第二話 一騒動
手の平サイズの小さな宇宙人を落とさないよう慎重に抱えながら、俺はおじいさんと竹藪から踵を返していた。夕陽が辺りを照らす中、俺達はゆっくり歩きながら帰路につく。厳密にはおじいさんがいつも調子でさっさと行きそうになっては、宇宙人を抱えて歩く俺を振り返り、待ってもらうことがしばしばあった。どうもおじいさんはゆっくりと歩くことに慣れていないらしい。
そんなこんなの帰り道。我が家のある村に着く頃には日は沈み、真っ暗になっていた。うちの村は人口も少ない田舎だから、前世の夜の学校とか廃病院とかとはまた違う、人気が皆無で、一寸先は闇といった感じがたまらなく怖い。こういったものには慣れはこないみたいだ。
灯りがあると言っても、いつくかの家はもう夕ご飯を済ませているし消灯しているし、まだ食事中の家にしたって薄明かりだから灯りは本当に少しだけ。その内の一軒が我が家である。
おじいさんがスライド式の戸を開ける。
「ばあさん、今帰った」
短くそれだけ言って、おじいさんは宇宙船を切り倒そうとしてボロボロになったノコギリなどの道具をしまっていく。おばあさんはおじいさんを一瞥してから、俺を見て、目を丸くした。
いや、俺ではないな。俺の手元にちょこんと乗せられた赤子を見て、驚いているのだ。
驚くよな。竹藪に行った奴らが赤子を持って帰ってきたら。
「まあ、かわいい」
おばあさんは「まあまあまあ」と言いながら、そっと俺の手から綺麗な黒髪の宇宙人を取り上げてくれた。ずっと抱えていたから腕が限界寸前だったのでありがたい。
「男の子の次は女の子ですか?」
「ちょっと待ってくれるか、ばあさん。先に道具さ、片づける」
「はいはい」
俺は無言で手を差し出すおじいさんの手に竹取り用の道具を渡していく。
「あーう、あう」
(へえ、ここがこいつらの家なのね、エアコンついてないのかしら? やっぱり田舎惑星は駄目ね)
内心で失礼なことを考える宇宙人である。
「食事の用意ができているから、食べながら話しましょう」
ゆったりとした口調とは違い、てきぱきと食事の用意を済ませるおばあさん。うちは丸いテーブルで食卓を囲んでいつも食事をする。椅子とかはなくて、いつも木目の床に座り、ひんやりと冷えた床に眉をひそめ、テーブルの真ん中に燭台をおいての食事である。宇宙人はおばあさんが抱っこしたままだ。どうやら気に入られたらしい。
「それで……この子はいったいどこから連れて来たの?」
(こんなに可愛らしいんだもの。それに綺麗できめ細かい黒髪をしているし、きっとどこかの貴族様のご令嬢だったりしないかしら。おじいさんのことは信頼しているけれど、まさか……ね)
どうやら俺とおじいさん、おばあさんから赤子を誘拐してきたのではないかと疑われている模様。まあ、確かにね、俺の場合は前世の記憶と読心の超能力で、彼女が傍迷惑な家出少女であるらしいという事情を把握しているけれど、傍から見たらこんなに綺麗な赤子を連れ帰って来たら……というか赤子を連れ帰ってきた時点で誘拐してきたと考える方が無難と言えば無難だよなあ。とはいえ、俺はショックだよ、おばあさん。おじいさんはともかく俺も信頼されてなかったとは。
「連れて来たというか、変な色をしたとにかくでっけえ竹ん中に入ってたんだ」
「……竹に?」
おばあさんは可愛らしく首をかしげて、俺を見た。暗におじいさんがついにボケたのか? という確認なのかもしれない。しかし、おじいさんの言っていることは事実ではないものの、個人航行用宇宙船なんて言葉を説明できないとなるとそれで通すしかないものであった。
「おばあさん、信じられないかもしれないけれど、この子は竹の精霊なんだ。これまで竹藪で見たこともないくらい大きな、大きな竹の中で眠っていたし、それに見てよ。この子のこの世のものとは思えないくらい綺麗な黒髪に、宝石みたいに輝く瞳をさ」
我ながら何言ってんだと思う。思うが真実を言ったとしても似たようなものだ。むしろ、今のスピリチュアルな説明の方がまだマシなくらいだからこれで通す。
「本当に竹の中にいたって言うの?」
「うむ」「本当にいたんだよ」
おばあさんは眉を顰めて、数秒黙り込み、なんとか納得してくれたようだった。
良かったよ、誘拐犯扱いされなくて。本当なら拾いたくなかったんだよ。でも、置いてきたら彼女のパパに八つ当たりで星ごと消されるかもだから。仕方なかったんだよ、おばあさん。
(竹の精霊とは失礼な奴ね。これだから文明が未発達の現地人は嫌なのよ。そもそも精霊ってあれでしょう? こいつら霊的エネルギーの説明できない部分を総称として使ってるんでしょう? 紛らわしいわね。そもそも本物の精霊なんて高位の精神生命体は滅多にいないわよ。何万年に一度とかしか確認されてない希少な生命体がこんな場所に現れるわけないじゃない)
え? いるのかよ、精霊!
適当なことを言って、世界の真理の一端を知ってしまった。
それからは夜食である。
今日の献立は米、味噌汁、以上。
最近おばあさんが小作として手伝っている農家からもらった野菜も食べ終わってしまい、シンプルな食事である。いつもこれに俺やおじいさんが野草や山菜採っておかずを追加させているが、今日はまあ宇宙人拾っていたので無理だった……。筍も採れなかったから、物足りないけど、仕方ない。
「おじいさんと若竹がこの子を拾ってきたことはまあいいとしても、どうすればいいかしら? この子まだ小さいし、お乳を飲ませてあげないといけないんじゃないかしら。でも、私も年だからもう出ないし、困ったわ」
まあまあ、と困った様子のおばあさん。
(別に本当に乳幼児というわけではないから、普通の食事を食べさせてくれたらいいのに……。はあ、喋って意思表示できないことが辛すぎるわ。この年になって赤ちゃんの真似事をしないといけないなんて……)
宇宙人が嘆いている。おばあさんの腕に抱かれながら諦観の眼差しと生気の抜けた顔をしている。
「あら? まずいわ。お腹が減ってきたのかもしれないわね。……若竹、悪いけど三軒隣のお鯉さんの家まで行って、娘夫婦の沙耶ちゃんに事情を説明して、連れて来てもらって!」
珍しく覇気のあるおばあさんの声を聞き、俺はびっくりした。
(私にもそっちで食べてる食事ちょうだいよー。食べられるからー)
こんな子どもの我儘が木霊していたからだろう。普段なら二つ返事で従うおばあさんのお願いに、今日はすぐに従わなかった。
「米とか味噌汁でもいいじゃない?」
(そうよそうよ、大丈夫だから!)
らしいよ、聞こえないだろうけど。
「駄目だから言ってるの!」
「ひっ!」
鬼のような形相で怒鳴ったおばあさんに、俺は慌てて「行きます!」と言って家を飛び出した。
依然として灯っているいくつか家々の薄明かりと昼間の村の地形を参考に駆けていく。
歩いたりなんてしない。そんなことすればおばあさんが黙っていない。今日は大丈夫でも、翌日になって「そう言えばあの子、うちに来たときに息が上がってなかったわ」なんて井戸端会議で暴露される時間差攻撃を想定するならば、全力疾走は自明の理。
とにかく走って、走って、到着。ホラー映画のごときノックの激しさでお鯉一家を叩き起こす。迷惑なんて知ったことか! いざとなったら後で土下座すればいいんだ! 今はおばあさんの命令を遂行することが至上命題なのだ。
「お鯉さんいますか! いや、お鯉さんが目的ではないんですけど、うちのおばあちゃんが沙耶さん連れて来いって言ってて……、宇宙人の命があぶ……じゃなくて赤ちゃんの命が危険なんです! 危険が危ないんです! 至急、至急うちに来ていただけませんか! というか、起きてますか! 早く起きてー!」
…………。
その後。
俺は不審者に間違えられて、お鯉一家の男衆にボコボコにされながら、要領の得ない支離滅裂な説明で、沙耶さんにうちに来てくれと頼み込んだ。途中で灯りを持って来てくれた沙耶さんのおかげで俺が若竹であることが判明し(顔が腫れあがってギリギリわかってもらえた)、協力してもらうことに成功した。
人がこんなにも努力して、ようやく来てもらったというのに、あの黒髪の宇宙人は食事が食えないことに不満があるようで、内心で一晩中ため息と悪態を吐き続けていた。
ちくしょう。