スメハラ
やーと!一つ解決し少し余裕が出てきて…
「はぁ…疲れが湯に溶けていく〜♪」
ご機嫌で浴室で鼻歌を歌っている。明日から労働協定の会議が始まる。まずは私が作った労働基準を元に話合い、叩き台を作り現在受け入れている家門と、今後正式に受け入れを希望している家門に見てもらい、希望や要望を提出してもらう。
意見を纏めて最終案を作りバスグルに提案する事になった。
元の世界の労働基準を思い出しながら書き出したが、この世界は合わない所も多く結構大変だった。でも…双方納得行くまでしっかり話し合いをしたい。
「がんばろ…」
そう呟き逆上せないうちに湯から上がった。夜着に着替えて湯上がりの水を飲んでいたら誰かきた様だ。今日は面会も手紙も断っている筈だが…
ソファーでてん君とまったりしていたら眉尻を下げたモリーナさんが手紙を持ってきた。
取り継がない様にお願いしていたから申し訳無さそうに
「王妃様付きの女官が手紙を届けにきて、出来るだけ早くお読みいただきたいそうです。お断りいたしますか?」
「手紙だけ?」
「はい」
「…お通しして下さい」
こうして女官さんを招き入れると、申し訳なさそうに王妃様の手紙を手渡してくれる。
「お疲れの所お応え頂き感謝致します。急な願いで申し訳ないございません」
「いえ…中々王妃様の元へ伺えず申し訳ないと思っていたんです」
女官さんが少し涙目なのが気になりすぐ手紙を開封する。手紙を読むと…
「え?」
思わず顔を上げて女官さんを見ると泣いている。これから労働協定に手をつけようとしたとこなのに…予定外だ
「明日の朝食のご招待お受けいたしますとお伝え下さい。あとモリーナさん。陛下とチェイス様に会議に遅れる旨お伝えして下さい。理由は適当に誤魔化して下さい」
「畏まりました」
女官さんは私の前に膝を突き私の手を握り潤んだ瞳を向けて
「感謝いたします。今王妃様には乙女様が必要なのです」
「えっと…お力になれることは何でもさせて頂きます」
そう言うと深々頭を下げて女官さんは退室し、モリーナさんはチェイス様の所へ向かった。代わりの侍女さんが来てくれたが、もう寝室に入るから必要ないと断った。
ベッドに入りてん君を布団に呼び一緒に丸々と極上の毛玉で直ぐに眠りについた。
朝起きたらいつも通り背中が温かい。寝返りをしてフィラに抱き付く。
そしてポツリと
「朝ね王妃様と朝食をご一緒するの。大切な話があるって。リリスの勤めが忙しいのは分かるけど、王妃様は時間がないって…」
「そうか…思っていたより病が悪い様だなぁ…」
「うん…フィル殿下はまだ小さいのに…」
「致し方ない。神が決めた寿命だ」
不正貴族の摘発が終わり気が楽になっていたのに、また突き付けられた問題に逃げたくなる。そしてフィラは口付けて
「一人で抱えるな…辛い時は我慢するな。俺を呼べ。辛い気持ちは半分俺が背負ってやる」
「ありがとう…心強い婚約者だ」
朝一フィラに激励を受け少し勇気が湧いた。今日はてん君はフィラと喧嘩しない。いつもこうであってほしい。
モリーナさんが起こしに来たのでフィラは帰って行った。王妃様に会うから朝から準備に忙しい。
毎度疑問に思うけど王家の方々とお会いする時はよっぽどの事が無い限り湯浴みをさせられる。高貴な方に合うのに臭いのは失礼って事なの?
箱庭の住民は体臭など無く、反対に香水か消臭機能があるかの様にいい匂いがする。平民、貴族関係なくだ。
だから湯浴みなんて必要ない気がする。馬に乗り砂まみれになったり、物騒だが返り血など着いたら流石に必要だろうけど…
「あれ?もしかして」
異世界から来た私はもしかして体臭あり臭いのか?だからあんなに頻繁に湯浴みを勧められるの?浴槽にはいつもバスオイルやハーブも入っているし…
思わず自分を“くんくん”嗅いでみる。今浴槽は一人だ。脇を嗅いでみるが今湯舟に浸かっているからハーブの香りがして分からない。
元の私は48歳のアラフィフで更年期真っただ中。だからそろそろ加齢臭もしてくる筈だ。女性でも加齢臭はするらしいぞ。
やっぱり臭いんだ!泣きたくなって来た。もうはやここ(湯舟)から出たくない!王妃様に会うだけでもテンション駄々だ下がりなのに、自分が臭かったなんて…
“コンコン”「多恵様。そろそろお上がり頂かないとお時間が…」
モリーナさんに上がる様に言われ、泣く泣く上がりバルローブ着て浴室を出る。半泣きの私に焦るモリーナさん。そして…
「今まで不快にさせてごめんなさい。もっと清潔を心がけますから…取りあえず今は大丈夫そう?」
「はぃ?」
固まるモリーナさん。お仕えする人が臭いとか地獄だ。独身の頃に同期の上司が体臭がきつく我慢しきれずに辞めていった。それは所謂“スメハラ”ってヤツだ。困った顔をしているモリーナさん。そうだろう曲がりなりにも女神が召喚した乙女に「臭い」なんて言える訳ない。
地の底まで落ちたテンションで王妃様に会わないといけない。消えてしまいたい…
『あれ?今思えばアルディアでも頻繁に湯浴みを言われた。あぁ…あっちでも迷惑ばかりかけてたんだ』
すると足に何かが当たる。下を向くとてん君が前足で私の脚を叩く。
『何?臭い?』
『たえ くさくない いいにおい みんなすき』
『嘘だ!だってみんなお風呂に入れって頻繁に言うもん!』
『てん よくわからない でも ほんと いいにおい てん すき』
『てん君…』
てん君に抱き着くと涙が出た来た。
「えっえ!多恵様!」
“バン!”
勢いよく扉が開きリチャードさんが駆け込んできた。もう情緒不安定で寝室に籠りたい!すると風が吹き温かい腕に包まれる。
『フィラ たえ はなしする てん むり』
見上げるとフィラだ。ハンカチを出して涙を拭ってくれる。そしてフィラは困惑しているモリーナさんに
「そこの侍女。何故そんなに頻繁に多恵に湯あみをさせるんだ?」
「フィラ!そんなデリケートな事を直球過ぎるよ。答え難いじゃん!」
妖精王の突然の登場と意図の分からない質問に戸惑いながら答えるモリーナさん。
「状況が分からないのですが、恐らく何処の国でも王族と面会する場合は、身分続柄関係なく湯浴みを義務付けられております。後、女神の台座に向かう際にも湯浴みは義務付けとなっております。尊き方々に対しての礼儀でございます」
「だそうだ。何をどう思ったら自分が“臭い”になるんだ。お前はこの世界と異なる香りがし皆心惹かれる。反対にその香りでお前に惚れる者が多く困るぐらいだ。だから俺の作る香水で抑えているんだぞ!反対に臭くなって欲しい位だ」
「臭いのは嫌だ」
やっと状況が飲み込めたモリーナさんは慌てている。そしてフィラはモリーナさんに
「この世界の決まりやルールを知らない多恵が勘違いをしたようだ。しかしお前たちにも責任はある。自分達には当たり前でも多恵は知らない。注意し気を配るべきだ」
「いいよフィラ。私が勝手に一人で勘違いして落ち込んだだけだから」
「申し訳ございません。気配りが足りておりませんでした」
こうして“スメハラ事件”は解決し、これ以降小さな事でも皆さんが説明してくれる様になったのでした。
私が落ち着いたのを確認しフィラは帰り、改めて王妃様元へ向かう準備を始める。
改まらず気楽にお越し下さいと女官さんが言っていた。だからって王妃様にラフな格好はできず、綺麗めのデイドレスに着替えて離宮へ向かう。
向かう道すがらリチャードさんが先ほどの話を蒸し返し、こちらが赤面する位に私から芳しい香りがすると熱弁する。
「私が独り身なら確実に貴女に惚れていますよ」
「社交辞令ありがとうございます」
「騎士の誇りに誓い本当です」
リチャードさんの気遣いに感謝し離宮へ急いだ。離宮は王城の一番奥にあり徒歩で30分ほど歩いてやっと見えてきた。朝からたくさん歩きお腹がぺこぺこだ。
玄関?に着くと女官さんから丁寧なご挨拶をいただき、早速離宮の中に案内してもらう。
これまた離宮は広く部屋にたどり着かない。
くねくねした廊下と歩きやっと大きな扉の前に着いた。女官さんが入室許可を頂き大きな扉が開く。そして美しい王妃様が迎えてくれた。
「おはようございます。お招きいただきありがとうございます。遅れまして申し訳ございません」
「よくお越し下さいました。多恵様の好物を用意させましたわ。さぁどうぞお掛けになって」
緊張しながら席に着くと料理が運ばれる。いつもの料理と違い野菜と魚が多くサッパリして美味しい。いつも出る料理と違うので不思議に思っていたら離宮の料理長は王城の料理長と違うらしい。
食べながら王妃様の様子を見ているが、病気を患っている様に見えない。食事も私よりよく食べているし。
食後のお茶を飲んでいたら王妃様が人払いをした。思わず顔が強張ると王妃様は優しい微笑みを向けくれる。
今までお会いしたときと違い表情豊かで美しい女性だ。恐らくこちらが本当の王妃様なんだろう。
「急にお呼びだてして申し訳ないございません。詳しくは聞いておりませんが、今陛下はモーブルが生まれ変わる為にお忙しいと聞き及んでおります。勿論陛下だけだはなく乙女様も」
「はい。陛下は率先して問題に向かわれておられます。是非陛下に支えてあげて…」
すると微妙な顔をした王妃様は
「それは私ではなく乙女様がなさって下さい」
「なっ!」
慌てると王妃様は立ち上がり私の横に来て私の手を取り、王妃様の腹部に手を当てた。
「!」
『え?妊娠してるの?違う!腹水?腫瘍なの!』
驚き王妃様の顔を見たら苦笑して
「お子ではありませんよ。薄々気付かれておられると思うのですが、私の命は長くありません。このまま弱り陛下やお子に迷惑をかけたくないのです。ですからこの後実家の公爵家領地に戻り残りの時間を静かに過ごしたい」
「陛下には?」
「言えば止められますし、今大変な時期なのに事情を話せば、話し合うために陛下は無理をなさいますわ。だから静かに去るのです」
口を開け固まってしまう。確かに陛下は今大変な時期だが、王妃様の事は気にかけてらっしゃる。話し合うべきだ。そう思い王妃様に
「陛下には病気の事は伝えてないのですか?」
「はい。治る見込みがないと知り、静かに去るのが陛下の為になると」
「そんな冷たい方ではありませんよ!」
「だから余計に知らせない方がいい…」
意志の固い王妃様を説得するのは難しそうだが、このまま送り出すのは嫌だ!
私の表情をみて溜息を吐いた王妃様はご自分の話しを始める。
口を挟まず最後まで聞く覚悟を決めて座り直した。王妃様は席に戻られ静かに話しだした。
「先に言っておきますが、私は十分愛してもらい女性としての幸せは十二分にいただきましたわ。悔いがないと言いたい所ですが、フィルがせめて物心が着くまでは側にいてあげたかった…」
「お聞きしていいのかわかりませんが、病状は…」
「腹部に良くないものが出来る病気で、最後は…ごめんなさい…自分の口から言うには辛いのです。母方の祖母が同じ病で亡くなり、治療法が無いのは分かっています。痛みを和らげる対処法で薬草を服用するぐらいなのです」
確かにこの世界の医療は高くない。妖精の薬草を煎じて飲んだり患部に貼る位だ。
日本の医療なら恐らく治るだろう。木板で調べて病名が判って治療法を知っても、この世界には薬もなく外科的施術を私は出来ない。やっぱり…どうしようも無いんだ。なんと言えない気持ちになっていたら、王妃様がとてもいい表情で昔話を始めた。
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