新たな問題と婚約者
直訴に来たジャスに向き合う多恵。嫌な予感しかしない。
「先に言っておくね。この問題はバスグル国内の問題。私はリリスの乙女でモーブルの関係でここに来ているの。だから正直どこまで関われるか分からないわ。関係無いと言われれば口出しできない。でも出来ることはさせて貰うつもりよ」
どんな難問も乙女が解決出来ると思われても困る。変に期待をさせないように初めに伝えておかないと。すると急に立ち上がったジャスさんは私の手を取り立ち上がらせ
「貴女に頼ってばかりで申し訳ない。俺たちもタエさんが全て解決してくれるとは思っていないから。ただ現状を知って欲しいんだ。まぁ…何かしら力になって貰えたら…て下心があるのは否定できないけどさ」
ジャスさんはそう言い気まずそうに頭を掻いた。そして深々と頭を下げ引き留めた事を謝罪した。謝罪を受け握手をしジャスさんとはここでお別れする。
そして再度馬車に乗り王都に向け再出発。暫く走り車内のカーテンを閉めジャスさんの書状を読む。
書状には王家…いや王弟がモーブルから戻った者に圧力をかけている事が書かれていた。それはバスグルの技術を有する者に対し国を出る事を禁止するもの。技術は色々あるが特に織物に関する技術を持つ者の制限はきつく織子のモナちゃんは制限対象。ジャスさんも生糸の染色技術があり微妙な立場らしい。しかし家族の生計を担うジャスさんはモーブルに出稼ぎに出る必要があり、このままだと2人は離れ離れになってしまう。せっかく想いを通わせ婚姻の約束までしているのに…
書状を読み切なくなってきた。そして不意にキースの事を思い出し不安が芽生えて来る。書状を手荷物に入れてん君を呼び抱きしめた。てん君は何も言わずに寄り添ってくれる。
“コンコン”
窓をノックしたデュークさんが間も無く休憩地に着くと知らせてくれる。カーテンを開ける事が出来ず返事だけ返す。そしてゆっくり馬車が止まり扉をノックしデュークさんが入ってくる。そしで私の前に跪きてん君を見てから
「よろしければ昼食はこちらで召し上がれる様に致しましょうか?」
「大丈夫です。心配をかけてしまうし…」
ライアン様に心配かけると色々面倒だ。それに先ほどのジャスさんの件で変に勘ぐられても困る。だからいつも通りにしないと。意識しながらデュークさんを見据えると
「多恵様。今ライアン殿にそのお顔をお見せなると、ジャスに矛先が向くやもしれません。ライアン殿にはお疲れでおやすみされているとお伝えいたします」
よほどひどい顔をしているのだろう。微笑んだデュークさんは心配ないと言い馬車を後にした。暫くするとスコットさんがランチボックスと飲み物を持って来てくれた。そして私の顔を見て眉間に皺を寄せ、跪いて手を握り顔を覗き込んで
「乙女様のご不安を少しでも拭って差し上げたい。しかし私共では力不足だ。ですが私共は貴女様の為にここにおります。遠慮せずどんな些細な事も頼っていただきたい」
付き合いの浅いスコットさんにもこんなに心配をかけている。しっかりしないと。皆さんがやさしく甘える事を覚え私は弱くなったみたい。大きく息を吐き、気を引き締めて
「ありがとうございます。また問題に直面し弱気になっていました。そうですよね。心強い仲間がいてくれるだもん。潰れちゃう前に皆さんに相談しますね」
スコットさんにお礼を言いランチボックスを受け取ると、てん君が前足をスコットさんの手に重ね
『スコット どまじめ いいやつ だいじょうぶ』
そう言い尻尾を振った。てん君の言動が分からないスコットさんは戸惑い固まっている。だから…
「てん君はスコットさんが味方だと認めた様です。これからもよろしくお願いしますね」
「乙女様の聖獣に認めていただき光栄にございます」
そう言い胸に手を当て頭を下げた。するとてん君は頭をスコットさんに向ける。撫でる許可が出たのでスコットさんの伝えると、恐る恐る撫でてん君の極上の毛並みを堪能する。
こうして少し気持ちも落ち着き食事をし、気分を上げるために車内のカーテンを開けるとデュークさんと目が合う。いつもと同じ優しい微笑みをいただき微笑みを返した。
こうしてライアン様を避けながらやっと王都に入る。城の正門をくぐるとグリード殿下とモーブルの騎士の皆さんが迎えてくれる。知っている顔に安堵すると馬車が停まる。手を借り馬車から降りると、ライアン様が駆け寄り体調を心配する。
『いや元凶は貴方とハイド様ですから』
と心で悪態をつくがライアン様の表情が真剣で、本当に心配してくれているのが分かり
「年甲斐もなく無理したようです。少し休めば大丈夫です」
「年甲斐も無く? そんなお年では無いでしょう」
17歳設定を丸っと忘れ変な発言をし、周りが微妙な空気に包まれる。慌てて咳ばらいをし視察にお付き合い頂いたお礼を言い、一旦部屋に戻る事になりグリード殿下がエスコートしてくれる。
疲れた足を必死に動かしやっと部屋に着きグリード殿下とお茶をいただく。殿下には視察の様子は既に報告が上がっている様だ。そして険しい顔をして
「新たな問題が起きている。貴女に頼らない様に策は講じたが、ハイド殿下が頑なで話し合いにならない。あの方は実直で真っ直ぐだ。それはいい事だが融通が利かない」
グリード殿下はそう言い苦い顔をした。頑固者を説得するのは時間と根気がいる。元の世界の職場の上司がそのタイプで苦労した。策を考えないとなぁ…そんな事を思っていたら、殿下がやけに時間を気にしている。
『予定があるなら無理に付き合ってくれなくていいのに。疲れているから着替えベッドで休みたいのに』
そう思い声をかけようとしたら、グリード殿下の側近が部屋に来て殿下に耳打ちする。すると表情を明るくした殿下が足を組みかえ微笑んで
「お疲れの多恵様に朗報です」
「朗報? 何かありましたか?」
いい知らせは嬉しいけど少し警戒していたら
”こんこん”
扉を誰かがノックし返事すると…
「!」
「多恵」
開いた扉から髪が乱れ額に汗したキースが凄い勢いで入って来た。咄嗟に立上りキースの元へ一直線! 受け止めてくれるのが分かっていてキースにダイブした。キースは余裕で私を受け止め抱きしめてくれた。嬉しくて涙が出る。今なら飼い主に久しぶりに会った飼い犬が、嬉ションする気持ちが分かる。
キースは何度も私の名を呼びキスの雨を降らせた。話す事は沢山あるのに今はキースの抱擁に身を委ね疲弊した心を満たす。感動の再会?に気を利かせたグリード殿下が気が付くとそっと退室していた。その事に気付いたのはキスの嵐が過ぎ去った後だった。
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