第三話 命名カグヤ
翌日のこと。
唐突に赤子を一人養わなければならないとあって、おじいさんと俺の竹取り業務は急遽中止となり、おばあさんの小作の手伝いも中止となった。おばあさんはお鯉一家の畑で小作として働いているから事情の説明はすぐに済んだ。
それで何をするかと言えば、話し合いである。
黒髪の宇宙人を育てることになったけれど、それについて具体的には決めていこうというわけである。なあなあ済ませるには我が家の経済状況に問題があるゆえに。
まずは彼女の食事である。我が家は裕福とは言えないので、養っていくにしてもまず食糧の調達が問題となる。現状だとミルクが必要な彼女には沙耶さんに継続的に面倒を見てもらわないといけない。幸いお鯉さんとおばあさんは立場上は雇い主と小作ではあるものの、互いに井戸端会議で良好な関係を築けているおかげか、お鯉さんの鶴の一声もあり、沙耶さんに乳母となってもらえた。
とはいえ、だ。すぐに彼女も大きくなって普通の食事をするようになるだろう。彼女の心の声が聞こえる身としては、中身がもっと大人であることを知っているので、その辺りに関する不安もある。エネルギーが必要なだけならわりとすぐに成長し、大量の食事が必要となるかもしれない。何よりお嬢様っぽいので、アレが欲しい、これが欲しいと駄々をこねて、我が家の財布の中身を減らしていくのではという危惧もあって切実な問題である。
そういったこともあって、俺達は丸いテーブルを囲んで話し合う。ちなみに、宇宙人はおばあさんのお膝元で抱かれている。
「そうねえ、食事なら私の分を減らして食べてもらえばいいと思うけど……」
「いいや、ばあさんだけじゃなくて儂のも減らして構わん。毎回若竹に張り合っていたが、儂は元々小食じゃ」
「そうしましょうか」
とあっさりと事態は解決したようだった。
しかし、俺は二人が出した解決策に納得できなかった。
「いやいや、どうして二人の食事を減らすのさ。そこは俺の食事を減らしてくれていいからさ、二人はいつも通りの食事を食べてくれたらいいよ」
養ってもらっている身なのだ。当然だろうに。
俺の反論におじいさんとおばあさんは顔を合わせて、肩をすくめた。
「若竹、あなたはまだまだ成長期なんだからそんな心配しなくてもいいのよ」
(いい子なんだけど、甘えてくれないのが難点ねえ)
「いいからお前は今まで通りに食事を食べろ! 儂は小食じゃと言ってるじゃろうが!」
(本当に食べきるの辛いんじゃよ! せっかくばあさんが用意してくれた料理を残すわけにもいかないし、いい機会なんじゃ。ここは絶対に退かんぞ!)
おばあさんはともかくおじいさん。あんたが見栄を張っていたことは知っているさ。何せ心が読めるからな。いつも「ばあさんの作った食事が一番美味い」と食べ進め、終盤に近づくにつれて口数が減っていき、内心でもう無理、食べきれないと涙目になっているのを見て、「おじいさん、僕のも食べる」と悪魔の囁きをしたものだ。翌日にはやたらと働かされたものである。
しかし、それとこれとは話が違うから反論したにすぎない。まあ、二人にこう言われてしまうとこれ以上言い縋る気にはならないが。だってね、俺も本心では腹いっぱい食べたいのだ。道理に合わないと思って反論はしたけれど、いいよと言われればじゃあ食べますと手の平を返すくらいには俺の意思は弱かった。
「ありがとうございます」
いっぱい食べて成長します。
(あー、昨日からなんとなく察してはいたけれど、この家貧乏だったのねー。まあ、私のいたプリズム銀河帝国からすれば、こんな辺境の惑星の貧富の格差なんて大して違わないと思うけど)
おい、宇宙人、お前は余計なことを考えるな! 誰のためにこんなことを考えていると思っているんだ!
というか、毎度毎度、宇宙人というのも変か。昨日は彼女の命が関わる事態だったので(心の声を聞いていた感じだとわりと平気そうだった)、名前とかには思考が向かなかった。でも、これから家族になるのに、「あれ」とか「これ」とか「妹」なんて呼称だけで生活するわけにはいかないだろう。それに俺が関与できる内に名前は決めておきたい。
若竹という俺自身の名付けから想像するに、放っておくとまたおじいさんが彼女を高名なお坊さんに名付けを依頼し、「竹から生まれた子だから筍ね」なんて悲惨な名前にしかねない。仮にそれでこの黒髪の宇宙人の機嫌をそこねてみろ。モンスターペアレントに滅ぼされてしまう。
それは嫌だ。
「ねえ、その子だけど名前はどうするの?」
まさか、竹関連じゃないよね? 俺は嫌だぞ。義理とはいえ妹の名前が「筍」とか「竹子」とかになるのは。
「そうねえ。うーん、こんなに綺麗な女の子だもの。可愛い名前をつけてあげないとねえ」
(うん? 名前? ああ、私の呼び方を決めようとしてるのね。まあ、どうせ元の身長になるまでの我慢だから甘んじて受け入れてあげますか)
どうやらそれほど名前に拘りがある宇宙人ではなかったようだ。良かった良かった。「名前が気に入らない。パパに言いつけてやる」とかならなくて。とはいえ、あまりに不名誉な名前になったら手のひら返しをするかもしれないから要注意だ。
「竹から生まれたんだから筍でいいじゃろ?」
「おじいさん、この子は女の子なんですよ? もう少し可愛い名前にしてあげないと」
「そうか」
おばあさん、もしかして男の子なら「筍」採用してたとかないよね? 男女共にそれは厳しいと思うんだ。まあ、俺に若竹と名付けてる時点であんまり期待はしていないけれど。
どうしたものか。可愛い名前って言われてもな、竹から出てきた女の子なんて、それこそ……。
「カグヤしか思い浮かばないよなー」
…………。
沈黙。
なぜか黒髪の宇宙人含む全員の視線が俺に集中している。
「まあまあ、カグヤっていい響きだと思うわ」
「まあ、そうじゃの」
「あう」
(確かに響きは悪くないわね)
「どうやらこの子も気に入ったようね。この子の名前はカグヤで決まりね」
かくして。
プリズム銀河帝国から個人航行用宇宙船に搭乗し、家出して来たらしい少女は、カグヤと名付けられたのだった。