異世界転移したら断罪真っ最中だったので悪役令嬢をかっさらって逃げました〜だって私の推しなんだもん〜
とかくこの世は生きにくい。
多様性だなんだと言われてきてはいるけれど、それでも実際に目の前の人間が自分と異なる価値観を持っているのだと分かると、反射的に拒絶する人はいる。
それは当然のことだと割り切っている。
割り切ってはいるのだけれど、それはそれとして私が傷付くことは避けられなくて。
だから百合だなんだと女の子同士の恋愛を受け入れてくれる世界へ逃げるのだ。
私の大好きな乙女ゲームにも、一つだけ百合エンドがあった。
まぁ、百合エンドになれる攻略相手は、私の推しとは違うのだけど。
はぁ。
シャーロットと結婚したかったなぁー。
そんなことを考えながら、私の意識は闇に溶けた。
◆
「ミリアーヌへの数々の所業、決して許されることではない! 勿論そなたとの婚約は破棄する。処刑台へ送られる日を数えて過ごすがよい!」
「へっ!?」
怒鳴り声とともに突きつけられる青年の人差し指。
突然のことに変な声を上げてしまったが、よく見ればその青年はどこかで見たことのある顔だった。
「え、もしかしてエミール王子?」
「な、なんだ貴様は! 一体どこから現れた!」
王子の周りを囲む男性たちが、私を警戒するように体勢を整える。
エミール王子は私の大好きな乙女ゲーム『魔法の奏でる約束の調べ』、通称まほやくのメイン攻略キャラだ。
王子のあのセリフ、これが学園の卒業式に起こる断罪イベントなら、指を突きつけられるのは私の推し。
勢い良く振り向けば、私の背後には推しがいた。
深紅のドレスに身を包み、ウェーブのかかった金髪が美しい、目つきの鋭い悪役令嬢。
「シャーロット……」
「わたくしたちの名前をなぜ……」
「あああああシャーロットだ……シャーロットがいる……! 動いてる! 喋ってる!」
「なっ、なんですの!?」
これは、夢なのだろうか。
ゲームの中の世界が目の前に広がっているなんて。
何にせよ、これが私の現実でないことは確かだ。
であるならば、今くらいは、私のやりたいことをやりたいようにやってもいいだろう。
すなわち、愛しのシャーロットの命を救う。これである。
「逃げようシャーロット。来て!」
「ちょ、えっ!?」
私はシャーロットの腕を引っ掴み、何度も何度もスチルで見た大講堂の出入り口に向かって駆け出した。
呆気に取られる学生たちの間を強引にすり抜け、隠し通路に向かって走る。
二周目以降に攻略対象になるサボり癖のある自堕落教師ルートで何度も通る、街へ出られる隠し通路だ。
この通路の存在を知っているのは、学園長とその教師のみ。
今逃げるには絶好の道だろう。
中庭の植え込みをかき分けると出てくる隠し通路に入り、少し進むと開けた空間に出る。
追っ手の気配がないことを確認しつつ立ち止まると、シャーロットが息を切らせて地面に座り込んだ。
「なっ、な、なんで、すの、あ、なた……!」
「静かに。ここのことはほとんど知られていないけど、街を出るまでは油断しないで。私はあなたが大好きだから、あなたを処刑になんてさせない。一緒に逃げよう」
「な、だ、しょけ……けほっ!」
「あー、ごめん、水でも持っていたらよかったんだけど……街から森に出たらきれいな川があるから、そこまで我慢して」
「なにがなんだか分かりませんけれど……わたくし、本当に処刑されますの……? 殿下のご冗談ではなく……?」
シャーロットはエミールの断罪が受け入れられないのだろう。
本当ならあの後シャーロットは王子の呼んでいた兵士に捕らえられ、そのまま地下牢へ入れられて処刑を待つことになっていた。
それを私が邪魔してしまったから、シャーロットにしてみれば現実味のない話になっているのかもしれない。
「冗談じゃないよ。あなたのことはよーっく知ってるけど、あの時あの場所であの発言を王子がしたら、あなたは確実に処刑される」
「あなたは一体……」
「私はマヒロ。この世界のことはある程度詳しく知っていて、あなたが処刑されるのを何度も何度も見てきた。助けたくても助けられなかったけど、今は違う。あなたの手をこうして握れる。だから、絶対に助ける。もう少し歩ける?」
シャーロットの手を握り、立たせる。
歩けると彼女が言ったから、私たちはそのまま通路を進み、街へ出た。
シャーロットが少しのお金を持っていたからそれを借り、一旦通路出口でシャーロットを待たせて私だけが街に出る。
その辺にある古着屋に入って交渉すると、私のTシャツとジーパンがそれなりの値段で売れた。
代わりに着る服と、大きめの肩掛けカバンがあったのでそれを買い、シャーロットの分着替えと靴も買う。
結局使わなかったお金をシャーロットに返し、着替えを渡した。
シャーロットはしぶしぶながらも着替えてくれ、私はシャーロットのドレスと靴をカバンに突っ込んだ。
売ってしまうことも考えたけど、可能な限り持って行こうと思う。
このドレスを着ているシャーロットが、一番好きだから。
街の裏通りを抜けて、森へ。
貧民街の子供達が食料を求めて街を抜け出す道も、ゲーム内で見つけることができる。
シャーロットとのエンディングがないものかと、ありとあらゆるルートを試した私に死角はない。
森を流れる川の、なるべく上流の方まで来てから、私たちはようやく休憩を取った。
水を飲み、大きな溜息を吐いたシャーロットの顔色は悪い。
どうしてこんなことになったのかと、そればっかり考えてしまっているようだった。
私はシャーロットの前に跪き、その手を取って甲に口付ける。
そして、逃げながら考えていたことを口にした。
「シャーロット、私と一緒にロアンテール国へ逃げてくれますか?」
「ロアンテール……あなた、わたくしのことが好きと言っていたわね。それって、やはりそういう意味だったの?」
ロアンテール国は、百合ルートの攻略対象であるロワイエが住む国である。
ゲーム内に出てくる国の中で唯一同性婚が認められている国なのだ。
ロワイエは学園でも恋愛対象が自分と同じ女性であると公言して憚らず、そのためにシャーロットは気付いたのだろう。
私も女性が好きなのだと。
私は真っ直ぐにシャーロットを見つめ、言った。
「そうです。シャーロット、あなたを愛しているの」
シャーロットの赤い瞳が私を貫く。
パッケージイラストに描かれた彼女を一目見た時から、私の心は彼女に囚われているのだ。
仲が良くて気になっていた友人に気持ちがバレて拒絶された時も、クラスメイトに気味悪がられた時も、陰口が聞こえてしまった時も、両親が泣いて言い争っていた時も、いつだって、私の心の支えはシャーロットだった。
愛されなくたっていい。
彼女と結ばれるエンディングがなくたっていい。
彼女の姿が少しでも見られるなら、彼女の気配が少しでも感じられるなら、それでよかった。
だから今の私の告白だって、受け入れてもらえなくてもいい。
そう思っていた。
けれど、シャーロットの瞳は私を見つめたままで。
拒絶の色もなく、ただただ私を見つめたままで。
「あなたのことを何も知らないから、わたくしの気持ちについては何も言えないけれど、助けてくれたことに関しては感謝しているわ。殿下が冗談ではなく処刑の準備を進めていたとしたら、もはやお父様にもどうにもできないでしょうし、あなたがわたくしを連れて逃げてくれるのも助かります。わたくしだけではどうすることもできませんもの」
「シャーロット……」
「どこの国のことも知識でしか知りませんし、頼るあてもありませんから、ロアンテールに行くのも反対はしませんわ。けれど、わたくしがあなたを好きになるかは分かりませんのよ。あなたはそれでもよろしいの?」
ああ、これは夢だ。
なんて私に都合のいい夢。
拒絶もせず、私を受け入れ、それでいて流されずに自分をしっかり持ってくれる。
こんな素敵な人が、私の推し。
ゲーム内ではただひたすら主人公に嫌がらせをしてくるキャラだったけれど、主人公への嫉妬と同じくらい、自分の不甲斐なさへの怒りがあるような気がして嫌いになれなかった。
処刑についても、シャーロットの父親を排除せんと動いた貴族たちが王子の背後にいてシャーロットを利用したという裏設定もあるくらいだったから。
「もちろんです。あなたの幸せが私の幸せ。あなたに死んでほしくないのは私のわがままでしたが、それをあなたも望んでくれるのなら、私はあなたを守ります。この命に代えても」
「いま自分の置かれている状況を理解して受け入れるのに時間がかかりそうですけれど……よろしくお願いいたしますわ」
いつ醒めるともしれない夢だけれど、シャーロットとともに在れる限り彼女を守ろう。
ずっと支えてもらっていた彼女を、精一杯支えよう。
愛することを許してくれたシャーロットは、誰よりも美しかったから。
【END】
ネタを思い付いたものの、長々書くことは出来なさそうだったので短編で供養…




