起爆剤
アーサー&サリナの進展に気分がよくなり、アルディアの皆さんからの手紙を読みながら
「良かった…」
結局婚約者の手紙の優先順位が決めれず、悩んだ末に陛下の手紙から先に読み始めた。
冒頭から私を心配する言葉が並んでいて本当の父親みたいで目頭が熱くなる。その次にアルディアの近況が書かれていた。国中に普及したマスクが功を奏し流行病の発症は前年の3割程度に治ったそうだ。それに港の検疫が機能し港町の胃腸系の発病が減り、防御靴のお陰で船員の怪我も減った。
『報告書を読み聞きしていたがライナス侯爵領でドライフルーツなるものが作られて、先日献上された。菓子でも食事でも無く変わった食感だが、王妃が気に入り女性の注目を集めておる』
「へぇ〜。簡単な説明しかしてないのに作ったんだ。今度アルディアに帰ったら食べてみたいなぁ」
他にもサリナさんの実家のバース領の綿花の収穫量が増え布地の生産が上がってマスク供給が早まり、治療院全てと国民の7割にマスクが配布されたそうだ。
そしてバース領では賃金体系が適正になり生産性が上がりプラスの連鎖が起きていた。
陛下の手紙の最後には感謝の言葉が書かれていて恐縮する。私は大した事はしていない。元の世界の知識をちょい教えただけで改善したのはアルディア人々なのだ。でも…
「嬉しい…」
まだ1つしか完遂していないしモーブルでもまだ解決する問題は残っている。それにレッグロッドは難題ばかりな上に妖精達と仲直りが必要でやる事がいっぱい。まだまだゴールは遠い。
「もっと頑張らないと…」
やる気と不安な気持ちで陛下の手紙の続きを読んでいたらある一文が目に留まる。
『これは愚痴になるがアーサーの妃選びが難航している。アルディア全ての貴族令嬢と顔合わせをしたが…』
「合う女性がいなかったの?」
アーサー殿下は次期王で秀外恵中。女性の憧れの筈なのに?疑問に思いながら読み進めると
『アーサーは顔合わせの一番初めに「生涯心から愛するのは多恵殿のみ。勿論妃にはパートナーとして愛情をもち夫としての勤めは果たす。我が妃となるならそれを受け入れ欲しい」と言っておるようだ』
「うわぁ…”初めまして”でそれはダメっしょ!」
それを言われた令嬢は必ず固まり引き攣った表情になるそうだ。それでも王妃になれるならと縁を望む令嬢が後を絶たないが、アーサー殿下が中々首を縦に振らないそうだ。アルディアで見つからないなら、他国との縁組も考えていると書かれている。
「初めは憧れのアーサー殿下の妃になれるなら何でも受け入れれると思っても、実際自分に心向かない相手が嫌になってくるだろう。ましてアルディアの女性は承認欲求が強いと聞くし…」
そう考えるとやっぱりサリナさんがお似合いだと思うけど…
「あれ?」
陛下の手紙にはアルディア全ての令嬢と顔合わせをしたと書いてあるけど、サリナさんとは顔合わせしたの?
サリナさんの手紙にもアーサー殿下の話にも顔合わせをしたなんて聞いてない。もしかして専属侍女でサリナさんが貴族令嬢なの忘れられている?
だめじゃん!思い立って膝の上で微睡むてん君に
『お願いがあるの』
『てん できるこ おてつだい する』
『今から手紙を書くから、ルーク陛下に届けて欲しいの』
『かんたん まかせる』
こうして直ぐにガラスペンを取り陛下に手紙を書く。サリナさんは歴とした子爵家の令嬢で妃候補に該当することと、想う会を通じてアーサー殿下と仲を深めている事を書いた。
『私はサリナさんならアーサー殿下の全てを受け入れ支えれると思います。それに身分は子爵令嬢ですが十分妃になれる人柄だと思います』
短い文だけど伝えたい事は書いた。これが起爆剤になってくれるといいけど…
やる気満々のてん君がルーク陛下の元へ手紙を届けに行ってくれた。ホッとしてソファーに深く座り直すと、文官さんがアーサー殿下の帰国の挨拶が始まると呼びに来てくれる。
ヘアメイクは終わっているから、ドレスだけ着替えて謁見の間に急ぎます。
急いで歩きやっとな大きい扉が見えてきたら、扉の前にシリウスさんが待っていた。
前まで来ると蕩けるような微笑みをもらい気恥ずかしくなる。美形の微笑みは何度見ても慣れない。そしてシリウスさんはケイスさんとエスコートを代わり謁見の間に入る。
入室するとアーサー殿下とダラス陛下が話をされいた。殿下は私に気付くと陛下に一言断り、足早に目の前に来てなんの前触れもなくチークキスをした。
「「なっ!」」
エスコートで横にいるシリウスさんは険しい顔をし、陛下は目を見開き立ち上がっている。
『あ…シリウスさんも陛下も”チークキス”を知らないんだ』
きっと2人は特別な愛情表現だと思い悋気全開に違いない。殿下は後の事なんて考えてない様子。
『なんでここでチークキスなんかするかなぁ!』
思わず冷たい視線を殿下に送るが、ちょっと残念な殿下には私の意図は伝わらない。すると急にアーサー殿下が下を向いた。つられて私とシリウスさんも下を見ると…
『アーサー つがい ない』
そう言いながらお使いから戻ったてん君がアーサー殿下の脚を前脚で連打している。アーサー殿下はまたまたズレ気味で、膝をついててん君に親しげに話掛けている。
だがてん君が牙を剥いた事でてん君が怒っている事が分かり、殿下は胸に手を当て小さいてん君に謝罪している。殿下なんで怒っているか分かってる?
「殿下。あのチークキスは他の方は知りません。だから特別な愛情表現だとてん君も皆さんも勘違いしたんです。ですから…」
「私しか知らないとは嬉しいよ」
「いや、ですから人前で…うっ!」
陛下とシリウスさんの目が”後で説明を”と言っている。怖すぎてもうホラーだ。これが終わったら一目散に部屋に戻ろう。
冷静なチェイス様が声を掛けてくれ公式な退城の挨拶が始まる。恙なくアーサー殿下の公式なご挨拶が終わり殿下を馬車までお見送りする。
馬車前でまた殿下にチークキスされそうになり私からバグをし回避した。少し不服そうな殿下を兄貴に任せて殿下の馬車を見送った。
『さて!速攻で部屋に…』
ケイスさんを呼ぼうと振り返ると目の前に壁がある。嫌な予感がし体が冷えてくるのを感じながら見上げると…
「多恵殿。この後時間はあるか?」
「あ…えっと…疲れましたのっ!」
「なら私が送ろうと」
逃げようと思っていたのに、背後に陛下がいて見事に捕まった。そして疲れた言い逃げようとしたら抱きかかえられ殿下の執務室に拉致られる。勿論シリウスさんも同席し尋問…じゃ無くて取り調べ…じゃなくてアーサー殿下との仲を聞かれた。何もないと答えると
「ではあれは何なのだ。口付けるかのように近く!」
「そうです。あれは親しい者にする行為ではなく愛する者にする行為だ!」
荒ぶる2人に気押されて仕方なくチークキスを説明すると、怒りが鎮火し甘い雰囲気を醸しだし2人はそわそわしだした。もぉ…見るからにチークキスをして欲しそう。いや!しないと部屋に帰してもらえない。
アーサー殿下を頭の中でデコピンし、ちゃっちゃと陛下とシリウスさんにチークキスをした。
2人は頬を染め満足したようだ。これでやっと部屋に帰れる事になった。
後にモーブルでチークキスが流行ったのは言うまでもなく、そして事あるごとに2人からチークキスをせがまれるようになってしまった。
部屋に戻り気分を変える為に残りの手紙を読む事にした。しかし問題が…
また婚約者の手紙を両手に持ちどちらから読むか悩むのだった。
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