表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

ステージ恐怖症の私は宇宙から来た高飛車お姫様のゴーストシンガーになってしまった 5話

5話 『焼けた靴』


『なあにあの子の格好』

『いったい何しに来たんだ』

『見るに耐えない。誰かやめさせて』

 観客は口々にそう噂して、舞台の上の私を痛々しげに、それでいて疎ましそうに見る。

 でもそんな目を向けられても私は踊るのをやめられない。一度ねじを巻かれたオルゴールのように、くるくる回り続けて人々はそれが「切れる」のを待っている。

 まだかなぁ、いつ終わるのかな。でも軋みながら踊る私より、観客のほうがそう考えていた。あきらめの目線は突き刺して、退屈を作り出す!

 足が痛い。折れた腕が筋との不協和音を作り出す。伸ばした手足は不格好で、その肌をスポットライトの熱に焼かれる。


ああ、なんで私はーーーーーーーー。


「……!!」

 それは夢だった。夢であるはずだった。私は最悪の目覚めに毛布を掴んで抗するが、頭の中の生々しい光景は消えない。

 近頃見ていなかった夢が質量を増してやってきたことに、私はおののいていた。

 スポットライトに照らされた熱が、まるで火刑のようだったあの日の出来事は、成長した私の心に今も焼き付いているらしい。

『……ハル?』

 頭の中でキラが私に声をかけた。体を共にしているキラは、私の異常に気づいたようだ。


「何でもない、ちょっといやな夢を見ただけ」

 私は汗がしみたパジャマの襟を直して、キラにそう言った。何の因果か私と表裏で体を共有しているキラは、「私の記憶」すべて共有することはできないが、私の体の不調は感じ取れるらしい。

 確かに、心臓は大きく打って汗もびっしょりとかいているし、口の中もカラカラだ。一口水を飲むだけで気分も変わるかもしれないが、足がキッチンまで向かっていかない。

『ねぇハル、』

「なんでもないよ、明日も早いから、おやすみ」

 そう言って、私はキラからの追求を逃げるように毛布をかぶって横たわった。

 ベッドの上で軽く体を動かすが、足はひねっていない。腕も折れていない。


 でも、心だけはあのときと同じで、不安でばくばくと血液を吐き出していた。



 その日、一日バイトであることも私にとっては救いだった。キラには言えないけど、キラの仕事でまたあのときのようにステージに上るのは、今日は健康状態がよろしくない。キラも目覚めてから言葉は少なく、時折次の戦略をかんがえているのか頭の中でうなり声を上げている。


「ハル!」

 瞬間、店のドアを勢いよく開けたのは、私の顔なじみだった。顔なじみよりもっと近しい存在だろうか、私が小さい頃から一緒に居る幼なじみのタカちゃんだ。

 タカちゃんは長い足でどたどたと店内に入ってきて、私に近づくとじっとりと私を見つめながら言った。


「お前、また妙なことに巻き込まれてないか?!」

 開口一番、幼なじみにそんなことをたたきつけられて私は背筋がひやりとした。最近あった妙なこと、と言われて枚挙に困るくらい目白押しなのだが、それをタカちゃんに悟られてはまたどんな小言が降ってくるかわからない。

 変なこと? と私はわざとらしく鸚鵡返ししてみる。最近の私は異常事態が多すぎて、どれもこの心配性な幼なじみが聞いたら卒倒しそうな事柄ばかりだ。私はテーブル席にタカちゃんを案内して、笑顔でそれを隠し通す。


「最近、変な女がここら辺によくいるって聞いてるし……」

「変な女の子?」

「自分のこと宇宙人って言ってる変な女だよ」

 タカちゃんの台詞に、私は思わず微妙な表情の生乾きの笑いを返してしまった。

 ginmutuさんのあの一件から、キラの存在はSNS上で話題が伝播していたらしく、オーディションはほぼ一人勝ちの様相だった。その記念すべき制作発表の生配信で、なおも飽き足らずキラは攻めに行った。



「アタシはゼトワル銀河を統治するベレミュジーク王国の第一王位継承者、キラメリア・ベレミュジーク」

「このアタシがアシスタント? 意味がわからないわ。今日からこれはアタシの番組。アンタがアシスタントになるのよ」

「宇宙にとどろく1ページを見届けられること光栄に思いなさい」

 などといつもの高飛車なモードで、あっという間に配信番組の「主役」を勝ち取ってしまった。制作チームはコバさんが所属するあの「当たればOK」チームだったため、話題の嵐だったキラはそのまま起用されたのだ。


 でもその尊大な態度と突飛な背景は、メディアデビューするための設定と思われたようで、なんと、言動がおもろい、設定ガバ過ぎw、などと、真偽はともかくおおむね受け入れられてしまったのだ。

 昨今のお姫様・お嬢様ブームも受けてのことだろうが、ここまでトントン拍子なのは正直うらやましい……とオーディション全戦全敗の私は思う。


 まさかその話題の渦中の女の子が私の体を借りているとはさすがのタカちゃんも思いはしないだろう。

 マスターは何も聞かずにタカちゃんの分と、私の分のコーヒーを注いでソーサーを差し出した。コーヒーの湯気を吹き飛ばす勢いで、捲し立てる。


「お前のお父さんからも俺よく言われるんだよ。ハルが心配ってさ。みんなおまえの夢を邪魔したいんじゃなくて、見守りたいから言ってるんだ、わかるだろ?」

「うん……」

「ッグシュン!」

 タカちゃんが大きなくしゃみをしたことで、奇跡的に重たい会話が途切れる。私は店のポケットティッシュを差し出しながら、それとなく会話の方向修正を試みる。


「タカちゃん、またアレルギー? 花粉?」

「いや……煙……新しいところ、埃と煙がすごくて……」

 埃と煙がすごい、ファッション撮影現場とはどういうところだろう……。キャンプ場とかかな、と私は一人で推測し納得する。


「最近朝も早そうだもんね。おばさん言ってたよ」

「毎回5時に集合だから……あ、おまえの言ってた本、読んだよ。他にもあるか?」

「そんなに待ち時間あるんだ? 電書でいい?」

「待ち時間って言うか……移動が……」

 そう言うタカちゃんの目は、よく見ると疲れと眠さに蕩けているようにも思えた。何らかのドラマの撮影かとも思ったが、基本的に俳優は今受けている仕事はオープンになるまで秘密にしなければならない。

 私とキラは体を共有しているから、私たち二人の仕事の状況は筒抜けだけれども、本来ならそれは「いけないこと」なのだ。


「違うよ! 俺の話はいいんだよ!」

 このまま道を逸れさせてしまおうかと思ったが、タカちゃんも久々に私に会って言いたいことが溜まっているらしい。

「おまえはさ、昔から向こう見ずで……」

 そこを口火にして、マシンガンのように続く心配に、私は苦笑しながら時折頷きながらまた会話が途切れるのを待っている。こんなやりとりが、私たち二人の常であった。


「隆臣くん、きょうお仕事は?」

 私たちを見かねたのか、それとも私の生返事に呆れたのか、マスターがそう助け船を出してくれる。

「あ、俺これから雑誌の撮影で……すみませんマスター、お代を」

 タカちゃんはテーブルに私の分のコーヒー代も置いて、「無茶するなよ!」と別れ際の台詞を残していった。


 慌ただしいタカちゃんの去った店内は、少しの静寂が戻っていった。


「いつもせっかちだね、彼」

 マスターのほほえみ混じりのつぶやきに、私は軽く会釈をした。実は、タカちゃんが早く帰ってくれて助かった部分もある。うまく受け答えができる時間も限られていて、私が綻ばせて「よくないこと」を言ってしまうかもしれない。


『ハァ?! 何アイツ! 感じ悪!!』

 しかしキラは一息つく、と言う風にはいかなかったみたいだ。

 今までおとなしくしていたキラが素直にそう不満を述べるが、私は苦笑いのままタカちゃんのコーヒーを下げた。

 そのあとマスターに言われてバックヤードの備品を確認しに行った最中も、私ではなくキラの鬱憤が収まらないようでしばらくずっと私に対してタカちゃんの文句を浴びせかけていた。

『あんなことを言う権利がアイツにあんの? 』

「タカちゃんは私のことを心配してくれてるんだよ」

 棚にあった残りのパスタのパックを数えながら、私はそう、なかば諦め気味にキラをなだめた。


『心配? あんな風に行動の制限されて心配とか言うわけ?』

「……キラ!」

 続いたキラの物言いにぎくり、とした。しかし、私が心の中で多少強めに名前を呼ぶと、それきりキラは喋らなくなった。

 どうやら、この傲岸不遜なお姫様も私の触れて欲しくない部分というのは理解してくれているみたいだ。キラには悪いけど、それくらいのプライベートは私もあっていいだろう。

 タカちゃんは、女優志望って口に出しているだけの私と違って、高校生からモデルを始めて今はドラマや舞台で活躍している。私よりずっと先を進んでいる先輩でもあるのだ。


 これ以上、タカちゃんに心配を掛けることは出来ない……。


 そんなことはキラに伝えなくても私の気分で感じ取られているだろう。

 私たちの間でタカちゃんの話題はここでおしまいになった。



 バイトからの帰りは、私たちが手に入れるべきもう一つの武器……つまり、物理的に敵を倒す武器についての話題に切り替わっていた。

 歌という武器は、ginmutuさんの曲というこれ以上ないものが手に入って、次は襲ってくる敵を倒すためのものが必要、といったわけだが。これについては私は全く方法に見当は付かない。


『兵隊、落ちてないかな~』

「そんな簡単に落ちてるわけないでしょ」

『いや~、もうさ~、この際正規軍装備じゃなくていいからゼトワル仕様の武器がほしいわ……』

 キラはそんな風に愚痴って、おしまいにため息をはいた。たしかに、今までの戦いはどうにか勝利を収めてマチネンの工作で「キラ王女の手がかりと異常なし」と信号を送っていたのだけれど、それには限界があるらしい。


「武器の接収といえば奇襲しかないでしょうなぁ……」

 今のところ工作担当の、小動物のマチネンも頭をひねらせながらそんなことを提案する。

「敵の居留地もわからないのに奇襲なぞかけられるものか。万が一わかったとして、姫様をそのような危険な場所になど」

「はぐれの兵が単騎で向かってきてくれんかのう」

「今までは辺境に来ていたのは下っ端も下っ端の調査員、『武器持ち』がそう都合よく来るものか」

『ブレイク・スルーがほしいわ……』

 その場の全員が現在の状況にすこし閉塞を感じて、同じような色のため息をそれぞれ違う大きさで吐いた。


『ん』

「キラ?」

『ハル、ちょっと体貸して。気のせいならすぐ戻るから』

 キラの物言いはいつもはっきりしていて、こんな風に曖昧に急を告げることは珍しかった。私はもう慣れてしまった仕草で呪文を唱える彼女に体を明け渡す。

『何かあったの?』

「殺気が……でもなんか、いつもと違ってる。マチネン、ソワリン、警戒を」

 そうして曲がり角にさしかかると、その人はいた。でもその姿は、いつもの体の表面が何かに覆われているといった異形ではない。私と同じ「人」がそこに立っていた。


「キラメリア・べレミュジーク……!」

 長い茶髪の男の人が、キラの名前を呼んだ。でも呼ばれたキラの方はきょとんとした顔でその男性を眺めているだけだ。

「誰だっけ……」

 キラは思い返しても記憶に行き当たるところがなかったらしく、私は慌ててそれを注釈した。

『この前のginmutuさんを名乗ってた人だよ!』

 私がキラにそう伝えると、キラは大きく口を開けて、「あー!」とだけ言った。でも、それ以上は何の感慨もないらしく、立ちはだかった偽ginmutuさんを不思議そうに見るだけだった。

 いやいや、公開であれだけ打ちのめしたのだからキラに恨みを抱いていてもおかしくないでしょ!


「どこまでも失礼なお嬢さんだ……! まぁいい、これを見てもそんなことが言えるかな?」

 そう言って偽ginmutuさんは、左手を仰々しく振り上げた。青白い光が走り、偽ginmutuさんの腕を包む。そうして光が過ぎ去った後に偽ginmutuさんが手にしていたのは……。


「武器だーーー!」

 二人と二匹の気持ちが一緒になって、思わず叫んだ。偽ginmutuさんが握っていたのは、大きな青白い剣だった。発光し空気を震えさせるそれを一目で見て、地球上の技術ではないものだと私も感じた。

 この前の偽ginmutuさんはキラ自体に対し恨みを抱いていてこの武器を持ちだしたのだろう。でも、私たちは今それどころじゃなくなっている。


「武器! その武器寄越しなさい!!」

 キラは言うより早くぎりぎりと偽ginmutuさんの手首を掴んで剣を引きはがそうとする。その表情は鬼気迫るものになっていて、これじゃあどっちが襲ってきたか暴徒かわからない……。

 しばらく偽ginmutuさんとキラの武器を挟んでの押し合いへし合いが続く。


「痛! 力強?! 私の話を聞きなさい!!」

 偽ginmutuさんはおびえながらもやっとのことでキラの手を離すと、あまり慣れていない手つきでその剣を構えた。ずいぶん重そうに見えるし、たとえこれで斬りかかられても身軽なキラなら避けてしまいそうだ……。

 現に剣を抱えているだけで精一杯で、戦うために振ることは難しそうに見えた。


「あのお方に会って私はねぇ、新しい力を手にしたのだよ。」

 得意そうに偽ginmutuさんはその剣をキラに見せつける。なおも諦めず取っ組み合いで武器を奪おうとしているキラは、両手を広げて間合いを計りながらまた冷淡に言い放つ。


「それ武器を手にしたプラセボ効果だし、耐性のない地球人が使ったら三日で死ぬわよ」

「えっ」

 これには、偽ginmutuさんの顔色もさすがに変わった。額に汗を浮かべて、両手をわきわきと閉じて開くキラを見る。


「鉄砲玉にされたのよ、アンタ。あのお方は知らんけど、おとなしくアタシに渡した方が身のためだと思うけど」

 キラは意地悪そうに唇を笑みにして、偽ginmutuさんをそう脅す。

 彼女が嘘をつくとき、体を貸している私にもそれがなんとなくわかってくるが、今回はそのサインが一切なく、口にしたことはすべて事実だとわかる。


 私はキラの言葉と偽ginmutuさんの憔悴した表情を見て、密かに怒りを抱いていた。

 力を与えた側は、地球の人の体を、命を、なんだと思ってるんだろう。私は怒りがわいてきて、今まで遠くに思ってきたキラたちの敵をはじめて憎く思った。

 今までだって、コバさんが、知らない男性が、偽ginmutuさんが命を落とさない保証なんてなかったんだ。


「じゃあ私は何のために……キラ王女に会えば、変われるって……」

 うわごとのように偽ginmutuさんが口にするが、キラの態度は一貫している。へたり込んだ偽ginmutuさんを見下ろし、キラは腕組みしながら何かの言葉を探す。


「なんだっけ、なんて言うんだっけこれ。あの日本の裸の格闘技のパンツ部分」

『まわし……? おすもう?』

「そう! それ! 人の「マワシ」をほしがるところが宇宙人に弱みにつけ込まれるんじゃない」

「う……」

 偽ginmutuさんは痛いところを突かれて今度こそ膝から倒れた。宇宙の技術が詰め込まれた剣はアスファルトに落ちて、偽ginmutuさんと共に力をなくしていた。


「でも私、曲を書いても全然芽が出ないし……年下とも差が付いていくし……私だって曲で勝負したいんだ。でもどうすればいいかわからなくて」

 膝をついた偽ginmutuさんのぽろぽろとあふれ出す言葉を聞いて、あ……、と私は思った。この人は、私にどこか似ているんだ。

 キラと出会って信じられないくらいの出会いがあって、輝かしい場所にたどり着いて、でもそれは私にスポットライトが当たったわけではない。すべての脚光は、キラのものであるのだ。

 だからってこの前のようにginmutuさんから名声を掠め取っていいわけではない。この人は、努力の方向を間違えてしまった。お姫様でもなんでもない私は、この人に近いんだ。


『ねぇ、キラ』

お姫様であるキラが、自分の命を狙ってきた人に対してどういう判断を下すかは、普通の高校生である私には想像が付かない。でも、差し出がましいかもしれないけど、どうか彼にやり直す余地を与えてほしかった。


「殺さない。ただ記憶は消すわ。これ以上アタシの存在を嗅ぎ回るのは困る」

 その言葉に私はほっとした。キラはなおも毅然とした様子で中沢さんに向き合う。

「ねえ偽物。アンタ名前は。」

「な、中沢です」

「中沢」

 言霊というのは昔の考え方だが、キラの声には何かしらの不思議な力が備わっているのではないかと私は思う。キラに名前を呼ばれた瞬間、中沢さんの体に電気が通ったようにピン、と生気が戻った。


「アタシはアンタが弾いた即興の曲、わりと好きよ。アンタはアンタの力で勝負なさい」

 中沢さんはキラのその言葉に、唇を震えさせた。瞳を潤ませて、掠れながら声を絞り出し、「はい」と言った。その堂々として、どこか高貴な空気は、私があまり見たことない部分である。


 キラは言葉も行動も高飛車で乱暴だし、もう本当に手がつけられないほどお転婆だけど、私はキラのこういうところは好ましく思っている。きっとお姫様として、国に住んでいる人たちに思いを馳せてきたのだろうな、となんとなくわかる部分だし。

 たぶん、キラは、曇ることがないからキラなんだ。


「最後に、『あのお方』について吐いて貰うわ」

「アキタイスだろ」

「アキタイスじゃろうな~」

 推理する二匹に口にされた名前は、この反乱の首謀者である、キラの国の将軍らしい。キラの国の実権を軍部が握ろうとしているということはすでに私にも話されていて、キラの目標はその将軍を倒すことである、と説明された。

 その人につながる手がかりが少しでも得られれば、キラの目的にもかすかに近づくはずだ。


「カシマティロ様です……」

 中沢さんがそう言うと、キラの顔が瞬く間にわかりやすく強ばった。空気が止まった、とも言うべきだろうか。


「カシ……ム……」

 砂粒みたいなかすかな声で、キラは私の唇で聞き慣れない名前を作り出す。

 すると私が、え、と声を上げる前に勢いよくマチネンが飛び出して、中沢さんの頭に張り付いた。中沢さんはぎゃあ! と叫び声を上げて体を地面に倒れさせる。


「この痴れ者が!」

『え、ちょっと、ちょっと待ってください! 何をしたんですか!』

「わしが記憶を消しただけじゃ! こんな者、姫様のお手を煩わせることも……」

 マチネンはまだ中沢さんの顔をちいさな足でぺシペシと叩いている。見ればソワリンも厳しい表情をしていて、みな一様に衝撃を受けていた。張り詰めた異様な雰囲気に、私も息を飲むしかなくなる。


「いいわよマチネン。……ごめんハル、いったん体返すわ」

 キラはそう言って変身をとくと、路地裏に残されたのは二匹の側近と倒れた中沢さん、そして事情のつかめない私だけになった。


「あの、説明できるところだけでもいいので、誰か説明してもらえませんか」

 おずおずと私がそう言うと、苦い顔をした二匹より先にキラが言葉を発した。深い海から、何か重たいものを引き上げるような響きだ。


『ごめん……さすがに動揺した。ないこともない、ってわかってたのに、心のどっかで甘えがあった』

 キラの独白はどこか浮ついていて、よほどのことが起きたのは見て取れる。一人だけ蚊帳の外にいた私に、キラが静かな声で告げる。


『カシマティロは、私の弟だ。』




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ