転生男装令嬢は理想のカップル成立の為に奔走する【前篇】
「乙女ゲームのヒロイン攻略象になりたい、だと?」
何でも(但し現実的にイケそうな範囲で、後からメン倒が起きない限り程度の)願いを叶えてやるという、タダイケ縛りをする謎の白髪碧眼イケメンは、驚愕した表情で私の言葉を確認して来た。
イケメンのびっくり顔って何か悪い事しちゃった気分になるよね。
そっと離れて落ち着くまで観察してみたい。
でもお願いを叶えてくれるって言うんだからちゃんと希望を伝えないと。
「違いますヨー。乙女ゲーム『エンケラドスにお願い!星の囁き』の攻略対象、シヴル・セイフリムにして欲しいんです」
私は死んだらしい。
白髪イケメン曰く、まだ17歳の高校生で、女子校の学校非公認同好会『世界の偉人女体化愛好会』の副会長の私は、発売前評価が斜め上の乙女ゲーム『イケメン帝国<衝撃のオスマン>』生産数が少ないと言うからちゃんと予約しておいたのに間違えて売ってしまったと、土下座の勢いで謝る店員が「二号店にあります!取りに行きます!オマケいっぱい付けます!」と言うので「電話しとけ!私が今直ぐ行ってやる!」と二号店にダッシュした。
そして「路地を抜ければ早いぜ!」とショートカットした所、急に横の店の裏口のドアが開いて顔面ヒット、勢いよく後ろに転けて後頭部のダメなとこを打ってしまったらしい。
気がつけばこの何もない真っ白な空間に立っていて、目の前に白髪イケメンが腕を組んで立っていたのだ。
気になるじゃないか!どんなオマケか気になるじゃないか!せめて見てからなら納得出来た。
あ、でもエンケラドスの続編『イアペトゥスにお願い!星の輝き』の発売決まったのになー。死にたくなかったー。やっぱり死にたくなかったー。
兎に角、死んだからには仕方無い。
「私の予約分を買った奴お腹壊せ!でも同志が増えるのは素晴らしい!売ってしまった店員許すまじ!しかしオマケとはやるな!」などと浮かれたまま、すっごい衝撃を顔面に受けて、『路地の細い空も青いなあ』と思った次の瞬間、この真っ白な空間にいて、目の前の白髪碧眼が『早世した者の悲しみを軽減する為、願いを叶える』って言うから、元に戻してって言ったら『お前死んでるから無理。それ以外』って返されて、だったら一推しゲームの世界に転生お願いしてみるかな、と。
「ゲームの世界のヒロインに生まれ変わりたいのだな?」
「だから違うって言ってますよね!『エンケラドスにお願い!星の囁き』の攻略対象、シヴル・セイフリムです!攻略対象ですからね!間違えたら怨霊になって呪いますヨー」
白髪碧眼イケメンは額に手を当てて小さくため息をついた。
「わかった。強くなりたいものを思い浮かべよ。然すれば、汝の願い叶うであろう」
ゆらりっと歪む視界。
ふふふふふ。私の考えた完全カップリングを、今、我が手で!
このポジションからなら奇跡も起こせる!私はゆっくりと意識を手放した。でゅふふふふふふ。
ーーーーーー
「また女かーっ!」
「いもーとっ!」
「女の子可愛いじゃ無いですか!」
「流石に女の子5人目はなあ。可愛いけれどなあ」
やりやがったな!やってくれたな!生まれ変わって直ぐ違和感に気がつくに決まっているでしょうがっ!
何で攻略対象なのに女の子なのか?いや、私は女子高生でしたよ?でもね、私は男の攻略対象の1人になりたかったんだってば!
「よし!こうなったら暫く男子として育てる!」
「あなたっ⁉︎それは無茶ですわ!」
「大丈夫だ!遣り手宰相と言われた私の知略の限りを尽くして、娘を否息子を育てて見せる!娘達、この子は男の子だ。可愛い弟、シヴルだぞ」
「わーい、おとーと!」
お前ら、無茶しやがって…。一応私の希望は通ったみたいだけど、最初っからカーブのかかったハードモードってどういう事よ?
私が転生した乙女ゲーム、通称エンおねの舞台は、北方の海洋王国ウルヘイムにある王立学園で、貴族の令息令嬢と入学を認められた平民が国の知識基礎や魔法や剣術を身につける場所になっている。
私はセイフリム宰相の息子として高速寝返り、ベビーベットの柵でヒンズースクワット、カントリーハウスでのジョギング、九九の七の段のスムーズ化、絵本速読、牧場で新鮮牛乳や卵の摂取といった幼少生活を過ごした後、7歳で王都のタウンハウスに移った。
目の前にはリーヴァ・アルヴィス伯爵令嬢、栗色の髪に紺碧の瞳のフワモテガール、5歳。私のというか、セイフリム公爵令息の婚約者である。
リーヴァ嬢は見た目はフワモテガールだけれど、実はアウトドアやサバイバルも平気で勉強家でもある出来過ぎガールだったりする。ゲーム内ではヒロインを諫めるフィリギナ公爵令嬢の右後ろでルール違反に対する罰則を伝える係。次代宰相の妻ととして何でも出来る万能サポーターとして頑張っている素敵ガールちゃん。可愛すぎて胸が潰れそう。
そんな万能ガールちゃんが宰相の嫁なんて勿体ない。
それ以前に、王を補佐する宰相の父よ、何故婚約を受け入れた。確かに、ゲームではシヴルとリーヴァは婚約していたよ、でもね、今のシヴルは女だから!どうやったって結婚出来ないから。
いや、ちょっと待って、私が攻略対象に転生させろって無茶を言ったから、ゲームの強制力か転生前の白髪イケメンが忖度して、リーヴァを男にしちゃっている可能性は?
私はにっこり笑って「リボンが曲がっているよ」とさらっと嘘をつき、リーヴァの胸元のリボンを結び直す。やはり5歳ではムキムキなのかまな板さんなのかは判断不可能だ。
「父さん、父さん、何で私に婚約者を決めたんですか?」
「ん?年頃の令息には婚約がつきものだろ?」
「父さん、一応私は女ですが?リーヴァ嬢は女装した令息なんですか?」
「ん?」
暫く時が流れ、ニコニコだった父の顔が『やっちまった!』に変化した。
「シヴル、何とかこうならないか?」
「なりませんよ!」
「いやあ、シヴルがあまりにも男前だったから忘れてたよ。毎日鍛錬場と王立図書館通いしているお前をアルヴィス伯爵に褒められて、つい。ごめんごめーん」
「ごめーんで済まないじゃないですか!どうするおつもりですか?我が家には男子がいないんですよ?」
「そこはほら、結婚まで10年以上あるし、何とかなるんじゃないかなー。最悪、お前が仕事は出来るけど女癖の悪い息子って事で、慰謝料払ってごめーんね、すれば、アルヴィス嬢も傷つかないし」
「私の立場は?」
「結婚出来ないから仕方ないよね?大体シヴル結婚したいの?」
「今の所したくないです」
「じゃあいいじゃん、いいじゃん、様子みるしかないじゃん」
こんなのが宰相で大丈夫なのかウルヘイム王国。そしていい加減な父ですまぬ、リーヴァ嬢。必ずや、理想のカッポーを実現するから許して欲しい。
ーーーーーー
今日はお城の離宮で王太子との顔合わせ。『エンおね!』の攻略対象は第二王子とウルヘイム王国の重職を担う家の息子達なので、ゲームが始まる王立学園入学前に、交流の為に集められたらしい。
王太子は攻略対象では無く、海軍を指揮するレカシュー公爵の令嬢へレーネがいる。隠しルートで王太子妃エンドがあるのでないかとネットで話題になり、我こそはという乙女勇者達が挑んでは散っていった。王太子ユングヴェイ・ウルヘイムは私の二つ年上の9歳、正統派王子様。第二王子フォルセティは同じ7歳で情熱的な王子様。2人とも金髪に翡翠色の瞳をしている。
第二王子の婚約者はフェリキア・アンナル公爵令嬢、しっとりと落ち着いた赤い髪にルビー色の瞳。お淑やかで真面目らしい、設定集によると。
近衛騎士団の団長の父を持つ、グレイブ・ティルギンは公爵家の次男で青い髪にサファイヤ色の瞳、爽やかイケメン。婚約者は活発元気なヨリーズ・ウィンダル辺境伯令嬢、青い髪にサファイヤ色の瞳で、このカップルは髪と瞳の色が同じな上に武官の家系で親同志親友なのでティルギン家のタウンハウスにヨリーズが滞在してここから14歳で入学する王立学園にも通う。見習い騎士達の訓練場で可愛いカップルが並んで剣を振っている姿に、私もみんなもメロメロだ。
国教であるエーギルラーン神の大聖堂の教皇の孫のディリング・ルナゲスは白髪にエメラルドの瞳、クールイケメン。教皇は貴族とは別の立ち位置になる名誉職で公爵並の権限がある。婚約者はロヴィーナ・スヴィウル伯爵令嬢、緑の髪にエメラルドの瞳、学園に入学する頃には新しい服やアクセサリーのデザインを考えて販売する母方の実家の商会専属デザイナーになるらしい、設定集によると。
宮廷魔術師第一師団師団長であり伯爵の孫がフィアラル・レクスト、黒髪にルビー色の瞳、垂れ目で女性に甘いイケメン。婚約者はイルス・ベストラ子爵令嬢、落ち着いた黄色の髪にシトリンの瞳、大量の魔力を保有し自然界の魔力をガンガン吸収出来る魔法タンクらしい、設定集によると。
で、何をやっているかというとトランプである。ゲームをしていた時は「貴族の遊び」なんて考えた事も無かった。ウヒョウヒョ言いながら、スチルを眺めたり、コンビニプリントを部屋中に貼って眺めたり、アクキーを天井から下げて浮かれたりしていただけだったので、美形にも普段の姿があるんだなと改めて思ったのですよ。
一応自分も攻略対象なので、銀髪にアメジストの瞳の眼鏡枠イケメンなんだけど、美形って表情で結構残念な事になるという事を学びました。あ、後まだ眼鏡かけてない。視力って、一度落ちると滅多に回復しないから、エンおねの世界に生まれ変わってからは遠くの緑を眺めるようにしています。
何故トランプなのかと言えば、私がチェスもバックギャモンも苦手だーかーらー。私達まだ子供だからアウトドアの遊びで顔合わせじゃなくて良かったヨー。クリケットとか鷹狩りとかクォータースタッフだったら逃げてたヨー。
今日の為に、出入りの商人に頼んでオリジナルトランプ作っておいて良かった。
「シヴル、貴様ハートの6とスペードの8を止めていないか?」
「フォルセティ殿下、そんな事してませんヨー」
「貴様のヨーは信じられない。見せてみろ」
「誰か助けてっ!殿下に信じて貰えないっ!」
「止めてるよな?」
「止めてる。あれは悪い顔だ」
「やたらと我々の顔を覗き込むしな」
説明してすぐわかる7並べを始めて3試合目、何だか私以外のみんなが仲良くなって悪役みたいにされているの。シヴル悲しい。みんなの顔を覗き込んでいるのは、全員万遍無く箱推ししているから。シヴル以外の攻略対象+王太子スチル尊い。しかも、ゲーム中にみんな表情が一喜一憂するから、見ない訳にいかないでしょ。もうこんな天国にいたらエンドレスで尊死出来るし。こっちだって緩みそうになる口元を引き締めるのに必死ですヨー。やだみんな好き過ぎてヤバい。
そんなこんなで10歳を過ぎてからは、馬上試合やアーチェリーといった体をバンバン使う遊びが増えて、みんなにひ弱と言われる様になったのでした。嫌だって、馬に乗って木の棒で打ち合うとか頭おかしいし、みんなは男、私は女、筋肉のつき方だって違う。ジュストコールの下にはちゃんとウエストだってあるんだから。タオル巻いてるけどね!そして出るべき胸部がなだらか過ぎてベストだけで抑えられているけどね!
そうやって過ごしていたら、11歳になった時、セイフリム家待望の男児が生まれた。もしかして男児のお役御免になっちゃうかと心配したけれど、医学の発達した現代日本と違って乳幼児の死亡率が高めなのと、父の政敵が狙うかも知れないかららしい。私も危なかった筈なんだけれど、シヴル転生を願った私に文句を言う資格は無いな、うん。
元々我が家には来客が多いんだけど、姉達の所には攻略対象の婚約者がよく遊びに来る。時々邪魔にならない様に、サロンのテーブルの端っこに座って令嬢の相談に乗る栄誉を手に入れる事が出来た、ふふふ。計画通り。
そう、私の壮大な計画は、この素敵なエンおねの世界で、私の考えた完璧なカップル達を結びつける事。積極的なお見合いババアとして、イケメンとキラキラレディが幸せに暮らしました、めでたしめでたしをしたいんですよ。わかりますか?わからなくても構いません。
そして婚約者の話が出る度、貴女と本当に相性が良いのは違うよねーっていう誘導会話をしているのですよ、どゅふふふふ。
王太子のとこは何もしなくて良い。あそこは重要人物同士だけれどモブなので手を出してはいけない。
情熱的なフォルセティは将来騒乱が起きた時、将軍として出撃する立場、その時隣に立てるのは、剣術を身につけ優しさを持つヨリーズ。
勇気あるグレイブは騎士団か軍の要職につくから、宰相の妻としてオールマイティを求められて勇気も知識も気高さも備えたリーヴァ。王妃より位は下がるが、自由度も高く寧ろヨリーズとの友情もガッチリいける立ち位置だ。
大司教を継ぐディリングには、王国の危機に行う聖なる祈りに必要な大量魔力を調達出来るイルス。慈愛に満ちた2人は私の真っ黒の心も吹き飛ばしかねない光のカッポーだ。
魔術の深淵研究と後進を育てるフィアラルには真面目で厳正なフィリギア。ちょっとナンパなフィアラルをうまく諫めフォローし、素晴らしい研究と弟子の育成が約束されているに違いない。
残念ながら私が女のせいでロヴィーナの行き先が無くなってしまうのだけれど、彼女の超キャリアウーマン、時代の流れを読む力、国力爆上げ能力フルスロットルなら、それはもう輝かしい未来しかない。実際、姉様のサロンで話をした時「貴族の女性も堂々と仕事が出来る国になったら」なーんておっしゃっていましたからね、全力で応援させていただきますよ。私だって、伊達に宰相の息子やってませんよ、娘だけど。
うひょほほほほほ。ひょーほほほほほ。うひょーほほほほほ!
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14歳になって6年間通う王立学園に入学して私は必死に暗躍していた。武術大会にレディ達を招待し理想カポーになる様に男友達を持ち上げ、文化祭にレディ達を招待し理想カポーで展示や模擬店をまわれる様に画策し、郊外イベントがあれば偶然ドキっ出会っちゃったを演出し、体育祭にはレディ達を招待席によんで男友達を売り込み。
とやっていたら、年度末前に姉x4に囲まれて私の企みを全部吐かされた。怖かった。絨毯だからまだマシだったけれど、床に正座させられて「貴様は一体何がしたいんだ?」と半円形に設置した椅子に座ったお姉様達はデビュタンツして社交界の怖さを知っている鬼だった。
上2人の姉は既に結婚して家を出ているのに、わざわざ下2人の姉に召喚され、不肖の弟という事になっている妹が、次代の宰相として付き合っている王族と高位貴族にやっている事とその理由を吐かされたのだ。最後には、頑張って阻止していた視力の低下も避けられず、遂に掛け始めた私の超高級高性能眼鏡を眼鏡質に取られ、蝋燭で炙られかけた時、私は全てをぶちまけた。だって、眼鏡だよ?無くなったら美しき男友達とレディ達をパッキリした視界で愛でられなくなるじゃないですか!!!
めちゃくちゃ叱られたけれど、私の考えは理解して貰えた。実際に攻略対象やその婚約者の家の家風や個人の性格や実績を考えると、私の理想カポーは間違っていないとお姉さま達に認めて貰えたのだ。やったー!乙女ゲームの神様、私はやったよ!敵にまわすと心体共に破滅を狙って来るけれど、味方にするとカッスカスの雑巾並みにこき使って来るお姉様達を味方につけられたヨー!
そして4年後、遂に大聖堂のエーギルラーン神のお告げで聖女候補と予言されたヒロイン、イナンナ・スヴェルが編入して来た。私の理想のカポーに空きは無い。正にヒロインなピンクの髪にオパールの様な虹色の瞳、可愛い系。何故ヒロインにはカポー枠が考えられなかったのか?考えても見て欲しい、ヒロインはプレイヤーを投影したキャラクターなのだ。設定はあれど、決まった性格は無い。攻略相手からターゲットを選べるのがプレイヤー、だから性格はプレイヤーで変わる。そんなヒロインを誰かとカポーにしようなんてとんでも無い。
但し、スチルで見たヒロインは笑顔の可愛いふわふわツインテールだったので、実際の人となりを知ってから素敵なパートナー探しをするのは吝かではない。理想カポーの枠は空いていないけどね。
14歳入学で既に2年遅れのヒロインには、今更カポーの隙間を狙わせませんぞ、狙わせませんぞ。
私の理想を整理するとこんな感じ
◎イナンナ・スヴェル 16歳 3年生 ヒロイン →様子を見て何とかする。ヤバかったら放置。
◎ロヴィーナ・スヴィウル 16歳 3年生 ディリング婚約者 →女性実業家としてそれに見合ったパートナーを一緒に探す
◎リーヴァ・アルヴィス 16歳 3年生 シヴル婚約者 →グレイブ
▷ディリング・ルナゲス 17歳 4年生 大聖堂大司教孫
◎ヨリーズ・ヴィダル 17歳 4年生 グレイブ婚約者 →フォルセティ
◎イルス・ベストラ 17歳 4年生 フィアラル婚約者 →ディリング
▷シヴル・セイフリム 18歳 5年生 宰相息子(自分)
▷フィアラル・レクスト 18歳 5年生 宮廷魔術師団第一師団長孫
◎フィリギア・ナンナル 18歳 5年生 フォルセティ婚約者 →フィアラル
▷フォルセティ・ウルヘイム 19歳 6年生 第二王子
▷グレイブ・ティルギン 19歳 6年生 近衛騎士団長息子
*ユングウェイ・ウルヘイム 21歳 副理事長 王太子 確定婚約者へレーネ・レカシュー公爵令嬢
*へレーネ・レカシュー 18歳 5年生 海軍公令嬢 確定婚約者王太子
今の王様はまだ40代なので、ユングウェイ殿下は側近候補や優秀な者を自分でピックアップ出来る様に、学園の副理事長をしている。なので次代の朝臣候補として、学園内で殿下を話したり、学園イベントの打ち合わせをする事も多い。
「去年の武術大会でシヴルが出店した、活クラーケン解体串焼きショーは中々面白かったな。今年はどうするつもりだ?」
「敗者エキシビション頭につけた紙風船を破られるか、相手に怪我をさせたら負け【武術大会ビリ2を当てたらキャベツ3玉と豚コマ2キロプレゼント】の企画書をフォルセティ殿下に提出しました。負けた者から希望者を募ってイベント手合わせを行いたいかと」
「兄さん、俺はビリが確定する様なエキシビジョンに出たがる奴はいないと思うんだが?」
「いやいや、学生のイベントだからな。試合で全力を出し切ったから、お祭りに参加するつもりで出る者もいるだろう。観客を楽しませるのも、学生として大切な事だ」
「それなら僕でも出られますね。神は守る戦いのみ認めますが、人を笑顔にさせるのは聖堂のモットーですから」
「なあなあ、何でキャベツと豚コマなんだ?」
「炒めて食べたら美味しいから。どうせ今年も誰かが勝手にキャンプファイヤー開催するよね?」
「炎が燃え上がると楽しいからな、シヴル鉄板も用意しておいてくれ」
中庭のテーブルで軽い昼食を取っていると、食堂の方からピンクのツインテールが高速で近づいて来た。円形テーブルなので、食堂側に背を向けている殿下2人は気付いていない。
これはイベント!中休みに昼食をとる攻略対象の近くに、いじめで食事を台無しにされたヒロインが泣きながら走って来る。声を掛ける攻略対象達、ここでプレイヤーは最初に狙っている攻略対象に話しかける。
何だけど、スピード早過ぎ!これだと殿下達が怪我をするかも。サンドイッチに夢中になっているグレイヴは気がついていないし、文系の2人には止められない。
席を立って、ピンクの進行方向に移動した次の瞬間、
ずごぉっっっ!
「痛ったぁい!」
「ぐふぅっ!」
私の鳩尾にヒロインの両膝が綺麗に決まった。痛い痛い痛い痛い。出るから、お昼ご飯リバースしちゃうから!
涙目でヒロインを見れば、女の子座りでくすんくすんと言いながら目尻を拭っている。マジか?正気か?跳び膝蹴りとか、しかも威力倍増両膝でアタックとか、普通死ぬぞ、食らった方が。イメージとしては、ててて走りからのぴょーんで受け止めて貰えると思ったのか?高速ダッシュからのごすぅだったぞ、貴様!
「シヴル!大丈夫か?」
「凄い音がしたぞ?」
「息は出来るか?意識はあるか?」
「豚コマの呪いじゃね?」
「顔色が大変な事になっていますよ」
何やら勝手な事を言うみんなに、手をちょっと上げてひらひら動かして生きている事を伝える。
ふわり、と体が浮いて、気がつけばユングウェイ殿下にお姫様抱っこされていた。やばい、凄い、美しい、顔が凄い、顎から耳のラインが特にこうもう、あれで、あああああ。何これ大天使降臨?死ぬの?私死んじゃうの?
「大丈夫か?救護室に運ぶから動くな」
「あのぉー、ユングウェイ殿下、私、イナンナ・スヴェルと申しますぅ。くすんくすん。聖女候補してぇ3年に編入して来たんですけどぉ、学園の皆さんがぁ…」
「フォルセティ、スヴェル嬢の話を聞いておいてくれ。私はシヴルを救護室に運ぶ」
「わかりました、兄さん。スヴェル嬢、俺はフォルセティ・ウルヘイムだ。俺が話を聞こう」
「えぇー、副理事長のユングウェイ殿下の方がぁ…」
何やらもさもさと話すヒロインを放って、私を運んでくれるユングウェイ殿下。これは不敬ではありませんか!
「あの、降ります、降りますから、殿下に運んでいただくなどとんでもない話で、ぐふぅ」
「学園の大切な生徒が怪我をしているのに、私が動かないなんてあり得ないだろ。静かに運ばれておけ」
ううううう。すまぬ、すまぬ、へレーネ嬢。
お腹の鈍痛と、へレーネ嬢への罪悪感と、一応男という事になっている自分が王太子にお姫様抱っこをされている状況が、ぐるんぐるんと回っている中、大変な事に気がついた。
ヒロイン、一番最初にユングウェイ殿下に話しかけてたよね?フォルセティ殿下が話しかけたのに、ユングウェイを気にしてたよね?
勇者降臨。
攻略対象を守るのはそれなりに自信があるけれど、ゲーム的には攻略出来ない筈の王太子を狙って来るヒロインってどうしたら良いの?強制力で排除されるの?でも跳び膝入れて来る子だよ?ううううう。お腹痛い。
あ、後本体、本体が吹っ飛んでた。しっかり抱えられながらも、きょろきょろと辺りを見回すと、殿下が「眼鏡なら回収しておいた」と笑顔で答えてくれた。凄い、エスパー?チート能力付きなの?
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我が家のお姉様達は強かった。政治は男の物だけど、女は支えて優しく転がす、内助の功はサロンから等と言いながら、我が家や嫁ぎ先で定期的にサロンを開き、貴族の令嬢を集めて情報交換をするついでに、私の考えた理想のカポーのメンバーをさり気無く楽しく過ごせる様に持っていく。商才爆発ちゅーのロヴィーナには、アイデアを形にしてみない?と話を持ちかけ、出入り商人や専門家を紹介している。やだこの人達怖い。
流石にフォルセティ殿下は難しいだろうと思っていたら、いつの間にか母様を巻き込んで王妃様のサロンでも何やらやっちゃってた。
「お兄様ーっ!お姉様に言われてお荷物持って来ましたーっ!」
にこにこと笑うセイフリム家の天使、銀髪アメジストの瞳のシャルナク11歳。モブなのに可愛すぎてもうどうして良いかわからない!こんなに可愛い天使が、私の弟なんて、なんて、なんて、なんて(エコー)……。
私と同じ髪と瞳の色なのに、100倍、千倍、ううん、無量大数倍可愛すぎてもう、聖なる可愛さに焼け死んだ後に、聖なる光で復活しちゃう位可愛すぎてもう、語彙も死ぬ!
天使の後ろには我が家の従者がちゃんとついているが、天使の輝きの前に霞んで見える。
「あら、セイフリム卿の弟さんかしら?私はへレーネ・レカシューよ。お兄様と同じクラスなの、よろしくね」
「へレーネ嬢、ご挨拶いただきありがとうございます。シャルナク・セイフリム11歳です!いつも兄がお世話になっています」
ばきゅーーーーーーーーん!!!
やりおった!天使が美の女神にやりおった!
うちのシャルがへレーネの手を取って指先にちゅーしやがりましたよ!
何これ、追加スチル大開放ですか⁈いや待って、それどころじゃ無いから!
「シャルダメだよ!ナンナル嬢、弟が大変失礼致しました。まだマナーを覚えている途中ですので、どうか私に免じて許していただければと」
「うふふ、大丈夫よ、セイフリム卿。可愛らしい騎士の愛らしい挨拶を嬉しく思いましたもの」
「何でダメなの?」
「シャルはナンナル嬢に初めて会ったのに自分から手を取ったらダメだ。手を差し伸べられてから手を取る事が許される。すごく大切だから覚えておきなさい。それから、エスコートする時は、手や腕を差し伸べて手を取って貰えなければダメだ。それからファーストネームを気軽に呼んではダメだ」
「そうなんだ」
「順番が逆になってしまったけれど私は大丈夫ですわ。今度エスコートして欲しい位よ、可愛い騎士さん」
「うん!じゃなくて、はい!」
可愛いよ、可愛いすぎるよ、笑顔で首をこてんと倒されたら死ぬよ。可愛すぎて辛い。
そしてそんな我が家の大天使にクラスメートのレディが優しい目を向けているよ。
「え、ええと、何を届けてくれたのかな?」
「音楽会の資料だって。じゃあ僕帰るね。お兄様のお友達の皆さん、レディの方々、お騒がせしました」
ばきゅーーーーーーーーーん!!!
我が家の天使は、今度こそ次々出されたレディ達の手の甲にキスをして帰って行った。
「シヴル」
「何?フィアラル」
「お前の弟、お前より男前だな」
「何を言ってるんだ⁈あれは性別なんか通り越した我が家の天使だぞ!」
「そうか。現実を見た方がいいぞ」
「見てるよ、現実天使だし。ちょっとユングウェイ殿下の所に資料を届けて来るから、次の授業の教授に説明しておいてくれるかな?」
私のお願いに手をあげて了解を表すフィアラル。クールイケメン魔術枠め。
今はそうやって私を揶揄うけれど、私の理想カポー計画が成功した暁には喜びの舞を踊らせてやる。