保険調査員ですが、異世界転生者に保険金って支払わなきゃいけませんか?(三十と一夜の短篇第41回)
ブチョーがいうには、顧客Aは死んでないそうだ。
葬式も出して、火葬にして、グレートバリアリーフに散骨したが、Aはまだ生きているそうだ。
「Aは異世界転生している」
「はあ」
「Aは別の世界で生きているのだ。だから、会社は保険金を支払わなくていい」
最近、猛暑が続いたからな。脳にウジが湧いたか。
ブチョーのいう異世界転生というのは最近、若者たちのあいだで人気らしい小説のジャンルで、ようするにくたばってくそったれた現実世界をオサラバして、ゲームみたいな世界で楽しく暮らすというもので、Aもこの異世界転生をしているらしい。
……やっぱ、脳にウジが湧いてるな。
いや、だって、これが仮に事実だとしてだよ、他の世界で生まれ変わってよろしくやってるっていうのが保険金支払いの対象にならないなら、全ての宗教信仰者に保険金支払わなくてもいいってことになっちゃうじゃない。
いやー、それやったら、さすがに倒産するでしょ。訴えられるでしょ。
しかし、ブチョーという生き物を相手にしたことのある方なら分かるだろうが、彼ら彼女らの誤解を説くのは容易なことではない。死ぬほど苦労しないといけない。
「だから、死んでくれ」
ブチョーがぽちっとボタンを押すと、おれの体は暗い暗い闇のなかに落ちていった。
さて、それからいろいろあった。
ブチョーの落とし穴で死んでしまってから、女神という存在に特別扱いされ、Aがいると思われる世界に転生し、魔物や魔法はあるのに保険業のない世界でごく簡単な保険制度を導入して、大成功して、簡単な連立方程式説いただけで女の子にちやほやされて、みんなからすごいすごいすごすぎると持ち上げられ、ついでに魔王も倒して世界を救ってはみたけれど、顧客Aさんが見つからない。
ちっきしょー。本当にこの世界にいるのだろうか?
ブチョーにはめられて死んだのだって、顧客Aがこの世界で生きていて、保険金を払い戻ししなくてもいいという証拠をつかむためだ。
だが、この世界にいないということはやっぱりAは死んでその魂はグレートバリアリーフでカクレクマノミに食われてるんじゃないのか?
と、あきらめかけたそのときだった。
いたのだ。Aが。
移動タピオカ屋さんをやっていた。
きれえな嫁さんと一緒に。
おれはタピオカガエルの卵を飲もうとしている有象無象を蹴散らしながら、保険金詐欺師の元へかけよった。
「やっと見つけましたよ、Aさん!」
「え? な、なに? なんで、あんたおれのこと知ってるの?」
「あ、申し遅れましてすいません。わたくし、こういうものです」
と、名刺を渡す。
「保険調査員、ですか」
「はい」
「でも、どうして保険調査員のあなたがこの世界に?」
「それはあなたの生存を確認するためです」
「おれの生存? この通り、元気にやってますよ」
きいた話ではAはこの世界に転生した後、世界を滅ぼしたり、創造したりできる力をもらったが、別に魔王を倒そうとかそういうのはまったくなくて、以前からやりたいと思っていた移動タピオカ屋さんをやっているとのこと。
「では、あなたは元気に暮らしている。その場合、こちらとしても、保険金を払い戻すことが、ちょっと、その、いろいろありまして」
「保険金? そのためにわざわざここまで? それはまた……でも?」
「でも?」
「ぼくの家族、死亡時保険金の受け取り請求手続きしてましたか?」
「あ。 あ? あーっ!」
ブチョーっ! てンめええええ!