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001. プロローグ

 



 シャイニーズ。

 光り輝く者たち、という意味を込めてつけられたというその名前は、とある芸能事務所に所属するアイドルたちのことを総称する。歌って踊って笑顔を振りまき、時には映画で、時にはテレビで活躍する彼らは、日本中の多くの女の子たちにとって、日々の癒しであり、活力であり、人生そのものだった。人々はそんな彼女たちのことを、シャニオタ、と呼ぶ。



 私―――瀬川美月(せがわみつき)も、そういった人種の一人だった。



 (明日には新曲が3形態ぶん届くし、もうすぐ新写真のネット発売も始まるわ。主演が決まったドラマの新情報解禁日も近いし、来週には(けい)くん単独ゲストのバラエティもある!あ~~~っ、オタクって最高!)


 大学を卒業して就職した会社は、正真正銘のブラック企業だった。不況に苦しみながらもなんとか業界にしがみついているような中小企業で、大手に入社し悠々自適に暮らすかつての級友たちを見ているとクラクラする。低収入なのに保障は少なく、サービス残業や有休不消化は当たり前、ロクな指導も受けないまま上司からは理不尽に怒鳴られ、たくさんいたはずの同期たちがひとり、またひとりといなくなっていく環境のなかでもなんとか私が残り続けられてきたのは、ほかならぬシャイニーズたちのおかげだ。


 描いていた未来からは程遠い社会人生活に思い詰められ、自ら命を絶つことまで考えていた頃、SNSでたまたま新人アイドルグループのパフォーマンス動画を見つけた。それまでアイドルとはまったく縁のない世界で生きてきたはずなのに、同世代の彼らが放つ目も眩むほどのまばゆさが、私の毎日に少しずつ「楽しみ」を作り出してくれたのだ。家と会社を往復するだけで精一杯だったことが幸いし、他にお金を使うような趣味や付き合いもなかった私は、思いのほか満足に彼らを応援することができている。


 (そろそろツアー日程の発表もある頃よね!新しいアルバムもライブの構成もグッズも楽しみ!そのためにも、明日も頑張って稼いでこないとね)


 家に着き、疲れ切った身体でなんとかお風呂に入ったあと、素早く電気を消して布団のなかに潜り込む。気づかない間によほど疲労がたまっていたのか、全身にずしりとした倦怠感がのしかかり、あっという間に瞼が重くなってきた。

 部屋の一角に設けた慧くんスペースのポスターに視線をやり、小さく呟く。


 「……おやすみ、慧くん」


 そして私は、永遠にその瞼を閉じた。




              ◇◇◇




 「――――可哀想に。まだこんなに若いのに、疲労なんかでぽっくり逝ってしまうとはのう。苦しまずにいられたことは不幸中の幸いなのかもしれんが」

 「セルガナード様。お気持ちは分かるのですが、こんなにも、その…重厚なご加護を与えてしまってもよろしいので?」

 「よいよい。そもそも、この子の天命はもういくばくか与えられておったのじゃろう?何の因果が働いたのか分からぬが、それを待たずしてここに招いてしまったことに関しては我らに落ち度があるというもの。来世では楽しい人生を謳歌してもらいたいではないか」


 セルガナードと呼ばれた老人は、覗き込んでいた光の球体をそっと撫でてから、それを大事そうに傍らの男性に預けた。背中に真っ白な翼を携えた男性は、「お人好しなお方だ……」と嘆息してから、球体を脇に抱えて飛び去って行った。


 「重い責務を押しつけることになってしまったかもしれぬ。儂の刻印を、どうかいいように使っておくれ」

 

 そのかすかな呟きは、どこまでも広く澄み切った青空に、誰に聞かれるでもなく小さく吸い込まれていった。




              ◇◇◇




 差し込んでくる陽光に瞼を刺されて、ぱちり、と目が覚める。

 なんだか、とてもとても長い夢を見ていたような気がする。


 身体が深く沈んでしまうくらいフカフカのベッドにそのまま埋もれていたい気はするけれど、ダラダラしていると仕事に遅刻してしまう。それはもっとも避けるべきことだ。昨夜のものに比べてずいぶんと軽くなった身体を起こし、ひとまずベッドの上で大きく伸びをすると――――ん?ベッド?


 私の家に、ベッドなんてものはない。


 ぞくり、と背筋に戦慄が走って、完全に意識が覚醒した。よく見るとそこは、慣れ親しんだ自室とは似ても似つかぬ場所だった。一人で寝る分にはあまりにも広すぎるベッドに、頭上から垂れる重厚な天蓋。ベッドをぐるりと囲むレースのカーテンの隙間からは、見たこともないくらい豪奢な部屋が広がっている。

 これはいったい、と手を伸ばしかけたところで、自分の手が異様に小さいことに気がついた。頼りなくぷにぷにとしたそれは、3、4歳くらいの子どものものに見える。手だけではない。身体も、足も、顔も、髪も、見慣れた自分のそれとは何もかもが明らかに違う。


 「ソフィア、様………?」


 もはや思考すらも手放し呆然と空を見つめていると、突然、カーテンの向こうから知らない誰かの声が聞こえてきた。思わず大きく後ずさると、その布ずれの音で確信を得たのであろう声の主が、勢いよくカーテンを開け放った。


 「ソフィア様……!ついに、ついにお目覚めになられたのですね!良かった……本当に、良かった……ッ!」


 優雅なメイド服に身を包んだ、焦げ茶色の瞳を持つ女性だった。ぽろぽろと玉のような涙をこぼし、嗚咽を滲ませながら私を引き寄せて身体の不調を確かめてくれるその人の顔に、私はやっぱりどう見ても覚えがない。


 「あ、あの」

 「そうですわ!申し訳ございません、すぐに旦那様や奥様を呼んで参ります!」

 「ま、待って!」


 私の呼びかけに慌てて姿勢を正し、そのまま立ち去ってしまおうとしたその人の華奢な腕を掴んで必死に呼び止めた私は、どうにか声を絞り出した。


 「あなたは、誰……?ここはどこ?私は、誰なの?」


 震える声で尋ねる私に女性は目を見開き、痛ましげな表情で私を見ると、「まだ記憶が混乱されていらっしゃるのかもしれませんね。一月半もお眠りになられていたのですもの、仕方ありませんわ」と呟いた。傍にあったテーブルの引き出しを開け、中から小さな手鏡を取り出してくれる。


 「私は、お嬢様のお傍で侍女を務めさせていただいております、アンナと申します。そしてこちらはフォーサイス公爵家のお屋敷、つまりお嬢様のご自宅の中でございますよ、―――ソフィア・フレデリカ・フォーサイス様」


 手鏡のなかに映る私に、『瀬川美月』の面影はどこにもなかった。

 真っ白な陶器のように透き通った肌。細く艶やかな銀髪。今にも零れ落ちてしまいそうなほど大きなアイスブルーの瞳を、同じく銀色の長い睫毛がけぶるように縁取っている。形の良い小さな唇と高い鼻筋も相まって、鏡の向こうで目を見開いたまま硬直している凄絶な美少女は、まるで作り物のようにすら見えた。




 ソフィア・フレデリカ・フォーサイス。

 それが私の名前で、ここがどうやら、日本ではないということは。




 「きょ、今日発売の新曲、聞けないってことぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!」

 「……は?」




 およそ小さな女の子のものとは思えない絶叫と、アンナさんの呆気にとられたような声が、広い部屋のなかにむなしく響き渡っていった。

読んでくださりありがとうございました。

作者の願望をこれでもかと詰め込んで楽しく書いていきたいと思います。

実在する団体様( )とは全く関わりがないことを今一度強く記載させていただきます。(小声)

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