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景観の楽園  作者: 野毛井 九九菜
第2章 橋世界
28/29

28 : 観音千尋

 3日遅れました。すいません。

「お客様。本日は橋世界こと、景観の楽園にお越しいただき、誠にありがとうございます。私はこの楽園の案内人。あなたと私の橋渡しっ! 観音(かのん)千尋、でっすー」


「・・・・・・・・・は?」


 マニュアルに沿って、悠々と自己紹介をこなすロリメイドを前に、俺はそんな、気の抜けた反応しかできなかった。


 何だ、コイツ。ボケの塊か?

 情報量が多すぎて、ツッコミが追いつかない。


「ダメだな~、石黒」


 興梠(こおろぎ)にダメだしされた。


「こんな分かりやすい天然ボケがいるくせに、ツッコミ1つできないとは・・・ありえないね」


「ならお前は、一体どんな風にツッコむんだ?」


「私だったら、こう言うさ。えっと、千尋ちゃんだっけ? 君、言葉の使い方を間違えているよ。橋渡しには、人と人とを結ぶという意味があるんだ。それに自分は含まれていない。だから君の自己紹介は、こう変更するべきだろう。『私はこの楽園の案内人。あなたとあなたの橋渡しっ! 観音千尋でっすー』だ」


「あ、ありがとうございます」


「オイ興梠、どさくさに紛れて俺と結ばれようとしてんじゃねぇ」


「ばれたかー」


「案内人さんは、別に直す必要ないから」


「は、はい?」


 観音千尋は混乱していた。

 自己紹介をぶつぶつと繰り返し、再確認をしている。

 個人的には、『でっすー』を直すべきではないだろうか。

 誰に教えられたんだ? こんなマニュアル。


「で? お前が橋世界の案内人でいいのか?」


「はい。統治者様から話は聞いております。興梠さんと・・・目覚まし時計さんですよね?」


「アイツまだそんなこと言ってんのかよ!」


 あと、何気にトーチという名前が浸透していなかった。

 がんばれ、トーチ。


「ふーん。お前が案内人ねぇ・・・」


 思っていた人物像とは、少し異なる案内人だった。

 メイドというのは予想内だが、子供であるとは聞いていない。

 興梠もその点については、少し驚いている様子だった。


 何歳くらいだろう。10歳くらいが妥当といったところか。髪型は 身長も低く、成長期にまだ入っていないと見える。(俺は男子なので、女子の成長具合についてはくわしく知らないが、姉ちゃんのことを思い出す限り、小学校高学年くらいで合っていると思う)

 しかし、年下に楽園を案内されるとなると、少しばかり心配だった。

 綾星は見つかるんだろうな。ホント、1泊だけは避けたいのだが。


「ではではお客様。これより、『ようこそ橋世界! 歓迎パーティー』を行いまっすー。東京湾をご覧ください」


「・・・」


 日帰りは厳しそうだった。


 言われるがままに、俺と興梠は海を見つめる。


「なあ石黒。歓迎パーティーといったって、一体何をしてくれるんだろうね」


「さあ、知らねぇよ」


 興梠は辞書をしまっていた。

 どうやら本気で楽しむらしい。ここまで来る道中もそうだったけど、彼女が辞書以外の物を見るとは珍しい。旅行とか案外好きなんだろうか。


「何が起きるのか、心の底から楽しみにしているよ」


「今から花火が上がります」


「楽しみにしてた人の前で言ってんじゃねぇ!」


 っていうか昼に花火って微妙じゃないか?

 お金もすごくかかるはずだし、なんか俺たちのために無理しているっぽいぞ。


「光と音のコントラバスをお楽しみください!」


「音しか聞こえないじゃねぇか。コントラバスじゃなくて、コントラストな」


「花火の音は、聞こえない・・・」


「音すら聞こえなくなっちゃったよ!」


 歓迎する気あるのか、お前!

 花火上げる気ないんじゃねぇか!


 しかし興梠の方を見ると、まんざらでもなさそうな顔をしていた。

 なんでコイツ、こんなに余裕あるんだ? 花火が上がらないんだぞ? 何も見えないんだぞ?


「心の目で見な。そうすれば何だって見えるさ」


「俺にはそんな第三の目はないんで、実物を見させてもらおうか」


「辞書ならあるぞ。読んでみろ」


「・・・」


 辞書を渡された。

 花火のページを開く。


 花火:火薬に火を点け燃焼させ、生じる光や火花の色、音などを楽しむもの。


「・・・ふぅー」


 落ち着いた。


「落ち着いてくださり何よりです」


「他人事みたいに言ってんじゃねぇ」


「では! 歓迎パーティーはこれでクライマックスです。美しい景観に思いをはせながら、私の後について来てくださいね! まだまだ橋は目白押し、でっすー!」


「えっ、また歩くの? どこまで?」


 観音は振り返って言う。


「それはもちろん、景観の楽園の主、仮屋さんがいるところですよ。そこへ行かないと何も始まりません」


「だからそこはどこかって・・・」


 ん? こんな話を興梠ともしたような・・・。

 と思った瞬間、後ろにいる興梠が俺の耳元で囁いた。


「ロンドン橋だよ」


「・・・・・・・・・は!?」


 本日2度目の「は?」。

 しかしこれは、1度目に比べてビックリのニュアンスが強かった。

 俺の顔は絶望の色に変わる。


「ロンドン橋って・・・え!? イギリス!?」


「へぇ。お前ってイギリスの首都くらいは知ってるんだな」


「あっ! お客様見てください。花火が上がり始めましたよ!」


 ヒュ~・・・ドーンッ。


 どうやら花火が上がるというのは本当だったらしい。

 いつの間にか、海の上だけ空は黒く染まり、その代わり花火が空を明るく照らしていた。


 現在午前11時半。綾星みつぐの行方は知れず。

 次回は9月17日の予定です。

 どうなるかは分かりません・・・。

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