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第五話 楽園

 カグヤがうちに来てから、数週間が経過した。

 子どもの成長とは早いもので、既に彼女は自分の足で立って、一緒になって食卓を囲むことができている。まだ幼いということもあって、これまでは家でおばあさんと留守番をしてもらっていたけれど、そろそろ大きくなったし外に出してもいいだろうという結論となった。

 と、まあそんなわけなのだが……。

 カグヤを外に出す出さない以前にいくら成長期とはいえ、カグヤの成長が早すぎた。確かに子どもの成長は早く感じるものだろう。

 しかし、それにしたって数週間で手乗りサイズの赤子が小学校低学年くらいの身長になるのはおかしいだろう。うちの年寄り達は子どもの成長は早く感じるものだと、終始穏やかだったが、乳母を引き受けてくれた沙耶さんが、一日おきに目に見えて大きくなるカグヤを化物を見るような目で見ていたことを俺は知っている。カグヤが何かやらかさないか心配で、何回か一緒にカグヤの面倒を見ていたのだ。おじいさんには妹が出来てはしゃいでいると勘違いしてもらえたから竹取りの仕事は休ませてもらえた。

 そんなこともあって、沙耶さんに真剣な表情で、妹は竹の精霊なんですと説明したときの気まずさと言ったら酷かった。

 ともあれ。

 そんなわけで、カグヤは大きくなった。

 綺麗で艶のある黒髪は膝元まで伸び、小柄な顔、それに俺のお下がりの安い麻布の服に身を包んでいた。容姿が良いからか、俺よりもはるかに華があって、おじいさんもおばあさんもメロメロである。


「お兄様、外行かないの?」

(早く連れてってよー。私もせっかくこんな辺境に来たんだもの。この星をいっぱい探検して冒険したいのよ!)


 俺はどうにも気安いカグヤの声が聞こえるせいで、メロメロになりそうになっては現実に引き戻される日々を送っていた。いやね、本当に見た目は良いし、口調は丁寧だからお兄ちゃん気分になっちゃいそうにはなるのである。


「ああ、ごめん、ごめん。すぐに行くよ。ただ、今日は初めての外だから村の散策をしてすぐに帰るからな」

「わかってます」

(何回言うのよ、ネチネチとうるっさいわよ)


 ぐっ、本当に俺、この超能力いらない。このなの聞きたくないよ。


「うん、すぐ行こう」


 俺の心が折れる前に。

 手を繋いで、外に出る。接触することに関しては、当初は気安いだの、衛生面大丈夫なのかしらとかボロボロになるまで心の声で愚痴をくらったものだが、もう慣れたようだ。

 ちなみに、おじいさんとおばあさんは仕事に向かったので、二人でのお出かけである。心の声が聞こえるので、雑な対応をすればすぐに反応が返ってくるので要注意だ。

 天気は晴れ。雲一つない晴天とあって、日差しが少し暑いくらいだったから、カグヤに帽子代わりに笠を被せてやる。

 村の探索といっても、うちの村は田舎だからこれといった名物はない。畑と家と草花。大体これで終わりだ。ああ、井戸端会議の会場となる井戸もあったか。村から出たら日頃からお世話になっている竹藪に、洗濯や畑の灌漑設備として利用される川もあるんだが、今回は村の中だけだからな。


「うわー、外ってすごいですね、お兄様!」

(すっごい田舎ね、びっくりしたわ)

「……ああ、そうだね」


 オフにして、心の声。

 まずはお鯉さんの家の田んぼである。ここはおばあさんが小作で働いているのと、カグヤを育てるために休みをもらっていたこともあって、歩けるようになったら顔を見せに来てねと言われていたのだ。

 少し歩いた先にお鯉さんの家の田んぼがある。お鯉さんの旦那さんは体格がいい。なんでもここら一帯の地方を治めている奥羽様の下で戦働きに参加し、戦功を上げたとかで褒美としてけっこうな土地を与えられているらしく、視界いっぱいに田んぼが広がっている。ちょうど収穫の季節で綺麗な稲穂が立ち並び、日差しに照らさせ、風に靡いているのが美しい。

 まあ、田んぼなんて見せてもプリズム銀河帝国のご令嬢の心には響かないんだろうなと思いながらカグヤの顔を覗き込むと、


「…………」

(…………)


 口を大きく開き、目をパチパチさせていた。


「……うそでしょ」


 よほど衝撃的だったのだろう。カグヤからは聞いたことがない、とはいえ心の声ではいつも聞いている馴染みの口調で言った。


(うそでしょ? これってどう見ても天然物の食料よね? え、なに? もしかしてこの星って高位貴族の直轄領だったりするの?)

「お兄様、これは誰かにお供えするものですか?」


 もはや気になって仕方ないのだろう。自分が幼い子どもの容姿であることを忘れて、質問してくるカグヤだったが、その事実を指摘するようなことはしない。妹からお兄様呼びされるのは彼女の内心はどうあれ、いい気分なのだ。もう少しそう呼ばれたい。

 

「いや、ここはお鯉さんの家の分だよ。まあ、税としてこの地域一帯を納める奥羽様に納める分やお金にするために売ったり、小作の人に分ける分もあるだろうけど、大体はお鯉一家のものだよ」

「お鯉一家は奥羽様の直臣なのですか?」


 直臣って……。


「いいや、普通の平民だね。お鯉さんの旦那さんは先代の奥羽様が率いた戦に参加して活躍したらしいけれど、臣下の偉い人になったわけじゃあないよ」

「……そうですか」

(天然物の食料を平民に託しているなんて信じられない。これはこの星の文明が宇宙に進出していない文明であることに現実味が出てきたわね)


「お兄様、この星はこんなにも食料があるんですか?」

「この星? が何かはわからないけれど、お米以外にも色々な食べ物があるよ。この国は海で囲まれているからね、海産物も豊富だし」


 さらっと、星という表現について分からないフリをしながら答えてあげた。


「海産物……」

(天然物の農作物だけに留まらず、海産物ですって! しかも、若竹め。当然のように海に囲まれているなんてとんでもないことを教えてくれたわね。つまり、この星の生態系は水陸どちらもあって、食料が豊富であるということ……。ヤバイわよ、私は家出の果てに食料資源が豊富な楽園に辿り着いてしまったようね)


 どうやら宇宙人はここを楽園と定めたらしい。てっきり銀河帝国なんて大層な肩書きだったから食文化も及びもつかないものと決めつけていたけれど、意外と食文化は発達していないようだ。

 あと、何気に兄のことを呼び捨てはやめてほしい。普通に凹む。


「ねえ、お兄様」

「なんだい」

「家が裕福になれば、いっぱい美味しいもの食べられるかな?」

(美味しいご飯、美味しいご飯、美味しいご飯、美味しいご飯……)


 カグヤは涎を垂らしながら、そう尋ねてきた。

 それほどか、妹よ。


「まあ、いっぱい食べられるんじゃあないかな」

「……わかった」

(金よ……金がいるわ。暴食の限りを尽くす贅沢ライフには金がいる)


 ああ、なんか失敗したかもしれない。

 俺はこのときの返事をそう遠くない内に後悔することになる。

 余計なことを言うんじゃなかった、と。

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