第七話 ボーナスステージ安泰だわー
町に行った次の日。
俺は珍しく台所に立っていた。
昨日遠出したこともあり、今日はさきほどまでカグヤと一緒にゴロゴロとしていた。おじいさんとおばあさんは今日も働きに出ている。どうにもうちの年寄りは本当に老いているのか、年々元気になっているような気がする。
カグヤは横になり、綺麗な黒髪が床につくことも気にせず、俺の存在なんて忘れたように天井を見て、指を文字でも書くように動かしている。
というか、実際何かしているのだろう。
俺の前世で言うところのインターネットのようなものなのだと思う。彼女は心の声で、未だに自分が行方不明になったことが大事になっていないかとか、プリズム銀河帝国の近況とか、最新のゲーム機やソフトの情報などの収集に励んでいた。悲壮感はなく、日課の新聞でも読んでいるような様子だ。それにしても何処かも分からない星にまでネットの範囲が届いていることが恐ろしい。もしかすると、意外とプリズム銀河帝国とやらは近しい距離にあるのかもしれない。
ともあれ。
銀河帝国なんてとんでもない相手に対して、今の俺にできることなんてないので、昨日から考えていた通り、カグヤにおやつでも作ってやることにする。
昨日の晩御飯は焼き魚、米、野菜多めの鍋と豪華な食卓だったのだけれど、たまにはおやつを食べる贅沢をしても別にいいだろう。うちの妹は食に関しては多すぎるということはない。昨日だって一人何度もおかわりをしていた。加えて、妹はどうにも太らないタイプの大食いらしく、スタイルが横に伸びたことはないのだ。
おやつには昨日こっそりと市で買ってきた馬鈴薯を使おうと思っている。いわゆるジャガイモだ。どうもまだ海外から輸入している段階らしく、それほど量はなかったし、高価だったがつい買ってしまった。
前世でも作ったことがなかったけれど、フライドポテトを作ろうと思うのだ。本当はおやつだからポテトチップスを作りたかったのだが、よくよく考えてみると、あんなに薄くカットするのってどうやったら出来るのだろう? とか考えている内に諦めた。フライドポテトならきっとざっくり切って、揚げて、塩をかけたら出来るはずと俺は信じて疑っていないのだ。
まずはジャガイモの状態をチェックしていく。食中毒とか怖いからな。料理素人は慎重になるべし。まず、芽をとって、皮をひたすらむいていく。ちょうどいいくらいのサイズに切ったらあとは油で揚げるだけだ。
しかし、ここで問題が発生した。前世ならともかく、今世ではコンロもないし、温度計もない。
要するに温度が変わらん。簡単だと思っていたが、いざ台所に立ってみると何でもないことが分からない自分が情けない。
「お兄様、何をしているんですか?」
困っていると、天使の笑みを浮かべ、妹がトテトテと近づいてきた。その眼はむき終えたジャガイモを捉えて離さない。
(私が気を抜いている隙に盗み食いをしようとは良い度胸じゃない。でも、残念でした。私の鼻は誤魔化せないわ)
誤魔化せないらしい。一応、カグヤに与えるために作っているのだが。
「フライドポテトを作ろうと思って」
「フライドポテト?」
(聞き覚えのない料理ね)
「そこにあるジャガイモをむいて、カットしたものを油で揚げて、仕上げに塩をまぶして食べる料理だよ」
「美味しいの?」
「うーん、たぶん」
その後、油が跳ねるかもしれないので、カグヤを下がらせてから、俺はフライドポテトを揚げた。失敗を恐れて油を長めに温めたことが功を奏したようで、温度に問題はなく、狐色をした香ばしい匂いのフライドポテトが出来上がった。
その結果を見て、カグヤは一目散にテーブルまで行き、自分用の箸をセットし、澄ました顔で座って待っている。
しかし、その内心はと言えば、
(想像以上だわ。あの若竹がこんな香ばしい料理を生み出すなんて誰が予想できた? まさか一日二食だけと思っていた至福の時が期せずしてボーナスステージとして現れるなんて……。しかし、油断大敵。ここで若竹に対して、そのおやつを全て寄越せと駄々をこねた場合、この場に限り、私はこのフライドポテトなる新料理を堪能することが可能だろう。しかし、だ。若竹がせっかく町に行ってまで買ってきたおやつを奪われたとなると、彼はどう考えるだろうか? そう、カグヤが見ていないところでおやつを食べようと考えるに違いない。そうなってはせっかく訪れたボーナスステージをみすみす逃がしてしまうことになる。それはいけない。今後の幸福を念頭に置くならば、若竹すごいとヨイショしながらおやつタイムを共にすることで、若竹に自発的におやつタイムをさせるように誘導する必要がある)
今後のおやつ計画で荒れ狂っていた。凄まじい食欲である。
あまり待たせても悪いだろう。出来上がったフライドポテトをテーブルに置く。
てっきりカグヤがすぐに手をつけるものだとばかり思っていたけれど、フライドポテトを睨みつけるばかり食べようとしない。
「カグヤ、食べないの?」
「お兄様が作ったものだから、その後に食べる」
(今後のため、今後のためよ……耐えるのよ!)
ありがとう、妹よ。お兄ちゃん、そんな打算的な考えでも気を遣われて嬉しいよ。
俺は熱いフライドポテトを素早く一本食べた。
うん、出来は良いな。これなら問題ないだろう。
「ほら、お兄ちゃんはもう食べたから、カグヤも食べていいよ」
「はい」
(待ってました!)
カグヤはせっかく用意していた箸も使わず、両手でパクパクと口に運んでいく。
あらら。カグヤさん、さっきあれほど慎重に事を運ぶように検討していたのに、このタイミングでおやつにがっついたら意味ないと思うよ。
「……おいしい」
(な……なんてこと、まさか若竹にこんな才能があったなんて……、この芋と塩、そして、サクッとした外側がなんとも言えない美味しさを発揮しているわ!)
あっという間にフライドポテトはなくなった。
まだ一本しか食べてなかったんだけどなあ……。まあ、いいか。カグヤが美味しそうに食べてくれたし。
「こんなに美味しいものが作れるなんて、私、心の底からお兄様のことを尊敬します!」
(降ってわいたボーナスステージ、安泰だわー)
「ありがとう」
幸せなようで何より。
……しかし。
本当に要らねえなあ、この超能力。