表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

自殺喫茶 〜心情焙煎中〜

作者: 泥木毒鼓

「いらっしゃいませ。」乾いたドアベルの音が止むと同時に聞こえる落ち着いたマスターの声。私は流れるように席へ案内される。「ご注文はお決まりでしょうか。」やけに注文を尋ねてくるのが速い。「メニューとかってありますか?」私がそう問うとマスターは何故かホッとした様な顔つきでメニューを渡してくれた。少しの違和感を覚えながらメニューを見る。一枚のB5の藁半紙に等間隔で書かれたメニューには、珈琲とパンケーキしか書かれていない。その下に不自然にも思える□がある。新メニューが出来たとき用の空白かなと私は思い、マスターに珈琲を頼む。「かしこまりました。」そう言うと落ち着いた足どりでカウンターに戻るマスター。私は読みかけの小説を取り出し、珈琲の到着を待った。少しすると、乾いたドアベルの音が。私以外の来客だ。「いらっしゃいませ。」先程聞いた落ち着いた声だ。二人目の来客はやけに顔が青白い女だった。一度見たきり私は女を気にも止めず小説を再び読み進めた。女の声が耳に入る。「すみません。注文…いいですか?」丁寧な話し声は今にも途切れそうなか細い声だ。「お待たせ致しました。」マスターが来る。女はなにやら指差しで注文をする。注文を終えたのか、女はスッと立ち上がり、マスターと二人で奥へ向かう。「ごゆっくり。……」マスターのみが出てきた。トイレか?わからない。そんな事を考えながら半分も内容が入ってこない小説を眺めていると珈琲が来た。香ばしい香りでとてもうまそうだ。少し啜ったあと、女が行った方を眺める。トイレらしき看板は無い。少し気になったので、ゆっくりと珈琲を飲みながら女が出てくるのを待った。それから一時間ほどしたか、私は流石に珈琲を飲みきってしまった。     女はまだ出て来ない。流石に何も無いまま居座る事も出来ず、マスターに珈琲の代金を渡し家に帰る事にした。


夜になった。私は日課の散歩にでかけた。    やはり気になる…少しあの喫茶店前を通ろうと思い前を通る。まだ電気がついていた。いつまでの営業だろうとふと営業時間が書かれた看板を見るととっくに営業時間は過ぎていた。中からは珈琲の匂いとは違うなにか他の匂いを感じた。こう、なにか、これまでには感じたことのない、寂しいようで楽になれそうな香りだ。吸い込まれるようにドアを開けた。マスターが居た。面と向かって少しの間お互いに停止した。初めに話し始めたのは私だった。「良い香りがしたもので…大丈夫なら見学させてもらえませんか?」そう問うとマスターは「良い香りですか…えぇ、見学でしたね。よろしいですよ。どうぞお掛けになって下さい。ただ、お静かにお願い致します。」やはり、良い人だ。座って静かに見せてもらっていると、何かが私の手元に飛んできた。拾い上げるとそれは爪だった。マスターの爪でも欠けたのかと思いマスターに、「爪、大丈夫ですか?」と尋ねると「私は大丈夫です。」そう返ってきた。【私は】ここに引っかかった。【私は】とはどういう事だ?ふとマスターの手元を覗き込む。先刻まではなにか挽いていた様に見えたが、今は封筒に手紙と爪を入れている。私はギョッとした。マスターは殺人鬼か何かかと思った。そんな表情に気付いたのか、マスターは私に「殺し等、しておりませんからね。ご安心下さい。」そう、丁寧かつ優しく伝えてくれた。「ならば、誰の爪で、誰宛の手紙なのですか?」そう尋ねると、「知りたいですか。」そう少し冷たい口調で問われた。私はもちろん「えぇ。知りたいです。」と答えた。するとマスターは私の前に4と書かれた紙を置いた。それから「ここは自殺喫茶。自らの生に苦しみしか感じられなくなった人の終点です。」こう教えてくれた。私が何か言う間もなく、「人に迷惑をかけずに、このままこの世界から離れたい。そう願う方々の手助けをさせて頂くお店です。ですが、それもあと三人で店終いです。」そう言いながら4と書かれた紙を破いた。「だったら、その手紙はなんなんですか?」私が尋ねるとマスターは「お亡くなりのお客様の最期の要望を書取らせて頂き、宛先がある場合はそこへ、無い場合は私が保管しております。」「じゃあ、昼間に訪れてた女は裏で自殺を?」「えぇ。お客様に渡したメニューの下に、□があったでしょう。あれをご注文されると、お部屋へとご案内させて頂いております。あぁ、ついでと言ってはなんですが。こちらへ。」マスターに言われるがままに後ろを付いていくと、中が光るドアがあった。それをマスターに続いてくぐるとそこには大草原とそこ一杯に広がる名入の墓石があった。「これは…?」そう尋ねるとマスターは、「これまでの、お客様達でございます。」そう言いながら、もうほとんど残っていない何も刻まれていない墓石に女の名前を掘り出した。女は木下彗と言うらしい。名前を彫り終わるとマスターは念仏を唱え、その後に「ご来店、ありがとうございました。」そう言うと、今度は私に向かって「戻りましょうか。」と言ってくれた。私はマスターに付いて戻る。私には自殺志願者の気持ちが痛いほどわかる。この場で語る事では無いので省略するが、以前私も自殺志願者だったからわかるのだ。そして、日本という場所がこの喫茶を繁盛させてしまっているのだな、とも感じとった。日本で生きると、いじめ 差別 ストレス 鬱 なんでもかんでもが裏で起きて裏で終わる。そんな国が日本だ。その裏の終わりにはこんなに適した場所は無い。良い商売を考えたものだ等と皮肉を考えていると、マスターが「これはね、私の義務なのですよ。」そう言った。一瞬どころか永遠に訳がわからなかった。私はそのままその日は帰った。次の日から私は毎日自殺喫茶に通った。通っては数字の紙を確認する日々を過ごした。意外なもので、残りの3から数字は動かない。私は少し忙しくなり、一ヶ月程自殺喫茶に行けなかった。一ヶ月空いて、顔を出すと、2になっていた。そう。私が忙しく生きている間に誰かが終点に着いたのだ。「いつ頃に?」そう尋ねるとマスターは「二十日程前にですよ。」そう答えた。突然来るものだなと思いながらもその日は家に帰ってお酒を飲んだ。弱い、弱いお酒を。明日も忙しいのだから、二日酔いにはなれない。そう、私には明日があるから。そんな事を考えながらその日は寝た。次の日の昼間に少し忙しいのが落ち着いたので自殺喫茶へ行った。今度は先客が居た。痩せた、眼鏡をかけた三十前半の男だった。私が席につくくらいと同時にマスターに裏へ案内されていた。これでラスト、一人になったのか…と思いながら案内終わりのマスターを待つ。少しするとマスターだけが出てくる。マスターは私に会釈すると、続けざまに「三日後、夜にいらして下さい。」そう伝えられた。私はコクリと頷き、飲み慣れた珈琲を飲み干し、家に帰り、ぼんやりと三日後を想像して暮らした。意外なもので、三日はすぐだった。三日後の夜に、訪ねると、「お待ちしておりました。」とマスターが言い、私が座ってから少し間を開けてから何も言わずに、冊子のような物と封筒を私に渡した。「これは?」そう尋ねると「残り、一人ですね。」質問に対する答えになり得ない返事が来た。それでも私にはそれが私の質問に対する返事だとわかった。そこからはマスターが「私の女房は二十年前に自殺しましてね。彼女の自殺の理由は言いがかりで擦り付けられた万引きの罪でした。それからご近所から、犯罪者が歩くな等の罵声を浴びせられまして。精神的に追いやられて自殺しました。部屋で首を吊ってね。後に聞いた話ですと、楽には死ねなかったんだとか。私はご近所を恨んで復讐してやる!なんて気持ちにはなれなくてね、その時はただ家でぼーっと1ヶ月程考え込みました。その時にふと思ったんですよ。自殺とは名ばかり、日本で起こる自殺はほとんどが他殺だ。ってね。そう思った後は何故かわかりませんが、自殺を止めて助ける!という気持ちよりも自殺を楽にさせてあげたい。そう思うようになりました。だって、自ら殺される選択を迫るまで追いやられた人を、助ける!なんて言って止めても、その人からすれば拷問だな。そう感じたのです。それから何人もの自殺を、望むお客様の手助けを、してきました。私は立派な犯罪者ですよ。だから、最後は私が私を殺すべきだと思いまして。最後の一人は、私です。」そう話した後、奥に一人で歩いていくとその喫茶店からは、音が消えた。私は少ししてから冊子を見た。中には清掃の仕方や埋葬の仕方が書いてあった。それを見た後に封筒を見た。宛名の所に霊園の住所があった。行ってみるとマスターの封筒の宛名に書かれた女性と同じ名前の墓石があった。そこに封筒を置いて、静かに喫茶店帰った。後は清掃、埋葬をして。私は店を出た。ドアにかかった札を"閉店"に変え、店に向かってこう言った。







「ご来店、ありがとうございました。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ