第四話 家出に至るまで(sideカグヤ)
昔から部屋で多くの護衛に守ってもらう日々に飽きていた。何をするにも親に判断を仰がねばならないことに無性に腹が立っていた。改めて考え直してみると、別にどこの家でも同じようなものだったろう。何か習い事をしたいなら親にねだるだろうし、なりたい職があるならば、親に頼み込んで必要な教材や専門的な教育施設などに通うための金銭を出してもらう。当たり前のことだ。子どもは自立できないのだから。親に縋るより他はない。
だから、家出したのだって私の我儘に過ぎない。
とにかく嫌だったのだ。
私はプリズム銀河帝国軍元帥である父の第二子として生まれた。第一子の兄は長男として父の後継ぎとなるために厳しく育てられていた。私はようやく二足で歩き出した頃のこと、身体と精神を鍛えるためだと父と兄の剣術の訓練を見て、肝が冷えたことを覚えている。毎度兄をボコボコにする父のことは凶暴だと思ったし、怪我をしても目をキラキラさせて父への尊敬の念を抱き続ける兄はおかしいのだと信じて疑わなかった。
私にとって、父は恐怖の対象だったが、その印象はすぐに変わることになった。
父は長女の私を溺愛したのだ。それはもうすごいもので、鋭い刃物のような父に惚れた母が「あの人はあなたと出会い死にました」と真顔で言われたときは子どもながらに申し訳なくなったものである。
父は私が望めば、あらゆるものをプレゼントしてくれた。ペットが欲しいと言えば翌日には買ってきてくれたし、高価なオンラインゲームを発売日前にくれた挙句、娘のために販売されていないオーダーメイドの多機能高速情報処理ができる端末もくれた。
だけど、そんな恵まれた私にも嫌なことがあった。
学校でのいじめとかではない。むしろ、学校に通う頃には父が私を溺愛していることは諸侯にとって周知の事実であり、きっと親が言い含めていたのだろう、クラスメイト達は私を見るなり身体を硬直させて顔色を伺うものがほとんどで、いじめの前段階にすらならなくて、避けられていた。私としては元帥の娘でありながら、インドア派のゲーム好きということもあって、堅苦しい家柄を気にせずにスクールライフを過ごせたことを感謝すらしていた。
では何が嫌だったか?
それは父の過保護が過ぎていたことだ。まあ、元帥の娘という立場上、護衛がつくことは仕方ないとしても、その数が膨大すぎた。私専属のメイド隊(メイドができる兵士であり、ただのメイドではないところがポイントだ)はもちろん、それとは別に私を護衛するためだけに私設の艦隊までつくったと言えばヤバさが伝わるだろうか。しかも、その艦隊、数は少ないにしても、装備が最新式であるということで何度か父は軍から呼び出されていたらしいことを、私は知っている。父を尊敬してやまないあの兄ですら、乾いた笑みで「本気で危なかったはずなんだが……どういうわけかお咎めなしなんだよなあ」と言っていたのだ。父の私への溺愛っぷりは軍を私物化するまでに至っているらしい。本当に未だに処罰されていないのが不思議な父親である。
そんなこともあって、私の護衛のせいで日々の生活が窮屈で仕方ない。己の不自由さを鳥籠の中の鳥という表現をしていた本を見たことがあったが、私の場合は鳥籠の周辺に兵士、鳥籠の中にも兵士が護衛として控えている状態だと、その程度かと物語の少女を鼻で笑ったものである。
そして、家出の決め手が私の婚約話である。
プリズム銀河帝国は皇帝を頂点として、その下に貴族階級がいて、私の父は軍部では元帥という肩書きを持ち、他にも貴族として伯爵位を賜っているので、他家との婚約は別に不思議な話ではなかった。家出前は私も平均的な貴族令嬢の結婚年齢である三十歳に達していたから、婚約すらしていない時点で端的に言って行き遅れていた。別に男に興味とかなかったし、結婚してゲームする時間やアニメーションを見る時間を奪われたくなかったので一向に構わなかったのだが。当然父も私が他家の馬の骨(父が実際にそう言っていた)と結婚したくないなら一生養うつもりだったようで気にしていなかった。
しかし、満足ならなかったのが母だ。ただでさえ娘のせいで惚れた夫が変貌した挙句、娘のせいで家が笑い者になることに耐えられるはずもなく、皇室の第七皇子との婚約が決められてしまった。気づいた頃には既に決定事項だった。相手が皇族であるために父も苦虫を嚙み潰したような顔で承諾するしかなく、私にはそもそも拒否権がなかった。鬼気迫る母に直接口答えするなんてとんでもない。怖くて無理だった。
そんなこともあって、窮屈な生活と結婚したくなかったので、私は父が大きな戦場に向かうタイミングを見計らって、宇宙へと家出し、プリズム銀河帝国の首都星を飛び出した。護衛は撒くことができなかったので、連れて来たら自決すると言って脅迫して、逃亡した。私が死んだら護衛である彼らの未来はないからね。
その折、父の溺愛のおかげで、最新の軍艦すら超える破格の性能を誇っていた私のプライベート宇宙船によって、追跡する護衛やプリズム銀河帝国軍の検問を一心不乱に振り切った。
そのときに、必死すぎて自分の居場所すらわからないくらい全速力で動き回ったことは反省すべきだろう。
そんなこともあって、私は今、宇宙にすら進出していない文明人に拾われているのだった。