第12話-事件の記憶
私は暖かな日差しの中、しばらく首都スルートの方向へ街道を進む。
三十分ぐらい歩き、後ろを振り返ると門が見えなくなっているのを確認すると魔法を詠唱した。
「よし――【浮遊】!」
魔法の効果が私を包み込み、いつもの勢いで身体を跳ねるように動かす。
――その瞬間、想定の倍以上のスピードで私の身体は空中へ放り出された。
「うわわっっ!」
突然ロケットのような速度で空中へ一直線に吹き上がり、危うくバランスを崩しかけたが両手を広げなんとか体勢を持ち直した。
「はぁぁぁー……びっくりしたー……もしかしてこの杖のせいかな?」
私は右手で握っているマイクさんに貰った樫で出来た杖を見る。
魔法使いが杖を持つ理由は一つしかない。
それは体内で発生する魔力を効果的に体中から放出するため、一時的に魔力を貯めたり放出したりする役割を担っている。
クリスが授業で習った記憶だと「雨水を溜め込む樽」というイメージだ。
私が感じたイメージだと「データを一時的に保管しておくメモリ」だった。
――そう言えば体も妙に軽い気がする。
多分、呪印が無くなったが野宿では回復しきっていなかった魔力が、昨日宿屋でたっぷり寝たせいだろうという事にする。
「うわぁぁ――速いぃぃ!?」
少し進もうとするだけで今までの倍以上のスピードが出る。
初めは少し怖かったためかなりゆっくりと飛ぶが、それでも体感では先日までの倍近くスピードが出ていた。
そしてスピードに慣れてきたので、徐々にスピードを上げていった。
「これならすぐにスルツゥェイに着きそう!」
街から見られないよう、大きく迂回して海岸線の方へ向かうと、海上には海鳥が飛んでおり先には水平線が見える。
通常陸路でスルツゥェイに向かう場合、馬車で首都スルートを経由する一ヶ月程度の道のりだ。それを、間にある森をショートカットをして、一直線にスルツゥェイの方角へ飛んでいく。
「あ、向こうに見えるのがヴェリール大陸かな」
私の記憶にはなかったがクリスの記憶によれば、この世界は八つの大陸があり一番近いのが南にあるヴェリール大陸。
今居るのがムスペール大陸で、スルート王国が統治している。
「貿易船に乗れればあの大陸へ着くのかな」
私はそんなことを考えつつ、頬を撫でる暖かな風を受けながら海岸線を一路南へ向け飛んでいった。
◇◇◇◇
「今日はこの辺かな」
半日近く飛んでいたのに、やっぱり全然疲れていなかった。
切り立った海岸線の一部に、岩に囲まれた森側から影になっている場所を発見したので、そこに降りた。
「こっちは崖ですぐ下は海。でもこの大きな岩があるから森側からは見えないし」
ここなら森からの魔獣も気にする必要はないだろうと、岩と崖の間にある小さな芝生の生えたスペースに腰を下ろす。
私は「ふぅ」と一息ついて、杖を持った手首に下げていた蔓を編んだカゴの中から蛇の肉を取り出した。
「この蛇の肉はそろそろ食べちゃわないと……」
すっかり乾燥してしまっている肉を取り出して一齧りし、皮でできた水袋の水を口に含む。
「んぐ………もぐもぐ……ぷはぁっ……」
暖かい季節で良かったと考えながら、そのままフードを深く被りゴロンと横になった。辺りは日が落ちて空には星が輝きだしていた。
(ホド男爵……引越した娘さんって言ってたなぁ〜)
先日からずっと考えていたホド男爵。私の手配に高額な報奨金まで出している。
仮にホド男爵を真犯人だと仮定しても、そのキッカケだという娘さんのことが思い出せないでいた。
クリスの学園時代の記憶をたどっても、嫌がらせやガメイ伯爵家からの圧力をかけられた結果、学園を辞めた人も確かにいた。
(でもなー……男爵家の子なんて居たかなぁ……あっもしかして――!!)
突然ハッと脳裏にひらめいたのは、学園時代のとある日の出来事だ。
――二年に進級したばかりの朝。
その日は朝から母親と言い合いをしてちょっと機嫌が良くないまま、学園まで歩いて通学していた。
そこでちょっとした……クリスにとってはどうでもいい事件が起きたのだった。
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『――男爵家の長女である――に、こんな事をしてただで済むと思っているのっ?』
元々は綺麗な髪だったのだろうが、目の前にぺたんと座り込んでいる少女の金髪はすでに半分焦げてチリチリになっている。
目には大粒の涙を浮かべて、悔しそうに奥歯を噛み締め私を睨んでいた。
昨日の放課後、クリスが狙っていた例の男の子を、この眼の前の少女が強引な感じでお茶会に誘っているのを目撃した。
つい先日この学園に入学したばかりだと調査結果にあった子であった。
去年の騒動を知らないのだろうなと、私はその子に『軽く』忠告をし、これ以上手を出すならと宣戦布告をしたのである。
そして昨日の今日でこのザマだ。
いつも馬車で通学していたが、歩いてきた日に限りこれだ。
「それは失礼しました。今更ですが名乗らせていただきます。私クリス・フォン・ガメイと申します」
「あっ、あんた……ガメイ伯爵家の……そんな、聞いてない……」
「ライバルに勝つために家名なんて必要ないでしょう?」
これでもクリスは勉学と魔法学では学園でトップの成績を修めている。
クリスにはその力があったため、私個人へのちょっかいは全て自分でやり返してきた。
愚かにもガメイ家へちょっかいをかけた者は、伯爵家としてその家に対し全力で仕返しをしてきた。
それなりに影では有名になっているはずなのに、新入生が入ってきてからこんな事がまた起こりだしたのだ。
「……」
「でも貴女は家の権力を利用して私を汚そうとしましたね?」
クリスの足元には数十人の私兵の様な格好をした男が転がっている。
全員意識は無く、身体のあちこちから焼け焦げたように煙を上げていた。
――学園への通学路。
周りにも登校している生徒や教師、街の人達の眼があるにも関わらず、いきなりこの男数十人に拉致されかけたので魔法で反撃した。
ただそれだけの事である。
その結果、目の前の『何とか男爵家』の長女様と名乗る少女が、この男たちの雇い主だと宣言しながら現れた。
ぎーぎーと喚いたあと魔法を詠唱する気配があったので、軽く【雷槍】で静かにしてもらったのだった。
「相手の素性も調べずに、こんなのをけしかけるなんて、貴女も貴女の家も程度が知れますわね」
「……っ! このっーー!!」
「【昏倒雷】」
「――ぎゃっ」
目の前の少女は私の【昏倒雷】を受け、道のど真ん中で失禁してしまった。
髪も焦げてチリチリになっているし、制服もあちこち焦げて下着が見えており、女としてかなり恥ずかしい事になっている。
そろそろ衛兵も来る頃だろうと思ったクリスは巻き込まれないように、死屍累々となっている男と少女を放置して学園に向かったのである。
「では、授業がありますのでこれで」
誰も私に声をかける者はおらず、ピクピクと痙攣しているその女の子をちらりと振り返ってから、いつもと同じように学園へ向かった。
その子の事はそれ以来見ていない。
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「あれかー……もしかしなくてもあれかー……」
私は「やっと繋がった!」とばかりに思い返した記憶に、頭を抱えゴロゴロと転がる。
「はぁ……寝よ」
今更思い出したところでどうしようもないが、原因となった事件を思い出して一頻り悩んだ後、そのまま目を閉じた。