第38話-深く暗い穴の奥で
リンが穴を掘る間にロープ代わりになる蔦でも見つけようと、所々月明かりが差し込む夜の森をうろつく。
この辺りは蔦が巻き付いた木々が少なく、先程の場所から五分ほど歩く。
少しだけ木がまばらになった場所を見つける。
(あ……ここ……)
そこは、私が脱獄して森に逃げ込んだ後、一番最初に兵士に遭遇した所だった。
地面には少し焦げたような跡が見える。
(あのときはあっちの茂みに隠れてやり過ごしたんだっけ……)
まだ一ヶ月ほどなのに随分と昔のように思える。
私はあたりを見回し、ブナのような木に巻き付いている程よい太さの蔦を見つけた。
無詠唱で【風刃】を使い、次々と蔦を切断していく。
「これぐらいでいいかな……」
私の体力だと長い一本の蔦をまとめたものを持つだけで精一杯だったため、残り二束には【浮遊】を使い持っていくことにした。
「でも一応見つかって助かった…」
これだけあれば恐らく十メートル分ぐらいはあるだろう。
リンがどれぐらい掘るのかは解らないが足らないことはなさそうだ。
(……今日中に終わるのかな……終わらないよねあの速度だと)
まだあれから十五分程度。どんなに頑張ってても膝下ぐらいだろう。
いざとなれば私が【掘岩】で手伝おう。
土系の魔法はどうも相性が良くないようで、【地殻崩潰 】のようなものは使えるのだが、【掘岩】のような細かなコントロールが必要なものが苦手だった。
「あれ? どこだっけ……リンが見えない……」
リンの背中を探し、獣道を戻りながら歩いているのだが一向に見つからない。
来た方向はあっているはずだからこの辺りだと思うのだが、辺りにリンの気配は全く感じられなかった。
(……あ……れ? 迷った?)
私は真っ暗い森を一人、茂みをかき分けながらあっちこっちウロウロする。
「…………えっ?」
何度か茂みを両手でかき分けたところで見つけたのはマンホールのような深い穴。
「まさかこれ……?」
リンが穴を掘っているのを知らなければ、サンドワームのような魔獣の巣だと勘違いしてしまいそうな立派な縦穴。
それが何の脈絡もなく森の中の地面にポッカリ開いていた。
「……リン?」
私は穴に向かって声をかけるが、返事はない。
けれど、穴に耳を近づけてみると微かに砂利のような音が聞こえてくる。
「やっぱりこれだ……さっきまでただの窪みだったのに」
いったいどんな理屈で数分で程度でこんな穴が出来上がってしまうんだろうか。
魔法を連続して使っているならまだ理解できる。
でもリンは魔法が使えないと言っていたし、さっき確かに素手で掘っていた。
子供が砂場遊びをしているような感じだったのに少し目を話したすきに何が起こったんだろうか。
しかも不思議なことに掘った部分の土が見当たらない。
せめて穴の周りに土が積み上がっていれば理解できるが、どこにもない。
「……固い」
穴をよく観察すると淵の部分が他とは明らかに違っておりカチコチに硬くなっている。
「まさか掘って出た土を壁に押し固めている……?」
私はとりあえず元の場所へと戻ってこれたことに安堵し、穴の隣に腰掛る。
穴に向かって少し小さい声でリンに呼びかけてみるが、返事はない。
(リンの耳なら声は拾ってくれそうなんだけれど)
返事もないし入っても良いのかわからないので、私は持ってきた蔦で穴に降りるためのロープを編むことにした。
◇◇◇
「こんなもんかな」
蔦を所々固結びをして足を引っ掛けられる団子をいくつも作る。
穴の底は光が届かないのでどのくらい深いかわからない。
とりあえず五メートルぐらいの長さにしておく。
下まで降りれば【火球】で燃やせば…………。
「あれ? リンが中にいるなら私一人……ってことは【飛翔】で降りればいいんじゃないの」
今更そんな事実に思い至る。
穴から上がるときもリンが掘りながら登っていくだろうし、私は【飛翔】で上がればいい気がする。
(ロープ……要らなかった…………)
結局作ったロープは無駄になったが、燃やすのも煙が出るので束ねて蔦は茂みに隠しておくことにした。
気を取り直して、返事もないので意を決して穴に降りていくことにする。
「よしーー【飛翔】」
恐る恐る地面に開いた縦穴へと入っていくが、下を見ても深すぎて底が見えない。
「【光灯】」
とりあえず【光灯】を足に発動させ、下のほうが仄かに明るくなったのを確認して縦穴を潜っていく。
そのまま十メートルぐらいだろうか。
不意に縦穴が終わり、地面へと足がついた。
その地面はすでに岩のようなものがゴロゴロしており、土の層を突き抜けたことが解った。
改めてリンがどうやって掘ったのか気になって仕方がない。
そして縦穴から今度は直角に、少し屈めば通れるぐらいの横穴が監獄側へと続いていた。
何処まで掘ったのかすでに先が見えないが、時たま何かを叩くような音が聞こえてくる。
「リン〜……」
天井からたまに水滴が滴り落ちてくる横穴を覗き込みながら呼びかけてみるも反応はない。
ここに居ても仕方がないので、恐る恐る横穴へ足を踏み入れた。
◇◇◇
「あっ、カリス〜遅かったね〜」
「り、りん……!?」
たどり着いた横穴の一番奥では泥で真っ黒になったリンが両手をつかって一心不乱に土の壁を削り落としていた。
少し湿っている土のため、リン自慢の真っ白だったうさ耳も泥で真っ黒だ。
「リン……これ全部手で掘ったの?」
「そうだよ〜」
「手、大丈夫? 怪我してない?」
「ん〜? 大丈夫よ?」
両手を広げて見せてくれるが、泥まみれでどうなっているかわからない……。
「でもほんとに両手で掘ってたんだ……」
「ん~? どういうこと~」
「えっと、両手だけでこんな穴が短時間に出来上がるなんて思ってなかったから」
「そっか~そうだよね~。でもナックさんだとこれだけ時間あれば、壁に装飾とか作り出すよ」
「……」
そもそもあの巨体でどうやって穴を掘るのか不思議だったのだが、やはり手足を使ってるらしい。
壁の部分は出た土を足で蹴り固めるため崩落したこともないという。
「うさぎ……おそるべし……」
「そんなことないよ~……私達よりうまいセリアンスロープなんていっぱいいるよ~」
(これ、不思議な国へ繋がったりしていないよね)
真っ白なウサギに連れられて穴を抜けると不思議の国だった。そんなフレーズが頭をよぎる。
「あ、でもそろそろ夜中になっちゃう頃だし、ちょっと眠った方がいいんじゃない?」
「あ〜もうそんな時間か〜」
お父様と別れたのが日が落ちた直後ぐらいだとすればそろそろ夜の十時ごろのはずだ。
「じゃあ私もう少し頑張るから、カリス先に寝るといいよ〜」
距離的にはあと一時間もあれば到達すると言う。
「それぐらいなら待ってるね。何か欲しいものある?」
「手が泥だらけだから、ご飯食べさせてくれると嬉しいかも〜」
「あはは。了解」
私はリュックから保存食を取り出すと、リンに食べさせてあげる。
これは村を出る前にミケさんが作って手渡してくれたものだ。
小麦粉と卵にドライフルーツなどを混ぜて焼いたもので、とても甘くてリンの好物だそうだ。
「ん〜美味しい〜」
リンがスティック状になっている保存食をパクッと半分ほど頬張り、私も残り半分を口に入れる。
(なんとかメイトみたいな味……美味しい……)
口の中の水分が持っていかれるが、この甘さだとカロリーは十分取れるだろうなと思い、もう一本を取り出し二人で分ける。
リンがこのまま掘り進めるということで、私は後ろで突っ立って待つことになった。
(いよいよ監獄……あそこに戻るんだ……)
突然訪れた信じられないようなあの日々。
今でもあそこから逃げ出せたことは運が良かったと思っている。
(でも……今はあえてそこに戻る……私の、私達の平穏のために……)




