僕はありふれた小説家です。
僕はしがない物書きです。
もし僕にファンがいるのなら、そのファンの方は肩身が狭いことでしょう。
僕のデビュー作「鮮血のジャケット」は、猟奇殺人犯の心理や行動描写をリアリスティックかつ丁寧に描いたクライム小説だと世間でも話題になりました。
昭和60年ぐらいの事でしたが、当時では珍しく映画化までされて、評判はうなぎ登りです。
デビュー作でこの持て囃され様なのですから、有頂天になるなと言う方が無理があるでしょう。
しかしその後25年間は何もヒット作を生み出すことが出来ず、今では半年に1度文芸雑誌に小説を載せるだけの凡百な小説家です。
ヒットはデビュー作だけですから、僕の今の状況をスランプと当て嵌めるのは烏滸がましいでしょう。
僕は生涯の運をデビュー作に使い切った一発屋です。
僕には宮部みゆき先生の様な文章力も、伊坂幸太郎先生の様な展開力も、井伏鱒二先生の様な独特な世界観も持ち合わせていません。
作家としては致命的としか言えないでしょうが、僕には読者を惹きつける様な想像力がありません。
もっと言えば、自分が体験した事しか物語に出来ないのです。
僕の歩んできた人生なんて何も面白くありません。
普通の一般家庭に生まれ、両親からそれなりの愛情を受けながら育ちました。
受験の際に挫折はありましたが、そんなものは何処にでもありふれたイベントです。
決して平々凡々な人生が悪い事であるとは言いませんが、こと作家として考えた場合はその限りではないでしょう。
誰がこんなつまらないやつの本を読みたがるでしょうか。
文芸雑誌にしたって、出版社さんの恩情で載せて貰っているだけです。
いつクビを切られたっておかしくありません。
ですが、こんな歳になって作文以外に何か能力がある訳でもない人間を雇う会社はありません。
クローゼットにしまってある赤いジャケットで面接に行けば、面接官の目を引けるでしょうか。
まぁ何にせよ、僕の作家生命の危機である事は明らかです。
ここは一発テコ入れをしなければいけないでしょう。
あれからもう25年です。
僕がどれ程この時を待ち望んでいたでしょうか。
やっと大手を振って、傑作の物語を作ることができます。
内容はやはり、「鮮血のジャケット」の続編がいいですね。
僕は下校中のちびっこ達へと足を向けました。
読んで頂きありがとうございます。