第一話 何か聞こえる
「これはまたでっけえし、見たことねえ色した竹だなあ」
(こんな色した竹を見たのは儂の人生でも初めてのことだ。さて、どうしたものか。若竹がいる前で、情けない姿は見せられねえぞ)
どうやらおじいさんも見たことがないらしい。そして、おじいさん、いくら半人前の俺がいるからって、見栄を張ろうとしなくていいからね。誰にだって初めてのことはあるものだ。むしろ、変な見栄を張っておじいさんに何かあっては大変だからな。
しかし、まあ見るからにこれは……。
おじいさんが見たこともない竹と呼称したそれは、前世の記憶がある俺にはどう見ても竹と認識できなかった。
メタリックカラーもそうだが、上を見上げると戦闘機とかについてそうな推進器らしきものが取りつけられており、ちょうど地面に突き刺さっている辺りには出入り口なのか、車のドアのような人が出入りできるくらいの長方形の隙間がある。そして、推進器と出入り口のちょうど中間くらいには何やら文字のようなものが刻まれている。まったく読めないけれど。
うん、いかにも機械っぽいな。この形だとなんだろうか。シャトル? はたまた無人偵察機とかだったりするんだろうか?
世界が違えば、文明の発展度合いも違うのだと勝手に決めつけていたけれど、本当はこの世界は前世を超える、もしくは同等レベルの文明を築いていたということなのだろうか。
わからない。いったい俺はどうすればいいんだろう。このままこのシャトルっぽい何かを放置していて本当にいいのか? もしかすると、放置すると異星人が回収しに来たりするんだろうか。その場合は俺達に危険はないのだろうか。
ああ、駄目だ。何から手をつけるべきなのか、判断がつかない。前世の記憶なんていうものがあるおかげで、どちらの選択肢にも危険があることを予想できる自分が恨めしい。おじいさんみたいにでっかくて、変な色した竹だと思えればどんなに楽だったか。
俺は不意に訪れた厄介事に、頭を抱えていた。
しかし、この場には俺以外にもう一人、おじいさんがいた。
おじいさんは別に転生者というわけでもないし、ましてや俺のように前世の記憶もないので、彼にとっては依然としてシャトルっぽい何かは、見たこともない竹でしかなかった。
問題です。
竹取の翁が見たこともない竹に遭遇した場合、どのような行動を取るでしょうか。
答えは今、俺の目の前に。
「ほら、若竹。お前も手伝え! こんな大きな竹なんだ。切り倒すのに時間もかかる。下手すりゃあ日が暮れるかもしれねえぞ、さあ早く。だが、安心しな。こんな大きな竹だ、きっと売れば大金になるに違いねえさ」
答えは、とりあえず切ってみる。
既にノコギリを手にせっせと作業を始めているおじいさん。年甲斐もなく少年のように目をキラキラさせている。
しかし、地面に突き刺さったシャトルっぽい何かの装甲は硬いようで、さっきからギャリギャリと耳障りな音を響かせ、ノコギリはボロボロに、削られているはずの竹? は傷一つない様子である。
「かってえ竹だな。どうしたものか。……おい、若竹。お前、斧持って来てたろ? それでこれ思いっきり叩け」
「ええ、でも……」
「いいからやれ!」
「……はい」
あの装甲を斧で破れなんて酷いことを言うおじいさんだ。しかし、あれが機械だから無理なんて説明しても理解は得られないだろう。そもそもおじいさんはこれまでの人生で機械という単語すら聞いたことがないのだ。あってもカラクリくらいだろうが、この世界のカラクリはこんなメタリックカラーのシャトルっぽい何かを生み出すテクノロジーだと信じられていない。だから、弁明なんて論外だ。
俺はペタペタと装甲に触れていく。
「なにしてる? 早く斧で叩け」
「今、この竹の弱いところを探すのに集中してるんだ。少し時間をちょうだい」
嘘である。俺が探してるは開閉ボタンに他ならない。仮にこれが人が乗ることを想定したシャトルだと仮定した場合、基本的な開閉はシステム操作で行っているだろうが、非常時のために外部からでも開けられるようになっているのではないかと思った次第だ。まあ、もしパスワードを求められたら、お終いだけど。そもそも文字が分からないから、パスワードを求められたことすら気づかないこともあり得る。
それでも、めげずにペタペタ開閉ボタンを探す。これも全て無謀な挑戦で腕にダメージを受けないためだ。無理だと分かっていることに挑戦なんてしてたまるか!
円を描くようにシャトルっぽい何かの周りをぐるぐるしていると、突然。
(おっ、現地人来たー!)
といきなり鈴をふるわしたような美声が頭に響いてきた。女の子だろうか。イヤホンをつけてずっと聞いていたいくらい綺麗な声である。
(やっぱり個人航行用宇宙船の推進器が壊れてから、すぐに近くの星に不時着を決めた私の機転は正しかったようね!)
なるほど、なるほど。これは個人航行用宇宙船らしい。へえー、そうだったんだー、じゃなくて宇宙船だったのかよ! てっきり飛行機の親戚くらいに思っていたのに! というか、俺の超能力って宇宙人にも有効だったのか!
(しかし、問題はここからよ。通信機能も壊れてしまったし、この現地人にどうにか宇宙船の壊れた出入り口を開けてもらわないとここで飢え死にしてしまうわ)
どうやら美声の宇宙人はこのまま放置すると死んでしまうらしい。
つまり、あれか。おじいさんをなんとか言いくるめてここから遠ざかれば、数日後には宇宙人の死体が入った壊れた宇宙船が手に入るらしい。反対に助けた場合にしても、果たして俺達にメリットはあるのだろうか。超能力で心の声が聞こえるから俗っぽく聞こえているが、宇宙船から出したらすぐに襲いかかってくるエイリアンみたいな見た目の奴かもしれない。
うーん、スローライフか宇宙人との波乱万丈のエンカウントか、どちらを選ぶべきか。
悩むまでもなくスローライフだな。前世でも女性とのお付き合いがあまりなかった俺にとって、魅力的なイベントだとは思うが、それだけでおじいさんやおばあさんを面倒事に巻き込む気にはならないし。
そうだな、このまま帰るか。さらば美声の宇宙人。俺はお前のことを三日くらいは忘れない。
俺は宇宙船から離れようとして……。
(もし私がこの星で飢え死にするようなことがあれば、パパが八つ当たりで星ごと消滅しかねないぞ、なんて脅してもこんな宇宙に進出すらしていない文明度の奴らにはわかるはずもないでしょうし)
静かに宇宙船のところに戻る。
今、こいつなんて言った? パパが八つ当たりで星ごと消滅させるだあ? なんだ、そのモンスターペアレントは。やってることがモンスターよりも凶悪じゃないか! そんなに大事ならちゃんと面倒見とけよ!
(本当に残念。家出してすぐはプリズム銀河帝国軍元帥の娘なんて、大層な肩書きから解放されて、天にも昇る心地だったのが嘘みたい。失くしてみると偉大に感じるものね、親の権力って)
…………。
銀河帝国の元帥……の娘さんね。
なるほど、なるほど。そんないかにも強大そうな帝国の、いかにもトップらしい権力者の娘さんが俺の地元に不時着してきたと?
ふざけるな! そもそも家出するにしても宇宙船で飛び出すな! あと、そんな身分なら家出もするな! そして、よりによって俺のいる星の、俺の仕事場に落ちてくるな!
(本当にどうしようかしら。食糧もとっくの昔になくなって、頼みの綱の緊急回帰装置で、年齢を若返らせてエネルギーを補給することも限界に近いし……ああ、私もう死ぬんだろうなあ)
勝手に落ちてきて、勝手に死ぬつもりらしい美声の宇宙人。なお、その場合は彼女? のパパの八つ当たりでこの星ごと道連れの模様。
うん、どうあっても助ける以外の選択肢がない。スローライフを守るためだ。仕方ない。仕方ないんだ。
それから、俺はがむしゃらに宇宙船の出入り口を開くために奔走した。ボタンらしきものを見つけては叩き、隙間を見つけては叩き、全然ドアが開かないことにことにむかついては叩いた。スローライフどころか、世界の命運を賭けた大勝負である。基本的に何事にもノルマこなせば別にいいだろ、という気概の俺でもやる気が出るというものだ。
「若竹……」
(こいつ……、この竹を切り倒すことで儂を超えようとしておる。そこまでこの仕事に本気になってくれたのか!)
おじいさん、勘違いするな! 確かに生業は継ぐつもりだけど、おじいさんを超えようとか考えてないから。むしろ、スローライフに執着して必死なだけだから。
(この現地人……、まさか本気で宇宙船の出入り口を開けるつもりなの? 私の時代、来た?)
ああ、はいはい。来た来た。君の時代が来たから早く宇宙船の出入り口の開け方を考えろ。
(ああ、惜しい。そこじゃなくて、一度、裏にあるαボタンから押してから、今のβボタン、そして、最後に出入り口のγボタンを押さないといけないのにー!)
わかるか、そんな面倒な解除プロセス!
かくして。宇宙人の心の声を聞きながら、俺は宇宙船の出入り口の解除に成功した。
プシューという空気の噴出音と、出入り口を開閉するときの静かな駆動音の後、竹藪の中、眩しい輝きを放って、それは現れた。
「あー、あー」
(生還! 後少しで幼児退行しすぎて死にそうだったけれど、きっと大丈夫。この現地人達が連れ帰って栄養補給をしてくれるはずだわ)
大人が一人腰かけることができるくらいのクッション付きの座席に、十五センチほどの大きさで、絹のようにきめ細かい、艶やかな黒髪をした小さな小さな女の子がそこにはいた。不思議なことに、女の子は非常に肌触りの良い小さな服を着ていた。
いや、まあ宇宙人だからね、俺はそんな驚いてないよ。それくらい出来るんだなと思うだけだけど。
しかし、そんなことは露知らずのおじいさんは目をまん丸にして、驚いていた。
「若竹……儂は今まで聞いたこともなかったが、筍は本当は人だったのか? ということは、このお嬢ちゃんも食べられるのか?」
(ええ! なんでそんな発想に至るわけ! この美しい私を食べるですって! やっぱり野蛮な現地人はどうしようもないわね。せっかく現地人達の言語体系の解析が終わって一発目にこんな言葉を聞くはめになるなんて。最悪の気分だわ。生きて帰れたらパパにちくってやるんだから!)
「うん、おじいさん、今すぐにその考えは捨てようか。いつもと違う色の竹から出てきた女の子だ。きっと竹の精霊様の生まれ変わりに違いないよ。食べるなんてとんでもない」
ニッコリと笑顔を浮かべて、おじいさんを諭す。
頼むよ、おじいさん。そいつをこれ以上刺激しないで! 星が滅ぶ!
「おお、それもそうじゃな。すまんの、驚いてしまって気が動転しておった」
「いいよ、いいよ」
俺だって、内心じゃあこれが宇宙人だってわかってて竹の精霊なんて嘘をついてるんだ。気にする必要はないよ、説明できないから言わないけど。
(ふうん、私を宇宙船から出してくれたときも思っていたけれど、こっちの現地人はなかなか使えるじゃない。うん、決めた。パパが迎えに来るまでこいつに私の世話をさせましょう)
おい、勝手に決めるな、宇宙人。可愛い妹ができるという側面だけ受け取れば前世で一人っ子だったから嬉しさもあるが、お前はいらん。さっさとプリなんとか帝国とやらに帰れ!