後日談追加☆【百合】レズ活したら、失恋した美少女幼馴染と同じ顔が来た
5.16 『後日談』を本編後(★★★☆☆☆★★★マークより下)に追加しました!下までスクロールして頂ければ読めると思いますm(_ _)m
「え…茉奈!?」
「?違いますけど」
初めてのレズ活。
待ち合わせに現れたのは、最近私が失恋した幼馴染と同じ顔の人物だった。
■■■
_ずっと片想いしていた幼馴染から、「彼氏が出来た」と言われた。
自分の想いが叶わないことなんて、最初からわかっていた。
彼女は自分と違って可愛くて明るいから、むしろ今まで彼氏がいなかった事が不思議なくらいだった。
けれど_私の心は、粉々に砕け散った。
そんなタイミングでバイト先の店が潰れ、私は働く場を失った。
貧乏大学生。失恋。一生好きな人と結ばれないのだという絶望。
そんな暗黒の時期だった。
〝レズ活〟という単語に出会ってしまったのは。
■■■
新宿駅JR南口改札前、19時。
私_佐鳥葵は、初めてのレズ活の待ち合わせをしていた。
相手は23歳OL160cmらしい。最初にDMが来た人をOKした。
私の募集ツイートはこうだ。
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18↑│レズ│大学生
都内希望。食事・買い物など直接の触れ合いがないものでお願いします。
【SNOWで撮影・顔半分をスタンプで隠した自撮り】
#レズ活 #レズ垢
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適当にテンプレを使って文章を書いた。恋人が居たことがないので、触れ合い的なアレコレは日和ってしまった。
…現在待ち合わせ中なわけだが、既に私は後悔し始めていた。
何しろ、私は今まで女にも男にもモテたことが無い。コミュニーケーションも得意ではないし、容姿に自信もない。
初対面の、しかも年上と食事なんてハードルが高すぎる。
「もう帰ろうかな」なんて最低なことを思っていると、後ろから肩を叩かれた。
「あの…〝アオ〟さんですか?」
〝アオ〟とは私のハンドルネームだ。本名が葵だから、アオ。
私は振り向いて、言葉を失った。
「え…茉奈!?」
なんと現れたのは、最近私が失恋したばかりの幼馴染_茉奈だった。
「?違いますけど」
「いやいやいや…」
スーツは着てるしメイクもしてるけど、明らかに顔が茉奈だ。
「真鶴です。アオさんですよね?」
「あぁ、まぁ、はい…」
真鶴さんは、確かに私がDMでやり取りしていた女性のハンドルネームだ。
「今日は来てくれてありがとうございます。もうレストランは予約してあるので、行きましょうか」
薄く微笑んだ真鶴さんの笑顔は、とても綺麗で_
_その美しさに飲まれるように、思わず私は頷いてしまった。
■■■
真鶴さんに案内されるままにレストランに着き…私は絶句した。
待って?!何ココ?!超高級レストランじゃん?!
貧乏大学生の私ですら知っている有名ホテルの、夜景の見えるレストラン。
「あ、あの…」
「?何?」
「私、ドレスコードとか全然…」
「あぁ、大丈夫だよ。アオさんワンピース着てるし」
「いやでもその…」
マナーも何も知らない貧乏大学生なんです…とは言えず、私は口ごもる。
「もしかして、フレンチは嫌い?」
「いやそういうわけでは…!」
「よかった。じゃあ行こうか」
真鶴さんに優しく微笑まれ、私は観念した。
あぁ、流されてしまった…。
真鶴さんの後ろを歩きながら、私は彼女の背中を見つつ考える。
こんな高級なレストランに連れて行ってくれるなんて…やっぱり他人の空似なのかな?
茉奈は大学は違うけれど、私と同じ普通の大学生だ。そんなに裕福な家庭だった覚えはない。
よく考えれば、ノンケの茉奈がレズ活なんて単語を知っているはずもないし。
…もう少し、様子を見てみよう。
■■■
「今日はありがとう。楽しませて貰ったよ」
「こちらこそ」
食事を終え、再び新宿駅の改札前。
向かい合う、私と真鶴さん。
「…また、お願いしてもいいかな?」
真鶴さんが、伺うように聞いてくる。
「は、はい。私でよければ」
まさか次のお誘いをされると思っていなかったから、声が上ずってしまった。
「よかった。また連絡するね」
「はい」
安心したように笑う真鶴さん。
3歳しか違わないのに、真鶴さんはとても大人っぽく見える。
「じゃあ」
「あ、はい」
真鶴さんと別れ、私は1人改札前にぼーっと突っ立っていた。
_別人、なのかな。
真鶴さんと茉奈は、確かに顔がソックリだ。それこそ同一人物だと疑うくらいに。
でも、色々不可解な点もある。金銭感覚が並の大学生ではないし、そもそも茉奈はノンケだ。
うん、きっと別人だ。
真鶴さんは茉奈じゃない。
私は自分に言い聞かせるように、そう心の中で呟いた。
それに、私も今日は楽しかった。
…まるで茉奈と、デートしてるみたいだったから。
■■■
1週間後の13時、私は再び新宿駅JR南口改札前にいた。
あの後真鶴さんからDMが来て、今度は買い物に一緒に出掛けることになった。
「アオさん、お待たせ」
「真鶴さん」
…おぉ、私服だ。
真鶴さんの私服は、オフィスカジュアルって感じだった。大人の女性っぽい。
「ルミネでいいかな?」
「はい、私そういうのよく知らないので…お任せします」
私がモゴモゴと言うと、真鶴さんがクスッと笑った。
「オーケー。今日はアオさんに似合う服沢山見ようね」
「えっ…?!」
え、今日はそういう目的なの?!聞いてないよ!
驚き固まる私。
「さ、行こう!あ、でもまずは軽くランチかな。お昼ご飯食べた?」
「い、いえ…」
「じゃあカフェでも入ろうか」
「は、はい…」
颯爽と歩き出した真鶴さんの背中を、私もパタパタと小走りで追いかけた。
■■■
「可愛いよ」
「よくお似合いです〜!」
初めて入った、オシャレなブランド店。
その試着室で、私は真鶴さんと店員さんの褒めちぎり攻撃にあっていた。
「でもコレは…スカートが短いかな…」
私が着せられたのは、薄手のオフショルニットにミニスカート。
「スカートじゃなくて、キュロットだよ」
「は、はぁ…」
丁寧に訂正してくる真鶴さん。
いや知らんし。キュロットって何。見た目はスカートじゃん。
「履く時、ズボンみたいになってたでしょ?」
「そ、そうだったかも」
慣れない服装に戸惑いすぎて、そんな細かいところまで覚えてない。
「あっちのワンピースも持ってきてもらえますか」
「はい!お色はどうしましょう?」
「ブルーで」
「かしこまりました。ただいまお持ちしますね」
「お願いします」
どんどん話を進めていく真鶴さんと店員さん。
ってか、まだ着るの…?もう試着するの4回目なんだけど。
「こちらで大丈夫ですか?」
「はい。アオさん、次はこれ着てみて」
「はい…」
店員さんから深い青色のワンピースを手渡され、私は頷く。
「あ、さっき着たオフショルとキュロットもお会計お願いします」
「かしこまりました〜!」
「えっ…」
「?アオさんは気に入らなかった?」
いや、そういうわけではないんだけど。
手持ちがないんです、貧乏大学生なんで…。
「いえ、その…今日はあまり手持ちがなくて…」
おずおずと私が言うと、真鶴さんは軽く吹き出した。
「何言ってるの。私が買うに決まってるでしょ」
「い、いやそんなわけには…!」
「いいから。アオさんも気に入ったんでしょ?それなら買おう」
ね?と目で訴えられ、私は何も言えなくなった。
「じゃあほら、そのワンピースも着てみて」
「は、はい…」
試着を促され、私はすごすごと試着室へと戻った。
■■■
両手にショッピングバックを抱え、私たちは店の外へ出た。
「沢山買えたね」
「ありがとうございます…」
むしろ、買いすぎなぐらいだ。
有難いけれど、自分には真鶴さんに返せるものが何もない居た堪れなさがある。
そのままショッピングモールをぶらついていると、沢山のコスメが並んでいるお店が目に入った。
_茉奈は、コスメが大好きなんだよな。
彼女はオシャレだからメイクも上手くて、私にはサッパリわからない道具を使いこなしていた。
「あ、JILLの新作入ったんだ」
「へ?」
その店の品揃えを見て、真鶴さんが言った。
あいにく化粧品にも疎い私は、“JILL”が何なのかわからない。コスメブランドの名前かな。
「あぁ、ごめん。ちょっとこの店見ても良いかな?」
「はい。もちろんです」
へぇ、真鶴さんもコスメ好きなんだ。確かに、いつも綺麗にメイクしてるもんな。
「アオさんに似合うアイシャドウも買おう」
「えっ…私はいいですよ、メイクとかしたことないし」
「でも、興味がないわけじゃないんでしょう?」
「それは…」
図星だった。
いつもキラキラしている茉奈を見ては、「私も茉奈みたいになれたら」と思っていた。
「誰かに強制されるわけじゃないメイクは、凄く楽しいと思うよ」
「…。」
「いきなりフルメイクしなくてもさ。少しづつ始めればいいんだよ」
「…はい」
「よし」
真鶴さんが、優しく私に笑いかけた。
_“誰かに強制されるわけじゃないメイク”、か。
私が今まで一歩を踏み出す勇気が出なかったのは、「何で女だけメイクを強制されるのか」と思う部分があったからかもしれない。
『女は小綺麗にしろ』
そんな社会からの圧力を、何となく感じ取っていた。
小娘がそれに反発する方法なんて、自分がメイクをしないこと位しかなくて。
でも、“自分のためにするメイク”だってあるんだ。
…きっと茉奈もそうだったから、あんなにキラキラして見えるんだ。
「じゃあ、見ようか」
「…はい!」
私も、“自分のために”メイクをしたい。
社会に馴染むためじゃない。モテるためじゃない。
自分が自分を好きになるために、オシャレをしたいんだ。
■■■
「今日は、本当にありがとうございました」
「ううん。こちらこそ」
買い物を終えて、新宿駅改札前。
真鶴さんに、私はぺこりとお辞儀をした。今日は真鶴さんにお世話になりっぱなしだ。
「…アオさん」
「何でしょう」
「手、出して」
「?はい」
何だろうと思いながら、真鶴さんに右手を差し出した。
すると、真鶴さんが私の手を取り_
_私の薬指に、何かを滑り込ませた。
「え…」
この、金属の感覚は。
「この指輪、じーっと見てるみたいだったから」
私の指に通されたのは、アクセサリーショップで私が「素敵だな」と見つめていたシルバーの指輪だった。
「えっ…そんな…こんな高価なもの」
頂けません、と私が言おうとすると、真鶴さんは首を横にコテンと傾げた。
「…迷惑、だったかな」
「いや、そんなことは…!」
でも、今日は洋服や化粧品まで頂いてしまったのに…。
俯くと、真鶴さんは私の顔を覗き込んできた。
「私がアオさんにあげたいの。だから、貰ってくれると嬉しいかな」
「…っ!」
そんな言い方は、ずるい。
小さく頷くと、真鶴さんは満足そうに笑った。
「…ありがとうございます」
「うん。よく似合ってる」
真鶴さんの言葉に、私の頬に熱が集まる。
夜でよかった。この赤くなった頬を、見られなくて済む。
「そろそろ帰ろうか」
「あ、はい」
真鶴さんが、腕時計を見た。
私もつられてスマホの画面を見ると、時刻は19時を過ぎている。
「じゃあ、“またね”」
「っ…!はい!」
颯爽と去っていく、真鶴さんの背中。
“またね”、か。
…次が、あるんだ。
左手で、指輪に触れる。
心臓が_とくんとくんと、高鳴っているのを感じながら。
■■■
真鶴さんから指輪を貰った日の夜。
自室のソファに座りながら、私は意を決してLINEを開いた。
そして、震える指で茉奈のトークルームをタップする。
茉奈とのトークは、こんな風に終わっていた。
○月×日(水)
『葵ー!彼氏できた!!!』17:50
「おめでとう」18:30
『ありがと!』18:45
○月▲(木)
『今度久しぶりに会おうよ!』9:05
茉奈の誘いに返信することができず、そのまま既読スルー。
怖かったのだ。きっと今茉奈に会ったら、彼氏の話になるだろう。それを、笑顔で祝福してあげられる自信がなかった。
…今なら、大丈夫な気がする。
真鶴さんの言葉に、笑顔に元気を貰った今日なら。
スゥ、と一息ついて、私は画面をタップした_
■■■
「葵から連絡来るなんて珍しいから、びっくりしちゃった」
「はは…」
次の日。私と茉奈は、新宿のカフェに来ていた。
お互い大学の空きコマが被っていたので、明日会おうということになったのだ。
「でもなんか、雰囲気変わったね」
「え?」
「んー…なんていうか、前はメイクとかしてなかったじゃん?だけど今日は、リップ塗ってるし」
「あぁ…」
気づかれたことが、何だか気恥ずかしい。
「少しづつ始めていけば良いんだよ」という真鶴さんの言葉に背中を押され、私は今日、コーラルピンクのリップを塗っているのだった。
「めっちゃ可愛いよ!」
「…うん。ありがと」
茉奈の笑顔に、心が暖かくなって_同時に、締め付けられた。
この笑顔は、もう私だけに向けられるものじゃないんだ。
「あ」
茉奈が、驚いたように声をあげた。
「何?」
「いやその…指輪、つけてるんだね」
「あ、うん」
私の右手に輝く、綺麗なシルバーの指輪。
シンプルなデザインだけれど、オシャレな茉奈はすぐ気づくんだな。
「…貰い物?」
「まぁ…」
茉奈の問いかけに、私は歯切れ悪く答えた。
真鶴さんが悪いわけじゃない。ただ…レズ活という出会い方を、「バレたくない」と思っていることは確かだった。
「アクセサリーなんて、珍しいじゃん。心境の変化?」
「…変化といえば、そうなのかも」
「へぇ?」
真鶴さんの言葉に、私の心が動かされたのは紛れもない事実だ。
メイクやアクセサリーだなんて、昔から私を知っている茉奈は驚いているだろう。不審にすら思うかもしれない。
「この前、すごく素敵な人に会って…その人が、くれたんだ」
真鶴さんのことを思い浮かべると、自然と頬が緩んだ。心がポカポカと暖かくなって、私は指輪をつけた手をそっと胸に当てた。
「…ふーん、そっか」
「…茉奈…?」
心なしか、茉奈の声が硬い気がした。
「ん?」
「あ、いや…」
茉奈の顔が陰ったのは一瞬で、もう茉奈は普段の笑顔に戻っていた。
「お待たせ致しました。ランチセットです」
ウェイターの人が料理を持ってきて、会話が途切れる。
「カニクリームパスタのお客様」
「はーい」
ニコニコと店員さんと笑顔で話す茉奈。
…気のせいだったのかな。
心に少しの引っ掛かりを残しながら、私は目の前に運ばれたペペロンチーノに視線を落とした。
■■■
_それから、私と真鶴さんは色々なところに一緒に行った。
水族館。
綺麗な大水槽、豪快なイルカショー。きらきらと目を輝かせる真鶴さんが意外で、可愛いと思ってしまった。
動物園。
ふれあいコーナーでモルモットをだっこした。小さい体が暖かくて、胸がきゅんっと鳴った。そんな姿を真鶴さんにカメラで写真に撮られて、軽く一悶着があった。
「可愛かったから」って、理由になってない!
カフェ巡り。
夢中でパンケーキを頬張って、ふと顔を上げると真鶴さんが優しそうな、愛おしそうな目で私を見つめていた。恥ずかしいやら何やらで俯くしか出来なかった。
他にも、思い出が沢山ある。
会うたびに、真鶴さんに惹かれていく。
彼女の優しさ、考え方、価値観、気遣い、その全てが魅力的に映る。
この気持ちは、きっと_。
■■■
「真鶴さんって、スマホ触りませんよね」
並んで街を歩いている時に、気になっていたことを聞いてみた。
真鶴さんは、私の前でスマートフォンを使わない。
連絡もTwitterのDMだけ。LINEと電話は無し。
何でだろう、と純粋に疑問に思っていた。
「あ、あー…、まぁね」
「何でですか?」
「それは…誰かと一緒にいる時に、スマホを触るのはマナー違反だと思ってさ」
少し言い淀んだ後、真鶴さんが答えた。
流石、真鶴さんだ。私はそこまで気が回らなかった。
「確かにそうですね。私も気をつけます」
「いやいや、アオさんは気にしなくていいよ。私が勝手にしてることだから」
真鶴さんが、焦った様子で私を止めた。
「私が、真鶴さんの考え方を素敵だなって思ったんです。真似させてください」
「…っ!」
気恥ずかしくて、目を伏せる。
真鶴さんは少し驚いたように目を見開いた後、バツが悪そうな顔で言った。
「…わかった。じゃあ、お互いそうしよう」
「はい!」
やっぱり、真鶴さんは素敵な人だ。人間が出来ているというのだろうか。
私もこんな風になりたい、と素直に思った。
■■■
真鶴さんにスマホのことを聞いた日の夜。
私はスマホにぶら下がるキーホルダーを眺めながら、自室のベッドに寝っ転がっていた。このキーホルダーは、高校の修学旅行で茉奈とお揃いで買ったものだ。
…もう、あれから3年になるのか。
キーホルダーの紐は大分薄汚れていて、飾りの部分の塗装も所々剥がれている。
この前会った時には、茉奈もスマホにこのキーホルダーを付けていた。
『あぁ、茉奈の中で私は消えていないんだ』
そう思って、安心してしまったことは許して欲しい。
もう少しで、忘れるから。
真鶴さんの笑顔を思い浮かべながら、私はゆっくり目を閉じた。
■■■
《SIDE 茉奈》
“真鶴”としてあの子にコンタクトを取ったのは、ただの出来心だった。
Twitterで見かけた、“アオ”のツイート。まさか本当にあの子だとは思わなかった。目元が似ていて、なんとなくDMを送った。
私_古橋茉奈は、あの子_佐鳥葵に、
恋をしていたから。
気づいたら、好きになっていた。
だけど、自分の気持ちはあの子を困らせるだけだ。
女同士だなんて、私にも経験が無い。あの子だって同じだろう。
戸惑われて、気まずくなって、友人でもいられなくなるのがオチだ。
だけれど、一緒にいると…僅かな可能性を見出したくなってしまう。
あの子がキラキラした笑顔を向けるのは、私だけじゃないか?
あの子のことを最も理解しているのは、私じゃないか?
…あの子が一番特別に思っているのは、私なんじゃないか?
そう考える自分を止められなかった。ありもしない希望に縋ってしまう。
「だったら、可能性を全て壊せばいいんだ」
そう思って、葵に彼氏が出来たと嘘をついた。
彼氏がいる自分に、葵が好意を持つわけがない。これでもう、葵に対して無駄な期待をせずに済む。
そうやって安心していたら、今度は葵に避けられるようになった。
今まで週1のペースで会ったり電話したりしていたのに、色々な理由を付けて断られるようになった。
どうすればよかったんだろう。
葵とこれからも一緒にいたいから、嘘を吐いたのに。
鬱々としていた時、ヤケになってレズ活をしている子と遊んでやろうと思った。
どうせ葵とは一生結ばれないのだ。だったら、もうどうだっていい。
「葵と似てる」
そんな理由で送ったDMが、まさかあんなことになるなんて。
■■■
O Lのフリをしたのは、女子大生よりも「お金を持ってそう」とイメージが良いと思ったからだ。葵に会えない代わりにバイトをガッツリ入れたから、手持ちは結構ある。
待ち合わせ場所に着いて、息が止まった。
そこにいたのは、葵本人だった。
なんで?どうして葵がここに?
まさか、本当に、“アオ”の正体って_
_葵なの?
話しかけて、確信した。葵は“アオ”としてあのツイートをしたんだ。
…まさか、お金に困ってるの?
最近会えなかったのは、金銭トラブルがあったからとか…?
「どうしてレズ活をしているのか」を聞くのは暗黙のタブーだ。
かといって、茉奈として「お金に困っているのか」と聞くわけにもいかない。葵は茉奈に隠したい事情があるから、何も相談してこないのだ。
だったら、“真鶴”として葵の助けになろう。
葵を見ず知らずの女に会わせるぐらいなら、その方がよっぽどマシだ。
例え葵を騙す形になってしまったとしても_
_葵を守るのは、この私なんだから。
■■■
葵は、面白いほどに私の正体に気が付かなかった。
真鶴として葵を守ると決めたけれど、正直バレるのは時間の問題だと思っていた。
それなのに、一向に葵は気づく気配がない。
真鶴として数回会った後、葵から連絡がきた。
スマホに飛びつき返信をして、今度は“茉奈”として葵に会えることになった。
葵に会える_と、喜んだのも束の間。
嬉しそうに“真鶴”のことを話す葵を見て_私の心は地に沈んだ。
“『この前、すごく素敵な人に会って…その人が、くれたんだ』”
少し照れながら、はにかみつつ話す葵。
その“素敵な人”は自分だと言いたかった。
でも、真実を知られてしまえば_きっと、軽蔑される。
葵を騙して、別人のフリをしてデートを重ねていたなんて。
そもそも、葵が好きなのは「23歳OL」の「真鶴」だ。
私じゃ、ないんだ…
■■■
葵に「スマホ触りませんよね」と言われた時、「ついにバレるのか」と背筋がひやっとした。
私のスマホには、葵とお揃いの大切なキーホルダーが着いている。機種も茉奈と同じだし、葵の前で取り出せるわけがないのだ。
葵とのやりとりはTwitterのDMでしているからLINEは使えなくても問題ないけれど、やっぱりスマホを一度も触らないのは不自然だろう。
潮時が、近づいているのかもしれない。
考えたくもない未来がすぐそこに迫っているのを感じて、私はそれを振り払うように首を振った。
■■■
《 SIDE 葵》
真鶴さんと出会ってから、三ヶ月が過ぎた。
少しづつ増えていく彼女との思い出。それを大事に抱えながら、私は段々と日々を前向きに生きられるようになっていた。
大学に行こうと駅までの道を歩いていると、茉奈のお母さんに会った。
幼馴染ゆえに、お互いの親とは会えば世間話をする仲だ。
「あら〜!葵ちゃん!久しぶり」
「お久しぶりです」
「なんだか見ないうちに随分綺麗になっちゃって」
「そ、そんなことは…」
茉奈のお母さんはひとしきり私の服装を褒めた後、思い出したように言った。
「そうだ、葵ちゃん」
「はい?」
「最近、茉奈の様子が変なのよ。夜にスーツ着て帰ってくるの。まだ就活の時期でもないのにねぇ」
「え…」
「どこに行ってたのって聞いたら、新宿だって。何か危ないバイトでもしてるんじゃないかって心配で」
何か聞いてない?と不安げに聞く茉奈のお母さん。
私の脳には、心臓のドクンドクンという音が響いていた。
スーツを着て、夜に帰ってくる茉奈。
スーツを着て、いつも現れる真鶴さん。
新宿に行っていた、という茉奈。
待ち合わせにいつも新宿を指定する、真鶴さん。
茉奈のスマホについたストラップ。
真鶴さんがスマホをを取り出さない理由。
繋がってしまう。点と点が、線になっていく。
「…葵ちゃん?どうしたの?」
「あっ、いえ…その、茉奈とは最近連絡をとっていなくて」
「あらそうなの?」
「ちょっと忙しくて」
「そう、葵ちゃんも大変ね。茉奈もここ数ヶ月バイト三昧よ」
「はは…」
茉奈がバイト三昧になる理由。
もう、考えなくてもわかってしまう。
「じゃあ、またね。これからも茉奈と仲良くしてあげて」
「はい」
「…こちらこそ、です」
茉奈のお母さんにペコリとお辞儀をして、私はその場から立ち去った。
■■■
《SIDE 茉奈》
「真鶴さん。久しぶりですね」
「あぁ、久しぶり」
金曜19時、新宿駅JR南口改札前。
葵にDMで呼び出され、私は“真鶴”としてここにいた。
なんだか今日、葵の雰囲気が大人っぽいな。
何というか、全てを諦観したアンニュイな感じが漂って_
「“茉奈”と会うのはもっと久しぶりだよね」
「…え?」
葵の言葉に、耳を疑った。
“茉奈”だって?
「茉奈、でしょ。_“真鶴”さん」
「どうして…」
「ごめんね、おばさんから話聞いちゃった」
お母さんが、葵に何か言ったのか。
迂闊だった。母も仕事で忙しいし、偶然二人が会うチャンスなんてそう無いだろうと高を括っていた。
どうしよう。何を言えばいいんだ。
弁解しなければと思うのに、焦るばかりで言葉が出てこない。
「…茉奈」
「葵…」
葵は、悲しそうに、切なそうに笑っていた。
「ごめんね」
「っ、なんで葵が謝るの!?」
「私も、嘘ついてたから」
「え…?」
夜風が、葵の短い黒髪を横に揺らした。
「彼氏ができたって茉奈に言われた時、おめでとうって私言ったよね」
「うん…」
何の驚きもなく、淡々とした「おめでとう」という返信が来た瞬間を思い出す。
苦しくて悲しくて、「言わなきゃよかった」と思ったものだ。
「あれ、嘘だよ。おめでとうなんて微塵も思ってなかった」
「…?どうして」
え、私、葵に嫌われて_?
「好きだからだよ」
「茉奈のことが、ずっと前から_好きだから」
夜風が強くなって、私達の間をビュウと音を立てて通り過ぎた。
「それって、どういう意味…?」
震える声で、葵に問いた。
“友達”として言われているわけじゃないことは、何となくわかっていた。
じゃあ、本当に?
葵も、私と同じなの?
「茉奈と、手を繋いだりキスしたりしたい。これからもずっと一緒にいたい。茉奈の一番でいたい」
「そういう、“好き”だよ」
葵は、少し苦しそうな笑顔を浮かべて言った。
胸に何かが詰まっているような感覚は、私もよくわかる。叶わぬ恋心を、捨てることもできず胸にしまっている時の、あの苦しみ。
「葵、」
自分の気持ちを伝えようとして、また言葉が出てこない。
私は何を言えばいいんだろう。
今まで騙していたことへの謝罪?それとも告白?
どうしようと目を泳がせたけれど、
_葵の泣きそうな表情が目に入った。
「ごめん…ごめんね、ずっと苦しかったよね」
駆け寄って、葵を抱きしめる。
私も、葵のことが好きだと気づいてからずっと辛かった。
どんなに想いを募らせても、届くことは一生ない。
告白したところで、今の大切な“友達”という関係さえ壊してしまう。
葵も、同じだったんだ。
苦しくて辛くて、どうしようもなかったんだ。
「今まで嘘ついてたこともごめん。最初から“アオ”が葵だってわかってたのに黙っててごめん。彼氏もいないの」
「え…?」
葵から少し体を離し、葵と目を合わせる。
「私も、好きなの。_葵が、昔からずっと」
「は、」
「葵のことを諦めたかった。だから彼氏が出来たなんて嘘ついたの。でも無理だった」
「葵以外、私は好きになれなかった」
もう一度、葵のことを強く抱きしめる。
「好きだよ、葵」
「ま、な…」
「大好き」
葵の温もりを感じながら、私は葵へ想いを告げる。
今まで、決してバレないようにと蓋をしていた想いが_自然と口から溢れた。
「う、ふぇ…」
葵の涙が、私の肩を濡らしている。
葵が泣く姿を見たのは、いつ以来だろう。
「ほんと、に…?」
「本当だよ。私は葵が好き。世界中で一番好き」
「…っうん、私も、私も茉奈が好きっ…!」
葵が抱きしめ返してきて、もっと温もりが近づいた。
細い腕で一生懸命私を抱きしめる姿が可愛くて、愛おしくて、堪らない。
_大好きだよ、葵。
これから先、何があっても。
“ホント”の愛を、葵に誓うから。
★★★☆☆☆★★★
『後日談』
私_佐鳥葵には、今1つの悩みがある。
ずっと片想いしていた幼馴染_古橋茉奈と恋人になれた。そこまでは良い。
結ばれた瞬間は本当に嬉しかったし、今まで生きてきてよかったと思った。
…だけど。
彼女と過ごす日々は、心臓に悪すぎるのだ!!!
■■■
日曜日の昼。今日は私の部屋でお家デート。
実家暮らしだけれど、親は用事でいないので二人っきりだ。
…私、心臓もつかな。
ピンポーンとインターフォンが鳴ったので、パタパタと階段を降りる。
「いらっしゃい、茉奈」
「お邪魔しまーす!」
ドアを開けた茉奈が、ふと私をじっと見て言った。
「…あれ?葵…」
ほら、くる。いつものアレが。
「今日もめっちゃ可愛いね!そのルームウェア初めて見たけどすごく似合ってる!」
「あ、ありがと…」
「リップも新しいよね?可愛い〜!」
「わ、わかったから早く入って」
「あ、ごめん!」
ふぅ、と私は茉奈にバレない位の大きさで息を吐いた。
とりあえず最初は乗り切った。
…お分かり頂けただろうか。
私の恋人は、私に「可愛い」と言い過ぎなのである!!
■■■
私の部屋でまったりと、二人で雑誌を読む。
背中をベッドにもたれ、二人並んで床に座る。いつもの定位置だ。
「ねーえー、葵ー」
「何」
「これ良くない?葵に似合うよ」
茉奈が、雑誌に載っているワンピースを指さして言った。
こうして並んで座っていると、茉奈の肩が自然と私の肩に触れる。
その温もりが心地よくて、「幸せだなぁ」と実感する。
「えー…、ちょっと派手じゃない?私にはハードル高いよ」
「そんなことないって!葵は可愛いんだから何でも似合うよ」
あぁ、もう。また可愛い攻撃だ。
私のことを可愛いなんて言うのは茉奈だけだ。いちいちドキドキしてしまうし、どう反応したらいいのかわからなくなる。
「…茉奈」
「何ー?」
「私のこと、可愛いって言い過ぎ…」
「えー?だって可愛いんだからしょーがないじゃん」
茉奈が、シレッと雑誌をペラペラ捲りながら返事をする。
…私ばっかり振り回されて、何だか理不尽じゃないか?
不満を訴えるようにジトーっと見つめていると、茉奈と目があった。
「怒らないでよ〜」
「別に、怒ってない」
「ごめんって!…嫌だった?」
「それは…」
痛いところを突かれて、私はグッと言葉に詰まった。
…正直、私は_
「…嫌じゃない、けど…」
恥ずかしくて、声が小さくなってしまう。
俯いて、両手を太腿の上で握った。
「嫌じゃないから、困るの」
茉奈のことが好きだから、好きすぎてしまうから。
「可愛い」と言われるだけで、どうにかなってしまいそうになるのだ。
「…茉奈?」
…呆れられちゃった…?
茉奈の返事がないことに不安になって、顔を上げると_
「もう…可愛すぎるよ〜〜〜!!!」
「う、うわ!?」
ガバッと勢いよく茉奈に抱きつかれ、私は床に押し倒された。
「そんなこと言われたら、私も困っちゃうよ」
「え、ご、ごめん…」
「ちーがーう!可愛すぎて困るって意味!」
茉奈が、私の肩にグリグリと顔を押し付けてくる。
すっぴんお家デートならではのじゃれあいだ。
そのまま、茉奈の頭を撫でる。茉奈のサラサラの髪の毛は、触れると気持ちいい。
「…葵」
「ん?」
「キスしていい?」
「…いいよ…んっ」
上目遣いで聞いてきた茉奈を、「可愛いな」なんて思いながら返事をしたのに_
_あっという間に唇が塞がれ、私は身動きが取れなくなった。
ちゅ、ちゅ、と啄むように何度もキスをされる。
「ま、…な、くすぐった…んんっ!?」
茉奈を止めようと唇を開くと、茉奈の舌が口内に割り込んできた。
そのまま歯列をなぞられ、口内を舐めつくされ_
「ん、ふ…あ、」
頭がどんどん蕩けてきて、何も考えられなくなってきた。
すると、茉奈の手がするりと私のTシャツの下に滑り込んできて_
「っ…そ、それはまだダメッ!」
「えー」
茉奈を肩を押すと、不服そうに唇を尖らせられた。
「えーじゃないっ!」
「わかったよー」
不満そうな表情をしていた茉奈が、ニヤリと笑った。
「でも、“まだ”なんだ?」
「っ…!」
先程の自分の発言を思い出し、私の頬に熱が集まる。
確かに、さっきの自分は「まだダメ」って言った気がする!
「う、ううるさい!そんなこと言ったらずっとダメだから!」
「それは困る。ガチの方で」
「困ってろ!ばか!」
_あぁ、なんて平和で_幸せな日常。
こんな平凡な毎日が、ずっとずっと、続きますように。
■■■
おまけ
《SIDE 茉奈》
二人でもう一度座り直すと、葵が私に言った。
「さっきの話に戻るけど…私に可愛いなんて言うのは茉奈だけだよ」
「えー?そうかな」
言われて、ぎくりと背筋が凍った。
…ごめん、葵。
「小中高と告白されたこともないし」
…。
「よく話しかけてきてくれた男子はいたけど…何か急に避けられるようになっちゃって」
…。
だってそいつ、裏で他の男子達と葵の胸のサイズ予想して鼻の下伸ばしてたし…。
葵に近づく悪い虫は、徹底的に睨みつけてたからなぁ…。
「聞いてる?茉奈」
「きき聞いてるよ!?」
「嘘だ」
「嘘じゃないって!」
葵に軽く睨まれ、私は更に居心地が悪くなる。
「…あの、葵」
「な、何。急に改って」
「葵のこと、この世で一番好きなのは私だから」
だから、許してっ…!
恐る恐る葵の方を見ると、葵は頬を赤く染めていた。
何その表情、可愛すぎるでしょ。
「いきなり何なの…」
「ご、ごめん」
「っていうか」
「うん?」
葵が、視線を逸らしながら言った。
「…一番好きなのは、私もだから」
_あーもう、この子は本当に!
「葵〜〜〜!!愛してる!!」
「ちょっ、さっき起き上がったばっかなのに!」
勢いのままに、葵を押し倒す。
こんなに可愛い生き物が目の前にいるっていうのに、押し倒さないでいられるかっていう話だ。
…あー、幸せ。
願わくば、この幸せが_ずっとずっと、続きますように。
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