ただいま
やっとモーブルに帰ります
「じゃぁ仕事は辞めないの?」
「出来得るなら多恵様がモーブル男性と婚姻し、多恵様の専属侍女になるのが目下の目標ですの」
「えっと…私が落ち着くのはまだまだ先の話だよ。それよりケイスさんとの事を優先してね!」
馬車の中では相変わらずガールズトークが弾み楽しい時間を過ごしている。色々話していたらモリーナさんのお見合いの話になる。アイリスさん情報では当人達も御両家も前向きに話が進んでいるそうだ。
「良くしてもらった皆んなには幸せになって欲しいよ」
そう言うとアイリスさんが隣に移動し私の手を握り
「私達は多恵様に幸せになっていただきたいのです。【女神の乙女】という重責をその細い肩に抱え、各国より伴侶を迎える事を求められておられる。こんな事を言えば愛国心がないとお叱りを受けてしまいますが、私は多恵様には愛のある婚姻をし、役目を終えられたら幸せになっていただきたいのです」
「アイリスさん…」
「ですから心が向かないのであれば、無理をしてモーブル男性との縁を結ぶ必要はございませんわ」
どうやらアイリスさんは私がモーブルで伴侶を選ぶ事に躊躇している事に気付いているようだ。そう言ってもらい嬉しくて泣きそうになる。すると私を抱きしめたアイリスさんが
「今まで危険な目に遭い誰よりも頑張って来られたのです。それ位のわがままは当然ですわ」
そう言い味方してくれるアイリスさん。初めは意思の疎通ができず困ったけど、今はモーブルで一番の仲良しで心許せる女性だ。いい縁を持てた事に感謝していたら
“コンコン”
「失礼致します。まもなく休憩地に到着致します。アイリス嬢多恵様のご準備を」
「畏まりした」
お昼休憩をとる街に着いたようだ。身なりをアイリスさんが整えていると静かに馬車が止まった。
「あれ?」
止まったのに扉が一向に開かない⁈ 疑問に思っているとアイリスさんがカーテンを開ける。すると扉の前でシリウスさんとレイハント様が言い合いをいている。それを見たアイリスさんが大きな溜息を吐いて
「恐らく多恵様のエスコートで揉めているのでしょう。まぁなんと器の小さい事…」
毒づく所はサリナさんに似ていて笑ってしまった。するとアイリスさんは何故かカーテンを閉めて私を見て
「昨晩のレイハント様との面談での事はシリウス殿は知りません」
「あ…だから」
レイハント様が私に執着するのは未知の香りに調香師として興味があり、いわば私は観察?研究?対象であり色恋沙汰はではない。しかしシリウスさんは昨晩あの場におらずこの事を知らないのだ。
『レイハント様を恋敵だと思い必死なんだ…』
大人なシリウスさんのやきもちを可愛いと思ってしまった。一人でクスクス笑っていたらアイリスさんが私の手を取り反対側の扉の鍵を開けそこから外に出た。馬車の後ろで控えていた騎士さん達が驚きそして苦笑いしている。まだいがみ合う2人にアイリスさんが
「多恵様をお待たせする訳にいかず、任務をお忘れになった殿方の代わりに私が多恵様を店内にご案内致します。今は大切なお方を護衛中で有る事をお忘れなきように!」
身分が上の2人に意見しているアイリスさんが男前で思わず拍手を送ると、2人はばつが悪そうな顔をして胸に手を当て頭を下げた。少し可哀想になったのでアイリスさんに一言断り、しょげた二人の手を引き休憩する宿に入る。個室に通され食事をしながらまた揉めない様に昨晩の話をシリウスさんにした。表情を緩ませ安堵したシリウスさんと、シリウスさんの香りが気になるレイハント様と楽しい食事をし、王都に向けて再出発する。
何度か休憩を取り陽が傾きだした外の景色をぼんやり見ていたら、御者さんが後半刻もしないうちに王城に着くと知らせてくれる。のどかな畑から住宅が増えてきて王都が近いのが分かる。すると並走するレイハント様が何か言っている。窓を開けると
「あと少しで王城に着きます。多恵様を王城に送り届けた後は私は一旦王都の町屋敷に向かい、明日再度登城致します。叶うなら明日またお会いするお時間をいただきたい」
「分かりました。護衛ありがとうございました。明日の予定は宰相様に調整をお願いしておきますね」
そう言うと微笑みを返してくれ馬車から離れた。長くも感じたがあっという間だったレッグロッドの視察。視察してみて色々あったが事前に様子も分かったし、期せずしてレッグロッド貴族に釘を刺せた事は良かった思う。まだまだ解決方法も思い浮かばないけど、訪問前より不安は少なくなった。それにあの日の地震で暫くは貴族派達は大人しくなるだろう。また妖精達との関係に危機を感じた者達は改善に協力してくれるだろしね。
『流石に足元が無くなると言われたら、住む家も無くすもんね。オーランド殿下の改革も進むだろうし、この様子ならレッグロッドは急がなくてもいいのかもしれない』
私的にはモーブルに居るバスグルの不法滞在者の皆さんを一度国に帰してあげたい。そしてバスグルの国外就労の法整備をしモーブルに安心して出稼ぎできるようにしたい。これについてはバスグルの財政を助ける為だけでなく、モーブルの働き手の確保も重要だからだ。
モーブルは長きにわたりバスグル人の労力を充てにしてきており、バスグル人無くては農作物の収穫は出来なくなっている。
「やっぱり…レッグロッドよりバスグルが先かなぁ…」
そう呟くとアイリスさんが私の手を取り
「私をお連れ下さいませ!」
「へ?ケイスさんは?」
「彼なら大丈夫です。婚約すれば安心して送り出して下さいますわ」
「愛されているのね」
「はい。がっちり彼の心を掴んでおりますから」
真面目な顔して惚気るアイリスさんに笑いながらそれは断った。私がバスグルに行くとなるとビルズ殿下やグリード殿下がきっと準備されるはず。やっぱり【郷に入っては郷に従え】だ。
しょげるアイリスさんに
「戻って来たらまたお願いできますか?」
「勿論でございます。っと言うか私以外の者を召し上げる事はなさらないで下さい」
圧の強いアイリスさんにタジタジになりながら約束する。そうしている内にモーブル城が見えて来た。夕陽に照らされるモーブル城はとても綺麗で少し泣きそうになる。
そして
「アイリスさん…どうしよう…緊張して来た」
たった10日しか離れていなかったのに緊張して来た。そんな私を微笑ましく見ていたアイリスさんが身支度をしてくれる。そして…
「到着いたします」
「はっはい!」
馬が嘶き静かに馬車は停車した。そしてゆっくり扉が開き先にアイリスさんが下り、降りる為に手を差し出すと
「!」
引っ張られ大きな腕の中に落ち、見上げると破顔したダラス陛下の御尊顔が間近に! 驚き固まると抱きしめられ、額に頬に沢山の口付けが降り注ぐ。なかなか止まない口付けにチェイス様が止めに入ってくれた。やっと陛下の腕から抜けて帰城の挨拶の為に謁見の間に移動する。ここで一旦別れるレイハント様に護衛のお礼を述べてお別れし、シリウスさんのエスコートで謁見の間へ。
城内を移動中にお仕えの皆さんから『お帰りなさいませ』と声を沢山かけてもらい嬉しくて頬が緩む。そんな私を微笑ましく見つめ頬を緩めるシリウスさんに
「シリウスさん。改めてありがとう。私が無理を言った視察。皆さんのご協力で無事終える事が出来ました。不安だったけど行って良かった」
「正直言って不安要素が多く貴女が傷つくのではないかと心配しましたが、無事モーブルに帰って来れて良かった。俺は貴女とならどこにでも行きますよ。この先も傍に居させてください」
またデレだしたシリウスさんに城内の女性の視線が集中する。
『これだけ想ってくれる女性が沢山いるのだから、私じゃなくていいんじゃなぃ?』
そんな事を考えてしまう自分がいる。ふと見上げると熱の籠った瞳で見つめられ複雑な気持ちになる。そろそろちゃんと答えを出さないといけないよね…
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