成長
グリード殿下とバスグル御一行がやって来ます。
今日はグリード殿下がご帰城される日。午前中は3国の文官達が金融機関設立について話し合いがなされ同席を求められた。銀行の役目や仕組みは予め話してあり、各国それぞれ意見を持ち合いすり合わせを行う。
『元の世界と違い通貨が統一されているから問題無く話が進みそうだわ』
この世界の通貨は一つでどこの箱庭に行っても通貨が使える。ただどの国も計算専門の文官以外は計算に疎く間違いも多い。街のお店では計算表がありそれを見て会計を行う。
日本みたいに"九九"や四則演算、暗算等を幼いころから習えばもっと経済も発展する気がする。
そんな事を考えながら、白熱する議論に耳を傾けていた。会議が終わり会議室を出た所で文官さんが待っていて話しかけられる。どうやらチェイス様からの伝言の様だ。
「多恵様。5刻頃にグリード殿下がご帰城なさいます。お出迎えは如何なさいますか?」
「私が行って問題無いのでしたら是非」
そう応えると表情を明るくした文官さんは軽い足取りで戻って行った。午後からの予定が決まり一旦部屋に戻ろうとしていたら…
「多恵様」
呼ばれて振り返るとシリウスさんこちらに向かって歩いてくる。昨日の事があり少し気まずい私。しかしシリウスは甘い微笑みを湛えながら目の前に来て騎士の礼をして
「グレン殿下が良ければ昼食をご一緒いただきたいと申されておいでです」
「あ…特に予定はないのでお受けします…えっとこのままお伺いしても失礼では無いですか?」
会議に出席するだけだったので簡素な服装だけど大丈夫? 陛下の代理をされているグレン殿下の食事のお誘いなら着替えるべき? どうすべきか分からずシリウスさんと付き添うケイスさんに視線を送ると、皆さんそのままで大丈夫との事。このままシリウスさんにエスコートを代わり殿下の私室に向かう事になった。
暫く歩き王族の居住区の廊下に入るとシリウスさんがぐっと引き寄せ、甘い雰囲気を醸し出す。ずっと上から視線を感じるが見上げる事が出来ない。心の中で"早く着いて"と叫ぶ。すると
「殿下は…(グリード殿下の再会に)緊張されておられます。是非食事をしながら殿下の緊張を解いていただきたい」
「えっ?私がですか! 出来るかしら…」
返事した瞬間にシリウスを見上げてしまい、あの美しい御尊顔をまともにくらってしまった。途端に顔が熱くなる。すると何故か安堵の表情を浮かべるシリウスさん。その反応に戸惑っていると
「良かった…嫌われてしまったのかと…」
「そんな嫌うなんて…」
また熱を持った視線を送られ焦りだすと
「多恵殿!」
気が付くと殿下の部屋の前に来ていて、扉の前にグレン殿下が待ち構えていた。そして駆け寄り勢いよく抱き付かれた。また成長された殿下を受け止める事が出来ず、体が後ろに傾く。
「!」
するとシリウスさんが背を支えてくれ転倒を免れた。ほっとするとシリウスさんが殿下に注意を促す。
「殿下はご成長されお体も大きくなられたのです。その様に勢いよく抱きついてはなりません。危うく多恵様を押し倒すところでしたよ。それに女性に容易く触れてはならないお年でございます」
シリウスさんに嗜めなれ眉尻を下げ謝るグレン殿下。まだあどけないけど日に日に成長する殿下。日本ではまだまだ子供の年だが、この箱庭ではそろそろ大人扱いされ出すお年だ。ご成長は嬉しいが少し寂しい。すっかり気分は母を超えて祖母である。
「多恵殿が昼食を共にしてくれると聞き、料理長に頼み”ブブ豆パン”なるものを用意させたよ。私も初めてだから楽しみだ」
「!」
パン界最強のブブ豆パン登場にシリウスさんへの気まずさが飛んでいき、殿下の手を取り食卓へ急ぐ。後ろでシリウスさんとケイスさんが笑っているけど気にしない。
早速ブブ豆パンを堪能しながら、殿下との会話を楽しむ。殿下は微妙な顔をしながらブブ豆パンを食べている。前の殿下なら”美味しくない”と食べなかっただろう。しかし今は好き嫌いせず、食べ物に感謝し残さず食べれる様になった。
『だから背の伸び大きくなったのね…』
甘い面立ちは父親のグリード殿下に似だようで、グレン殿下の成長が楽しみのおばちゃんである。
食後にお茶をいただきグレン殿下の近況を聞きいていた。すると表情を曇らせたグレン殿下は
「昨日までは叔父上の帰城は特に思う所は無かったのだが、今朝になったら急に緊張してしまい、どうすればいいのか分からなくなってしまったんだ。多恵殿…どうすればいいと思う?」
「殿下にとってグリード殿下はどんなお方ですか?」
「優しく聡明な叔父上だ」
「その思いのままでいいですよ。もし変に意識してしまい困った時はシリウスさんや家臣に頼ればいいんです。皆んな殿下の味方です」
そう言うと少し殿下は表情を緩めた。しかし王妃様の事を聞かれた時は大丈夫だろうか。私はそこが心配だ。
陛下の命で王妃様の容態については箝口令が出ている。表向きは公爵のお見舞いとされ、1ヶ月ほどご実家に帰っているという事になっている。
『公爵様を仮病とし陛下の不在は以前から予定してきた視察のついでに、公爵様の見舞いにデスラート領に赴いている事になっている。でもそれでグリード殿下を誤魔化せるのかなぁ…』
正直不安でしかない。城内の人から話を聞けないとなると、私に話を振られそうで怖い。私も嘘は苦手で隠し通せる自信がない。私がグリード殿下とお会いする時は一応チェイス様が同席くださる事が決まっている。
「グリード殿下が王妃様の事はご存知無く…」
「あっそちらは大丈夫だよ」
「?」
どうやらグレン殿下は王妃様がグリード殿下に病状を知らせたくないのを理解しており、これに関しては心づもりができているようだ。殿下は王妃の為に隠し通すと力強く語った。こうして殿下と沢山お話しをしている内に、殿下の不安は解消されたようで表情が明るくなった。
『正直、私って必要だった?』
と疑問に思ったけど殿下の不安がなくなったのなら良しとしよう。
時刻は4刻半になりグリード殿下とバスグル御一行のお出迎え準備の為、グレン殿下の私室を後にした。シリウスさんは殿下の付添がある為、帰りはリチャードさんと戻る。
道すがらリチャードさんから城内の様子を聞く。やはりグリード殿下と王妃様の昔話と王妃の重病説が出回っているらしく、チェイス様が各所の責任者を呼び出し釘を刺したそうだ。
「悲しいかな人の口を閉じさせるのは難しいのです。王家に忠誠を誓う者でも」
「無事にバスグルの訪問を終えればいいんですけどね」
そう言いながら部屋に戻った。部屋にはモリーナさんが待ち構えていて、早速湯浴みを促された。いつも以上に華やかなデイドレスを着さされ溜息を吐く。
そしてバスグルの先触れが来たとの知らせが入り、お出迎えの為に部屋を出た。急いで向かうと先に到着していたチェイス様が来て
「暫く気苦労も多いかと思いますが、困った時は直ぐ頼って下さい」
「はい。頼りにしています」
チェイス様は差し入れた栄養ドリンクのおかげか顔色はいい。すると
「開門!」
門番の一際大きい声が響き渡り、門の先にバスグル御一行が見えてきた。グレン殿下に視線を送ると目が合い、殿下は微笑み頷いてくれた。その表情に安心し姿勢を正し入城するバスグル一行を見つめていた。
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