 だから黙り込んでいるキラを見るのは、感じるのは初めてで私も呼吸が苦しくなる。私の部屋で鍵をかけて彼女たちが作戦会議を始めるが、その重苦しさは払拭されなかった。


「宝剣レーヴァテイン。王国に代々伝わる封印武器の一つ。一振りで山を砕き海を割るとも。」

 ソワリンは神妙な口ぶりで、カシマティロさんが持っていた武器についてそう説明した。そんなもの、神話やおとぎ話のものであるが、私は昨夜その威力を目にしたのだ。


「正規軍装備とはいえこの剣とレーヴァテインじゃ、ミニカーでトラックと正面衝突するようなもんだわ」

 キラが口にしたその様子を私は想像してしまい、背筋が寒くなった。ミニカーであるキラが、トラックの重たい車輪に轢きつぶされてしまうなんて、恐ろしい以外の何物でもない。


「姫様、カシマティロ様を説得できんじゃろうか」

「一晩考えたんだけどね、それは無理そう。アイツ、洗脳されたわけでも操作されたわけでもないんだ。心の底から自分が正しいと思っていて、それを実行するのが正義だと思っている。一番厄介なこじらせ方をしてる」

「遠征中に教えに殉ずる兵たちとやりあったことはあったが、それに似た薄気味悪さを感じるな。……失礼、弟君のことであらせられるのに」

 ソワリンは自らの苦渋の経験をそうして口にするが、キラはそれ以上苦々しい顔をしていた。


「弟ね……頭固くて融通きかないし、もうどうしたもんかと思って見聞広めさすため留学させていたけど、最悪な姉弟喧嘩に発展しちゃったわ。クッソ面倒なアキタイスめ……」

「あの若造にそんな細やかな思想操作ができるとも思いませぬ。やはり……」

 二匹と一人は口々に案を出すが、話し合いは何もよい結果に結びつかず、堂々巡りの様相を見せる。

 皆悩んで、皆突破口を見いだせないでいた。いつものなじみのある私の部屋が、空気の色も灰色になったみたいだ。

 そんな中、私は、普通の高校生で、銀河も政治も戦争のこともよくわからない。何のアイデアも出すことができない、だから……。


『ねえ、キラ。少し歩かない?』

 それは、17歳の私にできる精一杯の心遣いだった。




 キラは一度私に体の主導権を返すと、言葉少なに私に付いてきてくれた。(体が一緒だからどうしてもふたりの行く先は一緒だけれど)

 私が向かったのは家の近くの公園の、木漏れ日が柔らかいベンチであった。私がオーディションで全落ちしたりしたとき、家に帰る気になれないときにすこし考え事をする場所であった。

 ここに誰かを連れてきたのは、初めてのことだ。


「ねぇキラ、弟さんとは、故郷でどんな姉弟だったの?」

『……私はアイツを殺すわよ。それが一番良いの。』

 たぶんキラはこれから私の言うことを予想していたんだろう。

 地球の価値観では、姉弟同士が殺し合うなんて悲劇以外の何物でもない。

 でも、私は知らない。キラがどれだけの数の人たちの命運を背負っているか、キラのお母さんがどんな統治者だったのか、キラたちの国がどんなところなのか。

 だけど、私は引き下がらなかった。もし私たちが二つの体を持っていて、キラの思い詰めた表情を見ていたら私は言葉を飲み込んでいたかもしれない。でも、今は私たちの心は一つの体に入っており、共有する分少しだけ互いの心が伝わるのだ。


「さっき言ってたでしょ、姉弟喧嘩って。キラにとってはまだ殺し合いじゃなくて喧嘩なんだ。それに、なんだか最近のキラは、ちょっとキラっぽくない」


 何かまた遮られるかと思ったが、私が言い切るまで、キラは黙って耳を傾けていた。

 彼女の姿は意識の中にあり表情まで感じ取ることはできないが、木漏れ日に照らされている私の話を、ゆっくりと聞いているように思えた。

 そしてすべて聞き終わると、しみじみとした様子で私にこう言った。私たちの体に降り注ぐ木漏れ日はじんわりと温かい。


『あんた変ってよく言われない?』

「い、言われないよ。特に」

 特異のかたまりみたいなキラに「変」と言われて私はどぎまぎした。私は夢を目指しているだけの普通の高校生だし、キラと体を共有していることが変なら、それはキラからもたらされた特異であるのだ。

 私が驚いている間にキラは早々に考えをまとめてしまったらしく、良い感じに気の抜けた声を上げる。リラックス、してくれたら嬉しいけど……。


『あーもう、そこまで言われたらやるしかないわねー』

「何を?」

『ミニカーでもトラックをひっくり返すやり方』

 そう言ったキラの口ぶりは、どこかいたずらめいていて、私はいつものキラが戻ってきたことに気づく。

 私はどこか浮き立つ気持ちを抑えられず、木漏れ日のベンチから勢いよく立ち上がった。


「うん、やろう!」


 私は声を跳ねさせて、キラにそう言った。

 私も、できる限りのことはやろう。この姉弟が、このままで終わって良いはずがないんだ。




 キラが決闘場所に指定したのは、野外フェスで使うための小さなステージだった。夜中ともなれば

 そこには私がレンタルで用意した機材もそこに設置されていて、「仕掛け」が発動するのを待っている。

 でも、本当にうまくいくのだろうか? 私もマチネンもソワリンも、そしてキラも人事は尽くしたつもりではあるが、やはりどこか不安がつきまとう。

 大丈夫、大丈夫だ。私は心の中で何度もそう唱えた。キラだったら大丈夫。


「姉上。お考えは決まりでしょうか」

 カシマティロさんは丁寧な口調を崩さないが、威圧をこれでもかと滲ませてキラに向き合う。


「アタシの考えは元からキメッキメのキメよ」

「……言葉で僕を弄しようとしても、時間の無駄ですよ」

 カシマティロさんはこの前よりも視線が研がれている。すぐさまに青白い光を持つ剣……レーヴァテインを掲げると、キラに向かって切っ先を突きつけた。たぶん、この力をそのままキラに叩きつけられたら私の体ごと全部粉々になってしまうのだろう。

 でもキラはその光を見ても怯まない。それを端にして、キラは可憐な声を弾けさせた。まるで初めてキラのステージを、私が目にした時のように、迷いがなく、火花のように発する。


「マチネン! ソワリン!」

「御意!」

 するとスピーカーから明るい音楽が流れ出して、私もカシマティロさんもその音量に驚く。ビートがお腹に響くほどで、耳をふさいでも意味が無い。


「地球でのアタシのデビュー曲。良い歌でしょ?」

 今流れてきたのは、できたばかりのginmutuさんの曲にキラが歌を吹き込んだものである。さすが


「また攪乱のおつもりですか?」

 カシマティロさんはキラの奇策にそう冷笑してレーヴァテインを構え、軽くだがキラと剣を交わした。重たい衝撃が私の体にも伝わってくる。

 そのまま、剣の力で押し切ろうとしたカシマティロさんだが、キラの体は鍔迫り合いにも押されない。

「……?!」

 私も半信半疑だったが、剣を打ち合うカシマティロさんの体が揺れ始めたところで、キラの目論見が通り始めていることがわかる。何度かそのまま打ち合うと、カシマティロさんが、押され始める。

 綺麗な青色の瞳が信じられないものを見るようにキラを睨み付ける。


「プリンス、ベレミュジーク王家の女は歌そのものに異能力があるのはご存じ?」

 きっと、キラの手にした剣はレーヴァテインの足下にも及ばない、そういうものなんだろう。それでもその力の差をもろともせず、キラは飄々とした空気で、カシマティロさんにそう告げる。


 姉とは言えども、キラは次の女王様だ。きっと身内にすらその秘密を伝えていなかったんだろう。

 しばらくしてすぐに地へと膝を付けたカシマティロさんが驚愕と屈辱に混じった視線をキラに向けた。


「アタシの歌の力は共鳴。しかもこの曲にはベレミュジークの変わらぬ姿を願って歌った! 国の、銀河の変革を願うアンタにはさぞデバフになってるでしょうよ!」

「ひ、きょう、な……」

 カシマティロさんは歯をかみしめながら吐き捨てると、キラに向かって精製されない生の怒りの声を上げた。

 先ほどまで余裕で優しい態度でキラの降伏を願っていた姿とはまるで違っている。

 レーヴァテインに縋り付くようにして起き上がるが、キラの歌声に苦悶の声を上げた。


 キラの歌が効いている……! でも、キラは弱ったこの人をどうするつもりなんだろう。また別の不安が私の心によぎるが、キラは厳しい表情を緩めなかった。


「あなたはいっつもそうだ! 馬鹿馬鹿しい小細工で真剣勝負から逃げる……!」

「真剣だよ。追い詰められてるからここまでする」

 カシマティロさんは綺麗な顔を歪ませ、汗を散らせて実の姉を威嚇するが、キラは何もたじろぎもしない。それどころか、さらに瞳の光を強くして、どこまでも届いていきそうな凜とした声を発する。


「お前のその思想を、考えを! 捨てろ!! 私は、」

 キラはヒールを打ち鳴らして野外ステージに仁王立ちになる。

 私はモニター越しにその姿を見て、また彼女に圧倒された。彼女の指先から、髪の先から、震えるほどの威厳が伝わってくる。


「ベレミュジーク王国第一王位継承者・キラメリア・メリー・ベレミュジークである!!」


 雷鳴のようなキラの声が響いて、勝負はそこで決まった。

 ポップでかわいらしい歌がサビでボリュームを上げ、彼女の歌と叫びが混じる。

 私はその迫力を、美しい、とすら思った。


 カシマティロさんは小さく小さく蹲ってうめき声を発し始めた。それは泣き出す小さな子供のようだ。

 キラも彼にもう戦意が残っていないことを判断したのだろう。まず地に転がっていたレーヴァテインを手のひらのなかに収めて、それから彼に歩み寄った。

 マチネンとソワリンが小さな体を震わせて「姫様!」とキラを呼ぶが、指の小さな動きでそれを制した。


「ねえ覚えてる? アタシたち二人お忍びで買い物に行ったこと。地球にも似たお菓子があってびっくりしたよ」

「何、を……」

 キラがしゃがみ込んで話し始めたその話を、私は知っている。

 それはginmutuさんと歌詞のすったもんだを起こしたときに披露した、カシマティロさんとのエピソードだ。そのお話の中では、二人は仲のいい、ただの姉弟のはずだった。

 きっとキラの作り話ではなく、その思い出は真実なんだろう。


「アンタがお菓子をパケ買いしたときさ」

 カシマティロさんもその思い出にたどり着いたのか、憎しみだけで見上げていた瞳を迷わせる。


「この曲はその時の出来事を歌った曲。またアタシはアンタと買い物に行きたいよ」

 キラは、どこか遠くの故郷を思い浮かべながら、カシマティロさんの泥で汚れた右手を取った。それはとても優しい、「姫」でも「次期女王」でもなく、「お姉さん」の仕草だった。

 カシマティロさんの、キラを見上げる瞳はうるみ始めて、一粒だけこぼれだした。それは、年相応の少年が家族に見せる素顔だったのかもしれない。


「ねえさまはいつもそうだ……! ぼくは自分で選びたかったのに、僕の失敗した買い物を笑うでもなく引き取って…」

「激辛グミね……あれは二日、何の味もわからなかったな……」

「ねえさまはいつもひどい……」

「そうだねえ、すまんねぇ……」

 それはもう、それは敵対し合う二人の会話ではなく、ただの姉弟の会話になっていた。マチネンとソワリンがもう終わったと悟ったのか、二人に近づいて何かの魔法をかけた。するとカシマティロさんが眠り始めて、ソワリンが彼の体を何かのカプセルに入れる。

 

 決着が、付いてしまった。こういう戦い方が、キラなんだ。


 私たちはマチネンとソワリンの後片付けを眺めながら、ようやく二人きりになって言葉を交わしていた。

 見えていなかっただけでキラはずり傷だらけで、身にまとっていたストッキングも穴だらけ、スカートのフリルは解れていた。

 私はその姿に、彼女が力を尽くした事をまた一つ知る。


『これが、ミニカーで勝てるやり方ね?』

「そう。トラックの運転手を引きずり出して、素足でミニカー踏ませればいい。つまり……」

 私がそう問いかけると、キラはニッと歯を見せて笑い、こう言い放った。いつもの、高飛車で何も恐れないキラの姿である。


「情に訴えてその隙に勝つ!」

「……それ、カシマティロさんに言わない方が良いよ」

 包み隠しもしないあんまりにもな言葉に、私はキラにそう忠告した。

 本当に、全くキラはどこまでが本気なんだか……。


 それはともかく、かくして、キラは弟さんの身柄と、宝剣レーヴァテイン両方を手に入れてしまったのである!

 本当に、キラは底知れないお姫様だ。

 私はだんだんと、彼女から目が離せなくなってきているのを自覚していた。

 そして彼女が世間のエンターテイメントや、それ以外のシーンでもみんなの視線を釘付けにするのもそう遠くない未来だったのだ。


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