王妃と病
王妃の想いを聞く事に
人払いされ二人きりの部屋で王妃の透き通った声が響きます。
「私が陛下に嫁ぐ経緯はグリードから聞いていますか?」
「はい。ビビアン王女様の件の時に」
「ではグレンの事は?」
「陛下は明言をされませんでしたが、話の内容から察した次第です」
口元に手を当て楽しそうに“くすくす”笑う王妃様。そして私の察しの通りだと言い、やはり陛下の後添えは私が適任だという。
「私は罪深いのです。姉が亡くなり私が陛下に嫁ぐのが決まった時点で恋人を諦め、身を陛下に捧げなければならなかった。それなのに陛下の恩情に甘んじ未熟な私は最後と言い訳をし、恋人を受け入れグレンを授かってしまった。本当であれば妃候補から外れ領地に追いやられ、グレンは遠縁に養子に出さなければなりません。しかし陛下私を哀れみ実弟から恋人を奪った贖罪の気持から全て一人で背負われ、私とグレンを受け入れてくれました。そして恋人への気持を胸の奥深くに封印し、誠心誠意で陛下を愛し国の為に捧げてきました」
凛とした表情で冷静に話す王妃様。何故こんな素敵な人が病にかかってしまったんだろう…そう思うと胸が痛い。不謹慎だが『美人薄命』が頭を過る。王妃様は話を続けて
「ダラスはこんな私に身も心も向けてくださり本当にいい夫です。それに子を授けて下さり彼の血を引く子を儲ける事が出来、私は最低限の贖罪と勤が出来たと思っております。
ダラスは生まれた時から次期王として期待されその期待に応えてきました。それ故に己の欲を抑えてばかりでダラスは己の望みを言った事がありません。ある意味可哀想なお方なのです。そこへ乙女様が召喚されダラスは初めて心の底から女性を欲したのです。それを知った時は妻としての嫉妬より、ダラスが愛を知った喜びで満ちましたわ。その時には既に私は病を発症し完治しないことを分かっていました。そしてダラスが初めて心を向けた多恵様に後添えをお願いしたくてわざと嫌な女を演じ、陛下にも貴女にも嫌われようとしたのですが…」
「嫌な女というより、意味不明で戸惑いましたよ」
「やはり私は何をやっても駄目ね…」
そう自虐し眉を八の字にし苦笑いする王妃様。第一印象が悪く【雰囲気破壊者】なんてあだ名をつけた事を今猛烈に反省している。
素の王妃様はとっても綺麗で情深い女性だ。きっと陛下も義務では無く愛している筈。
だから残りの時間を共にして欲しい。そして愛する家族に見守られ幸せに終わって欲しい。
「王妃様。やはりちゃんと陛下と話すべきです。私と陛下にはまだ時間がある、受け入れる入れない関係なく向き合う時間がある。でも王妃様が違う。今王妃様が陛下に何も言わず目の前から消え、そのまま二度と会えなくなったら陛下は一生後悔し、後添えなんて考えられないかもしれませんよ」
そう言うと驚愕の表情で私を見ている。そして座り直し
「多恵様はダラスに好意はお持ちですか?」
急な質問に狼狽えるが王妃様の真剣な表情で誤魔化せない。私も座り直し本心を述べた。
「えっと…素敵な男性だと思います。好意を向けられるのは嫌では無い。でも恋人や伴侶としてはまだそこまでは…それにまだ国の問題も解決していないし、私自身複数の男性を受け入れる器ではないのです」
「ではモーブルで伴侶は選ばれないのですか⁉︎」
「はい。そのつもりです」
「それではモーブルの未来が!」
立ち上がり私の元に来て手を握り、それは困ると説得しだす王妃様に今度は私が困る。
『でも本心だから…』
「元々伴侶を迎え子を儲けるのはリリスの追加のお願いで義務ではないんです。私は不器用で多くの男性を受け入れるとは思えないし、皆さんを平等に愛せる自信がないんです」
黙り込む王妃様。申し訳無いけど私は聖職者では無いから、全ての人を助けたり愛したりはできない。それに陛下は王妃様を愛しているはず。2人には最後まで添い遂げてほしい…
“コンコン”「失礼致します」
話の合間にリチャードさんが扉をノックして入室許可を願ってきた。
王妃様が許可を出すと申し訳なさそうに入室して
「多恵様。そろそろ会議に行かれませんと」
「あっ!すっかり忘れてました。王妃様!話足りません。まだ行かないで!」
「それは出来ませんの…後はお願いしますね」
ダメだ今王妃様と別れたら実家に帰ってしまう!不敬覚悟で王妃様に抱きついた。
王妃様は子を宥める様に私の背中を撫で耳元で
「でしたら(領地に)会いにきて下さい」
「えっ?」
そう言い一歩下がった王妃様はまるでお手本の様な綺麗なカーテシーをして別れの挨拶をして退室を促す。
『ここで拒んだらややこしくなりそうだ。もう手は無いのか…』
微笑んだ王妃様はリチャードさんに再度退室を促し、リチャードさんに手を取られ半ば強制的に退室をさせられる。
こうして王妃様はこの後すぐ実家の領地へ行ってしまった。陛下、グレン殿下や他の皆さんはこの日の夜に知る事になる。
時間は遡り遅れて着いた陛下の執務室では話し合いがひと段落し、丁度休憩に入っていて皆さんお茶を飲んでいたところだった。
私に気付いた陛下は破顔し駆け寄りハグしてくる。陛下の温もりに泣きそうになる。
「体調が良く無いと聞いた。無理はせんでくれ」
「ご心配おかけしました。休ませてもらったので大丈夫です」
多分今頃王妃様は城を出ただろう。もうどうする事も出来ない。
『ならどうする?でも今話せば陛下は直ぐ王妃様の元へ行くだろう。それは王妃様は望んでいない。だから』
目の前の会議に集中して終わらせて、王妃様の事を陛下に相談しよう。
何も知らない皆さんは休憩を終えて会議に戻る。ここからは集中しないと!
私の書きだした案を一つ一つ精査し意見を出し合う。やはり元の世界と価値観や考え方が大きく違い、理解してもらえないところも多い。労働基準は立場の弱い労働者を守る法律。だから身分があるこの世界では労働者を守ることを理解をしてもらえない。昼食以外の休憩が無い事や連続勤務、深夜勤務に関する事は、当たり前で何故駄目なのか分からない様だ。
この基準は労働者を守るだげで無く、生産性を上げれる事も含め説明する。
「皆さん同じ仕事を長時間しているとミスが増えませんか?」
「そういえば…書き物などは書き間違いが増えますね」
「我ら騎士は小さい怪我が増えます」
「それはですね人間は長時間集中できないんですよ。休憩を挟み心身ともにリフレッシュする事で再度集中する事が出来るのです。だから休暇と休憩は仕事の効率を上げる上で大切なんです。騎士さんの様な肉体労働者は怪我が減り、文官さんはミスが減り短時間で仕事を終えれる筈です。連続勤務も同じく能力が低下します。だから適度の休暇が必要です」
私の説明が良かった?のか皆さん納得してくれ、バスグルの労働者だけでなくモーブル国内全てに休憩と週一以上の休暇を適用する事になった。
今回の話し合いで自分の意見が通り気分良くなった所でチェイス様が
「しかし、休憩と言ってもどの位でいつ取らせればいいのでしょうか?お昼休憩は4刻と決まっておりますが、短時間の休憩をどの様に管理するか難しい」
「あ…」
確かにこの世界の時間は元の世界で3時間が1刻で単位が大きい。15分くらいの休憩をこちらの時計で見極めるのは凄く難しい。
「それに、農園の小作人と違い王城で務める者や騎士は勤務時間が不規則ですので…」
「時計が難ありなのよね…」
今度は短時間の時間管理に頭を悩ます。元の世界みたいにキッチンタイマーやスマホ等は無い。原始的な時間管理…
『日時計?駄目だ!雨や曇りの日まして夜は計れない!毎日管理できて短い時間計れるもの…』
考えていたら頭がくらくらして来た。糖分チャージに為にクッキーを口に入れる。思いのほかクッキーはパサパサで口腔の水分を持って行かれて慌ててお茶を一気飲みしたら、すかさず従僕さんがお茶を注いでくれる。その従僕さんがティーポットからお茶を注ぐのを見ていて!
「砂時計!そう砂時計を作り決まった時間を計れるようにしたらいい!」
「「「「砂時計?」」」」
「はい!砂時計はですね私の元の世界にある短時間を計る道具で…」
皆さんに砂時計の絵を描き仕組みを説明すると、チェイス様は必至でメモをとり陛下は甘い甘い眼差しを送って来る。そして
「ガラス職人を登城させ多恵の指導の下、直ちに砂時計なる物の製作にあたらせよ」
陛下がそう言うとチェイス様が文官さんに指示をし、急いで文官さんは退室していった。
こうして数日後に砂時計1号が作られ、この砂時計はあっという間にモーブル国内に広まり日用品として愛用される様になる。
ある程度労働基準が纏まり今日はこれで終わりとなった。窓の外は日が暮れ空が赤くなってきている。時計を見ると6刻を前だ。リチャードさんが入室し部屋の戻りを促すが…
「陛下お忙しいところ申し訳ございませんが、お時間いただけませんか」
「貴女の望みなら何でも聞こう」
こうしてリチャードさんに謝り外で待機してもらい執務室に陛下と2人きりになる。
陛下はまだ事の重大さを知らず思いっきりデレてくる。そして溜息を吐いて
「王妃様には内緒にしておくように言われていますが、恐らく他からお耳に入ると判断し今お伝えします。王妃様はご実家の公爵家領地に向われました。もう戻られないと思います。会議に遅れたのは王妃様の面会に応じ急遽朝一お会いしていました。陛下とちゃんと話しして下さいとお願いしたのですが、聞き入れてもらえず…力不足で申し訳ございません。予定を調整して王妃様の元は伺うつもりですが、それ以前に陛下と王妃様としっかり話し合いをして欲しい」
「シャーロットが王城を出たと⁈」
「はい…」
私を抱きしめたまま固まる陛下。ゆっくり陛下の腕を解き一歩下がって陛下の頬を両手で包み視線を合わせて
「陛下!しっかりしてください。今王妃様には陛下が必要です。こちらの問題はチェイス様と文官さん達と進めていくので、明日にでも王妃様の元へ」
「否…いい。この問題が落ち着いたら話に行く」
「ダメですよ!明日の朝にでも」
そう言ったのに陛下は複雑な顔をして私の手を取りソファーに座らせてくれた。そして横に座り
「私はモーブルの王だ。王は国の為にある。個人を優先するべきではないのだ。シャーロットもそれをよく分かっていて、あえて何も言わずに行ったのだろう」
「でもただの家出では無くて…!」
陛下は指で私の唇を押さえて言葉を遮った。そして苦笑して
「曲がりなりにも私は王だ。彼女の病の事は知っている」
はしたなく口を開けて絶句していると落ち着いた口調で話し出す陛下。想定外の事が起こっている。色んな事が一気に判明し気分は絶叫マシンに乗っている気分で気絶寸前です!




