4 : 興梠
7月18日夕方 神社にて
「よう。興梠」
「やあ、石黒。遅かったじゃないか」
今朝、例の少女と出会った後、僕は興梠のいる神社を訪れていた。
訪れたといっても、毎日のことなのだが。
◆
興梠
1年前に俺は、この女と出会った。
そしてその日からずっと、彼女の雑談を聞くために毎日神社へ通っている。
毎日毎日・・・、で1年。
これだけ聞くと、まるで興梠がものすごい人間のように聞こえてしまうが、実際は別になんでもない。
天才でも、超人でもなく、もちろん神でも。
なぜかいつも神社にいて、辞書を読みふけっている辞書マニアである。
ほらな。ただの変人だろ?
自分でも、どうしてこんなやつの元に通っているのかは、未だによく分からない。
でもだからこそ、興梠が人と関わることはないと、俺はよく知っている。
だってあの興梠である。
辞書マニアで辞書オタクの興梠である。
あんなのと会うくらいだったら、コオロギの鳴き声を聞いている方がマシだ、と1年間の付き合いである俺が言うほど、彼女は人としての魅力がなかった。欠けていた。
人間と同じ空間にいるだけで違和感 ————。
それを考えると、俺はよくもまぁ1年間も神社に通い続けたものである。(興梠と話している光景は、他の人たちから見ると、さぞかし不思議だっただろう)
誇り————長い時間をかけて築いた、人生最大の誇りだ。
そして、その大切な誇りは、今日で終わりを迎えた。
◆
7月18日(金)朝 通学路にて
興梠を探している人間の存在を知った時、僕は驚きを隠せなかった。
というか普通に驚いた。驚きまくって硬直した。
いるんじゃねぇか、知り合い。
知り合いとまでは言わなくても、興梠を知っている人。
やめてくれよ。誇りとか言ってたのが馬鹿みたいじゃん。
でもまぁ確かに、生涯孤独というのも変な話である。
いくら友達がいなさそうなアイツでも、家族ぐらいはいるだろうし。
・・・いや、いるのか? いないと言われた方が、案外すんなりときてしまうのだが・・・
「オイ、どうした? 何か知ってるのか?」
しばらく硬直を続けていた俺にしびれを切らしたようで、少女が話しかけてきた。
どうやらさっきの質問から、すでに1分程経っていたらしい。
よく1分も待ってくれたものだ。
それから、1分間何をしていたんだ俺は。
おかしいな。感覚だとまだ10秒しか経ってないんだけど。
たぶん、どうしても興梠を知っている人の存在が信じられなかったんだろう。
興梠に劣らないヤバさだ。
そして、今この状況も、かなりヤバい状況だった。
話しかける、ということはつまり、もうこれ以上待てないという合図でもある。
もしここで何も言わなかったら、あの少女はすぐにでもここを立ち去ってしまうだろう。
本当にそれでいいのか?
確かに興梠の居場所を教えるのは気が滅入るけれど、教えないというのもいい気分ではなかった。
もったいない、興梠のことじゃなかったら教えられるんだが・・・。
●
結局、興梠の居場所は教えることにした。しかし、あくまでも遠まわしに。
もう興梠を知っている少女はともかく、何も知らない半野に興梠の存在が伝わることは防ぎたかったからである。
少女の質問から1分。ようやく俺は、口を開いた。
「興梠っていうヤツは知らない。でも、どうしても見つからないんだったら・・・」
「・・・?」
「神社でお祈りでもしてみたらどうだ? 興梠が見つかりますように、ってな」