5 : 行方不明の隣人
7月18日(金)放課後 学校にて
「はぁ!? 部活を休む?」
「・・・」
終業式を終え、活気であふれている放課後の教室に、俺は半野を呼び出していた。
用件は、見ての通りである。
今朝、ゴミ捨て場の少女に興梠の居場所を伝えた(伝えたというより察してくれ、みたいな感じだ)僕だったが、あんな子供(いや、俺も子供だけど)では興梠なんかと話が通じるわけがない。
一応俺も神社に行き、経験者として話を引っ張ろうと思ったのだ。
「敬語を使え、半野。そして、学校でそんな大きな声を出すな」
「私の破壊衝動を目覚めさせたのは先輩でしょうに」
「は、破壊衝動!?」
ウソだろ。こいつ、俺が部活を休んだだけで、破壊衝動が目覚めるの?
「さて、ここら辺の机でも破壊しときましょうか」
「いやいやいやいや。お前な、この教室は別にお前のじゃないんだよ」
「ふんっ。でも後1年経てば、ここも私の居室になりまくるから」
「居室にはならねえよ。教室な」
『う』が抜けていやがる。
そもそも半野が2年生になった時、この教室を使っているかが怪しい。
「あっ! ほらほら。この机って、先輩のものですよね?」
「・・・」
まずいな。運の悪いことに、俺の机が見つかってしまった。何とか全壊だけは防がねば。
「違う。この机は俺のじゃない」
「でも机の中に、『石黒』って書いた教科書が入っていらしゅよ?」
「その教科書は今日、この机のヤツに取られたんだよ」
「全教科の教科書、この机の中に揃っちゃってますけど」
「・・・俺は今日、この机のヤツに全ての教科書を取られたんだよ」
全ての教科書を取られる俺って一体・・・。
「いや、じゃあ今日はどうやって授業を受けたんで・・・ん?」
俺の必死な抵抗もむなしく、机の破壊に取り掛かっていた半野だったが、急にその手が止まった。
別に俺の机に何かあったわけではない。半野の目はもう、俺の机なんて見ていなかったのだ。
「どうした? 半野」
「いや・・・先輩の隣の席って、綾星先輩なんですねーって」
「・・・」
綾星。久しぶりに聞いた名前だった。
「ん、綾星? 綾星がどうかしたのか? 悪いけど、こいつに用事があるんだったら諦めろ。こいつ、今週に入ってから全然学校に来てないから」
「そこでしょうよ。じゃなくて、そこでそよ。でもなくて・・・」
相変わらず敬語下手だな・・・。
「そこですよ」
「?」
そこ? いや、どこだよ。
「今週に入ってから、全然学校に来てないっていうところですよ。先輩知らないんですか?」
「てっきり何か病気にかかったもんだと思ってたんだけど・・・何かあったのか?」
「綾星先輩、行方が分からないらしいんですよ」
行方不明
「えっ? 本当なのかそれ。先生はそんなこと言ってなかったけど」
いや、病気とも言ってなかったが・・・。
「家出でちょうか。それとも誘拐でちょうか?」
「でも噂なんだろ。確かな情報じゃないんだろ」
「ええ・・・まぁ、自分で見たわけじゃ・・・ないです」
なら、その情報の正当性は低い・・・か。
そもそも俺は、人の心配ができるような偉い人間じゃないな。人の心配をしている暇があったら、自分の心配をしろって話だ。相手にもしてられない。
「どうせ夏休みが終わったら、何事もなかったかのように登校してくるだろうよ。行方不明の件については、その時に聞いといてやるから」
「そうでるね。分かりました」
・・・綾星と話したことなんて、一度もないんだが。
っていうかいるのか? 綾星と話したことがあるようなヤツ。
そんなことを考えていた僕を、にっこり笑った半野が見ていた。
「ん? どうした? さっきからニヤニヤして」
「えっ? ああ、それはですね~。先輩の席がここって分かったことが嬉しくて」
「・・・?」
回想:始
半野「いや・・・先輩の隣の席って、綾星先輩なんですねーって」
「いや・・・先輩の隣の席って、」
「先輩の隣の席って、」
石黒「ん、綾星? 綾星がどうかしたのか?」
回想:終
「ああああああああっっっっっ!!!!!」
なんてこった!
ここが俺の席だっていうことを否定していないっ!!
「さよならさよならさよなら机、晩ごはんが待ってるぞ」
「まだ夕日は背中を押してねぇよ!!」
万事休すか。俺の机は壊される寸前にあった。
あしたの朝(机を壊されたことによる現実逃避で)ねすごすな。