犠牲
バスグル側との会議が始まり…
目が覚めるとフィラが頭を撫でていた。いつもは勝手にベッドに入って来るのに今日はベッドの縁に座っている。いつもと違う行動に違和感を覚えながら朝の挨拶をする。
「バルグル一行が来てまた忙しくなるな。多恵が倒れないか心配だ」
「大丈夫だよ。私丈夫だから」
心配するフィラが手を上げると、掃き出し窓から妖精があのオレンジの葉を運んできた。
「…」
何故かフィラに協力的なてん君が葉を咥えて扉に行き前脚で扉を叩いた。声をかけて入室したモリーナさんはてん君を撫でて葉を受取り、フィラに挨拶をして足早に出て行った。
「あのさ…体にいいのは分かっているんだけど、あまり(あの葉は)好きじゃないのよね」
「慣れろ。倒れるよりいいだろう」
そう言い抱き寄せたフィラは、飲まなくていい様に体調管理するように言う。正直これだけ疲れるのは私のせいではないんだけどなぁ…
栄養ドリンクが来るまでフィラと話をしながらてん君を撫でていた。暫くするとあの苦手な栄養ドリンクを持ってモリーナさんが寝室に来た。遠慮したいけど飲む以外の選択肢はなく、意を決して栄養ドリンクを一気に飲み干した。
するとフィラは満足して帰り、溜息を吐きながらやっと朝の支度が始まる。あれは苦手だけど確かに飲んだ後は体が軽くなった気がするから効いているのだろう。でも苦手…
今日は朝から予定があるので食事を済まし着替えて会議室に向かう。会議室に着くと既に皆さん揃っていて、指定された席に座ると資料が配られる。
『重い!』
資料の量が半端ない。元々紙自体が分厚く嵩張るのに枚数が多く百科事典並みに分厚い。資料を読みながら綺麗な文官さん達の字に感心する。この世界にコピーや印刷技術は無く資料は全て文官さん達の手書きだ。読みやすい様に文官さん達の文字は統一され癖字の人はいない。
仲良くなった文官さんに聞いたら、お仕えして初めての仕事は字の練習だったそうだ。その文官さん曰くそれまで気にもした事かない自分の字に、癖がある事をお仕えして初めて知ったと話していた。
『全部手書きとか大変。印刷技術が導入されればもっと楽になるのに… でもこれは行き過ぎた技術になっちゃう?』
もしリリスが許してくれるなら印刷技術を教えてあげたいなぁ… そんな事を考えながら大量の資料に目を通していたら時間が来て会議が始まる。チェイス様が配られた資料の説明を始めた。資料は帰国事業の概要とバスグル側とモーブル側が作成した労働者の名簿が添付されている。
「両国で作成した出稼ぎ労働者名簿を突合せバスグル人の安否確認から始め、帰国の優先順位を決めていきます」
そう現在モーブルにいるバスグル人の現状を把握をしなければならない。モーブル側は国内のバスグル人全員に接触し、名前や出身それに家族構成を確認をおこなった。その調査の際に新たに事実が発覚する。聞き取りをした時にバスグル人からモーブル以外に渡ったバスグル人が居る事を聞かされたのだ。どうやらモーブル側の受け入れ先が無いとなると、チャイラのブローカーは他の国にバスグル人を密入国させていた。
『本当に色々やらかすなぁ…チャイラは…』
溜息を吐きながら文官さん達が照合しているのを見ていたら
「悲しい報告をしなければならない事、まことに遺憾でございます」
チェイス様がそう言いバスクル側に頭を下げた。密入国でモーブルに来たバスグル人の数十名が帰る事も出来ず、劣悪な環境下で病に罹り亡くなっていた。これについてはモナちゃん達から聞いていたが、予想以上の数に言葉を失う。胸が苦しく押し潰されそうになっていたら、バスグルの文官の代表者が
「そうなりうる事を理解した上でモーブルに渡ったのです。それにそれを選ばさる負えない状況にしたのは我が国なのです。我々にも責任がありますが…」
そう言い文官さんは言葉を濁した。重い空気が部屋を包み沈黙が続いた。そこに遅れてグリード殿下が現れ静かに着席をし、そして
「少しいいかな⁈」
チェイス様に一言断り書類を見ながら
「敬愛するリリスが我らニ国を救うために乙女を召喚された。その乙女である多恵様のお陰でニ国の長きに渡る問題も解決される。過去を悔いる気持ちも大切だが、これからニ国が友好を保ち発展する為に先を見なければならない」
グリード殿下がそう話すと部屋の皆さんが姿勢を正し表情を引き締めた。そしてグリード殿下が入り話が再開する。話し合いの中で行方不明者の行き先はチャイラが濃厚である事が分かった。
しかしチャイラとはバスグルもモーブルも国交が無く調べる術がない。これに関してはグリード殿下の提案でチャイラと繋がりがあるベイグリー公国に協力を要請する事となった。
ここで会議は一旦休暇を挟む事になり、私は一旦退席する為に扉に向かうと、扉近くの席でバスグルの文官さんが
「亡くなった者の家族には辛い報告となるだろう。それに働き手が減り生活面がなぁ…」
「…」
確かにそうだ。働き手が無くなれば収入が大幅に減る。正規で働くベンさんの話では、把握出来たバスグル人には正規で来たバスグル人が協力し、その不法労働者達の家族に少額だが仕送りをしていると言ったいた。だがそれもいつまでも出来る訳ではない。
不憫で何かしてあげれないか考える。そして休憩後に会議室に戻りながら日本の保障について思い出していた。
『仕事で亡くなった場合は労災。生命保険に加入していれば死亡給付金がある。でもどちらも保険に加入していればだけど。災害や国が関わる問題で亡くなった場合は何か保障は無いのかなぁ』
そんな事を考えながら会議室に戻ると、チェイス様にバスグルの文官が詰め寄りグリード殿下が仲裁している。状況が見えず顔見知りのモーブルの文官さんに何があったのか聞くと
「今モーブルに居るバスグル人の帰国費用と、詐取されていた賃金を払う事をチェイス様が話されると、バスグルの文官達が”亡くなった者達には何も無い”と騒ぎ出したのです」
近くに行き話を聞く。帰国できず亡くなった者の殆どは酷い扱いを受けた事が原因。それは殺めたに等しいのだから、謝罪だけで済ますは酷いと抗議している。
それを聞き私も何もなしは酷いと感じた。グリード殿下が入っても言い争いは収束せず、側で見ている者達はただ見守るしか無かった。
収束しそうになく困るモーブル側。一応考えはあるが色々確認しないとはっきりした事が言えない。でもどんどん険悪になる空気に思わず
「はい!」
手を上げてしまった。すると静まりかえり皆の視線を集めてしまう。すると悲壮な顔をしたチェイス様が
「多恵様。何か策がおありですか⁉︎」
「えっと…あるにはあるんですが、その前に何点か確認したい事がありまして… それを確認しないとお話できなくて。えっと…バスグルの皆さん。その件について今日は治めて下さいませんか。確認次第モーブル側と相談して提案しますので」
全く具体的な内容を提示できないのに、治めろと言っても納得してもらえないかもしれない。でも今は本当に言えない。暫くの沈黙で諦めようとしたら
「ジョアン殿。多恵様を信用し今日はこれまでとしないか。きっと双方にいい提案をして下さるはずだ」
グリード殿下がバスグル側を宥めてくれた。あからさまに納得していないバスグルの文官さん達。しかしグリード殿下の言葉に渋々納得してくれた。こうして4刻の鐘の音が聞こえて来て午前の会議は一旦終了した。
『問題山積!』
と心の中で叫び、また痩せてとあの栄養ドリンクを飲む事が決まり、大きな溜息を吐いたのだった。
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