母性
激甘な朝食を終えてこの後の予定を聞いたら…
「今日はどうするの?」
「5刻からエリアス様と会議がありますので、それまでは友人のティモンの王都屋敷に訪問する予定で…」
「?」
グラントが宰相補佐になる前の文官時代にモーブルで世話になったお方らしい。それ以降お互いの国を訪問した際は食事を必ず共にするそうだ。
ティモン様は文官を辞めて家督嫁がれ、領地で作られる馬具の製造販売を生業にしているそうだ。今日はグラント訪問に合わせて王都に来ているらしい。グラントは私の様子を見ながら
「友人に婚約者を紹介したいのです。今日の事は陛下に了承は得ています。嫌ですか?」
「へ?えっと…モーブルの許可を頂いているなら。でも私人見知りするのでフォローしてくださいね」
「無論です。あぁ…こんなに嬉しい事は無い」
「大袈裟だよ」
何故そんなに嬉しいのか聞いてみたら、友人のティモン様は超がつく愛妻家。会うたびに惚気を聞かされうんざりしていたそうだ。そしてティモン様から早く妻を娶る様に毎度言われ、妻を娶った時は盛大なお祝いをすると約束をしてもらっているそうだ。
「ティモンは子宝にも恵まれ1男2女いる上、領地も豊かで幸せを絵に描いたような男です。言われっぱなしで面白くありませんでした。さりとて愛してもいない女性を娶る気はなく、生涯独身でいいと思っていたんです。それが…」
グラントが手を引き抱き寄せた。そしてキスの雨を降らし
「史上最高の女性を得る事が出来たんです。惚気返しに行かない手はないでしょ!」
「史上最高は訂正して!私は“可もなく不可もなく”の平凡女性ですからね。許可もなくハードルを上げないで!」
「これでもハードルが低すぎて申し訳なく思っているのですよ⁈」
あまりにもグラントが持ち上げるから少し拗ねて
「なら行きません」
「!!」
加減を間違えてグラントは必至で謝って来る。君は匙加減を間違う事が多いよ!
真剣に焦っている姿も好きで許してあげた。
そしてある事を思い付く。時計を見るとまだ昼食の準備には早い。ティモン様の所にお土産にポテチを持って行こうとグラントに提案し、一緒に料理長の所にお願いに行く事にした。昨晩使いものにならなったバートンさんは今日はピシっとし調理場まで案内してくれる。グラントは私の腰を引き寄せ終始機嫌がいい。無意味に微笑むから城内の女性の視線を集めている。本人は全く気にもしてない様だ。調理場に着くと騒然とする料理人の皆さん。
『あ…毒ドレッシング事件が未解決だった。それにグラントが謁見の間でそれについて怒り私を連れ帰るって言ったのが(ここにも)伝わっているんだ…』
「多恵様。何か不備がございましたでしょか?」
恐る恐る料理長が聞いてくる。
「いえ。毎日美味しい食事ありがとうございます。今日はお持たせを作っていただきたくてお願いに来ました」
「はい。何なりと仰って下さい」
「婚約者の友人宅に訪問するので“ポテチ”を作って欲しいんです」
“婚約者の”発言にグラントは破顔し皆が見ているのに抱きしめてくる。そして料理長は表情を明るくし諾してくれ、側やグラントは“ポチチ”が何か分からず困惑している。
持っていく間に油がまわってしまって胸焼け必死なので、揚げた後に紙の上に広げて並べ油切りをする様にお願いする。眉間に皺を寄せているグラントに出来たポテチを1枚手でつまみ、朝の様に『あーん』してあげる。
「!!」
初ポテチに目を輝かせているグラント。その後グラントが帰国後にアルディアでもポテチが流行ったのは言うまでもない。
そして料理長に粗熱が取れたら大きめの箱に紙を敷いてポテチを入れる様にお願いし一旦部屋に戻り外出準備にすることにした。
どうやらオブルライト公爵家の馬車で向かうらしくドレスも用意されていた。勿論このドレスもグラントがアルディアから持って来たもので、今日の侍女のアイリスさんの機嫌はすこぶる悪い。ドレスは淡いシルバーにラベンダー色のリボンが装飾されてドレス。
『思いっきり“グラント”じゃん』
鏡に映る自分を見て心の中でツッコミを入れた。鏡を見ていて髪はアップにした方がいいと思いアイリスさんにお願いすると…
「閣下が多恵様の髪は美しいので下ろす様に言われております。失礼とは分かっておりますが、私もこのドレスに髪はアップの方がバランスがいいかと…」
「あはは…私もそう思う。でも婚約者のお願いだから聞くわ」
大きな溜息を吐いたアイリスさんは櫛で髪を整えてくれる。何もしないのは更にバランスが悪いので、同じ色のリボンでカチューシャ風にしてみた。用意が終わった頃にグラントが迎えに来る。入室するなり両手を広げ頬を染めて目の前に歩いてくる。そして
「やはりそのドレス正解だった。私が多恵を抱きしめている様だ。良く似合っています。あぁ…やっと友人に婚約者を紹介できる!感無量です」
「大袈裟だね。グラントに恥をかかせない様に頑張るわ」
「貴女は何をしても素晴らしいのだから、普段のままでいいんですよ」
ご機嫌のグラントにエスコートしてもらい馬車の待機場へ向かっていると廊下でグレン殿下と会う。
「殿下こんにちは」
「多恵殿!今日もお綺麗だ」
小さいが紳士な殿下。私をじっくり見てからグラントを見て
「多恵殿は何を纏ってもお綺麗だが、深緑の方が似合うぞ。ゴードンに言って僕がドレスを贈ろう」
「ありがたいのですが、沢山用意いただいてこれ以上増やすのは…将来妃(嫁)の為に取っておいて下さい」
そう言うと半泣きになってしまうグレン殿下。この時は知らなかったがグレン殿下の色は深緑。自分の色を贈ろうとしてくれていた。もう淡い恋心で無くなってきていて苦笑いしてしまう。お付きの騎士さんが殿下を抱っこし礼をして去って行った。
「多恵はあんな幼子も魅了する。私は嫉妬で倒れてしまいそうだ」
「意図して無いし寧ろ困っているだけど…」
グラントと顔を見合わせ溜息を吐いた。公爵家騎士さんが時間が無いと馬車へと急かす。
やっと馬車に乗り込みティモン様の元へ出発です。
王城から時間にして30分ほど行くとティモン様の屋敷に到着した。玄関前にはティモン様とご家族がお迎えしてくれる。
グラントが先に降りてエスコートしてもらいティモン様の前へ
ティモン様とグラントは握手し挨拶をしている。そしてグラントがティモン様に紹介してくれる。
ティモン様はクラノシス侯爵家の当主でグラントより3歳年上の凛々しい面立ちの紳士。しかし口調は気取って無く話しやすい。
事前にリチャードさんからお茶会(大挨拶会)でご挨拶頂いているか確認済みだ。挨拶済みなのに初めましては失礼にあたるからね。
「お茶会ではお時間が取れず本当に御名前をお聞きする事しか出来ませんでした。こうやったお話でき嬉しいです」
「お茶会で初めてお目にかかり、グラントが傾慕するのが納得しました。是非、愛に鈍い彼を幸せにしていただきたい」
「えっと…。鈍いですか?愛情深いお方ですが⁈」
ティモン様は目を見開き唖然とし、グラントは恍惚とした表情で私を見ている。
あれ?変な事私言いました?
なんとも言えない空気を変えたのがティモン様の奥様のオリビア様だった。
「ティモン。お客様に失礼ですわ。お部屋へご案内を」
「あぁ!そうだね。早く食事をしながらグラントの惚気を沢山聞かねば」
「私は今までティモンの惚気話を聞いて来たんだ。今日は思う存分に惚気るさ」
なんか嫌な予感しかないのは気のせい?
ふとオリビア様の後ろに2歳位の男の子がオリビア様のドレスの裾に隠れているのが見える。ティモン様にて幼いのに凛々しいお顔立ちをなさっている。微笑むとおぼつかない足取りで来て目の前で両手を広げて
「だぁ!」
「?」
「ジェイク!だめよ!こちらにいらっしゃい」
ジェイク君は首を振りまた
「だぁ!」
凛々しい表情なのに抱っこをせがむ姿にキュン死しそうだ。
「おばちゃんとこにくる?」
「うん」
久しぶりに幼児を抱っこして母性かむばーく!可愛くてぎゅうとすると笑ってくれた。
視線を感じ振り返ると
グラントは幼児を相手に嫉妬MAX
ティモン様は驚いている
オリビア様は優しい眼差しで見ている
この状況どうしたものか⁈と悩んでいたら腕の中でジェイク君が眠いのかぐずり出した。
オリビア様が慌てて駆け寄るが、ジェイク君は私のドレスをがっしり掴んで離さない。眠い子を引き離すのは忍びなくて抱っこしたまま、ダイニングルームへ移動した。
久しぶりの重みと温かさに母性再来の私。部屋に着くと乳母さんがいてジェイク君を引き受けようとするが、ジェイク君が抵抗し泣き出した。
「給仕して貰っている間に寝かしつけるので大丈夫です」
「しかし」
「ジェイク君〜いい子ちゃんはねんねしましょうね〜」
そう言い、背中をゆったりとしたリズムで叩き、左右にゆっくり揺れてあげる。
雪が小さい頃は毎晩こうして寝かしつけた。
『あぁーこの歳でまた寝かしつけた出来るなんて思わなかったわ。子供って感じより孫?』
「す…す…」
リズミカルな寝息がして少しするとジェイク君は完全に寝た。寝顔はどんな子でも天使!
思わずおでこにキスをして乳母さんと交代し乳母さんは子供部屋に
「パタン」
ジェイク君を見送ると背後から抱きしめられる。見上げると少し涙目で頬を染めたグラント。頬に手を添え上を向かされると、情熱的な口付けをもらう。
ティモン様とオリビア様がいるのに!恥ずかしくて頬が熱い!
「多恵様は未婚ですわよね?」
「はい」
「私より寝かしつけがお上手なので」
「えっと…元の世界で友人の子供の世話をした事があったので?」
上手く誤魔化せた?皆んなそれ以上聞かないからOKという事で!
そしてグラントに椅子を引いてもらい着席すると食事が始まる。終始和やかに進みティモン様がとんでもない事を言い出した。
「グラント。式はいつ挙げるんだ?私は参列しにアルディアに行くぞ」
「あの…私の役目を終えないと…」
「えぇ。存じております。ですから私も乙女様のお役に立ちたく、グラントにお目にかかれるようにお願いしていたのです」
「役に?」
この後ティモン様の話は驚くものだった。
昨晩話していた汚職貴族の夜会は今は開催されていないそうだ。何故なら私がモーブルに来たの事で目立つ事を避けてのことらしい。
でも何で汚職貴族の夜会の話知っているの?
この話は昨晩陛下と夕食を共にした時の話だ。あの場は陛下とシリウスさん、チェイス様しかいなかった。グラントは途中退席したから知る筈ない。
ティモン様はグラントの親友だから疑いたくないが…怪しい⁈
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