リメイク第一章 異世界の魔法
「あ、あー・・・おほん!」
「?」
「ラン♩ララララン♬」
僕は唐突に歌い出した。上手い下手かと言われたらそこまで上手くない。カラオケは89点が最高なくらいの中途半端な歌唱力しかない。
でも、僕は誰もいない時こうやって歌を口ずさむのが好きだ。カラオケでストレスを発散する訳じゃなく、こうやってボソッと歌うのが良いんだ。
「???」
この子は更に首を横に傾ける、けど僕は歌った。そしてきっとこの子が余計に首を傾げたのにはまた別の理由がある。
この歌は英語の歌だ、この世界には存在しない言葉で奏でる歌。
この子は何を僕が言っているのか全く理解出来てない。でも、この子はしっかりと僕を見続けた、歌い始める前よりももっと。
「ふぅ・・・」
そして歌い終えた、この子はまだ僕の目を見てる。
「僕が何言っていたか分かった?」
ぶんぶん・・・この子は大きく首を横に振った。
「でも、何かを感じたでしょ?何を言ってるのかも分からないだけならそんな風にずーっと僕を見たりしないよ。不審者を見る目をする人はいるかもしれないけどね」
こくこく、この子は大きく首を縦に振る。
「この曲は70年代のアメリカって国の子供向け番組の歌で、歌詞はすごく単純。ただ歌おうってひたすら言ってるだけなんだ、例え下手でも良い、誰の為に、楽しく歌おう的な感じかな確か。この曲は小さい頃両親の車のCDでよく聞いてたんだ。僕がオールディーズ好きになったきっかけはこれ。それより、下手だけどどうだった僕の歌?」
僕はこの子に笑いかけた、やっぱり歌うとなんだかスッキリするんだ、嫌な事を吹き飛ばせる。
この子はただ僕をじっとそのまま見つめているだけだ。
「って事は少しは落ち着けたかな?」
こくり、この子は頷くと僕の袖を握った。
「この歌、僕自身も歌詞を完全に理解してる訳じゃないんだ。ただ、スッと耳に入って来たんだ。良い歌はみんなそう。すんなりと耳に入って心を揺さぶってくれる。辛い時、どうしようもなくなった時、こうやって僕は歌ってみたんだ。そしたらいじめはいつの間にか無くなってた。僕の持論はいじめはいじめられる方にも何かしらの非がある。そう思ってる人間だからね」
そう言うとまたこの子はうつむいた。
「じゃぁ、今度は一緒に歌う?」
「っ!???」
僕の一言にこの子は何言ってんだこのヤローみたいな勢いで跳ね起きた。
「喋れなくても歌は歌えるよ、まずは心の中、頭の中で歌えばいい。じゃいくよ?」
僕はまた前奏を歌ってみた。僕は歌い続けるよ?君が歌うまで付き合ってあげる。
「・・・・・」
この子は最初は口も開けようとしなかったけど、僕は歌い続けていたら観念したように口を動かしている。全く声は出てないけど・・・いや、
「ぁ・・・ぁ〜ぅ」
ほんの、ほんのちょっとだけ歌ってる。歌にすらなってないけど、声を出してる。
「ほら、無理じゃないでしょ?なら今度はデュエットソングといこうか」
「???」
あ、デュエットの意味を分かってないのか、ちょっと恥ずかしい。
「あー、つまり・・・一緒に歌お?」
こくり!
ほんのちょっと、この子は笑った。本当不思議だよ歌うのは、僕はただ一緒に歌おうって言っただけなのに。この子はこれまでの人生笑う事なんて無い生き方をしていたにも関わらず、その壁を直ぐに壊して笑う事を教えてあげてくれた。
「じゃぁ君は今のところを歌ってて、僕が合わせるから」
「ぁ、ぁーぁぁー・・・」
少しずつ、声が出てきたな、僕は続きを歌い始めた。
「あ、あーああー」
その僕についてこようとこの子の声は次第に大きくなってきた。そして曲が終わる頃にはデュエットソングと呼べるくらいには曲が完成されていた。
「はぁ・・・意外と歌うのって単純だけど、凄い楽しいでしょ?」
こくこくこくこく・・・この子は何度も頷いた。
「これが僕の知ってる魔法、目には見えない心の為の魔法、心を伝えるのに言葉なんて必要ない。言葉は意志を伝える簡単な手段ってだけ。心を伝えたいのなら、歌の方が言葉よりも重く伝えられるんだ。
昔、ある人に教えてもらった魔法、それがこれ、歌う事。僕はこれに助けられた。歌には誰かを倒す力は無い。でも、誰かを助ける事は出来るのかもね・・・どう?僕の魔法、なんとなくは伝わったでしょ?僕の心も」
こくり
「・・・たの しか た・・・」
「え?」
今、喋った?この子は無理矢理口をぱくぱくさせていたけど、絞り出す感じで一言一言を話した、『楽しかった』って。
「あはは!凄い!凄いよ!声出てる!!」
「うた は た の しぃ 」
「うん、楽しいよ。そして今は、それプラス嬉しいかな。たったこれだけで変えられるもんなんだね、僕も驚いたよ。でも勘違いしちゃだめだよ?歌はきっかけなだけ、君がこうして話せるようになったのは、君自身が凄い頑張ったからって事を忘れないでね?」
こくり・・・・・
この子はそこに頷いただけであとはずっと日が少しずつ傾くのを見ていた。でも、僕がこのお節介を焼いたせいでこの子は僕にとんでもない事実を教えてくれてしまった。
「わ・・・た し」
「ん?」
この子はそれからもしばらく黙っていた。そして僕の袖を握りながら本心を言葉で打ち明けてくれた。
「こ ろ さ れ る」