訃報
気になっていた穀物もお米である事が分かり、バスグル滞在も順調だったが…
「え…」
まだ薄暗い部屋に何故か侍女さんが明かりを持って私に声をかけている。まだ覚醒していない状態でベッドサイドの時計を見るとまだ早朝の2刻だ。胸騒ぎがして侍女さんに手伝ってもらいながら着替えを済ませ部屋に移動すると、そこには青い顔をしたグリード殿下が項垂れて座っていた。この時直感的で分かってしまった。
「早朝に申し訳ございません…」
「だっ大丈夫です。えっと…」
ズルい私はそれを自分から発したくなくて口を噤むと、顔を上げ赤い目をしたグリード殿下が小さな声で
「シャーロットが先ほど息を引きとり…」
その言葉を聞いた瞬間、血の気が引くのを感じた。モーブルを発つ時に心づもりはしていたが直面すると頭が真っ白に。そんなポンコツの私は悲しみに暮れる目の前の殿下にかける言葉も出てこない。呆然と立ち尽くす私に殿下は立ち上がり、私の手を引き一緒にソファーに座った。そして殿下は詰まりながらも王妃の最後を話してくれた。声を詰まらす殿下はきっと涙をこらえているのだろう。その姿が痛々しく見てられない。
「彼女が病に侵されていると知ってから覚悟はしていたが想像以上の喪失感だ。己の半身を失った様で…」
「…」
こんな時役に立てない自分が嫌になる。殿下はフィラが用意した鎮痛薬が最後まで効き、王妃は眠る様に旅立ったと話した。話を聞きながら美しく優しい王妃を思い出すと涙が出てきた。一番悲しいはずの殿下はハンカチを取り出し私の涙を拭ってくれる。そして微笑み
「泣けない私の為に泣いてくれるのですね」
「?」
殿下は涙をこらえながら王妃との約束を話してくれた。
「彼女は『私達の時間はとても短かったけど、一生分の愛を分かち合ったわ。だから後悔は無いの。もし私が先に逝く時は笑顔で送ってね』そう言ったんだ。もしかしたら自分が長生きでき無いのを感じていたのかもしれない。本当は部屋に閉じ籠り大声を上げて泣きたい。でも彼女との約束は守りたいから泣かないんだ…」
殿下はそう言い辛そうな顔をした。その姿を見てられず殿下を抱きしめ背中を優しく撫でる。
どの位時間が経っただろう。やっと顔を上げた殿下は
「ありがとうございます。お陰で少し落ち着きました」
そう言い身を離し
「貴女のご好意に甘えていると、婚約者殿に叱られてしまいますからね」
「大丈夫です。婚約者は私に甘い…」
「多恵が思うより婚約者は嫉妬深いぞ」
グリード殿下と2人しかいない部屋に第3者の声がした。グリード殿下は立ち上がって私の前に立ち警戒すると、部屋に霧が充満し人影が現れた。驚いて声を上げようとしたらグリード殿下が手で私の口を塞いだ。状況が分からずその人影を注視していると徐々に人影が現れて…
「はぁ…長距離移動は力の消費が半端ないな」
現れたのは背が高く赤茶のローブを着た男性で、白く長い髪と金色の瞳が印象的な美丈夫だった。驚きながらまじまじと見ていたら誰かに似ている気がする。もしかしてフィラか?
そんな事を考えていたら殿下が恐る恐るその男性に
「失礼ですが貴方様は…」
「多恵。やっと会えたな。リズも其方に会いたがっていたよ」
「へ?ロイド?」
聞き覚えある声に思わずそう答えるとその男性が指を弾いた。すると景色が変わり目の前が赤茶に染まる。そうロイドの腕の中に納まってしまったのだ。唖然とするグリード殿下にその男性が視線を送り
「我はロイドだ。女神イリアの箱庭の妖精王。以前我が妻が多恵に世話になり、今日は借りを返しに来た」
「「!」」
突然のイリスの妖精王の登場に慌ててグリード殿下が最上級の礼をする。片や私はまだ妖精王の腕の中。藻掻いてみるが解放してもらえない。すると妖精王は上を向いて
「分かった。分かった。相変らず悋気が強いな」
そう言うと腕を緩め私の手を取りソファーに誘導した。そして私の隣に座り視線でグリード殿下に着席を促す。
『もう意味不明!』
と心の中で叫ぶ。起きてから色々有り過ぎて感情が追いつかず戸惑っていると、妖精王は私を見下ろし…いや観察している? 向かいに座るグリード殿下も私と同じように困惑し挙動がおかしい。そして殿下はお茶を飲みかけ、何かに気付き慌てて部屋を出て行った。いきなり早朝妖精王と2人きりにされ、どうしていいか分からない。すると妖精王は笑って
「やはり異世界人は変わった魂をしているな。多恵を見ていると母上を思い出すよ」
「お母様ですか?」
そう妖精王は先代の妖精王とイリアが呼んだ異世界人を両親に持つ。異世界人と妖精王の間に生まれた子は妖力が強くこの世界全てに干渉できるのだ。だからイリアの箱庭からアリアの箱庭まで移動する事も出来る。
『最強と言われるだけあって、雰囲気もフィラやエルと違うわ』
そう思っていたらロイドは突然私の頬に口付けた。あまりにも突然で口を開け固まっているとロイドが楽しそうに笑う。そしてまた上を見て
「この位いいだろう。これは親愛だ。俺には最愛のリズがいる。間違ってもお前の愛しい人を奪ったりする訳ないだろう」
「もしかしてフィラと話しているんですか?」
そう言うとロイドは頷き説明をしてくれる。妖精王はお互いが同意すれば視覚や聴覚を共有できるのだ。悋気が強いフィラは私と会うロイドに嫉妬し、ロイドが私にちょっかいを出さない様に共有を求めた。説明を終えたロイドはフィラの干渉が激しい様で、呆れた表情をしながら対応している。私は変わらないフィラの嫉妬深さに少し笑い、先ほどまでの重い気持ちが少し晴れた気がした。
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