28 : 観音千尋
3日遅れました。すいません。
「お客様。本日は橋世界こと、景観の楽園にお越しいただき、誠にありがとうございます。私はこの楽園の案内人。あなたと私の橋渡しっ! 観音千尋、でっすー」
「・・・・・・・・・は?」
マニュアルに沿って、悠々と自己紹介をこなすロリメイドを前に、俺はそんな、気の抜けた反応しかできなかった。
何だ、コイツ。ボケの塊か?
情報量が多すぎて、ツッコミが追いつかない。
「ダメだな~、石黒」
興梠にダメだしされた。
「こんな分かりやすい天然ボケがいるくせに、ツッコミ1つできないとは・・・ありえないね」
「ならお前は、一体どんな風にツッコむんだ?」
「私だったら、こう言うさ。えっと、千尋ちゃんだっけ? 君、言葉の使い方を間違えているよ。橋渡しには、人と人とを結ぶという意味があるんだ。それに自分は含まれていない。だから君の自己紹介は、こう変更するべきだろう。『私はこの楽園の案内人。あなたとあなたの橋渡しっ! 観音千尋でっすー』だ」
「あ、ありがとうございます」
「オイ興梠、どさくさに紛れて俺と結ばれようとしてんじゃねぇ」
「ばれたかー」
「案内人さんは、別に直す必要ないから」
「は、はい?」
観音千尋は混乱していた。
自己紹介をぶつぶつと繰り返し、再確認をしている。
個人的には、『でっすー』を直すべきではないだろうか。
誰に教えられたんだ? こんなマニュアル。
「で? お前が橋世界の案内人でいいのか?」
「はい。統治者様から話は聞いております。興梠さんと・・・目覚まし時計さんですよね?」
「アイツまだそんなこと言ってんのかよ!」
あと、何気にトーチという名前が浸透していなかった。
がんばれ、トーチ。
「ふーん。お前が案内人ねぇ・・・」
思っていた人物像とは、少し異なる案内人だった。
メイドというのは予想内だが、子供であるとは聞いていない。
興梠もその点については、少し驚いている様子だった。
何歳くらいだろう。10歳くらいが妥当といったところか。髪型は 身長も低く、成長期にまだ入っていないと見える。(俺は男子なので、女子の成長具合についてはくわしく知らないが、姉ちゃんのことを思い出す限り、小学校高学年くらいで合っていると思う)
しかし、年下に楽園を案内されるとなると、少しばかり心配だった。
綾星は見つかるんだろうな。ホント、1泊だけは避けたいのだが。
「ではではお客様。これより、『ようこそ橋世界! 歓迎パーティー』を行いまっすー。東京湾をご覧ください」
「・・・」
日帰りは厳しそうだった。
言われるがままに、俺と興梠は海を見つめる。
「なあ石黒。歓迎パーティーといったって、一体何をしてくれるんだろうね」
「さあ、知らねぇよ」
興梠は辞書をしまっていた。
どうやら本気で楽しむらしい。ここまで来る道中もそうだったけど、彼女が辞書以外の物を見るとは珍しい。旅行とか案外好きなんだろうか。
「何が起きるのか、心の底から楽しみにしているよ」
「今から花火が上がります」
「楽しみにしてた人の前で言ってんじゃねぇ!」
っていうか昼に花火って微妙じゃないか?
お金もすごくかかるはずだし、なんか俺たちのために無理しているっぽいぞ。
「光と音のコントラバスをお楽しみください!」
「音しか聞こえないじゃねぇか。コントラバスじゃなくて、コントラストな」
「花火の音は、聞こえない・・・」
「音すら聞こえなくなっちゃったよ!」
歓迎する気あるのか、お前!
花火上げる気ないんじゃねぇか!
しかし興梠の方を見ると、まんざらでもなさそうな顔をしていた。
なんでコイツ、こんなに余裕あるんだ? 花火が上がらないんだぞ? 何も見えないんだぞ?
「心の目で見な。そうすれば何だって見えるさ」
「俺にはそんな第三の目はないんで、実物を見させてもらおうか」
「辞書ならあるぞ。読んでみろ」
「・・・」
辞書を渡された。
花火のページを開く。
花火:火薬に火を点け燃焼させ、生じる光や火花の色、音などを楽しむもの。
「・・・ふぅー」
落ち着いた。
「落ち着いてくださり何よりです」
「他人事みたいに言ってんじゃねぇ」
「では! 歓迎パーティーはこれでクライマックスです。美しい景観に思いをはせながら、私の後について来てくださいね! まだまだ橋は目白押し、でっすー!」
「えっ、また歩くの? どこまで?」
観音は振り返って言う。
「それはもちろん、景観の楽園の主、仮屋さんがいるところですよ。そこへ行かないと何も始まりません」
「だからそこはどこかって・・・」
ん? こんな話を興梠ともしたような・・・。
と思った瞬間、後ろにいる興梠が俺の耳元で囁いた。
「ロンドン橋だよ」
「・・・・・・・・・は!?」
本日2度目の「は?」。
しかしこれは、1度目に比べてビックリのニュアンスが強かった。
俺の顔は絶望の色に変わる。
「ロンドン橋って・・・え!? イギリス!?」
「へぇ。お前ってイギリスの首都くらいは知ってるんだな」
「あっ! お客様見てください。花火が上がり始めましたよ!」
ヒュ~・・・ドーンッ。
どうやら花火が上がるというのは本当だったらしい。
いつの間にか、海の上だけ空は黒く染まり、その代わり花火が空を明るく照らしていた。
現在午前11時半。綾星みつぐの行方は知れず。
次回は9月17日の予定です。
どうなるかは分かりません・・・。




