余命
やっとモーブル城に戻ったが…
「あの…」
「ん?」
「離して下さい」
急遽私の部屋で夕食を共にする事になり、モリーナさんと陛下付の女官さんが給仕をしてくれている。私は陛下にソファーで抱きしめられている。何度も離してと言うも一向に解放してもらえない。気まずそうにモリーナさんが用意が出来たと言うと、陛下は私を抱きかかえダイニングへ。
もぅ気分は介助される怪我人だ。
でも陛下がいい顔をされているので嫌と言えない気弱な私。食事は夜遅いので軽いものを用意してくれている。正直にあまり食欲が無くベッドに直行したい。
疲れているが陛下の話術にはまり道中の事を喋らされた。そしてやっと半分ほど食べたけど咀嚼するのも疲れてきて、給仕をしてくれた女官さんに謝り下げてもらった。
「では話を聞こうか」
気が付くと侍女さんも女官さんも退室されていて、陛下と2人きりになっていた。陛下は座り直して聞く姿勢をとる。
「…でシャーロットの容態は?」
「鎮痛剤が効いていて痛みは無い様で、一見病を患っている様には見えませんでした」
そう言うと陛下は表情を緩めて安心したようだ。そこでフィラのあの一言を思い出し口籠る。
『余命2ヶ月である事を知らせないといけないよね…』
正直この世界の医学では余命なんて分からないだろ。恐らく妖精王と妖精達しか知りえない。でもフィラが陛下に教える事はないだろう。だからやっぱり私が言わないと…
結構なプレッシャーに胃が痛い。でも早くお伝えして王妃様の元に行って欲しいから殿下の手を握り
「陛下にお話があります」
大切な話だと私の表情から感じた陛下は、デレ顔から険しい顔をして頷いた。
「真実を包み隠さずお話します。酷な話ですが最後までお聞きください」
「あぁ…約束しよう」
私は話す前から泣きそうだ…でも
「結論から言います。王妃様の残りの時間は後2ヶ月です。妖精王にも確認したので間違いありません。公爵様も王妃様も御存じです」
「…そうか」
「そして王妃様は(余命)を受け入れ残りの時間を家族で過ごしたいと願われておられます」
「…」
予想していた反応と違い焦ってきた。
「明後日。私がレックロッドに出発したら王妃様の元へ行ってあげて下さい。王妃様は心細く不安な日々を過ごしておいでです」
「分かった。準備ができ次第グレンとフィルを公爵領を向かわせよう」
予想外の答えに思わず声が大きくなり
「陛下は行かれないのですか!」
すると厳しい表情をした陛下は
「私は王だ。貴女が視察でレックロッドに行き、帰って来るまで王城を空ける事は出来ない」
「でも!」
「例え愛する貴女が願ってもだ」
「…」
予想外の返答にプチパニックの私を後目に、陛下はベルを鳴らし女官さんを呼んで何かを伝え、険しい顔で私を見据える。
言葉が出ない私に陛下が子供を諭すように話し出し
「優しい貴女の気持は分かっている。そして恐怖と不安なシャーロットも気持ちも。しかし先ほども言ったが私はモーブルの王だ。私一個人の感情より国を優先せねばならない。我が国は貴女の身の安全が最優先事項。故に身分を隠しレックロッドに行き帰って来るまで責任を負い、有事には全ての事を後に回しても貴女を優先する。そんな時に王都を離れ彼女に元に行ける訳なかろう」
「…」
陛下の立場は頭では分かっていたけど、納得できず複雑な気持ちになり泣きそうになる。すると部屋に誰かが来た。この声はチェイス様だ。陛下が直ぐに許可を出すと入室され、私を見て一瞬驚いた顔をして会釈され直ぐ陛下の元へ。
「早急に王子たちを静養する王妃の元へ向かうよ手配してくれ」
「畏まりました。早ければ明日の昼過ぎには出発できるかと」
チェイス様は準備の為に足早に退室され、陛下は直ぐに人払いをし、私の前に来て手を差し伸べられる。でも気持ちの整理がつかず陛下の手を見つめ動けなかった。溜息を吐いた陛下に嫌われたと思った瞬間
「うわぁ!」
陛下に抱き上げられて思わずを声を上げてしまう。陛下はそのままソファーに移動し私を抱え込んで座る。強張った体は陛下の体温で緩んでいくのが分かる。でもまだ情緒不安で泣きそうで、そして陛下は何も言わない。でもそれはきっと私が落ち着くのを待っているんだ。
「頭では分かっているんです私。でも、王妃様の気持を考えると…」
「やはり貴女は誰よりも優しく素直だ。そんな貴女だからシャーロットも心の内を打ち明けたのだろう。これでも十年近く共にした夫婦でちゃんと彼女に愛はある。今必死で冷静を装っているが、彼女の終わりを知りかなり動揺してる」
陛下の言葉に顔を上げると目が合った。いつも自信にあふれ力強い瞳が弱弱しく揺れている。その瞳を見てまた泣きそうになる。でも一番泣きたいのは陛下だ。私が泣いちゃダメなのに…
すると陛下は頭を撫でて頬や瞼に口付ける。そして
「我慢しなくていい。泣きたい時は泣けばいい…いや泣けない私の代わりに泣いてくれ」
「そんな事言われたら…」
こうして陛下に泣かされた。そして泣いてスッキリしたら陛下が優しく諭すように話し出す。
「私も今直ぐにでも彼女の元に駆けつけたい。しかし国王と継承権がある王子は共に王都を出る事は出来ない」
「?」
陛下の説明を聞き納得する。どこの国でも王と王子が共に王都どころか、共に出かける事はない。なぜなら不測の事態が起こり、血筋が途絶えるのを防ぐため。もし王に何かあれば王子が国を託され、王子であれば王が王位を継ぐ子を儲け事になる。だから陛下は王子と共に出かけない。それに陛下の言うとおり私がレッグロッドから帰るまで城を空けれないと言う。
「だから貴女は心配せずレッグロッドに視察に行かれればいい。貴女が無事戻れば私は彼女の元へ向かおう」
「ごめんなさい。何も知らずに1人騒ぎ立てて」
無知な子供のように感じ恥ずかしくなって俯いた。すると陛下私の頬に手を当て上を向かせて視線を合わせ
「真面目で人を思いやる貴女を心から愛している。妻が大変な時に言うべきではないのは分かっている。だがこんな辛い状況に貴女の存在は私の救いだ」
「陛下。私達には十分に時間があります。だから今は王妃様と王子に心を砕いて欲しいです」
「あぁ…そうするつもりだ…だが…」
急に熱い眼差しを向けた陛下の瞳を思わず両手を隠した。今この愛欲を含んだ視線は受けてはいけない気がしたからだ。
陛下も私の気持ちが分かったようで何も言わない。少し気まずくなったら…
“コンコン”
外に控える騎士さんがエルビス様が来たと伝えてくれる。どうやら陛下を迎えに来た様だ。陛下は扉前に行き扉越しに少し待つ様に言い私の元に戻って来た。
「疲れているところ悪かったね。レッグロッド行きの詳細は明日話そう。ゆっくり休みなさい」
「はい。陛下も早く休んで下さいね」
「あぁ…愛しい人。良い夢を」
名残惜しそうに陛下はハグをし私の両頬を大きく温かい手で包み込み、瞼に口付けを落とし退室していった。陛下が退室すると直ぐにモリーナさんが入室して来て寝室に連行され、着替を促され直ぐにベッドに押し込まれた。暖かい自分のベッドは直ぐに睡魔を呼び意識が遠のく。耳の奥にてん君の声が響き呼んでいるけど疲れすぎてそのまま眠ってしまった。
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