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前編

 キンキンキンキンキンキンキンキン!!!


 ……刃物の擦れ合う音が、白い砂浜に木霊する。


 僕は鼻歌を歌いながら、剣を握った右手を軽〜くひょいひょいと動かした。すると、あっという間に僕の相手は波打ち際まで追い詰められ、さらに一閃、相手の刀はくるくると宙を舞ってその手を離れた。


「く……っ!?」


 相手の侍は悔しそうに歯を食いしばり、顔を真っ赤にして膝を落とした。


「む、無念……!」

「どうやら相手が悪かったようだな……グフフ」

「きゃ〜!! お侍さ〜ん!!」


 僕が勝ち誇って鼻くそを穿っていると、片隅から『決闘』を見守っていた村娘がトコトコと駆け寄ってきて、僕に抱きついてきた。


「助けていただいて、ありがとうございます!! お侍様、お強いんですね!!」 

「いやあ、この程度……ゲヘヘ」

「何かお礼がしたいわ。お侍様、お名前は何とおっしゃるの?」

「僕……いや、拙者の名は、伊藤凡人(ただひと)……」

「お兄ちゃん!!!!」


 ……そこで僕は、空気の読めない妹に夢想をぶち壊しにされ、意識を一気に現実へと引き戻された。

 

「何だよ?」

「ちゃんと電気、消して寝てよ! 私の部屋まで眩しいんだから!」

「わーったよ。ちぇッ、今ちょうど……」


 ……いいとこだったのに。

 と言いかけて、僕はグッと言葉を胸の中に飲み込んだ。


 夜寝る前に、僕が一体どんな妄想をして楽しんでいるかを妹に知られたら、きっと三年くらいバカにされ続けてしまう。基本夢の中では、僕は世界最強の侍であり、天才宇宙飛行士であり、誰にも負けないスーパーヒーローなのだ。


 夢の中では。


「明日学校行く時、鍵かけるの忘れないでね。いつもお母さんが……」

「わーったってば!」

 

 僕は『すだれ』の向こうにいる妹に声を荒げ、乱暴に電気を消した。生まれ変わったら、完全に壁で仕切られた、個室の子供部屋が欲しい。


 ……なんて新たな夢を抱きつつ、僕は先ほどの『決闘』の続きを妄想し始めるのだった。



「よぉ、凡人(ボント)


 次の日。

 ドカドカドカドカドカドカドカドカ!!!


 と、僕の目の前に降ろされるランドセルの山の向こうで、『親友』の小山田たちがニヤニヤと笑っていた。


「ボント。”じゃんけん”で負けたから、全部お前が運ぶことな」

「急げよ。朝の会に間に合わなかったら、ぶん殴るからな」


 それから親友たちは、ヘラヘラしながら学校への坂道を登って行った。


 ホントは”じゃんけん”なんか、していない。


 僕が手を泳がせているところに、急に小山田たちがやってきて僕の手を上からギュッと握りしめ、勝った勝ったと騒いでいるのだ。下らない。彼らはいつも僕のことをバカにしてボントと呼ぶ。『ボン人以下の人』だから、ボント。僕が昨日の、妄想の中のお侍様だったら、こいつら全員叩っ斬ってるところだ。


 ところが、僕の右手には、刀なんか握られてない。

 現実の僕は何者でもなく、目を覚ませばただの小学生のままだった。


「あ〜あ……」

 僕は深々とため息をもらした。


 早く、夜にならないだろうか。

 眠る前の妄想だけして、一生を過ごしていたい。


 ……なんて新たな夢を抱きつつ、僕は五人分のランドセルをズルズルと引きずって、ゆっくりと坂道を登り始めた。



「あ〜あぁ、あぁ〜……」


 それから四時間目、算数の時間が始まる頃には、僕は机に座って大あくびをしていた。

 ここのところ『世界最強』の妄想が忙しくて、あまり眠れていない。


 授業中眠ると怒られそうで嫌だったが、さすがに睡魔には勝てなかった。気がつくと僕はウトウトと、教科書の上におでこをくっつけようとしていた。夢の中へと誘われる間に、僕の頭の中に、『侍』だったり、『村娘』だったりのイメージが泡のように浮かんでは消えた。


「頼もうー!!」


 その時だった。

 急に扉がガラッと開き、頭にちょんまげを乗っけた、髭面の侍が教室に入ってきた。


 『分数』をやっていた先生や生徒たちは、突然の出来事に何も言えず、ぽかんと口を開けて来訪者を見つめていた。

 学校の関係者ではない。

 まるでテレビの時代劇のような格好をした、何とも奇妙な男だ。僕は顔を上げ、まだぼんやりとした頭でその男を見た。やがて先生が、我に返ったように彼に話しかけた。


「あなたは……?」

「ここに伊藤凡人という男はいるだろうか!?」


 着物の男が、場違いなほど大きな声を張り上げた。あまりに突然の出来事だったので、先生も不審者用の『警報ベル』を鳴らすのを忘れていた。男はだれかを探すように教室の中を見渡した。


「伊藤くん?」

「おお! そこにおったか!!」


 男は嬉しそうに声を張り上げると、ガシャガシャと大股で僕の方へと歩いてきた。

 僕は、まだ寝ぼけた頭でその男をじっと見た。しばらく僕らは黙って見つめ合った。何だか、見覚えのある顔だ……。


「……なぁ〜んだ!」

 それから僕は、思わず笑い出した。


 どこかで見たことがあると思ったら、夢の中だ。

 昨日の晩、夢の中で僕が倒した侍じゃないか。


 つまり僕は、授業中に思わず眠ってしまい、夢の中にいるのだ。


「伊藤凡人!」

 侍の男が、腰にぶら下げた刀を握りながら僕に向かって叫んだ。

「何?」

「拙者と、『決闘』をしろ!」

 途端に教室がざわついた。


 みんなまだ、これが夢だと気づいていないからだ。

 気づいているのは、僕だけだ。僕は首をすくめ、込み上げてくる笑いをこらえた。


「いいよ」

「決まりだ!」

 侍が嬉しそうに声を張り上げた。教室はハチの巣を突いたような騒ぎになった。


「しかしお主、今日は刀を持っておらぬようだが……」

「いいよ。僕は、ホウキでやるから」

「ホウキ?」

 驚いて目を丸くする侍に、僕はヘラヘラと笑いながら頷いた。


「あぁ。僕は何てったって、世界最強だからね。ホウキだろうが何だろうが、余裕で勝てるのさ」

「……その言葉、必ずや後悔させてやろう」

 

 それから教室の机が傍に片付けられ、中央にぽっかりと空間ができた。

 僕と侍は、その空間の中で、力士のように向かい合った。


「オイ!」


 僕が右手で土間箒をくるくると回していると、我に返った小山田が急に脇を小突いてきた。小山田が僕の耳元でささやいた。


「お前、大丈夫なのかよ!? 決闘って……」

「大丈夫、大丈夫。心配すんな。グフフ」


 不安で汗びっしょりの小山田に、僕は鼻歌を歌いながら、穏やかな表情で笑った。


「だってよぉ……あいつ、どう見ても本物の刀持ってんじゃん。お前、斬られたら大変なことになるぞ!?」

「斬られない。今まで何十回と戦ってきたけど、一回も斬られたことないもん。ゲヘヘ」

「気持ち悪い笑い方すんなよ」

「まぁ。伊藤くん、剣道をやっていたの?」


 すると、僕らの会話を聞いていたクラス委員長の村田さんが、目を丸くして口を挟んできた。


「あぁ、そうだよ、村娘ちゃん」

「村娘? 私の名前は村田よ」

「そうだっけ? いやあ、道理で見たことのある顔だと思ったよ。やっと分かった。僕の夢に出てきたのは……」

「何の話?」

「お前……見直したぜ!」


 小山田が驚いたような、呆れたような顔をして、僕の肩をバン! と叩いた。


「痛い!」

「あんなおっかねえ奴にホウキで向かっていってたなんて……鈍臭い奴だと思ってたが、剣道やってたとはな!」

「痛いってば。もう、叩かないでよ」

「んじゃま、お手並み拝見といこうか。頑張れよ」

「アハハ……ん? 痛い??」


 肩に広がる、ジンジンとした鈍い痛みを摩りながら、僕はふとあることに気がついて首をひねった。


「……話は終わったか?」


 向かいで、真剣を手に息を整えていた侍が僕に声をかけた。僕は侍に歩み寄った。


「あのう……」

「何だ?」

「ちょっと、一戦やる前に、僕の頬をぶん殴ってくれませんか?」

「何だと? こうか?」


 僕は右の頬を指差した。侍は、今まで負けてきた腹いせだとばかりに、僕の頬を拳骨でぶん殴った。


「痛え!!」

 その途端、僕の体は教室の隅にまで吹っ飛ばされ、激しい痛みがグワングワンと襲ってきた。机と椅子に頭から突っ込んだ僕は、ぶつけた二の腕や太ももなんかにも激痛が走り、一瞬呼吸すらできなくなった。


「いた……痛い!! ま、まさか……」


 僕は涙を零しつつ、殴られてない方の頬を抓った。


「……!!」

 やっぱり、めちゃくちゃ痛い。


 どうやら、間違いない。


 僕は今、夢を見ているわけではない。

 一体どういうわけか、この侍が僕の妄想の中から、勝手に抜け出してきたのだ!

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