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ステージ恐怖症の私は宇宙から来た高飛車お姫様のゴーストシンガーになってしまった 4話

 そのとき……ある一つの帚星を見上げたとき、私の運命は変わった。

 私は……私は宇宙のどこかのお姫様の、ゴーストシンガーになったのだ。


とある過去からステージ恐怖症となった高校生・坂崎 美晴。

流星群の夜、鳴らないスマホを掲げた瞬間、宇宙の大帝国の姫君、「キラメリア・ベレミュジーク」の依代そしてゴーストシンガーになった……。


最序盤の山場の話です!!!!!


魔法少女・ヒーロー特撮などの業界あるある要素を詰め込んだごった煮のゴージャスな歌姫物語です

銀河を賭けたガールミーツガールをお楽しみください

カクヨムにも同じ内容を投稿しています


 そうは言っても、ginmutuさんに向かう手がかりなんて何もない。

 ginmutuさんは年齢も、それこそ経歴も不明の作曲家で、人前に出たこともない。そのため有名な作曲家の別名義とか言われるわけなのだけれども、それは逆に情報のとっかかりがないことの証拠だった。

 SNSのアカウントはいくつかあるけど、どれも一般の問い合わせには応じていないシンプルなものだし。


「ハルちゃんこんにちは!」

 出勤した喫茶店のカウンターにはコバさんがいて、多分オーディションの準備で忙しい時だろうに、ゆっくりとコーヒーを飲んでいた。

 その間にも仕事のメールだかメッセージだかが絶え間なく届いているのが、スマートフォンの通知音でわかるが、それでもにこにことコーヒーをのみサンドイッチをかじっている。

 私がこんにちは、と返して、エプロンを付け始めていたそのとき、突如としてひらめいた。


「コバさんって、ginmutuさんと話したことあります?」

 そう、そうなのだ。

 彼のやらかしたポカの中で、シンガーを呼ぼうとしたらバーチャルシンガーだった、というのがある。たしか、その曲を作ったのがginmutuさんなのだ。

 出演のお断りにしても何かのコンタクトはあったはずだ! 私は前のめりになり、コバさんの返事を待った。


「あー! ムツギンちゃん!」

「! 親しいんですか?!」

「ううん。出演できません、ってメール一つしか貰ったことない」

 私は前のめりになった姿勢を静かに戻した。

 本当にこの小林さんという男性は不思議な人である。私が言葉を失ってしまったのに、まだにこにこ笑って昼食の時間を楽しんでいる。


「でも何でいきなり? ハルちゃんムツギンちゃんのファンなの?」

「あー、あー、今度ミュージカルのオーディションで使う曲の、使用許可をもらえないかって!」

 咄嗟に口にしたこれは真っ赤な嘘だった。ginmutuさんはGINGIN P時代の曲を含めて、商用利用以外は自由に曲を使っていいとアナウンスをしている。

 そのため動画サイトには「歌ってみた」や「踊ってみた」があふれかえり、クリエイターとして、ginmutuさんのそんな姿勢も音楽ファンの琴線に触れている状況だ。

 コバさんは何の疑いもなく私の嘘を信じて、スマホからさらさらと店のメモにginmutuさんのメールアドレスを書き出した。

「ありがとうございます……! マスター! コーヒーおかわりを、私のバイト代から!」

「はいはい喜んで~」

 私はニコニコ顔のマスターからおかわりのコーヒーを受取り、コバさんあてに運んだ。その間もコバさんのスマートフォンはけたたましい通知を見せているが、コバさんはコーヒーを喜んでくれたみたいだ。

 無茶なプロジェクトの一縷の望みを得たような気分になった。



 それから、私は教えられたメールアドレスからから懇切丁寧にお願いをし(お仕事を貰うには基本中の基本のテクニックであるし、キラに任せるとどうなるかわからないので)どうにかして「歌詞持ち込みの上での短時間のミーティング」ということでお約束を取り付けた。

 キラも素直に喜び、こんな風に意気込んでいた。


『やるじゃないハル~! これでginmutuをアタシの歌詞と魅力で曲を思うがままに作らせるわよ!』

 キラはそう言って、やがて故郷の弟さんとの思い出をつづった、かわいらしい歌詞を作った。

 

 しかし、やってきた結果は、私たちにとってはほろ苦いどころか煎じた薬をそのまま流し込まれたような、顔を顰めるくらいとても苦いものになった。




「ゼリービーンズってなんですか?」

 WEBミーティングで設けられた場に現れたのは、ginmutuさん……ではなくそのアバターだった。さすが正体不明のクリエイター。声だけは無加工なのか、落ち着いた青年の声が派手なピンクモヒカンのアバターから響いていてシュールだ。

 そしてこちらがカメラに写すのは、私が体を貸したキラである。キラが曲を頼むのだから、本人が顔を合わせてお願いした方がよいと私が思ったのだ。

 キラは訝しんで、サイドテールを少し指で巻きながら答えた。


「アンタ知らないの? こう、コーティングされたゼリーみたいな」

「いや、モノ自体は知ってますよ。でも、ゼリービーンズって好んで食べる人居ますかね? グミくらい歯ごたえもないし、なんか歯にくっつくし、そもそもコンビニでも一般的には見かけないですよね」

 ginmutuさんは淡々と冷静に、キラの綴った言葉を分析する。

 それは芸術家というより研究者のようで、感覚ではなく経験と論理で音楽を組み立てているのがすこしだけわかった。


「みなさん思った以上に歌詞に吸い寄せられるんです。そこに曲の最初からゼリービーンズだと、若くて、しかもおしゃれに興味がある女性に限られませんか。もちろんそう言うのも悪いといいませんしありですが、あなたの思い描く、みんなに聞かれる曲というのには乖離しているのでは」

 ハードロッカーの姿をしたginmutuさんの説明はどこまでもロジカルである。そう、キラが目指しているのは、特定の年代や層に向けて放つものではなく、遠い母星のすべての人たちに届くような、そんな歌だった。


「なんかちょっとイメージが全然湧かないです、正直」

 ginmutuさんの物言いはけんもほろろだ。私はキラがちょっとだけ可哀想になる。いつも自信満々に何を言っても切り返してくるキラが、一瞬黙り込んだ。

 そこが潮時とみたのか、ginmutuさんも話を切り上げ始める。


「では……」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 WEBミーティングから退室しようとしたginmutuさんを、私は必死で呼び止めた。

 呼び止めた、ってあれ? 私は私の体から声を出していたのだ。いつの間にか体が元に戻っている! 

 知らない間にキラは表層から私の頭の中に潜ったようだった。ひょっとして、ginmutuさんに言われたこと、ショックだったのかな……。

 私は心配するがとりあえず、せっかく見つけた糸口をこんなところで逃しては堪らない。私はオーディション落ち続きで人の縁に関してはかなり敏感になっていた。不格好でもいいから、縁は繋いでおかないと一生宙ぶらりんになってしまう。


「あなたは……」

「メールで連絡を取っていた坂崎です。すみません、キラとは友人のため同席していました。」

 たぶん目を離していた隙に、私たちの「変身」は見ていなかったらしい。私は適当な嘘をついて、なんとかginmutuさんをつなぎ止めようとする。

 私は国のことも星のことも何もわからないけど、こんなことで終わるのは絶対にダメだ。


「あの、キラは日本に来て日が浅くて、まだそこまで日本の音楽に詳しくないんです」

「……」

「リトライするチャンスをくださいませんか? それまでに歌詞はブラッシュアップしますので」

 こんな稚拙な説得で、超有名クリエイターさんの貴重な時間を取れるとは思っていなかったが、私としては藁にも縋りたい思いだったのだ。もちろん、今の藁はginmutuさんではなく私の話術である。


「……わかりました」

 ginmutuさんはそれだけ言って退室すると、その後にメールで次の時間を連絡してくれた。ginmutuさんにとってはいきなり出てきた得体の知れない新人だろうに、この温情は感謝するほかない。




 一方、完全にやり込められたキラは、「歌詞を推敲する」と言って頭の中でもあまりしゃべってこなくなった。どうやら本当に歌詞の作成に熱中しているらしい。


 ショックでふさぎ込んでいるのかと思って一度声をかけたが、


『将軍が提案してきた作戦を、自分の好みで独断専行する統治者はそれこそやばい。あっちは専門家だから、私はそれに従うのが賢いわ』


 と、意外に殊勝な返事が返ってきた。戦争のことはまるでわからないけどさすがお姫様、引く勇気もあってすごいなぁ……。



 そうした日々が数日続いた時のことだった。私たちはその日々の中で、ginmutuさんの名前を、思わぬ形でまた耳にすることになる。


「ginmutuのトークショーだって! 私顔見たことなーい!」

 道行く人がそう話しているのを、私は耳ざとく聞き及んだ。その日の私はレッスンもバイトもなく、駅前の本屋まで歩いている途中だったのだ。

 局の近くの通りで、若い女性数人がそんなことを談笑している。

 ginmutuさん、この前話したときのにはそんなそぶりなかったし、公式アカウントにもアナウンスなんてなかったけど……。私はポケットからスマートフォンを出して告知を確認するが、そんな情報は一つも出てこなかった。


「ginmutuとはあの失礼千万な音楽家じゃろ。娘、顔を拝んでやろうぞ」

 私が不思議に思っていると、そうバッグの中のマチネンは言ってくる。その顔は小動物にしては邪悪な笑みで、どう見ても意地悪な気配だけしかしない。

 だけど私も、ginmutuさんの素顔に少し興味があって足はステージの方に向かってしまう。話しているginmutuさんの姿を見て、キラの作詞のヒントになるかもしれないと思ったからだ。


 たどり着いた局の前のステージには、それなりの人だかりができていてバックモニターには「緊急トークショー! ginmutuの素顔!!」なんて赤と黄色の派手な文字が踊っている。

 私は、その中心にいる人物に目をこらす。そこにはマイクを握って饒舌に喋る一人の男性がいた。


「魂が叫んでいるんですよ……僕はそれを聴き取って譜に移すだけ……」

「なるほど、天からの思し召しとかそういうやつですかね!」

「そんな大仰なものではないですが……誰かが囁いていると感じるときはあります」

 ステージで話すその男性は、実際にginmutuさんと話した私たちにとっては違和感を覚えるのに十分だった。

 黒いブランドもののスーツの前をはだけさせ、シルバーアクセサリーをじゃらじゃらとつけたその人は、一昔前の業界人としては説得力があったが、「ginmutuさん」というクリエイターらしいか、と言うと私は首をひねってしまう。

 実際、会場からはかすかに疑念の声が漏れ出している状況でもあった。


「あれがginmutu?」

「ginmutu、ロン毛だったんだ……」

 でも、ステージ上のginmutuさんは疑いなどどこ吹く風で堂々としていて、キーボードで今までの曲のメロディを叩いていた。その手つきはぎこちなくもなく、むしろ慣れている。

 この違和感をどう説明すればいいか迷っていると、密かな声に私の意識は覚醒することになった。


「坂崎さん」

 そのとき、背後から小さく名前を呼ばれて私はかすかに振り返る。私の名前を呼んだのは、日に焼けた背の高い眼鏡姿の男の人だった。どこかで会った知り合いかと思って、私は脳の記憶部分をフル稼働させるが、この男性の見た目はどこを探してもヒットしない。

 なんとなく、聞き覚えのある声ではあるんだけど……。


「すみません、いきなり、ぼくginmutuです」

 おずおずとそう名乗られて、馴染みのある声に、私はハッと息を飲んだ。

 あのハードロッカー姿の派手なアバターからは想像できないおとなしそうな見た目だが、ginmutuさんと話した私にはそれがわかる。私の方がなぜか慌てて、ステージでトークショーをしている男性と今私に声をかけた男性を見比べる。


「やっぱり、あれ偽物なんですね?!」

「当たり前です……! ていうか誰ですかあの人?! 全然知らない人なんですけど?!」

 ginmutuさんもginmutuさんでいきなりの出来事だったらしく、エコバッグを左手に提げながらスマホを握りしめて頭を振った。

 そうは言っても、たとえばここで本人だ!と名乗り出ても、ginmutuさんが今まで顔を隠していた事情を踏みにじることになってしまう。何も伺ってはいないが、今まで素顔を隠してた理由だってあるはずなのだ。

 私たちに何もできることはなく、ただ二人で歯がゆくステージの進行を見守るだけになる。


「あの曲は難産でね……でもバスルームでオイルを浮かべて身を清めている間に、パッと降りてきたものなんだよ。だから曲の名前もベルガモットにしたんだ……」

 偽?ginmutuさんがそうもっともらしく語ると、集まってきたファンから、だんだんと納得の声が聞こえ始めてきた。


「そういやそんなことちょっと書いてたな……」

「これは本人しか知らんことでしょ」

「やっぱ本人かぁ」

 伝播するつぶやきに顔を青くするのは、この場で私と本物のginmutuさんだけになった。私は慌てながらginmutuさんに確認する。


「じ、事実ですか?」

「ああ~~ギャラスタにちらっと書いた話か! でもオイルとか僕使いません! 薬局で売っている柚子のやつです! 掃除が大変なので……」

 私はうろたえるginmutuさんの様子と、ステージ上の偽ginmutuさんの多弁さを見て、なんとなく話は見えてきた。

 あの偽ginmutuさんは、おそらく本物のginmutuさんの情報をSNSなどで綿密に調べ上げている。

 SNSも追っている熱心なファンなら、この情報を出されたら信じ込む、とその絶妙なラインを把握している。

 本物のginmutuさんが今持っているもの……例えば実績は脅かさないだろうが、表の顔になり脚光を代わりに浴びる事でginmutuさんが「これから得るもの」を奪おうとしている……そんな風に感じられた。


「キキ―――ッ!!」

 そのとき、バッグの中のマチネンソワリンが、小動物らしい声を上げて、私に「何か」を促す。

 さすがに人前で人語をしゃべるのは勘弁していただいて、誰かといるときはハムスターのような声を上げる約束をしていた。


 そうだ、わたしたちじゃ何もならないのなら、「彼女」がいる。


「と、とにかく、キラを呼んできます! あの子切った張ったがとても得意なので!」

 私は拳を握って、ginmutuさんにそう申し出る。私たちには解決の糸口が何も見つからないが、キラなら、鬱屈とした展開を何とかしてくれるんじゃないかと、私はそのとき思ったのだ。


「切っちゃ駄目じゃないですか?! 坂崎さん?!」

 狼狽するginmutuさんをよそに、私は走り出した。

 この混乱と欺瞞がはびこるステージにキラを呼ぶ、つまり、私の体を再びキラに差し出すために。


「キラ! 聞いてたよね! あのginmutuさんは偽物だ!」

『わかってる! アタシに任せて! ハル、体借りるわよ!』

 キラが何かを唱え、あの白い光に私の体がベールのように包まれていった。

 水色とピンクがマーブルされた長い髪をサイドテールにした、ふわふわのミニスカートと勇ましいハイヒールの女の子が現れる。

 現れた宇宙のお姫様、キラはそのリボンで結んだヒールで力強く立ち、ステージへと駆けだしていった。彼女の足は細いが猛々しい走りに思える。


『暴力はだめだからね!』

「時と場合による!」

 体の内と外の声が入れ替わって、キラはそんなことを私に叫びながら騒動の渦中へと向かっていった。


 いや本当に暴力は駄目だからね?!




「ちょっと待ちなさいよ!」

 トークショーのステージに飛び乗る……わけでもなく、よじ登ってMCの芸人さんのマイクを奪う。みな、いきなり現れたキラにざわめき始めていた。スタッフさんに制止されないか、それだけが気がかりだったが、袖に見えたコバさんはぽかんとキラを見ているだけだった。

 ありがとうコバさん……でもたぶん偽ginmutuさんもコバさんが呼んできた気がする。きっとそうだ。


「さっきからご高説をペラペラと、ginmutuってそんなやつだったけ? 「アンタの中」のginmutuはそうなのかしら?」

「……何が言いたいんだねお嬢さん」

「あんたがginmutuだという証拠を見せなさいよ。そしたら群衆も納得するんじゃない」

 キラはそう言って、頬杖をつく偽ginmutuさんに折りたたんだ紙片を渡す。私は、それがなんだか知っている。

 先日、本物のginmutuさんにばっさりと切り捨てられて、いまキラが懸命に直している、その初稿の歌詞である。


「どんなものからでもインスピレーションを感じるのがこのginmutu……お嬢さん、この歌詞を即興でもメロディにできるのがginmutuだよ」

 偽ginmutuさんはキラが渡した歌詞を一読しただけで、キーボードに指をおいた。


「ゼリー……ビーンズが~……」

 キラの渡した歌詞通り、偽ginmutuさんは即興の曲を作って歌い上げる。それは、ちょっと悲しげに聞こえる、いわゆるエモい系の歌で、ginmutuさんもよく作っている系統だ。けど……。

 歌い終わると観客の人から、それなりの大きさの拍手がわき起こる。

 こんなに即興でメロディを作れるのはginmutuである証左である、と観客の皆さんは勘違いを強固にしてしまったようだ。

 でも、キラはこんな状況でも怯まなかった。


「ハッ、今のがginmutuの、歌ですって……?」

 でもキラは鼻でそれをせせら笑った。こういうときのキラは、憎らしいけどすごく頼りになる。

 そうしてキラが一呼吸置くと、一気に重大な事実を白日の下にした。


「本物のginmutuはねぇ、この歌詞じゃイメージが沸かないって言ったのよ。ゼリービーンズなんて歯にねちゃねちゃくっつくもの誰が食べるんだって! そう言ったのよ! そういうんならキャラメルもそうだろうが!!」

 キラはそう、偽ginmutuさんに向かってこの歌詞のエピソードについて捲し立てた。

 というか、キラ、ゼリービーンズの歌詞のことめちゃくちゃ根に持ってる……。言ってないことまで含まれている……。


 私が頭の中で心配を深めているころ、観客の皆さんの心は思わぬ方向に転がり始めた。


「あ、ginmutu、歌詞にこだわりあるから持ち込ませるってインタビューで答えてたな」

「たしかに、ginmutuってそういうこだわりあるよな」

「なんかさっきのメロディも……かっこよくないよね」

 煮えたぎったキラの私怨は別として、観客の皆さんから口々に疑問が上がり始めたのだ。

 皆が知っているginmutuさんと、今のステージのginmutuさんがちょっとずつ乖離し始めている。

 偽ginmutuさんはすこし動揺しているようだったが、それでも長い茶色の髪を掻き上げて、無遠慮なキラに疑いを移そうとしてきた。


「お嬢さんがそういう証拠こそないじゃないか……! だいたい急に来た君のことこそ信用できない! ほら、いまのだってすぐに譜に書き起こせたよ、こんなの誰がどう見たって……!」

 偽ginmutuさんが五線紙を見せつけるが、キラはそこではなくペンを握る左手を見て、冷徹に、刑を言い渡すかのようにはっきりと言った。


「あとginmutu、右利きよ」


 キラが口にしたこれはもう決定打だった。アバターの姿では判別できなかったが、実際のginmutuさんを見て、私にももうその事はわかっていた。

 それに、私もginmutuさんの曲をピアノで弾いたときに、この人右利きだろうなぁとなんとなく思っていたことがある。演奏をしてみた、彼の作る一音一音に興味があるファンには、これ以上にない燦然とした事実だった。


「あ! ギャラスタで映ってたギター……、確かに右利き用だった!」

「左利きのもたしかに一本持ってたけど……」

「あれ昔のバンド仲間のやつだよね」

 こうなるともう、お客さんの心を細やかな嘘で操作することはできない。

 偽ginmutuさんはお客さんの刺すような目線に耐えられなくなり、そそくさとマイクを置いてステージを降りた。

 そうして残されたのは先ほどから事態収拾もできなかったMCの芸人さんと、論破したキラだけである。


 キラは観客の目線が悪意ではなく感謝に満ちていることがわかっているんだろう。

 マイクパフォーマンスのために皆に向き合い、高々と声を上げた。文字通り、勝利の宣誓である。私は何もしていなくて、体を貸しているだけなのにも関わらず、万雷の拍手に頭の先からしびれているような感覚であった。


「アタシはキラメリア・ベルミュジーク! ginmutuの曲で近々デビューする予定だからよろしく!」

 ひときわ大きな歓声に包まれ、キラはステージを華奢なヒールで飛び降りる。

 そのまま、疾風のヒーローのように駆けていき、ginmutuさんの騒動はこれで終わりになったのだ。




「なんか曲作ることになってしまってましたけど……」

 ginmutuさんはそうやって先ほどのキラのパフォーマンスに苦笑いする。ginmutuさんの眼鏡は厚いフレームのわりにレンズは歪んでいなくて、ひょっとしてだて眼鏡なのではないかと私は思った。

 騒動が過ぎ、戻ってきた(キラに体を返して貰った)私は、缶コーヒーを握りながらginmutuさんと局近くの公園で少し話していた。偽ginmutuさんはキラが見破ったが、この青年がginmutuさんだと言うことは、同じくキラの手で隠し通された。


「ginmutuさん、大丈夫ですか、ネット、とか……」

 私もSNSで騒動を少し検索してみたが、ネットニュースやまとめサイトにはすでに事態は掲載されているようだ。驚くことに、そのいくつかには偽ginmutuさんを論破したキラの写真もあった。

「さっき公式垢でお詫びと否定をしておきました。炎上……は多少するでしょうけど」

「みんなginmutuさんの曲が大好きですから、すぐに元に戻りますよ」

 気休めのように響いてしまったが、私は本当にそう思っていた。キラに呼応して、キラに感謝したあの観客の皆さんは誰も、その後に憎しみや怒りを抱いたりしないだろう。


「あのキラメリアさんはどういう方なんですか?」

 あの大立ち回りを演じたキラの様子に不思議さを抱くのも当然だ。私は短い思考時間でもっともらしい作り話をすることを選んだ。


「えーと、キラは、もともと外国の大きなお家の娘さんなんですが、諸事情あって今故郷の国を離れておりまして」

 キラと過ごして私もどんどん嘘がうまくなっていく。特に罪悪感もなくそう説明する。さすがにほかの銀河王国のお姫様、なんて言えないし、かといって日本の普通の女の子です、とも言い切れないポテンシャルと態度である。

「あれは、その故郷の思い出の歌詞だそうです」

「ヨーロッパ圏ですかね……いやこういう類推よくないな」

 ginmutuさんはぶつぶつとつぶやくと、コーヒーを一口飲んで、私にゆったりと話し始めた。公園のベンチはペンキも剥げかけていて、しかしそのささくれすらginmutuさんは日常のいとしい空気に変えてしまう。


「坂崎さんは銀むつって魚はご存じですか」

「白身のお魚ですよね。焼き物や煮物にする……」

「よくご存じですね」

「父の趣味が釣りと料理なので」

 この会話には一切の嘘が混じっていなかったので、すらすらと答えることができた。おそらく、ginmutuさんは感謝の気持ちも兼ねてかすこし自分のことを話してくれるのだと思う。私はただ静かに、耳を傾けていた。


「銀むつって、要するにタラとかの代用魚なんですが、めちゃくちゃでっかい深海魚なんですよ。本名メロ。それが和食になるのに、銀むつって別の魚みたいな魚の名前で料理にされてた。そういうミスマッチな感じがなんかいいなって、つけた名前なんです」

 ginmutuさんは深い二重の目は薄いレンズにちょっとだけ阻まれて全部表情を読み取ることはできない。

 このひとも、何かしら自分のルーツに思いを持った人なのかもしれない。深く掘り下げはしなかったけど、なんとなくそう思った。

 ginmutuさんは自身の事柄を話し終え、深く深呼吸をした。


「キラメリアさんにもよろしくお伝えください。僕もお礼に、なんとかキラメリアさんが食べたゼリービーンズをのメロディを考えておきます……」

『アタシ、ゼリービーンズ食べてないわよ』

 ginmutuさんとの静かな会話に急に入ってきたキラは、私の頭の中だけでその事実を告げてくる。


『弟が初めての露店にテンション上がってパケ買いしたのが激辛グミで、アタシのゼリービーンズと交換したの。刺激のせいで食感は覚えてないけど、黙々と食べてたら弟のほうが泣きそうだったのが印象的』

「え?!」

『いいから、そのまま話して』

 私は困惑しながらもキラから話された事実を言われた通りそのまま話すと、ginmutuさんは一瞬眼鏡の向こうの目を丸くした後、見たことないくらい大笑いした。


「ハハハ! そっちの話の方がイメージ付きます! 歌詞、楽しみにしてます」

 何のバイアスもなく、年相応に笑うginmutuさんに、きっとキラもほほえんでいるはずだ。

 たぶん。

 私はそのとき、ginmutuさんとそのエピソードについて話していて、頭の中での小さな小さな呟きは聞き落としていたのだ。





『曲、のほうはなんとかなりそうだけど、問題は武器よね……。もしいま、アキタイス将軍の本隊、いや先遣隊にでもかち合ったら……私たち全員、終わりだわ』




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