ステージ恐怖症の私は宇宙から来た高飛車お姫様のゴーストシンガーになってしまった 3話
そのとき……ある一つの帚星を見上げたとき、私の運命は変わった。
私は……私は宇宙のどこかのお姫様の、ゴーストシンガーになったのだ。
とある過去からステージ恐怖症となった高校生・坂崎 美晴。
流星群の夜、鳴らないスマホを掲げた瞬間、宇宙の大帝国の姫君、「キラメリア・ベレミュジーク」の依代そしてゴーストシンガーになった……。
魔法少女・ヒーロー特撮などの業界あるある要素を詰め込んだごった煮のゴージャスな歌姫物語です
銀河を賭けたガールミーツガールをお楽しみください
カクヨムにも同じ内容を投稿しています
3話 とりあえず売り込み
宇宙から突然来たキラ達と暮らし始めてから数日。私には気付いたことがあった。
「一人目の何にせよ、姫様のご威光を知らしめなくてはならない!」
暮らし始めた当初は小動物二匹の見分けはもふもふとした毛色くらいだったが、最近なんとなくわかってきた。この武将みたいなしゃべり方のほうがソワリン。
「姫様のイメージアップのため、励むのじゃ~地球人!」
この、仙人みたいなしゃべり方のほうがマチネン。ソワリンのほうが頑固で、マチネンはちょっと図々しい。
もともとキラの側近だったと聞いているけど、こんな小さくてもふもふな生き物が側近になるなんて、キラの星って、政変や危機はあるけど結構、動物たちはファンシーなのかもしれない。
もふもふの小動物がお城で働いている王国かぁ……。想像がつかないな。
「そのために」
「これである!」
そういって小さな二匹は折りたたまれた紙を私の前で広げる。そこに書かれていたのは、「オーディション開催! 身元年齢一切不問!」という謳い文句だった。
年齢はともかく、身元は少し気にした方がいいんじゃないかと思うが、多分これもコバさんのところのディレクターさんが考えたやつだろう。
コバさんの属する制作チームは、何ていうか当たれば御の字のパワフルでチャレンジブルなチームだったから、こういった派手で行き当たりばったりの企画が企画倒れすることもよくあった。
「姫様のために!」
「励め娘!」
私はもともと動物が好きなのでこの二匹に凄まれても何の威圧も感じない。それを口にしたらまたわめき立て立てるので、私は蒸したトウモロコシを二人の前に置いた。すると二匹は飛び跳ねて懸命に囓り出す。
『オーディションの間は体貸して頂戴。また世話をかけるけど、一つよろしく頼むわ』
キラはそう言って、私にチャーミングにウインクする。キラの表情は見えないため、私のまぶたが勝手に閉まっただけなんだけど。
私はそのまぶたを開けながら、この間キラが話してくれたことを思い返す。
*
あの後、異形の黒い怪物をなんとか倒した後、キラは自宅に戻った私にようやく事情を説明してくれた。
ちなみにコバさんはあの後腰を抜かした私がマスターを呼んで、救急車に運ばれることになったが、ただの疲れとかるい熱中症と診断されたらしい。本人は今日も、元気に働いてちょっとポカをしまくっている。
私の部屋であたたかいココアをテーブルに置き、マチネンとソワリンも交えキラが説明することは、平凡な私では想像のつかないことだった。
『地球の言葉で何て言うのかしら。あのね、反乱よ』
「反乱……?!」
「元々、ベルミュジーク王国は一帯の銀河系を、代々煌歌皇たる……といっても地球の娘にはわからんじゃろ。ともかく、今上の女王・キラ様のご母堂がそれはもう平和に治めておったのじゃ。皆幸せだった。」
「でも、数年前から銀河連合の奴らが我が国の政治に口を出し始めた。痴れ者めが! 我が国は長い間各国の自主性を尊重し、協力関係にあるというのに民の搾取だの一族の独占だの言いおって」
マチネンとソワリンは苦虫を噛みつぶしたかの表情を、その小さい顔いっぱいに広げている。側近の二人にもよほど悔しいことだったんだろう。相変わらず私の表層に出てこない内はキラと接するのは声だけなので、キラがどんな表情をしているかはわからない。
『……そして連合は我が国の軍隊の一部と結託して、当代の煌歌皇を捕らえた。他国に留学中の双子の弟も、連合の息のかかった団体に保護されたと聞いた』
キラの、お母さんが、弟さんが。
私は非現実的であるその話にどこか実感を感じなかったが、そのキラの口ぶりに私は背筋をざわめかせた。
家族がそんな目に遭って、キラの気持ちはどんなものだろう?
ずっと、地球でずっと生きてきた私はかける言葉を失ってしまった。
『多分ねぇ、弟は大丈夫じゃないかと思う。あの子、戦とかマジで駄目な子だから。幽閉されているうちは安心かな』
「キラ、お母さんは……」
「陛下は銀河系の支配者よ? 簡単に死ぬタイプではございませんことよ。」
私の疑問に冗談めかしてキラは言うが、お母さんがそんな風な目に遭ってこんな様子で笑えるものだろうか。余所には余所の事情があると重々承知しているが、キラはやっぱり自分の本心をまだ隠しているような気がする。
私は出会ってから散々キラの前で怖がったり泣いたり怒ったりしているのに、殻みたいな、鎧みたいなキラの心は、まだ私には理解できない……。
その夜に飲んだ甘いココアの味も、私はよくわからないくらいだった。
*
そして話は差し出されたオーディションチラシに戻る。
私はソワリンに差し出された募集要項などよく読み込んで、素直に嘆息の声を上げた。
「優勝者は、新WEB番組のアシスタントに……! これ結構すごいやつなんじゃない?! 良く見つけてきたね? マチネン、ソワリン!」
「あの気の抜けた男の懐から拝借するなぞ造作もない事よ」
ソワリンは得意げに短い腕を腰に回すが、私は聞かなかったことにした。
よく見れば紙面の済に小さく「決定稿」と書かれていて、要するに局の社外秘の書類をソワリンが持ってきてしまったことを示している。
お昼のバイトの時にだろうか。この前から重ね重ねごめんなさいコバさん……、と私は頭の中で手を合わせておいた。
『たしかに、ゲリラ的に歌うのもいいけどなにか定期的な発信をした方が効果的よね』
そう話すキラは、あのとき見せた少しの翳りを、今日は全く見せていない。
前向きで尊大で現実的な、そんな話し方をするいつものキラが、少しだけ見せたさみしさのようなものは、幻みたいに消えてしまった。
私とキラは会って間もない、なんと形容すればいいかわからない間柄なので、突っ込んだことは聞けないし。
そうこうしているうちに今日もバイトの時間になって、私はマチネンとソワリンの食べかすだらけの口元を拭くと、バッグの中にそっと入れる。
もうマスターには気づかれている気もするが、一応、一応の気持ちを込めて二匹を隠し混む。
『故郷の曲を歌うのもいいんだけど、言葉がね。歌詞でもガッチリ心をつかむわ』
「カバーを歌うのは?」
『地球の曲にもいいものがあるわよね。でも、アタシはアタシに合っている曲を歌いたい。この星で、初めてこの星の言葉で歌う曲だから』
そう言うキラはまっすぐだった。目的がありその方向にひたすらに進んでいる。
だったら、寄り道ばかりで生きている私にいえることは何もなかった。
『イメージに合う……』
キラはふと言葉を止めて、私はテレビ局の前のモニターを見た。いや、私が自発的に向いたのではなく、キラがそちらを向いたのだ。
『この曲』
「えっと……ginmutuさんの曲だね」
MVについていたテロップを確認して、念のためスマホの検索にもかけるが、間違いなくGINGIN P……ginmutuさんの歌だった。歌い手はバーチャルシンガー、つまり合成音声ソフトだろう。相変わらず寂寥感のある、でも清々しいメロディだ。
正体不明の作曲家、ginmutuさん。
私は動画サイトで活躍していた頃から、少し曲を聴いたくらいだったけどそのころから人気はすごかったし今はメジャーレーベルの歌手にも楽曲提供なんかしているらしい。
正体は、高名な作曲家が利権に嫌気がさして始めたとか、アメリカ帰りの凄腕DJだとか、小学生だとか、おばあちゃんだとか、本当に噂は尽きない。
「いま売れてるクリエイターさんだよ。誰も直接会ったことはないらしいけど」
掻い摘まんでキラにそのことを説明するが、キラは先ほどの興味が嘘のように静まりかえっている。あまり気にいらなかったのかな? と私は心配するが、その心配が全く的外れだったことにすぐに気づくことになる。
『ハル。この先、高架下に』
密やかだけど鋭くなったキラの言葉に、私は既視感を覚える。こんな声で私に警戒を促すときは、「悪い何か」を見つけてしまったときなのだ。
「う、ん」
私は命じられた通り歩き始めるが、こういう時間はまだ慣れない。少し前まで荒事なんて無縁だった私が、能動的に動けるようになるなんてこの先ずっと来ない気がする。
バイトの時間に余裕があることを確認して、私はだ人目を気遣い高架下のスペースに移動した。
べちゃり、べちゃり、と後ろをついてくる足音、足音というより水音は、私と一定の距離を保って、誘い出されてくる。
『今!』
キラにそう合図をかけられて私が勢いよく振り向くと、また異形の怪人がそこにはいた。
私は目を見張るが、人間のかたちをしていても皮膚は嵐の海のようにうごめいている。水面が波打っている……? いや違う、これはもっと粘着質のものだ。
「ぎ、ぎぎぎぎ ぎらおうじょ」
それ、と対面すると、唸り声みたいな、濁った水音のような音がその物体から発される。
今度は全身が、スライムみたいなどろどろした液体に覆われている。一目見て、この間と同じくキラを追ってきた異形のものだと気付く。
相変わらず、人間の表層に取り憑いているみたいだけどこの前の虫じゃないだけ本当にマシだった。私は今日履いてきたのがスニーカーであることを感謝して、怪物の脇をかけ出した。
『いい、ハル! この前も言ったけど、コイツ倒すのは地球人を救うことにもなんの!』
「わ、わかってるけどさ!」
この前は本当に足が竦んで一歩も動けなかったけど、私は運動神経が悪い方ではない。芽が出ない分レッスンする時間だけはたっぷりあって、ダンスも殺陣も一通りこなせるのだ。
幸い、今回のスライム怪人? は、この前の虫怪人より動きがだいぶ遅い。
お芝居だと思えば、少しは臆せず動ける。私は教わったとおりに敵の攻撃を避けて、好きのできた足に払いをかけた。もちろん、素足ではなくキラの白い光を纏った足である。
「やった!」
私は歓喜の声を上げたが、そこで戦いは終わらなかった。
ねとねとした生物はバランスを崩して地面に倒れたかと思ったが、私の足首を粘膜の手で掴んできたのだった。べたついた水音に嫌悪感が背筋に駆け上がり、振り払おうとするが相手の力は強い。
「やっ……!」
狼狽しているそのうちにスライム怪人は私の体を掴んで捕縛しようとする。
「ぎ、ぎぎぎ。 ぎらおうじょ。おおおおおしえろ」
力で押し負けそうになって、冷や汗が体を伝う。まずい、と私は焦り、スニーカーの足を迷わせた。
しかし、そのとき、霹靂のような声が私の体内に響いたのである。
『ハル! 肘!』
私は恐怖から少し持ち直して、キラの言うとおり、私はと腕を折り曲げる肘を怪人の頭に垂直に下ろした。
相変わらず衝撃も感覚もないが、相手はこれでもかと言うほどもんどり打つ。
「ギッ!!!」
スライム怪人は奥歯がこすれたような叫び声を上げて、しばらく悶えたがすぐに動かなくなった。
人体の表面のスライム部分はそれに伴って蒸発するよう消えていき、またもとの「人間」がアスファルトに伏しているだけになった。
顔をおそるおそるのぞき込むが、「今回」は私の知っている人ではなかった。それでも大変なことには変わりないので、私はスマートフォンで即座に救急車を呼ぶ。
『いった~~~~い!! しびれた!』
そうしたところで、頭の中のキラが急に苦しげに叫んだものだから、私はぎょっとしてエルボーアタックした肘を見た。
『じゃなくて、やったわね! この調子でサクサクいきましょ!』
「待ってよ! キラどこか怪我したの?」
憑依されて倒れた人のために救急車を呼びながら、私はキラに慌てて問いかけた。
「当たり前じゃろう。こんな生物と戦って、身体にダメージがないとでも?」
口火を切ったのはマチネンだった。私は呆けてしまって、それ以上二の句が継げない。この前の戦いのときも、制御で手一杯と言っていたけど、それは私に痛みが行かないようにコントロールしていたということだった。
「姫様はお前が傷つかぬよう力を巡らせていたわけだ。鈍いにもほどがあるぞ娘」
「姫様お労しや……」
「それ、戦うことを続けていたらキラにダメージが行くってことじゃない!」
私は焦りキラに問いただすが、当のキラはあっけらかんと世間話をするような様子でいる。
『何かしら武器があればまた違うんだけどね。今はハルの動きに頼ってるけど、魔力の出力・安定装置である武器があれば、あたしが表層に出て戦えるはず』
頭の中でキラの話を聞きながら、私は沈痛な面持ちで高架下を出た。この前のキラの話してくれた状況と相俟って、キラが張り詰めているのではないかと私は心配する。
「ねぇ、キ……」
『だから武器と歌、両方探すことになるわね!』
キラに声をかけようとするが、いきなり方向転換した話に舌に乗せる言葉を失った。
『ginmutuに会って曲を作らせる! その辺の兵士をボコって武器を奪う! この二つのタスクをこなす! 目的が明確になってよかった! わかったわねハル!』
話の思わぬ着地に私は口をあんぐりと開けた。キラ、ginmutuさんのこといつの間にかめちゃくちゃ気に入っている……。
「いったい! どうやって?!」
糸口すら見つからないプロジェクトに、私の叫びは路地裏にむなしく響いたのであった。




